夫が犯罪者となった妻はどのように生活していくのか。犯罪加害者の家族を支援するNPO代表の阿部恭子さんは「加害者の妻の中には、『自分一人では生きていけないから』と離婚に踏み切らない人も多い。
彼女たちには『自分も犠牲者の1人だ』という認識がない」という――。
■夫が親友をレイプ、それでも別れない妻
昨今、世間の耳目を集めている「性加害」。子煩悩な父親、優しい夫が「性加害者」となる日は突然である。
私は加害者家族支援において、性加害者の妻たちからの相談を多数受けてきた。夫が痴漢で逮捕されたある女性は、「警察に夫を迎えに行った帰り、電車を待っている間、夫を線路に突き落としてやろうかと思ったほど怒りが込み上げました」と語る。
また、「事件後、包丁を握る度に夫を刺してやろうかと思う瞬間があります」と時間が経っても収まることのない怒りを訴える女性もいる。夫に裏切られた屈辱に加え、性犯罪者の家族として世間から嘲笑の的にされるという二重の屈辱を背負わされる女性たち。
それでも夫の性加害が発覚したからといって、即座に離婚に踏み切れる妻はそう多くはない。
拙著『家族という呪い 加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)では、性犯罪が起きた後の家族関係の変化について、事例を多数紹介してきた。
本稿では、ある日突然、女性を強姦し逮捕された男性の妻の葛藤に迫る。私は刑事裁判を傍聴し、加害者本人とも面会を重ねてきた。そこで明らかとなったのは、被害者は夫の会社の元同僚であり、妻のかつての親友だった――。
すべてを知った妻の決断とは。
なお、個人が特定されない範囲で修正を加え、名前はすべて仮名とする。
■夫が手を出した「最悪の相手」
夫が強制性交等の疑いで逮捕されたとの連絡を受けた大沢尚美(30歳)は、震えた手で結婚式に撮影した写真を集めたアルバムを捲っていた。夫の弁護人によれば、夫が強姦した女性は同じ会社の社員だという。しかし、それ以上の情報は教えられないというのだ。
夫とは同じ会社で知り合い結婚し、尚美は結婚を機に退社していた。真面目で優しい夫が女性を強姦などするはずがない。きっと、何か事件に巻き込まれたに違いない……。
ところが、夫は全面的に罪を認め、裁判では尚美にとって次々と耐え難い事実が明らかとなっていく。
■夫は妻の親友を手にかけていた
夫が傍聴に来ないでほしいと言っていることは弁護人から聞いていたが、尚美はいてもたってもいられず傍聴に行くことを決意し、私も付き添うことになった。傍聴席にはかつての同僚の姿もあり、尚美は眼鏡にマスクをし、必死に顔を合わせないよう下を向いていた。
「妻に性的魅力を感じたことは一度もありません」
夫による妻にとっては屈辱的な供述が続いたが、尚美に動揺する様子はなかった。
そして傍聴を終えると、尚美は諦めたような口調で私に報告した。
「被害者が誰かわかりました。会社で一番仲の良かった伊藤香奈です……」
夫が香奈に興味を抱いていることは気が付いていた。しかし、尚美は香奈の男性の好みをよく理解しており、夫がどれだけ好意を寄せたとしても香奈が振り向くことだけはないと夫に断言していた。
■数年にわたってレイプを計画
尚美の夫、良太(30歳)は地方の小さな町の出身で、家族は地元の名士で裕福な家庭に育っていた。幼い頃から成績優秀で、地方の有名国立大学を卒業し、都内の企業に入社した。
良太が一目惚れしたのは、尚美と同期の香奈だった。才色兼備の香奈は、同僚にとっては若干、近づきにくい存在でもあったという。香奈は先輩や上司と親しくしており、良太が近づくチャンスはなかなかな来なかった。
そこで、目をつけたのが香奈の親友の尚美である。尚美は雰囲気も性格も香奈とは正反対で、仕事に情熱を燃やすタイプではなかった。
「早く結婚して仕事辞めたい」
口癖のように周囲にアピールする尚美に、良太はプロポーズし、ふたりは結婚した。
同期の中では最も早い結婚だった。
良太はいつも、尚美から香奈の話を聞くことが楽しみで仕方なかった。良太は新居を香奈の自宅の最寄り駅の隣に決めた。良太の思惑通り、香奈はよく自宅に遊びに来るようになっていた。良太はこの頃から香奈をレイプする妄想にとりつかれるようになっていた。
ところが良太はある日、香奈が転職を決意し、まもなく会社を退社すると打ち明けられたのだった。良太は香奈の送別会を企画し、その夜、香奈を自宅に送り届けるふりをして襲う計画を企てた。香奈にとって良太は親友の夫であり、これまで何度も一緒に食卓を囲んできた。良太が送ると言っても警戒されることはないだろうと考えた。
そして、ほぼ計画通り、良太は犯行に及んだのである。すべて、数年にわたって計画された犯行だった。
「どうしてそんな強引なことをしたんでしょうか?」
私は拘置所に収監されている良太に尋ねた。

