※本稿は、縄田健悟『だけどチームがワークしない “集団心理”から読み解く 残念な職場から一流のチームまで』(日経BP)を再編集したものです。
■「空気」とは何か
集団を理解する上で「空気」は、カギとなるとても重要な存在です。
日々の生活や人間関係の中で、「空気を読む」ことは必要不可欠です。目に見えない「空気」を感じ取り、それに応じた適切な行動を取ることが求められます。
日本では一時期、「KY」という言葉が流行しました。「空気(K)を読めない(Y)」人を揶揄する表現です。この言葉が流行したという事実そのものが、空気を読むことが日々の生活でいかに当たり前のものであるかを示しています。
こうした「空気」という言葉は、もちろん組織や会社でも見受けられます。存在する「空気」に流される形で、組織が思わぬ方向に進んでしまうこともあります。同調追求が集団浅慮を起こすものだと説明しましたが、「空気を読め」が悪い方向にいくと、まさに集団浅慮(※1)を引き起こします。
こうした「空気」の影響を受けるのは、日本人だけではありません。
世界中のどの文化でも、人々は集団の中で生きています。
世界中のあらゆる集団の中に、メンバーに影響を与える「空気」がしっかりと存在しているのです。
「空気」は、社会心理学では集団規範や社会規範と呼ばれ、これらについて、多くの研究が行われてきました。
集団規範や社会規範とは、集団や社会に属するメンバーによって、それが正しいと認識され、行動や判断の基準となる暗黙のルールのことを指します。
多くの人が、知らず知らずのうちに、自分の属する集団規範に縛られながら生きています。こうした規範はいかに形成され、私たちの心や行動にどのように影響をもたらすのでしょうか。
本稿ではそのメカニズムについて詳しく見ていきましょう。
※1 集団浅慮…集団のまとまりを追求するあまり、多数決や同調圧力によって、誤った結論や行動が選ばれてしまう現象。
■組織にはびこる「暗黙のルール」
集団規範とは、メンバーみんなに共有されている暗黙のルールです。
メンバーが従うのは必ずしも、おおやけにルールとして明文化された規則だけではありません。空気のように存在する暗黙のルールに私たちは従っています。
遅刻や服装を例に見ていきましょう。
例1 遅刻
たとえば、A社とB社では、就業規定ではともに「9時始業」と定められている場合を考えてみましょう。
A社では、8時40分にはみんなが出社して仕事を始めることが暗黙のルールとなっています。こうした状況では、8時50分に出社した場合でも、周囲から「遅いじゃないか」という非難の目が向けられます。
一方で、B社は、規範が緩やかな会社です。同じく就業規定では「9時始業」であっても、9時前後に出社していればまわりの人から特に問題とは思われません。ただ、さすがに9時15分を超えると遅刻とみなされます。このような規範であることもあるでしょう。
例2 服装
服装もまた、集団ごとに規範が違うものです。鉄道会社や銀行など、社内のルールとして制服が決まっている企業もあります。
しかし、明確な社内規定がない場合でも、みんなが自由な私服で好きな格好をしているわけではなく、男性社員だと「スーツにネクタイ」が基本だという会社も多いでしょう。
この場合、「スーツにネクタイ」は明文化された規定ではなく、あくまでも暗黙のルールです。しかし、集団のメンバーはみんな、この暗黙のルールに従い、一定の範囲に収まる節度ある服装をしています。
もちろんこうした規範は時と場合に応じて変わることもあります。
クールビズは、今ではあたりまえとなりました。しかし、20年も前には営業職などは真夏でも「スーツにネクタイ」が当然でした。時代とともに適切な服装の規範も変化するのです。
■「みんながそう思ってる」から私たちは従う
集団規範とは、明示的なものも含みますが、多くは暗黙のルールです。「みんながそう思ってる」というのが根拠であり、法や規定にもとづくようなものとも限りません。しかし、法や規定以上に私たちの行動を縛ることがあります。
集団規範には、次のような特徴があります。
1 集団メンバーは同じ基準を全体で共有している
例:職場ではスーツにネクタイが当たり前
2 規範に従うとメンバーから承認され、規範から逸脱するとメンバーから非難される
例:「スーツにネクタイ」で仕事をする分にはよいが、「Tシャツと短パン」では白い目で見られ叱られる
3 メンバーからの承認を求め、非難をされないために、みんな規範に従おうとする
例:好きでなくとも、みんなが普通だと思っている「スーツにネクタイ」を着ようとする
ここで紹介したのは服装や遅刻などのごく一例です。実際には職場の規範は、ふだん意識されないものまで非常に多くのものが存在します。
集団が持つ暗黙の規範はよく「氷山の一角」として例えられます。
目に見える決まり(職務内容、職階級制度など)は目に見える氷山の一角にすぎません。
その水面下には、見える部分の何十倍もの大きさの氷の塊があります。これがメンバーの誰もが気づかないうちに縛られている、膨大な量の暗黙のルールとして機能しているのです。
■人は間違いにも同調してしまう
そこに規範があれば、人はその規範に従います。
要するに、「みんながそう行動している・そう思っている」という事象に対して、私たち人間は追随する傾向があるのです。
この「規範に従う」という現象を理解するために、まずは社会心理学者のアッシュが行った多数派への同調実験を紹介します(※2)。
この実験は、図表2の左上のような画像をテロップで実験参加者に見てもらい、これと同じ長さの線を1、2、3から選択するという課題です。
見ていただくと分かるように、とても簡単な課題であり、1人で答えるときにはほとんど間違えません。
この実験ではこれを集団で行います。同時に複数の人がいる集団場面で左端の人から順に回答してもらいました。
実は、ここで集まった参加者は、1人をのぞいた全員が事前に仕込まれたサクラでした。サクラは、全員がわざと間違った答え「2」を選択します。
さて、1人だけいる本当の参加者は、他の人(サクラ)による間違った回答を聞いた後に回答します。
この人はどのように回答したのでしょうか?
