インバウンドでオーバーツーリズムが問題となっている京都。人気の和食店は混み合っているが、作家の仲村清司さんは「京都に住む人は意外に洋食や中華料理も好き。
大衆食堂には皿盛(さらもり)など、びっくりするような発想の料理もある」という――。
※本稿は仲村清司『日本一ややこしい京都人と沖縄人の腹の内』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■京都ラーメンはコッテリ系というのはマスコミの印象操作
京都は背脂ラーメンや『天下一品』に代表されるような粘度の高いコッテリ系ラーメンやレンゲが立つ泥系スープのラーメン店ばかり紹介されるが、それはマスコミの印象操作である。京都人は『篠田屋』のような淡白で澄んだ清湯系のスープも大好物だ。
京都は大都市のわりに大衆食堂が多い地域で、「うどん そば 丼物一式」といういわゆる「一式」食堂が令和時代のいまも看板を掲げている。昔ながらの鶏がらスープの澄んだ中華そばを食べたいときは「一式」を掲げた食堂に入ればよい。京都ラーメンのもうひとつの伝統の味が楽しめるはずだ。
加えて最近では清湯系の醤油ラーメンを出す専門店も登場し、だしの材料を地鶏と水に限った『らぁ麺 とうひち』は開店当初から行列店となった。
それ以上に話題になったのが、京都駅七条口そばに割烹料理店のような店構えで京雀をアッといわせた『貝だし麺 きた田』である。開店は早朝7時。ワタクシはこの店の前を通過するバスに乗ることが多いのだが、行列はおそるべきことに朝ぼらけから夜明けのスキャット的に始まっていて、店に群がる人々の姿はラーメン激戦区京都のリアルなシーンを見せつけている。
それもそのはずで『貝だし麺 きた田』はアサリの旨みをベースにした貝白湯に、贅沢にもハマグリとホタテの風味を利かしたあっさり味のスープに平打ち麺がガッチリ絡んでいる。
「脂肪肝疑い」と診断された方は治療のために何はなくとも直行すべき店といえる。
■三条大橋の大衆食堂が出す「皿盛」とは何の料理か?
ついコーフンしてラーメンの話を長々と続けたが、そうなったのには重要な意味がある。多くの人が誤解している京都人のイメージを正したいからである。
京都はコッテリも好みならアッサリもそれ以上に大好きな「両極端の嗜好」を備えた人々の集団なのである。アンビバレント(相反する気持ちや感情)な風土といいかえてもよろしい。
もっといえば、その理解不足がややこしい「京都人」像を生み出していると断言してもいい。ともかくも、このことを理解していただければ、「皿盛」の存在もなるほどとうなずけよう。
皿盛とは、京都三条大橋の東詰をわたったところにある『篠田屋』という大衆食堂の名物料理である。創業1904(明治37)年。現在4代目のご主人と奥様、おばあちゃまが家族ぐるみで営んでいる店で、こちらも老舗の神様のような外観と内観を維持している。
昭和30年代の食堂を目の当たりにしたければ、この店を訪れるとよい。小規模ながら、京都らしい奥行き、土間、テーブル、小上がり、ずらり並んだ品書きの短冊は当時から変わっておらず、まるで映画のセットのような佇まいだ。
日本の大衆的食文化を知る上でも貴重な「古食堂」といっていい。
■「中華そば」と「皿盛」を2枚看板とする創業120年の老舗
さて、問題の皿盛であるが、「中華そば」とともにこのお店の二枚看板の品書きだ。焦らすようだが、実物を見たければ食べずともこの店をのぞけばすぐにわかる。お客さんは皿盛か中華そばを注文し、なかには両方を同時に食べる人までいる。
ついでながら、僕は数え切れないくらい篠田屋に通っているが、うどんや丼物まで豊富な品書きがあるにもかかわらず、この二枚看板以外の料理を食べている客を見たことがない。こういう光景もそうそうあるものではない。そんなシーンがこの土地には頑として残っているのである。
皿盛は一言でいえばカツカレーである。ではなぜカツカレーと称せず、皿盛というのか。品書きの短冊を見るがいい。
「かつカレー」というメニューもちゃんと存在しているからだ。要するに、ジャンルとしては同じカツカレーなのに別物なのでありますな。
日本広しといえども、僕の知る限りこのような料理はない。
では皿盛の正体とは何なのか?
発祥のいきさつを知ればピンとくる人もいるはずだ。
今は昔、といっても40年ほど前。現在、京阪電鉄の三条駅は地下に広がっているが、当時(京津三条駅)は地上に駅やターミナルがあった。したがって、『篠田屋』はいわゆる駅前食堂だったのだ。
■日本一の「あんかけ王国」だから生まれたカツカレーの変形
常連客は京阪電鉄で働く社員である。毎日のごとく通う社員から店主に次のような提案がもちかけられた。
「ご飯の上にカツをのせて、カレーうどんのあんかけの汁をかけてくれへんか」
京都人は片栗粉でとじたあんかけが大好きである。日本一のあんかけ王国といっていい。なので、あんかけうどんやカレーうどんはいまもって京都名物の筆頭格になっている。
つまりは小麦粉系のカレーライスやカツカレーだけでは飽きがくるし、食後はカレーとカツの油で胃が重くなる。その点、片栗粉は胃に優しく消化吸収も早い。
社員はあんかけ王国ならではの経験値を店主に提案したわけだ。
店主はこの提案にあっさり応じた。最初はカツ丼のごとく丼鉢の上にカツとあんかけをのせて供していたが問題が発生した。
あんかけものは熱対流が低く冷めにくい。いいかえれば湯気がのぼっていなくても、あんかけもカツもご飯も口がやけどするほどの熱さのままで食べることができる。
ふつうはそれでいいのである。冷めたあんかけなどうまいはずがないというか、料理とは呼べないしろものではないか。
ところがだ。電鉄関係の社員はとにかく忙しい。熱すぎるとかえって食べにくくなり業務に間に合わなくなる。新たな提案が出た。
「熱すぎて時間内に食べきれへん。
早く食べられるように、少し冷ましたものを出してくれへんか」
■京阪電車社員がパッと食べられる「少し冷えた」カレー
熱いものは熱いうちにいただくという鉄則の逆をいく、熱いから若干冷ましてほしいという、常識はずれの贅沢なオーダーだった。社員も店主もいっしょになって考えた。
「そうだ! あんかけをカレー皿に盛れば低い温度にさらされる面積が広がり、冷める時間が早くなる」
こうして誕生したのが、いまに伝わる皿盛だったというわけだ。当初は裏メニューだったという話もあるが、いまや客の大多数が注文する堂々たる看板メニューに成長し、昭和の風情を色濃く残す駅前食堂は行列店になった。ボリュームが減らないように、皿を大きめのものに替えて提供したというのも店主の客を思いやる気持ちがにじみ出ている。立派ではないか! いい話ではないか! 22世紀に残したい店ではないか!
と感心してばかりではいけないのだ。
1)ふつうのカツカレーばかりでは飽きてしまう。(正)

