子供の「生きる力」を育てるにはどうすればいいのか。税理士の山下明宏さんは「生きる上で、お金について知ることは重要だ。
“1日100円のお手伝い”を通して、金融の基礎『貯蓄・投資・借入』の意味を、実践的に学ばせることができる」という――。
※本稿は、山下明宏『稼ぐ力は会計で決まる』(幻冬舎)の一部を抜粋・再編集したものです。
■「借金も実力のうち」という勘違い
いまの日本の中小企業にとって一番の問題は、前回記事でもお話ししたとおり、借入金が多すぎることです。そのため、自己資本比率の低い会社が多い。債務超過に陥っている会社は、まさに「酸化」が激しい状態といえるでしょう。
さらに問題なのは、借入金による「酸化」が常態となってしまったことで、多くの経営者がそこに危機感を抱かなくなっていることです。「酸化」は「還元」に向けたプロセスにすぎないのですから、借入金の多い状態に慣れてはいけません。
昔から、「借金も実力のうち」などと嘯く人はよくいました。金融機関が融資するのは相手を信用している証拠だ、たくさん借金できるのはそれに見合った力があるからだ、というわけです。
融資にそういう面があることは否定しません。たしかに、返済能力のない会社に融資する金融機関はないでしょう。
しかし、いま中小企業が抱えている借入金の多くは、決して「実力」に見合ったものとはいえません。
さまざまな経済危機を受けて政府が打ち出した対策によるものです。リーマン・ショック、東日本大震災、そしてコロナ禍と、中小企業の経営を危うくする事態が続いたので、救済のための融資が次々と実施されたことは、前回記事でもお話ししました。
■「できる」と「する」とでは大違い
それを「これも実力のうち」などと考えるのは、勘違いもいいところです。そのような借金は、会社の実力とは何の関係もありません。
むしろ、そのような融資が結果的に中小企業の実力を削いでしまっている面もあるのではないでしょうか。国民生活を守るために必要な政策ではあったものの、中小企業側がその保護的な政策に寄りかかりすぎると、自立するための力がつきにくくなるように思えてなりません。
そもそも、たとえ「借金も実力のうち」だとしても、お金を人から借りずに済むなら、そのほうがいいに決まっています。
銀行の担当者が「お願いだから借りてください」と頼んでくるようなら、その会社には実力や信用があるのでしょうから、喜んでいいでしょう。でもその時点で自慢できることなのですから、いわれたとおりに借入をする必要はありません。「借金も実力のうち」とは、あくまでも「借金できる能力」が評価されているのであって、借金そのものが実力というわけではないのです。
■1日100円のお手伝いで「お金の基礎」が身につく
もちろん、私はすべての借入金がダメだといいたいわけではありません。そもそも借入金は、企業が事業を発展させるための合理的な手段のひとつです。

企業経営者にとっては基本的な常識だと思いますが、若年層に向けた、いわゆる「金融教育」があまり広まっていない日本社会では、この「借金の合理性」をうまく説明できない人も多いかもしれません。そこで、貯蓄、投資、借入などの意味を子どもに理解させる教え方を紹介しましょう。
たとえば子どもに、「皿洗いをしてくれたら1日100円あげるよ」といっても、それだけでは「たった100円?」などといってイヤがるかもしれません。でも、「毎日やったら1年後にいくら貯まるか計算してみたら?」といったら、どうでしょう。
100円×365日=3万6500円は、子どもにとっては見たこともないような大金です。そうとわかったら、喜んで引き受ける子どもは多いでしょう。ここで、その子は「貯蓄」の意味を理解しました。
■「投資」すればさらに増やせる
次に、皿洗いを始めた子に、「お父さんの肩もみをしてくれたら、もう100円あげるよ」と提案します。でも、子どもは勉強もしないといけないし、ゲームもやりたいので、両方やる時間はないとしましょう。
とはいえ、肩もみでも1年で3万6500円の貯蓄ができると思うと、断るのはもったいない。では、どうするか。
その子は、それから100日間で皿洗いのお小遣いを1万円貯めて、そのお金で食洗機を買いました。
それ以降は、自分で皿洗いをしなくても、食洗機が1日100円を稼いでくれます。
すると1年後には、食洗機代の1万円を引いた2万6500円が貯まるでしょう。それに加えて、食洗機を買ってからはお父さんの肩もみもできます。そちらも265日で、2万6500円。合計で5万3000円の貯蓄額になるわけです。
■100日間かけずに食洗器を買う方法
ここでその子は「投資」の意味を学びました。食洗機を買わなければ、肩もみのほうはできません。皿洗いだけだと、1年後の貯蓄額は3万6500円です。
ところが、稼いだお金の中から1万円の投資をしたことで仕事を増やすことができたので、1年後の貯蓄額は大きくなりました。1万円の買い物はちょっと勇気が要りますが、それを「もったいない」と思ってやめていたら、貯蓄は増えないのです。
しかし、もっと賢いやり方があることに気づく子もいるでしょう。
100日かけて皿洗い代を貯めるのではなく、誰かから1万円を借りて食洗機を買うのです。

