※本稿は、谷本真由美『世界のニュースを日本人は何も知らないBEST版』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集したものです。
■実は「日本びいき」な意外な国
「親日国」と聞いて思い浮かべるのは、台湾? それともトルコ?
でも実は、それ以外にも「えっ、そこまで日本のことを好きでいてくれるの?」と思わず驚いてしまうような国が、世界にはけっこうあるのです。
たとえば南米。ボリビアやパラグアイなど、日本人にとっては「どこだっけ?」となりがちな国々。でも、現地では日本への親近感がとても強く、ちょっとした「日本びいき」の空気が漂っています。
その背景には、かつて多くの日本人が移民として海を渡った歴史があります。ジャングルを開墾し、畑を耕し、社会に根を下ろした日系移民たちは、汗を流してインフラの基盤を築きました。次の世代は高等教育を受け、弁護士や司会者といった専門職で活躍。ビジネスで成功した人も多く、地元での信頼と尊敬は厚いのです。
■悪路で頼りにされる日本車と日本人
しかし、日本に住む私たちからすると、ボリビアもパラグアイもどこか遠い存在。
標高が高いとか、ジャングルがあるとか、そのくらいしかイメージがないかもしれません。
ボリビアには高原もあれば山岳地帯もあり、道路が整っていない地域も多い。
「どんな悪路でも壊れない」「メンテがしやすい」「サポートがちゃんとしてる」――日本車の魅力は、命を乗せて走る現場でこそ真価を発揮します。
実際に、私の身内が日本の某自動車メーカーで働いているのですが、海外から寄せられた不具合報告を地道に分析し、必要なら現地に修理の手配まで行うそうです。そんな誠実な対応が、世界の信頼をガッチリつかんでいるのです。
他国のメーカーだと、報告がうやむやになったり、現地スタッフとの連携がずさんでトラブルになることも珍しくありません。その点、日本の「丁寧さ」は、製品そのものに染み込んでいます。だからこそ、車が足として使えなければ命に関わるような地域では、真面目で壊れにくい日本車が圧倒的に選ばれるのです。
■誠実さと技術はちゃんと評価されている
こうした背景から、「日本車=命を守ってくれる存在」という印象が根付き、国全体への好感度がぐんぐん上がっていく。これはパラグアイでも同様で、さらにアフガニスタンやパキスタン、ボツワナ、チュニジアなどでも、オフロードで活躍するのはトヨタのピックアップやいすゞのトラック。それらが道路を走る姿は、ほぼ“日本の信頼”そのものです。
「日本製品」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは家電、という人が多いかもしれません。
だから、スマホやテレビで日本ブランドの姿が薄れていても、「日本のプレゼンスが落ちた」なんて考えるのは早計です。むしろ、命に直結するインフラが十分でない場で信頼されているということは、外交官よりも何百倍も、何千倍も国際的な信頼を築いているということかもしれません。
「日本はすごい!」なんて自分たちで声高に言う必要はないのです。世界の現場では、日本の誠実さと技術が、静かに、そして確かに評価されているのです。
■日本で生きるのは幸せ?不幸?
Twitter(現:X)をのぞくと、「日本は世界一冷たい国だ!」なんて不平不満がズラリと並んでいて、「みんな文句言うのが上手だなあ」と感心してしまいます。
でも、日本の外を知らない人は多く、自分がいかに恵まれた国に生まれたか、ピンときていないのかもしれません。
たしかに今の日本は、介護保険や健康保険の自己負担が上がったり、長時間労働がなくならなかったり、非正規雇用の人が半分近くいたり、女性差別が根強かったり、電車でベビーカーを使う人の肩身が狭かったり……。問題は山積みです。
でも、世界を見渡してみれば、日本はとびきり恵まれた国です。
そんなことを痛感させられたのが、20年ぶりに旧友と再会した時のこと。
■エリート階級からあっという間に転落
彼は生まれてすぐ両親が離婚。父の顔も知らず、博士号を持つ母親と祖父母に育てられました。家族はみな旧ソ連時代には学者として尊敬されるエリート層。でも、ソ連が崩壊すると、そのすべてが崩れてしまったのです。
大学教員や公務員は一斉に職を失い、残った人も月に5000円~1万円というありえない給料。資本主義が導入されてからは、貧富の差が一気に拡大し、不動産価格も爆上がり。生活はギリギリ、食事すら配給の列に並ばなければ手に入りませんでした。
かつて特権階級として使えていた高級リゾート施設や外国人向けの店舗も、当然ながら利用不可に。そして、さらに国は再び独裁国家化。彼の一族は、もともとロシアから強制移住させられた民族だったため、今では人種的に少数派。迫害され、公務員にもなれず、民間企業でも理不尽な難癖で排除されるようになりました。
母親は家族を支えるため、外国人の高齢男性とつきあいながら生活費を得て、通訳として西側企業の仕事をこなし、家にお金を入れるようになりました。
親戚の女性たちも同じように次々と外国人男性と結婚し、海外に移住していきました。医療制度が崩壊していたので、病気の祖父母を連れて海外へ渡るしかなかったのです。
■少数派にはチャンスがまわってこない
一方、友人は男性だったため、母親についていくことができず、その国にぽつんと取り残されました。