なんと、まわりの人の間違った回答に同調して「2」と回答をする人が多く見られました。
元の実験では、18回中12回でサクラが揃って間違えた回答をしましたが、そのうち平均4.41回(36.8%)が多数派につられた間違った回答をしました。
そして、参加者123名中1回も間違えなかったのは29名でした。つまり76.4%にあたる残り94名が、12回中少なくとも1回はつられて誤答をしていました。
1人だとまず間違えない課題です。しかし、これだけ多くの人が周りの多数派に合わせて同調してしまうのです。
※2 Asch(1956)
■どんなときに同調は強くなるのか
文化や年齢、性別などによる違いは見られるものの、こうした同調の結果は繰り返し示されてきました(※3)。
同調を強める要因を、いくつかご紹介しましょう。
同調の重要な要因は、集団全体がみんな同じ一枚岩であることです(※4)。全員が一致して同じ意見を言っているときには、より同調が強まります。誰も反対していない場面で、自分1人だけが手をあげて違う意見を言うのは、難しいのです。
一般に集団が大きいほど、つまり人数が多いほど、同調はより起こりやすくなります(※5)。
自分が集団から受け入れてもらうことが重要となる場面では、自分を集団に受け入れてもらおうとして、同調が強くなります。
たとえば、
・後からメンバーどうしで交流することが知らされるとき※7
・集団メンバーが自分と同じ心理学専攻の学生から成る
・身内だと知らされ、さらに彼らから見られているとき※8
といったときなどに、同調はより強くなります。
※3 Bond(2005);Bond & Smith(1996)
※4 Asch(1955)
※5 Mann(1977)
※6 Asch(1955)
※7 Lewis, Langan, & Hollander(1972)
※8 Abrams et al.(1990)
■人から嫌われたくないから同調する
アッシュ型実験で見られる同調の主な原因は、集団に所属していたい、まわりの人から嫌われたくないと思うことです。
人は、集団から爪弾きにされることなく、集団に受け入れられていたいと思います。そのため、自分1人だけ逸脱者にならないように、まわりの人に合わせる行動をとるのです。
先ほどのアッシュの実験では、他の人の前で自分の回答を発表するという形でした。つまり、回答を他の人に聞かれている状況でした。
じつは、多数派の間違った回答は知らされるものの、自分の回答自体は誰にも見られず個人的に手元のボタンを押すだけという場面では、通常のアッシュ型の場面と比べて、同調が低いことが示されました(※9)。逆に言うと、人は他人に見られているからこそ、間違った他者に同調をするとも言えるのです。
同じ実験で、全員正解すると演劇のペアチケットという報酬がもらえるという場面では、同調が高くなりました(※10)。これは、自分1人が違う回答をして報酬を失えば、まわりの人から拒絶されるかもしれないと思ったからだと解釈されます。
■異論を唱えるのは「苦痛を伴う」
また、fMRIを用いて、同調場面での脳活動を調べた研究があります(※11)。この実験では、2つの図形を回転させたときに、複数人で同じかどうかを回答する課題(メンタルローテーション課題)を順に回答してもらいます。
このときに、同調しなかった場合(つまり人と違う回答をしたとき)の脳活動を調べたところ、扁桃体という、感情と関連する深い脳部位の活動が強く見られていました。
言い換えると、集団に抗って1人だけ違うことを述べるのは心理的に苦痛を伴うということです。同調するのは人から悪く思われる不安を回避するためだと言えます。
少し補足します。
実は、同調には「規範的影響としての同調」と「情報的影響としての同調」の2種類があります。ここまで説明してきたのは前者のみです。「メンバーから嫌われたくないから」というのが規範的影響です。
もう1つの「情報的影響」とは「正確な情報を得て正しい判断を行いたい」ときに、同調して周りの人と同じ判断をすることです。これは特に、自分の判断や行動が正しいか確認ができない状況で起きやすいものです。
ここでは情報的影響の詳細についてはこれ以上説明しませんが、こういった場合もあることにも留意してください。
※9 Deutsch & Gerard(1955)
※10 Deutsch & Gerard(1955)
※11 Berns et al.(2005)
■集団規範は内面化する
集団規範というのは、もともとは自分の外にあるものです。
特に集団に参加したばかりの最初の段階では、個人が元々持っている価値観と集団規範とが一致しないということはよくあります。
そうであるがために、最初はまだ納得できずとも、「皆やってることだから」という理由でその集団規範に従うことが一般的です。
