※本稿は、縄田健悟『だけどチームがワークしない “集団心理”から読み解く 残念な職場から一流のチームまで』(日経BP)を再編集したものです。
■日本に定着したテレワークという働き方
最近の職場の心理学研究においてもっともホットなテーマの1つがテレワーク(もしくはリモートワークともいいます)です。
かつてはオフィスに出社して働くのが一般的でした。しかし現在では、テレワークという自宅やカフェなどからPCとインターネットなどのICT(情報通信技術)を利用して仕事を行う新たな働き方が生まれました。現在では在宅勤務とも同義に使用されています。
このテレワークによる仕事は、チームワークや生産性にどのような影響をもたらすのでしょうか?
テレワークだとなかなかチームがうまくいかないのだという声をよく聞きます。一方で、これまでの研究は、実はテレワークがチームワークを単純に悪化させるわけではないということを示しています。
これは一体どういうことでしょうか。
本稿では、テレワークでのチームワークに関して、バーチャルチーム研究の知見に基づいて、テレワークがもたらす新たなチームの働き方の可能性を考えていきます。
まずは、日本でのテレワーク普及の近年の流れを確認しましょう。
もともとテレワークは日本では、2018年の「働き方改革」関連法の施行の中で注目されるようになりました。
たとえば、在宅勤務を行うことで、オフィスへの通勤時間が減り、家事や子育て、介護といった家庭生活に柔軟に対応できるようになります。実際にテレワークはワーク・ライフ・バランスにポジティブな効果があることが国内外ともに多く報告されてきました。※1
しかし、日本では法的な整備がされたにもかかわらず、テレワークの導入は遅れていました。そんな日本でテレワークが一気に普及するきっかけとなったのは、2020年の新型コロナウイルス感染症の流行です。感染対策としての外出自粛要請を受け、多くの企業がテレワークに移行しました。
※1 Gajendran & Harrison(2007); 金井(2021)
■従業員はテレワークを続けたい
たとえば、ある調査では、正社員のテレワーク実施率は2020年1月には6%だったところから、緊急事態宣言が全国に発出された4月半ばには25%まで大幅に増加していました。※2
読者の方の中にも、この時期にテレワークを始めた方や、その頻度が急増した方も多いでしょう。
その後、ワクチンの普及や感染状況の改善により、出社勤務への揺り戻しも見られて、2020年のコロナ禍1年目よりもテレワーク実施率は低下しました。※3
しかし、まったく元どおりということはなく、従業員側のテレワークに対する満足感や継続意図は高く※4、コロナ対策としてだけではなく、今後の社会に必要な働き方の1つとして定着しつつあります。
※2 大久保敏弘・NIRA総合研究開発機構(2022)
※3 後藤・濵野(2021); 総務省(2021)
※4 後藤・濵野(2020, 2021); 総務省(2021)
■テレワークはコミュニケーションに悪影響を与えるのか
さて、それではテレワークは職場にどのような影響をもたらすのでしょうか?