すると、皿洗いも肩もみも365日フルにやれるので、合計貯蓄額は3万6500円の2倍で、7万3000円。そこから借りた1万円を返済しても、6万3000円が残ります。少し利子を取られたとしても、先に1万円を自力で貯めてから食洗機を買うより、残高は多いでしょう。
こうして、「貯蓄」「投資」「借入」の意味がわかりました。いずれの手段も、「働いてお金を貯める」上で、じつに合理的です。ここまでの話を聞くと、「利益を増やせるなら、借入に消極的になる必要はない」と考える人も多いのではないでしょうか。
■「現実の企業経営」との決定的な違い
たしかに、設備投資の資金を借入でまかなえば、同じ金額を貯めるのにかかる時間を短縮できます。借入金とは、いわば「時間を買う」ことです。ひとつの仕事にかける時間を短縮できれば、その分、別の仕事に時間や労力をかけることで事業の幅を広げて、売上を増やすチャンスが生まれるわけです。
でも、現実の企業経営は子どものお小遣い稼ぎほど単純なものではありません。先ほどの皿洗い&肩もみ事業には、ふつうの企業が行う事業にはまずあり得ないほど有利な点がありました。それが何なのか、おわかりになるでしょうか。

子どもが皿洗いと肩もみで収入を得られるようになったのは、親御さんからその業務を提案されたからです。自分から「お手伝いするからお小遣いちょうだい」と提案したわけではありません。いわれたとおりに皿洗いと肩もみをすれば、お母さんやお父さんが約束どおりお小遣いをくれるでしょう。
つまりこの事業は、提供するサービスにお金を払ってくれる「お客さん」が存在することが、最初から確定しているのです。子どもの皿洗いや肩もみが少し下手だったとしても、わが子をクビにしてよその子を雇う親はいません。つまり、競合他社もいないのです。
■空振りに終わることだってある
そのため、先行投資や借金をしても、それが空振りに終わることはありません。本人が毎日ちゃんと働きさえすれば、間違いなく投資は回収され、借入金は返済できます。そして1年後には、計画どおりの自己資本が貯まっているわけです。
世の中に、これほど恵まれた環境で事業を始められる会社が一体どれだけあるでしょうか?
ほとんどの会社は、自分たちの提供する商品やサービスにどれだけお客さんがつくかわからない状態で事業を始めます。どんなに立地条件に恵まれた飲食店でも、お客さんが入るかどうかは開店するまで予測できません。ひとりも来ないかもしれないのです。

しばらく続けているうちに常連さんが増えれば、お客さんを安定的に確保できたように思えるかもしれません。しかしそれも、わが子にお小遣いをあげる親御さんほど「確実なお客さん」ではないでしょう。何かの拍子に悪評でも広まれば、常連さんたちが揃って顔を見せなくなることだってあります。
■実は「お小遣い」も同じこと
大企業の下請けも、「こういう部品をつくってくれ」と依頼される点では子どもの皿洗いや肩もみと似ていますが、発注の量は時々の諸状況によって変化するので不安定です。いつまでも同じ部品の発注が続くわけでもありません。
そもそも、ここまでは親子関係をかなり理想化してお話ししてきたものの、子どもの皿洗い代や肩もみ代が本当に親御さんから支払われるかどうかも、じつは不透明です。
「そんな約束したっけ?」などとトボけるお父さんがいないともかぎりません。たとえ「お小遣いをあげ続けたい」という気持ちがあっても、病気や失業などで家計が逼迫し、それどころではなくなることだってあり得ます。
そう考えると、子どもがお小遣いを貯金するために借入をするのは、やはりそれなりのリスクがあるでしょう。誰よりも確実な親という「お客さん」がいても、そうなのです。それとは比較にならないほど厳しい環境に飛び込んでいく起業家は、借入についてよほど慎重に考えなければいけません。

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山下 明宏(やました・あきひろ)

山下明宏税理士事務所所長、税理士、巡回監査士

1963年東京都生まれ。TKC東京都心会所属、同会顧問。中小企業の自計化の推進、税務調査省略、申告是認等、税理士業務のほか、資金調達、認定支援機関としての経営助言など、通常の税理士業務にとどまらない精力的な活動を展開。著書に『テキトー税理士が会社を潰す』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『小さな会社を強くする会計力』(幻冬舎新書)がある。

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(山下明宏税理士事務所所長、税理士、巡回監査士 山下 明宏)
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