※本稿は、近藤仁美『クイズ作家のすごい思考法』(集英社インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。
■「他人の案」を通せる人ほど頼りにされる
知り合いに「昨日何してたの?」と聞かれ、「宿題」と答えると、しばしば「大人なのに」と半笑いされる。この「宿題」とは、企画会議に持ち寄るクイズや番組内容の案のことで、学校の夏休みの最後にでんと控えるアレのことではない。
企画会議ではよく「次回までの宿題は◯◯ね」といった指示がなされるため、次の会議で出す提案内容のことを、関係者間ではこう呼んでいる。
さて、テレビの企画会議にはたいてい複数の作家が参加する。みんなで案を持ち寄って、あーでもない、こーでもないと話し合うのだが、このときのふるまいには性格が出る。提案された問題の模範解答以外の答えにいち早く気づく人、自分の案を積極的に通そうとする人、資料づくりが上手でひとこともしゃべらないまま採用を連発する人など様々だ。
そうした場で20年ほど生き残った結果、ひとつわかったことがある。それは、多くの案件で頼りにされる人ほど他人の案を成立させるのが上手い、ということだ。
■チームのトップが変わり、求められるクイズの傾向が激変
たとえば、とある大型特番で新趣向を試したいといった話が出たときのこと。建てつけ上はクイズ番組なのだが、一般的な問題じゃつまらない、もっと大がかりなものを、というオーダーが出た。
長寿企画だけに立ち上げたころのメンバーはもうおらず、その局のレギュラー番組をつくっているチームが持ち回りで担当するため、チームのトップが変われば番組の方針も変わっていく。
その結果、前回までは好んで採用されていた傾向の問題が、急に見向きもされなくなることがある。この特番で実際に起こったことに即していえば、以前は答えが気になる、つまりCMを挟んでも離脱せず観続けてもらえるようなクイズが採用されたのに対し、演出さんが変わったとたん、クイズで扱う情報の面白さは重視されず、解答方法の派手さや答える過程でどれだけ体力を消費するかなどが重視されるようになった。
案の定、多くの作家が迷走した。私も同様で、会議開始から2カ月経っても採用ゼロ。色々な方向の案を出してはボツになり、案を出してはボツになり、という状態だった。実は旧体制では問題採用率一位だったのだが、通常ならばアピールポイントになる情報も、新体制下ではもはやはずかしくて口にも出せなかった。
■球数は少なくとも採用数の多い先輩の資料を読み込んだ
そんな、あまりに成果の出ない日々でも「次こそやるぞ」と前向きに取り組み続けられたのは、その場にいた別格ともいえるふたりの放送作家のおかげだ。ひとりはお笑い畑出身で、新体制の演出さんとは長い付き合いの人。もうひとりはクイズを強みのひとつとしつつ他分野の有名バラエティにも多数関わっている人だ。
おふたりは、どちらも一度に提出する案の数は少なめだった。
結果、最低限の言葉で直感的に理解できる資料に仕上がっていること、クイズで挑戦する内容が、何かを食べる・何かを取るといった人間の根源的な行動に結びついていること、流行りの素材を適度に取り入れていることなど、クライアントが「これならいける」と思える要素が多数含まれていることに気づいた。
■「こうしてみたら?」と他人の案にアイデアを足す2人
しかし、そういった資料よりすごいのは、彼ら自身だった。
よく観察していると、このふたりは他人の案のアシストが抜群に上手かった。アイデアは面白いけれど何をもって正解とするかの判断が難しい問題であれば「判定方法を◯◯にすれば現場の動きがすっきりしそう」、クイズは成立しているものの「よしやろう」と乗り気になれるだけの決め手に欠ける場合は「△△を組み合わせるとイマっぽい」などと、次々と案を出していく。
そうした意見によって実現の絵面が見え、いくつも企画が拾われていった。案を出した作家はほっとした表情になり、チームのトップは少しずつ番組の輪郭ができていくことに満足げだった。
■自分の能力を示そうとしているだけの意見ではないか
会議に呼ばれる作家は、仲間であると同時にライバルだ。そのような背景から、こうした対応に一度は「持てる者の慈悲か?」と思ったこともある。しかし彼らの行動には自らの善性を自覚している者特有のべたつきがなく、終始穏やかだった。
そこで私も、現実にうまくいっている方法なのであればちょっとやってみようと、わからないなりにふたりの真似をしはじめた。すると、同じアシスト系の意見でも、通りやすいときと通りにくいときがあることに気づいた。
文字にすれば「そりゃそうだ」と容易に想像がつくが、案件の渦中で自身が評価にさらされているとき、場の目的を見失わないことは意外と難しい。
例の特番の場合、数カ月に及ぶ会議は「面白い番組をつくる」ために行われたわけだが、場の目的よりも個人的な目論見(作家としての存在感を示すことや、これを機に次の案件につなげたいといった気持ち)が優先された場合、よい案はかえって出にくくなる。
当然他者の案にも辛くなりがちなので、下手をすると出た意見に対しダメな理由・実現できない理由ばかりが並べられるという、本末転倒でギスギスした空間ができあがる。
この一件以来、私は以前よりも「その行動の目的は何か」を強く意識するようになった。こうすることでチーム全体の収穫に少しずつ貢献できるようになり、初めて参加した場でも結果が出やすくなった。また、仕事以外でも、目的を見失って議論のための議論をする人たちに関わらずにすむようになったため、プライベートの充実にも大変有効だった。