2)だったら、あんかけのカレー汁で出せないか。(反)

3)対話の末、皿に盛れば適度に冷めて食べやすくなる。(合)
皿盛はいわゆる弁証法によって生まれた名物料理なのだ。というか、京都という土地はただ古いだけでは満足せず、伝統すら「止揚」して、新たなものを作り出しては保守し、また止揚し続ける永久運動が根づいた土地といっていいかもしれない。
■京都にしかない「ピネライス」という洋食
さて、皿盛を食べ終わってしまった。
腹ごなしに三条通りから三条名店街を抜けて烏丸通りまでぶらぶら歩くことにする。途中に「ピネライス」という京都限定の洋食を出す『キッチンゴン京都六角本店』がある。
レンガ造りのレトロな洋館が並んでいる三条通りにふさわしい洋食店だ。創業は1970(昭和45)年。米国で修業していた創業者が帰国後京都市上京区で開業。当時は高級料理のイメージがあった洋食を庶民向けに手軽に食べてほしいという思いで発案したのがピネライスということになる。
賢明なる読者諸氏におかれては、すでに弁証法的思考でピネライスが誕生したことがおわかりだろう。
洋食は高い(正)→米国で修業した創業者は安い洋食を提供するためのメニューを開発(反)→工夫をこらしてピネライスを登場させたところ京都限定の名物メニューに登り詰めた(合)……。
ざっと説明すると見事なまでに「正反合」の流れができている。
■チャーハン×トンカツ×ソースを“縦に”重ねていく
ではピネライスとはどういう料理なのか。入店したつもりで紹介してみることにする。
① チャーハンの量を選ぶ(220グラムから1000グラムまで6種ある)。

