※本稿は、井戸美枝『ゼロ活 お金を使い切り、豊かに生きる!』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■相続する人がおらず国庫に入る遺産は1015億円
本書のテーマである「ゼロ活」とは、自分の持つお金を使い切り、資産「ゼロ」の状態で天寿を全うする活動を指しています。ごく簡単にいえば、「自分が一生懸命働いて貯めた財産を、人生の終わりまで好きなことに使いましょう」ということ。
私が、こうした考えを抱いたきっかけのひとつは、日本には自分の財産を使い切れないままに亡くなってしまう方が非常に多いという現実があるからです。
最高裁判所が公表したデータによると、2023年度の時点で相続する人がおらずに国庫に入った遺産金は1015億円にも上ります。この金額は、10年前の約3倍にも上る数字です。
高齢化が続く現在、この傾向が続けば、使われないまま国庫へと入るお金は、ますます増えてしまうのでしょう。使わないでいると国庫に入ってしまうことを強調したいのです。
■50代、60代は自分の資産をつかう絶好のタイミング
また、お金のみならず、最近は所有者がわからない土地、すなわち「所有者不明土地」も社会問題になっています。2023年の4月からは、一定の条件を満たした場合、相続や遺贈により取得した土地の所有権を国へ帰属させる「相続土地国庫帰属制度」という制度まで始まったほど。
お金であれ土地であれ、本来は、自分が死ぬまでに財産を処理し、最後まできちんと使い道を決めておけば、所有者のいないお金や土地は発生しないはず。
繰り返しになりますが、お金とは、自分のかけてきた時間やエネルギーの対価です。いうなれば、これまで積み重ねてきた自分の人生の証しです。それが、使われないままどこかに消えてしまうのは、寂しいし、とてももったいないことではないでしょうか。
だからこそ、自分自身が一生懸命頑張って培ってきた資産は、それをつくり上げ、守ってきた本人がしっかりと有効活用するべきだと思うのです。
特に50代、60代は、仕事や子育てなども一段落し、お金と時間にも少しずつ余裕が出てくる年代。これまでつくり上げた資産を、自分の人生を豊かにするために利用する絶好のタイミングだといえるでしょう。
■日本人は2141兆円のお金を貯めこんでいる
しかし、ここで問題があります。私たち日本人はとても慎重で真面目な人が多いため、「自分のお金を使い切って死ぬこと」に対して、罪悪感を持ちやすい傾向にあるのです。
「歳を取ったら派手な行動はしないで、おとなしく隠居すべきではないのか」「自分の楽しみよりも、子どもや孫のためにお金を取っておくべきではないか」と考え、お金を使わずに貯めこむ。文化や教育が影響しているのかもしれませんが、このように考える人が日本人には多いような気がします。
日本銀行が2024年3月に公表した「資金循環統計」によれば、日本の個人が持っている金融資産は史上最高額の2230兆円にも上ります。
つまり、多くのシニア世代が多額の資産を持っているにもかかわらず、その資産を使うことなく貯めこみ続けている。これは驚くべき事態でしょう。また、日本人の貯蓄癖の原因には将来への強い不安もあるようです。
■「老後生活に不安がある人」は8割を超える
公益財団法人生命保険文化センターが2022年に発表した「老後生活に対する不安の有無」に関する調査では、「不安がある」と回答した人は全体の82.2%に達し、実に8割を超える人が老後の生活について不安を感じていることが明らかになっています。
しかし、考えてみてください。もし多くの日本人が資産を持ち続けていたならば、日本経済は停滞して子どもや孫世代の未来に悪い影響を与えてしまうでしょう。
理由のない漠然とした不安から資産を貯めこむよりも、自分の好きなようにお金を使って、日本経済の活発化に貢献したほうが良いのではないでしょうか。
自分の資産を使い切って、人生を楽しむ。そんなふうに提案した際、多くの方が懸念するのが「老後2000万円問題」です。この問題は、2019年に金融庁から公表された金融審議会ワーキング・グループの報告書をきっかけに大きく注目されたため、ご存じの方も多いでしょう。
■「老後2000万円問題」を鵜呑みにしてはいけない
報告書によると、公的年金だけでは老後の生活費が不足し、夫婦世帯の場合、平均寿命まで生きると追加で約2000万円の貯蓄が必要になるとのこと。
でも、ちょっと待ってください。その2000万円という数字は、本当にあなたの人生に必要な金額なのでしょうか? 実は多くの方が誤解しているのですが、そもそもこの2000万円という数字は、試算が行われた2017年総務省「家計調査」(家計収支編)による「65歳以上の夫婦のみの無職世帯」を例に取って試算されたもの。この世帯が老後30年間暮らす場合、公的年金の収入だけでは生活費が不足し、その不足額が約2000万円になる、という試算から生じた話です。
この報告書から「年金だけでは安心できない」という認識を多くの人が持つようになったのですが、実際には生活スタイルや年金の額、家族構成などによって、必要な金額はそれぞれ異なります。特に、現在の現役世代の状況やライフスタイルは、会社員と専業主婦世帯といったモデル年金のものからは大きく異なります。
人生が千差万別であるように、人生で必要なお金には大きな個人差があります。だからこそ、この2000万円という金額を鵜呑みにして、無駄な不安に駆られる必要はありません。
■「子どもがいるから突然死んでも大丈夫」ではない
ゼロ活の話をすると、「自分には子どもがいるから、財産を処分する前に亡くなったとしても、あとは子どもたちがやってくれるから大丈夫」とおっしゃる方がいます。けれども、生前に財産の処分を決めておかなかったがゆえに、親の死後、家族の間に亀裂が走ってしまうケースは多々あります。
相続トラブルは、一部の資産家の話だから自分には関係ないと思われるかもしれません。でも、実は資産家は生前から相続争いを見越して、きちんと資産を整理しておくので家族間の問題は起こりにくいもの。
■遺産額が少なくても残された家族はもめる
2022年度の「司法統計」によれば、家庭裁判所で争われた遺産分割審判および調停案件の総数は約6800件。そのうち76%は、遺産額5000万円以下の案件だったそうです。
これを見るとわかるように、裁判に持ち込まれるほどのトラブルに発展する遺産相続は、そこまで大きくない金額のケースであることが大半なのです。「うちは財産が少ないから揉めない」と財産整理や生前贈与をしていないがゆえに、自分の死後に家族間で争いが起こってしまうかもしれません。
自分が残した財産が家族の絆をバラバラにする。そんな事態を防ぐためにも、元気なうちに生前贈与をすることをゼロ活の一環としておすすめしています。自分が納得するかたちで贈与しておけば、家族同士で揉める心配はありませんし、何より自分の気持ちもすっきりするはずです。
子どもをはじめとする家族に渡すものを渡してしまい、残った財産を人生の最期までに自分の好きなことにすっきりと使ってしまえば、遺された家族が揉めることもありません。
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井戸 美枝(いど・みえ)
ファイナンシャル・プランナー(CFP認定者)
関西大学卒業。社会保険労務士。国民年金基金連合会理事。
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(ファイナンシャル・プランナー(CFP認定者) 井戸 美枝)