■「なんかクイズ出してよ」の無茶ぶりにはきっちり応じる
「なんかクイズ出してよ」
クイズ作家が飲み会に行くと、高確率で言われる言葉だ。相手は気楽な調子だが、こちらにとっては大問題である。この言葉が出た瞬間、ビールの味はどこへやら、お通しのもずくが箸をすり抜けるというプチストレスもどこかに飛んでいく。
クイズ作家はクイズをつくる仕事なので、そこには当然対価が発生する。それを無料で、しかも座興でやれというのだから、安居酒屋の冷凍刺身並みの冷たさで断っても差し支えない。
ところが、長く生き残っている作家はたいていこの無茶振りに応える。なぜなら、その1問で、クイズの対価より大きなものを得られると知っているからだ。特に、飲みの場には色々な業種の人が来る。クイズプレイヤーやメディア関係者なら「クイズ作家」という職業に聞き覚えがあるかもしれないが、ほとんどの人はそんな仕事があることを知らない。
であれば、この無茶振りはむしろ広告宣伝のいいチャンス。相手が勝手に言ってきたのだから、こちらが出しゃばったことにもならない。
■場が盛り上がって後日仕事につながることもある
というわけでちょっとテーブルを見まわし、ポテトサラダに目をつける。
[問題]
そこにポテトサラダがありますね。では、それにちなんで、ポテトに関する問題です。次のうち、実在するジャガイモはどちらでしょう
A:男爵イモよりおいしい「伯爵イモ」
B:メークインより大きい「メーキング」
男爵イモ、メークインといえば、野菜に詳しくない人も知っているジャガイモの有名な品種だ。そこに、いかにも実在しそうな関連性のある名前を添えて出題する。テーブルにあるものからクイズをつくるのは、ズバリ即応力を見せるため。
なお、さっきの問題の答えは「A:男爵イモよりおいしい『伯爵イモ』」だ。北海道などで実際に栽培されている「ワセシロ」という品種の俗称で、男爵イモの品種改良によって生まれ、男爵イモよりも煮えやすくしっとりと甘いことから、より上級の貴族の称号である「伯爵」と名づけられた。
こうして場が盛り上がれば、自分の仕事とキャラクターを知ってもらうきっかけになる。
その場で「楽しい」と感じてくれた人のなかには、クイズが他者の耳目を引けるコンテンツであることに気づく人もいる。そして後日、思わぬ発注が……! 無料で出した問いが、意外な金額になって返ってくる。
■場に応じた問題を出すのは新商品のアピールに似ている
それってクイズ作家だからできることじゃないの? と思うかもしれないが、実はそうではない。購入前に商品を試してもらうのは、試食や初回無料体験のようなものだ。発売間近の新製品の顔見せなども、この部類といえるだろう。
場に応じた問題を出すのは、「イマっぽさ」がある商品をアピールするのと似ている。発売間近の新製品は、その場で使って見せたり、それによって効能を感じてもらったりすることで、関心度が高くなる。
ちなみに、クイズを無料提供したとき、問題の感想に添えて「プロの方にこんなふうに出題してもらうとは、なんだか申し訳ない」と話しかけてくる人がいる。そういった方とは、仕事に限らず、いい関係が続くことが多い。
なぜなら、初対面の知らない業種の相手を尊重することができ、相手に発注すればそれなりの金額が必要であることも想定できている人だからだ。
■エビフライ、ローストビーフ、ポテトサラダ、日本発祥の料理は?
ところで、ポテトサラダの話が出たので、芋づる式にもうちょっとイモの話を続けたい。
以前つくった問題に、こんなのがある。
[問題]
次のうち、日本発祥の食べ物はどれでしょう
A:エビフライ
B:ローストビーフ
C:ポテトサラダ
この問題の答えは「A:エビフライ」。東京・銀座の煉瓦亭が考案、または明治時代に天ぷらから派生したとされる。Bのローストビーフはイギリスの伝統料理。Cのポテトサラダは、諸説あるもののロシアのオリヴィエ・サラダがもとになったといわれる。
オリヴィエ・サラダは、オリヴィエさんというフランス系ロシア人シェフがモスクワのレストランで考案したものだ。というのも、冬が長いロシアでは、新鮮な野菜を食べられる期間が他国に比べて短い。そのため、生野菜のサラダよりも、長期保存ができるジャガイモのサラダが定着したといわれる。
食卓の料理ひとつ、お酒のアテひとつにも、発祥の地の風土や人々の暮らしの知恵が詰まっているのだなぁ、とポテトサラダにちょろっと紛れたキュウリをポリポリしながら思うのである。
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近藤 仁美(こんどう・ひとみ)
クイズ作家
三重県生まれ。早稲田大学教育学部卒業および同大学院修了。在学中からクイズ作家として活動を始め、日本テレビ系『高校生クイズ』の問題作成を15年間担当したほか、『マジカル頭脳パワー‼2025』『クイズ! あなたは小学5年生より賢いの?』『せっかち勉強』などのテレビ番組や、各種メディア・イベント等で問題作成・監修を行ってきた。2018年より国際クイズ連盟日本支部長。クイズの世界大会では日本人初・唯一の問題作成者を務める。
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(クイズ作家 近藤 仁美)