② ピネカツをトッピングする。

③ トップソースを選ぶ(カレーソースかデミグラスのどちらかを選択)。

④ トッピングを選ぶ(チーズ、目玉焼きなど6種)。
以上の手順で進めていくと、ピネライスが数分後にはテーブルに置かれるという仕組みだ。ちなみにピネとは創業者が海外で修業中にトンカツを出したときに、フランス人からカツを「フィネ、フィネ(もっと小さく小さく)」といわれたのが、「ピネ、ピネ」と聞こえたことからメニュー名にしたという。といっても、お店で出されるトンカツはロース肉でかなりボリュームがあるのでご安心を。
さて、実際に出されたピネライスの風姿を目の当たりにしたあなたは「むむむ」と漏らすか、唖然とするかのどちらかだろう。
この手の洋食はいくつかの皿に盛られるか、トルコライスのように具材を横に並べて出すのがフツーである。というか、それが常識なのだが、ピネライスは非常識を積載した料理なのだ。
すなわち横並びではなく、チャーハンの上にトンカツをドスンバスンとのせて、さらにその上にトップソースをかけるという、意表を突く「縦型」の盛り付けなのだ。トッピングは種類によって脇に添えられるか、積まれる。初めての人はたいていめずらしがって、テーブルマウンテン状のピネライスをスマホで撮影する。
■京都料理の概念を壊す洋食料理や中華料理を知ってほしい
ピネライスはトンカツをエビフライなどにチェンジできるし、チャーハンとナポリタン+ポークカツ+カレーソースを積載したトルコピネライスやオムピネライスもあって、メニューも豊富。目の当たりにすれば、これまでの「京都料理」の概念が粉砕されること間違いなし。
ついでにいっておくと、京都は洋食屋やエスニック料理店が日本でもトップクラスに多い都市なのだ。中華料理にいたっては『京都の中華』(姜尚美著・幻冬舎文庫)という本が売れまくった。餃子、酢豚、天津飯などメニュー名は同じでも、京都の中華料理は他府県と風味が異なる。その京都独特の調理法やお店が紹介された名著である。
京都は斬新な料理を生み出しているが、これは他府県にもあてはまる。同じ料理名や食材でも歴史、年中行事、習慣によって、その土地でしか生まれない料理に変化して、その土地独自の味付け、盛り付けになる。
固定観念を打ち破られていく経験が多いほど、人倫や人間の幅も広くなる。いいかえれば懐石だけが京都の料理ではないことがわかれば、両地の同質性や異質性を発見できるし、そこで得た知見は他府県の食文化にも波及していく。

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仲村 清司(なかむら・きよし)

作家

1958年、大阪市生まれの沖縄人(ウチナーンチュ)2世。作家・沖縄大学客員教授。大阪に18年、京都に4年、東京に16年暮らした後、’96年に那覇市に移住。2018年に京都に移住し、「同時二重通勤型生活」を送る。著書に『消えゆく沖縄』(光文社新書)、『本音の沖縄問題』(講談社現代新書)、『本音で語る沖縄史』『沖縄学』『ほんとうは怖い沖縄』(以上、新潮文庫)、共著に『新書 沖縄読本』(講談社現代新書)、『これが沖縄の生きる道』『沖縄 オトナの社会見学 R18』(以上、亜紀書房)などがある。

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(作家 仲村 清司)
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