けれど彼は、頭が切れました。奨学金を勝ち取り、海外に留学、博士号まで取得。やがて国際機関で働けるまでになりました。
ところがその機関、契約はすべて期限付き。優秀でも、どれだけ実績があっても、ある一定期間を過ぎれば契約は終了。家庭があろうと、どんなに成果を残そうと、そこに情けはありません。
彼は妻子を抱えたまま、無職になってしまいました。
仕方なく帰国して、大学や企業で職を探しますが、ここでもまた壁にぶつかります。
前述したとおり、彼の属する民族は、その国では人種的に少数派。なかなかチャンスがまわってきません。あちこちに応募しても、不採用の山。もう、じっとしていられません。
そこで彼は自営業を始めます。でも、これがまたうまくいかない。
■苦節の日々が続き、夢も笑顔も失った
もともと研究者肌で、人と駆け引きしたり、数字を追いかけたりするのは性に合わない。営業もうまくいかない。でも、働かないと生活できません。
「できることなら、先進国に移住したい」――それが今の彼の夢です。
でも、彼の国からは移民希望者が殺到していて、いくら博士号を持っていようが、いくら実績があろうが、申請は通りません。
その一方で、コネやお金のある人たちは、どんどん外国に出て行きます。
彼はストレスから病気を患いましたが、自国の医療制度は崩壊しており、十分な治療を受けることができません。それでも生活のために働かざるをえず、数年間1日の休みもなく働き続けました。
そんな彼と、私は久々に再会しました。
昔は国際法や人権を熱く語り、ロシアの詩を愛し、母国をよくしたいと本気で語っていた彼が、今では、事務所の家賃、補助金の有無、次のプロジェクトの行方、資金繰り、そして国の混迷。そんな話しか、口から出てこないのです。
将来は学者になると周囲に期待されていた彼。けれど今は、あまりの苦境に、見た目も変わり、ユーモアのセンスもすっかり消えてしまいました。
■大半の国は日本よりはるかに悲惨
ロシアは日本から遠いようで、実はすぐ隣の国。そのロシアを含む中央アジアのあたりには、今も同じような過酷な状況で暮らしている人がたくさんいます。
だからこそ、日本に暮らす私たちは、自分たちがいかにラッキーか、もう少し自覚してもいいのかもしれません。
こういった状況にあえいでいる国は、旧ソ連だけではありません。たとえば中国。都市部からほんの少し郊外に出るだけで、そのとんでもない格差に、日本人なら思わず言葉を失うはずです。
モンゴル、フィリピン、タイ、ジョージア、ボリビア、メキシコ、ナイジェリア……。名前を挙げたらキリがないほど、日本では考えられないような厳しさを抱えた国が、世界にはごろごろあります。
はっきり言って、地球の大半はそんな国ばかり。中にはシリアのように、国そのものが崩壊してしまった例もあるのです。
■生きるため、出稼ぎへ行く南欧諸国
ヨーロッパに目を向けても、話はそう簡単ではありません。
日本人が思い描く“豊かなヨーロッパ”は、実は北部のほんの一部の国のイメージにすぎません。その北部でさえ、最近は格差が拡大し、実家にお金とコネがなければ、いい仕事に就くのはかなり厳しいのです。
イタリア、ポルトガル、スペインといった南ヨーロッパの国々では、日本のそこらの学生バイトレベルの仕事すら見つかりません。多くの若者がオランダやイギリスに出稼ぎに行かざるをえない状況です。
実際、私がイタリアで働いていた時の同僚たちも、ほぼ全員がアイルランドやオランダに流れていきました。
もちろん、日本にも問題は山ほどあります。でも、世界基準で見れば、日本の社会保障、とくに医療制度は圧倒的に恵まれています。
これだけ自己負担が少なく、しかもスピーディーに質の高い医療を受けられる国は、ほかにはまず見つかりません。
■世界に誇るべき日本の医療レベル
アメリカはどうかというと、医療費はびっくりするほど高く、自己負担額もえげつない。そして、きちんとした健康保険が用意されているのは、大企業に勤めているような一部の人だけ。そうでなければ、日本のような医療は夢のまた夢です。
「じゃあ、ヨーロッパは?」と思うかもしれません。
たしかに、健康保険料を払っていれば医療費が無料という国もあります。
でも“無料”には裏があります。
無料ゆえに、サービスのレベルや細やかさには期待できません。診察や治療には優先順位がつけられ、数カ月待ちなんてザラ。日本のようなレベルの検査や治療を望むなら、私立病院に行くしかありません。
ちなみに、イギリスの私立病院の産科に入院するとどうなるか。答えは一日100万円! 医療だけは、日本ってほんとにすごいんです。
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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)
著述家、元国連職員
1975年、神奈川県生まれ。シラキュース大学大学院にて国際関係論および情報管理学修士を取得。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国での就労経験がある。ツイッター上では、「May_Roma」(めいろま)として舌鋒鋭いツイートで好評を博する。
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(著述家、元国連職員 谷本 真由美)