■人生のパートナーの存在と幸せの関係
私たちにとって、普段幸せに過ごせるかどうかは、非常に重要な問題です。
この点に関して心理学者、哲学者、そして経済学者も興味・関心を持ち、数多く研究を行ってきました。この結果、幸せに影響を及ぼす重要な要因がわかってきました。
その一つが人生を共に歩む「パートナーの存在」です。
長い人生の中で楽しいこともあれば、つらいこともあります。この苦楽を共に分かち合い、長い時間を共に過ごすパートナーの存在は、私たちの幸せに大きな影響を及ぼします。
このパートナーにはもちろん夫や妻といった配偶者が含まれますが、猫や犬に代表されるペットが含まれてもおかしくありません。多くの家庭において、ペットは家族の一員として捉えられており、私たちを癒やしてくれる重要な存在です。ペットと飼い主の間に強い絆が生まれることも多く、忠犬ハチ公に代表される逸話も残っています。
このようなペットの存在は私たちの幸福度を高めてくれそうですが、実際はどうなのでしょうか。実はこの点に関して実際にデータを取り、学術的に検証されています。
■ペットは飼い主の幸福度にプラスの影響を及ぼす
ペットが飼い主の幸せに及ぼす影響に関して、さまざまな分野で研究がなされています。これらの結果を見ると、おおむねペットがプラスの影響を及ぼすことがわかっています。
例えば、身体的な効果では、ペットとの触れ合いが血圧や心拍数を下げ、ストレス軽減に大きな効果をもたらすことがわかっています(*1)。また犬を飼う人は散歩を通じて自然と運動量が増え、健康維持にも貢献しているのです。
精神的な効果も見逃せません。ペットは孤独感を和らげ、自己肯定感を高めてくれます(*2)。特に一人暮らしの方や高齢者にとって、ペットは「話し相手」や「心の支え」として、かけがえのない存在となることがあります(*3)。毎日のお世話が生活のリズムを作り、生きがいを感じるきっかけにもなるのです。さらに研究では、ペットとの触れ合いがうつ病の軽減に効果があることも示されており、動物介在療法として医療現場でも活用されています(*4)。
これに加えて、社会的な効果もあります。犬の散歩中に近所の人と会話が生まれたり、ペットを通じて新しいコミュニティに参加したりと、人とのつながりを深める機会を増やしてくれるのです(*5)。
このようにペットにはプラスの効果があると考えられますが、実はこれまでの研究には大きな課題があることも指摘されてきました。
■ペット効果の因果関係を計測するのは難しい
その課題とは、ペットの効果にはさまざまな要因が影響しており、純粋な効果を計測するのが難しいのではないか、という点です。
例えば、心に元気がない人ほどペットを飼う傾向がある場合、仮にペットによってメンタルヘルスや幸福度が改善しても、もともとの状態が良くなかったために、その影響が強く見えている可能性があります。
逆に普段の生活に満足し、余裕がある人ほどペットを飼う傾向がある場合、ペットによって幸福度が上昇しても、もともとの幸福度の水準が高かった可能性があり、ペットの影響がそれによって大きく見えていることも考えられるわけです。
このようにペットの効果は「盛られている」可能性があり、本当の影響がどの程度なのかを適切に計測するのが難しいという悩みがありました。
そんな中、2025年にこの課題を解決する研究が発表されました。
■ペットの幸福度向上効果を年収に換算すると
研究を行ったのは、ロンドンスクールオブエコノミクスのマイケル・グマイナー助教授とケント大学のアデリーナ・グシュヴァントナー講師です(*6)。
彼らは統計的な手法を用いて、ペットが飼い主の幸福度に及ぼす影響を適切に計測することに成功しました。
この分析の結果、普段の生活全般の満足度を1から7で測った場合、犬や猫のペットを飼うことによって、その満足度が3~4ポイント向上することがわかりました。この影響はかなり大きいと言えるでしょう。
さらに驚くべきことに、この幸福度の向上を金銭価値に換算すると、年間約7万ポンド(約1300万円)に相当するという結果でした。これは家族や友人と定期的に交流することや結婚することで得られる幸福効果と同程度の価値なのです。
本研究の結果は、ペットが単なる愛玩動物ではなく、人間の幸福度を高める重要な役割を果たすことを示しており、ペットの飼育が社会的にも価値のある行為であることを裏付けています。
特に、ペットの飼育が心の健康の改善につながる可能性があるため、医療費削減の観点からも、ペットを活用した介入策が有効であることも考えられます。
■日本ではコスト高を理由に犬を飼う人が減少傾向
ペットは私たちの幸せのを向上させてくれるわけですが、日本ではペットと共に生活している人はどの程度いるのでしょうか。
一般社団法人ペットフード協会の「全国犬猫飼育実態調査」を見ると、猫の飼育率は横ばいで推移し、2024年の飼育頭数は約915.5万頭と推定されています(図表1)。世帯飼育率は8.61%と比較的安定していました。
これに対して、犬の飼育率は年々減少しており、2024年の調査では約679.6万頭と推定されています(図表2)。世帯飼育率も8.76%と低下傾向にありました。
日本では犬を飼っている人が減っているわけですが、その背景にあるのは金銭的なコストです。犬用のペットフードの価格は2022年4月から値上がりしているだけでなく、猫よりも犬のほうがペットフード代や医療費等の費用がやや高くなっています(*7)。このようなコストが犬を飼うことを躊躇させている可能性があるでしょう。