テレワークのメリットとしては、通勤時間の削減による労働時間の有効活用やオフィス維持コストの削減などがあげられます。一方で、デメリットとしては、孤独感の増大や、上司による効果的なマネジメントの難しさ、自宅での適切な作業環境の必要性などがあげられます。
特にこの本は職場集団のチームワークに関する本ですので、「テレワークはチームワークにどう影響するか?」という点を中心に紐解いていきましょう。
テレワークにおけるチームワークを考える際に、しばしば耳にするのがコミュニケーションの難しさです。
一般的には、「オンライン越しだとコミュニケーションが不十分になる」ことがテレワークを取り巻く悩みのようです。
実際に、コロナ禍の国内で行われたアンケートでは、テレワークの問題点として、コミュニケーションがうまくいかないことがもっともよく同意されるものでした。※5
テレワークを行う人がこう思っているということは、数々の研究でも、同様に見られます。テレワークによるコミュニケーションの量の主観的認識には「変化なし」という回答が多く見られる一方で、「減少した」という回答の方が「増加した」という回答よりも多く見られるというのは一貫した傾向のようです。※6
※5 後藤・濵野(2020); 脇坂(2022)
※6 江夏他(2020); 加藤・佐々木(2022); 仁昌寺・比嘉(2021); 脇坂(2022)
■実証研究では「リモート=チームワーク悪化」ではない
このような感覚は多くの方が経験していることかもしれません。
確かに、テレワークではチームメンバーが物理的に離れています。出社して対面していれば、その場でぱっと話しかけて質問や相談ができるものが、メールしたりオンライン会議アプリを立ち上げたりと、ひと手間かかります。また、仕事中の姿がお互いに見えないために、今の仕事の進捗に問題はないか、何か困ってはいないかといった相互の状況把握が不十分となりやすいでしょう。
急に始まったコロナ禍でのテレワークには、多くの方がずいぶん苦労されたことだと思います。
しかし、テレワークの実証研究は、意外な結果を示しています。
以上の話はあくまでも主観的認識による「悪化“感”」の話です。
「テレワークでチームワークが悪くなったか」を尋ねても、それは「みんな悪化したと思っている」ことしか分かりません。実際に悪化したかは別かもしれません。つまり、実際に悪化したかどうかを確認するためには、「テレワークが多いチームほど、チームワークが悪い」とか、「テレワークを始めたチームでは、チームワークが前より悪化する」ということが実際に起きているかを検証しないといけません。
ここでは、特に2つの研究を確認していきます。
1つめは、チームワーク研究の研究領域の1つであるバーチャルチーム研究です。もう1つは、コロナ禍で行われたテレワーク研究です。
これらの研究知見を見ていくと、実はテレワークがチームワークを必ずしも悪化させるわけではないことが分かります。
主観的な感覚と実証研究の知見が食い違っているこの部分は、直観的にピンときにくいと思いますので、少し丁寧に見ていきましょう。
■組織現場のバーチャルチームでは悪影響は低い
まず、チームワーク研究の中の1つの領域に、「バーチャルチーム研究」というものがあります。
バーチャルチームとは、物理的に離れた場所にいるメンバーが、PCやインターネットを活用して連携して働くチームのことです。まさに在宅テレワーク環境で働くチームは、このバーチャルチームに他なりません。
バーチャルチームという考え方は、個人用PCやインターネットが職場や家庭に普及し始めた1990年代後半に誕生しました。その後、IT技術の飛躍的な進展とともに、バーチャル環境でのチームや業務が増え、この分野の研究も広がりを見せています。
では、バーチャルチームは、対面チームと比べて効果的なチームワークが発揮できるのでしょうか?
研究によると、実は、現実の組織環境では、バーチャルチーム度合いがチームワークにもたらす効果はプラス・マイナスともに確認され、全体としては明瞭な効果はないことが指摘されています。※7
2022年に出版されたバーチャルチームに関するメタ分析の結果を見ましょう。※8 人工的につくった実験室での実験のような環境ではバーチャルチームがチームワークを悪化させる関連が確かに見られました。その一方で組織現場の調査研究では悪化させるような負の関連は見られませんでした。
これはつまり、
組織現場では、バーチャルチーム度合いが高くなっても、チームワークやチーム成果にプラスでもマイナスでもない。
ということを示しています。
バーチャルチームが良いわけでもないのですが、悪いわけでもないのです。
さきほど紹介したように、コミュニケーションがうまくいかないことは、テレワークのデメリットとして、現場からは繰り返し指摘されることでした。それにもかかわらず、バーチャルチームはチームワークに明白な悪影響をもたらさないという研究結果です。これはどういうことなのでしょう。
※7 Purvanova(2014); Purvanova & Kenda(2022); Ortiz de Guinea et al.(2012)