しかし、その集団での生活が続くうちに、その集団の価値観がだんだんと自分自身のものとして内面化していきます。つまり、もともと自分にはなかった集団の価値観やルールを自分自身のものとして取り込んでいくのです。これは、ことわざでいう「朱に交われば赤くなる」という現象です。
たとえば、ある会社の新入社員が「こんなに早く来て、みんなで掃除して、朝から1人一言あいさつするのか。面倒だなあ」と入社すぐには感じていたとします。
しかし、3年も経つと「早く来て、しっかり掃除するのはあたりまえ。そういう会社の決まり事はしっかりと守らないと。不満ばかり口にして、最近の若者はほんと甘っちょろい」などとしたり顔で我が社のあり方を後輩に語るようになったりするものです。
このような現象は、会社だけじゃなく、部活や趣味サークルでも見られるものです。
集団の価値観を身につけ、所属集団の色に染まっていく過程それ自体は悪いことでもなく、組織の一員として成長してきた証でもあります。
■反社会的な価値観にも染まってしまう
組織の色に染まる過程は、非行集団やヤクザ、カルト集団、テロ組織といった集団でも同様に見られるものです(※12)。
ただし、過程は似ていますが、そこで規範として存在する価値観の内容は大きく異なっています。彼らの規範は「お金を得るためには殺人や暴力も容認される」などの反社会的なものです。
こうした反社会的規範もメンバーが内面化していき、一般社会とは異なる、暴力や犯罪を容認する価値観を身につけていくのです。
つまり、集団の価値観が社会通念上良いものでも悪いものでも、その集団で長い年月所属し過ごしているうちに、私たちはその集団の色に染まっていくのです。
この点は、押さえておかないといけないでしょう。
※12 Gill(2012); 西田(1995); Becker(2021); Bouzar(2015, 翻訳2017)
■ブラック企業は魅力的
カルト集団やテロ組織だと極端な例に聞こえるかもしれませんが、いわゆる「ブラック企業」でも同様のことが起こり得ます。
問題ある行為があたりまえとなってしまったブラック企業であれば、一般社会では受け入れがたいような反社会的な規範を知らず知らずのうちに内面化してしまうかもしれません。たとえば、2023年には大手中古車販売会社による保険金の不正な水増し請求事件が発覚しました。それをきっかけに、社内でのパワハラや店舗周辺の街路樹を枯らす行為などの、社内外を問わず多くの問題行為が一挙に報道されました。
こうした組織では違法行為さえも「いつもやってるあたりまえのこと」だと捉えるようになり、集団の外にある一般的な社会通念に関する感覚が麻痺してしまうのです。
社会心理学の研究では、むしろ普通ならやらないような活動をするほど、その集団への魅力が増していき、その価値観を内面化していくという知見もあります(※13)。なぜならば、「こんな普通ならやらないことをわざわざするなんて、自分がこの会社が大好きだからだ。自分がこれをすることは必要なことなんだ」と自分自身の認識を改め、正当化を行うからです(認知的不協和の解消)。
まとめると、こうした集団規範を自分のものとして取り込むことは、組織の一員として適応していくために、誰しもがあたりまえに経験する過程です。
ただし、同時にその規範はあくまでもその会社に固有のものでしかありません。まさに「我が社の常識は世間の非常識」なのです。
会社が持つ価値観が、社会全体でも問題なく許容される範囲であるのかについては常に自覚しておくことが必要となるでしょう。私たちは、自分が所属する組織の規範を容易にあたりまえだと思ってしまいます。だから、ときにそれを客観的に見つめ直すことが必要なのです。
※13 Aronson & Mills(1959)
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縄田 健悟(なわた・けんご)
福岡大学人文学部准教授
専門は、社会心理学、産業・組織心理学、集団力学。集団における心理と行動をテーマに研究を進め、特に組織のチームワークを向上させる要因の解明に取り組んでいる。山口県山陽小野田市出身。九州大学大学院人間環境学府博士後期課程修了。博士(心理学)。一般社団法人チーム力開発研究所理事も務める。著書に『暴力と紛争の“集団心理”:いがみ合う世界への社会心理学からのアプローチ』(ちとせプレス)、『だけどチームがワークしない “集団心理”から読み解く 残念な職場から一流のチームまで』(日経BP)などがある。
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(福岡大学人文学部准教授 縄田 健悟)