なお、猫のペットフードの価格も2023年4月以降急激に値上がりしており、これが今後猫を飼うことを抑制する恐れもあるかもしれません(*7)。
■未婚者や独居高齢者が増加する日本においてペットの意義は
ペットと暮らすことが私たちの幸福度を大きく高める――この事実は、感覚的なものではなく、実証的なデータに裏付けられたものです。年収に換算して約1300万円相当の幸福効果があるという驚きの研究結果は、ペットが単なる「癒やしの存在」にとどまらず、人生の豊かさに深く関与する存在であることを示しています。
しかし一方で、経済的負担の増加により、ペットを迎えるハードルが高くなっているのも事実です。ペットと人との共生がもたらす社会的価値を再認識し、ペットとの生活をより多くの人が享受できるような支援策が求められているのかもしれません。
特に日本の場合、未婚者や独居高齢者が増加傾向にあり、これらの人々の幸福度改善策として、ペットが重要な働きをする可能性もあるでしょう。
【参考文献】
(*1)①Allen, K., Blascovich, J., & Mendes, W. B. (2002). Cardiovascular reactivity and the presence of pets, friends, and spouses: The truth about cats and dogs. Psychosomatic Medicine, 64(5), 727–739. ②Wells, D. L. (2005). The effect of videotapes of animals on cardiovascular responses to stress. Stress and Health, 21(3), 209–213.
(*2)①Headey, B. (1999). Health benefits and health cost savings due to pets: Preliminary estimates from an Australian national survey. Social Indicators Research, 47, 233–243. ②Jessen, J., Cardiello, F., & Baun, M. M. (1996). Avian companionship in alleviation of depression, loneliness, and low morale of older adults in skilled rehabilitation units. Psychological Reports, 78(1), 339–348.
(*3)Archer, J. (1997). Why do people love their pets? Evolution and Human Behavior, 18(4), 237–259.
(*4)①Jessen, J., Cardiello, F., & Baun, M. M. (1996). Avian companionship in alleviation of depression, loneliness, and low morale of older adults in skilled rehabilitation units. Psychological Reports, 78(1), 339–348. ②Souter, M. A., & Miller, M. D. (2007). Do animal-assisted activities effectively treat depression? A Meta- Analysis. Anthrozoös, 20(2), 167–180.
(*5)①McNicholas, J., & Collis, G. M. (2000). Dogs as catalysts for social interactions: Robustness of the effect. British Journal of Psychology, 91(1), 61–70. ②Bao, K. J., & Schreer, G. (2016). Pets and happiness: Examining the association between pet ownership and wellbeing. Anthrozoös, 29(2), 283–296.
(*6)Gmeiner, M. W., & Gschwandtner, A. (2025). The Value of Pets: The Quantifiable Impact of Pets on Life Satisfaction. Social Indicators Research.
(*7)「ペットブームは頭打ち?」経済産業省
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佐藤 一磨(さとう・かずま)
拓殖大学政経学部教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。
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(拓殖大学政経学部教授 佐藤 一磨)