「好きだと言っても振られるのは目に見えていましたから……。それに、強姦された女性は被害を訴えないと思い込んでいて、まさか、警察沙汰になるとは思わなかったんです……」
良太と話せば話すほど、その感覚のズレには驚かされた。
■専業主婦だから離婚できない
良太には懲役5年の実刑判決が下された。一方、妻の尚美はもはや、レイプされた親友のことなど考える余裕はなかった。良太は多額の示談金を支払わなければならず、弁護士費用の支払いも含めて貯金は使い果たしていた。いずれ、自宅の家賃の支払いも滞る。
尚美の両親は離婚を急かすが、実家に尚美の面倒を見る経済的余裕はない。離婚して何とかなるならそうするが、専業主婦の選択肢しかなかった尚美にとって、ひとりで生きていける自信はなかった。
良太は実家の両親が何とかしてくれると言うが、尚美は良太の両親が苦手で、とても自分から連絡する気にはなれずにいた。時間だけが過ぎ、まもなく手持ちの現金すらなくなってしまう……。そんな時、良太の両親が自宅に訪ねてきた。
「尚美さん、良太が迷惑をかけて本当にごめんなさいね」
良太の両親は尚美に冷たかったが、自慢の息子が刑務所に行くことになったことで、尚美への態度を急変させていた。

「尚美さん、私たちが責任を持ってあなたの面倒は見ます。田舎だけれど、うちに来てくれないかしら?」
良太の両親は、出所した良太に家業を継がせることを決めたのだという。両親からの申し出は、他に頼る当てのない尚美にとって決して悪い話ではなかった。
尚美は良太の実家に移住し、良太の出所を待つことを決めた。
■犠牲になっているという感覚がない
尚美は密かに裏切られ、公衆の面前で恥をかかされる経験をしたにもかかわらず、夫を許すことができるのだろうか。
「もう許してます。私たちは最初から、男と女ではなく、家庭を共に築いていくパートナーなんです」
犠牲になっているという感覚はないのだろうか。
「結婚と恋愛は別です。結婚したら、どんな時も支えていくのが妻です。夫も子どもができたら変わると思います」
親友だった被害者に対しては何を思うのか。
尚美は沈黙を貫いた。
■兄の性加害のせいで結婚が破談に
良太の事件の話は地元に知れ渡っていた。
それにもかかわらず、良太やその家族を悪く言う人は少なかった。
「良ちゃんは本当にいい子だったから。都会で悪い女性に引っかかったんでしょってみんな言ってますよ」
良太を幼い頃から良く知るという60代の女性はそう語る。
良太は地元の名士の家系に生まれた次男だったが、長男に障がいがあったことから、実質的な長男として両親の期待を受けて育った。妹の麻美(28歳)によれば、一家が育った環境は、男尊女卑の根深い地域だったという。麻美もまた本件の第二の被害者であり、事件の影響で結婚が破談となっていた。
「兄の事件を聞いてやっぱりな……と思いました。地元では、女性が犠牲になることが当たり前で、性犯罪が起きても女性に責任転嫁される傾向があります。母親や親戚の女性たちも半ばそれを受け入れてしまっているような感じがあるんです」
そんな地域に嫌気がさし、麻美は現在、東京で暮らしている。
「今では、田舎で結婚なんてしなくて良かったと思っています」
■働いたことがなくても自立した生活は見つけられる
性加害は加害者個人だけの問題ではなく、加害行為を許容してきた家庭やコミュニティの問題でもある。妻を卑下するといった家庭内での言動は、社会生活にも表れてくる。「私が我慢さえすればいい」という問題ではなく、他人を巻き込んでさらに家族が窮地に陥る結果を招くこともあるのだ。
確かに、働いた経験がない人が突然社会に放り出されるのは不安かもしれない。しかし、夫の事件をきっかけに仕事を見つけ、自立した生活を手に入れた女性たちも多数存在している。家族に執着するだけでなく、変化している社会にも目を向けてほしい。

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阿部 恭子(あべ・きょうこ)

NPO法人World Open Heart理事長

東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)、『高学歴難民』(講談社現代新書)がある。

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(NPO法人World Open Heart理事長 阿部 恭子)
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