※8 Purvanova & Kenda(2022)
■「バーチャリティの逆説」
「バーチャルを通じたチームはうまくいかない」という一般的な印象と、研究上の実証知見が食い違っているという点で、研究者自身もまだ頭を抱えているところで、「バーチャリティの逆説」とも呼ばれます。※9
この点は、後ほどのチーム・バーチャリティの2側面の切り分けのところでより詳しく見てみましょう。
日本国内のコロナ禍のテレワーク実施の影響を調べた研究でも、チームワークや生産性の悪化が明瞭に見られるわけではないようです。
その1つに、コロナ禍で私たちが行ったある電気機器メーカーの研究開発チームを対象としたチームワークの調査があります。※10
この調査は、実はもともとコロナ禍のテレワークの影響を調べる目的で実施したものではありません。2回のチーム力診断を行ったタイミングの間でちょうど、日本のコロナ禍の始まりである第1回緊急事態宣言(2020年4月)がありました。
つまり、偶然ながら、コロナ禍の始まりである2020年4月の第1回緊急事態宣言を挟む1月と5月での、チームワークの前後の変化を調べることができたのです。
166名から成る22チームのデータを分析した結果、もともとはゼロだったテレワークが急速に導入されたこれらのチームにおいて、チームワーク指標は全体として変化が見られず、ほぼ横ばいとなっていました。テレワークに移行しても、チームワークの指標は低下していなかったのです。
こうした結果は、私の事前の予測とは逆でした。
このデータ分析を行った時点では、私自身もまだバーチャルチーム研究の知識が不十分だったので、コロナによりいきなり想定外のテレワークで働くことになったならば、チームワークは悪化しただろうと素朴に予測していました。
しかし、実際のデータは違って、コロナ前後の比較で悪化しませんでした。
とはいえ、これはあくまでも私が調査対象としていた1企業22チームに限られた話であるとも言えます。これだけでは心もとないところです。これ以外の研究も紹介しましょう。
※9 Purvanova & Kenda(2022)
※10 縄田・池田・青島・山口(2021)
■テレワークは生産性を上げる
コロナ禍のテレワークが負の影響をもたらすならば、「テレワークの頻度が高い人ほど、コミュニケーションや生産性が低い」という負の相関関係が見られるはずです。しかし、各種調査結果を見ても、この負の関連性はほぼ見られません。コロナ禍で調査された研究では、テレワーク頻度と生産性知覚に正の関連※11、もしくは、関連なし※12という研究が大半でした。
さらに、海外の研究を見ても、テレワークの悪影響はあまり報告されていません。
たとえば、コロナ禍以前に調べた海外のメタ分析でも、テレワークが多いほど、組織成果や生産性、組織コミットメント、離職意図、職務満足度が高いという正の関連が見られています※13。
もしくは、コロナ禍以降に10カ国以上の国で行った研究に関するテレワークと生産性の関連性の系統的レビュー論文でも、大半が生産性にプラスの影響を報告しています※14。
以上の議論から、現時点での研究知見を総括するならば、主観的認識としては、テレワークによってチームワークやコミュニケーションが下がっているように感じている人が多い。しかし、実際にはテレワークが必ず悪化させるわけではなさそう。というものだと言えるでしょう。
さて、そうすると次なる問いは、「素朴な印象とは異なり、なぜテレワークは悪影響をもたらさないのか?」になります。
※11 髙橋(2022)
※12 江夏他(2020)
※13 Gajendran, & Harrison(2007); Harker Martin, & MacDonnell(2012)
※14 Anakpo, Nqwayibana, & Mishi(2023)
■チームワークに影響を与える2つの要素
その答えの1つとして、私たちの研究はバーチャルチームにはプラスとマイナスの両面があり、これらが相殺しあう可能性を指摘しています。
ここまではバーチャルチーム度合い(チーム・バーチャリティ)を単一の概念として見てきました。しかし、この中を大別すると2つの要素があります。※15
①地理的分散と②テクノロジー利用です。
そして、この2つは逆向きの効果を持つのです。
① 地理的分散
メンバー同士が地理的に離れて働く度合いを指します。メンバー全員が在宅勤務のチームは、地理的分散が非常に高いチームです。もしくは、営業職でオフィスの外に出ることが多い場合や、同じオフィスでも主な作業場所が別々の部屋となっている場合には、出社勤務中心でも地理的分散が高いチームだといえるでしょう。
最近はフリーアドレスと呼ばれる、固定席ではなく、ノートパソコンなどを持ち運びながら自由な席で働くオフィススタイルも増えています。これも固定席よりはやや地理的分散が高いといえます。
以上のような地理的分散はチームワークにマイナスの影響があります。
② テクノロジー利用
これはパソコンやスマホなどの情報通信技術(ICT)を利用して、メンバー同士がコミュニケーションや連携を行っている程度のことを指します。たとえば、チャットでの意見交換、オンライン会議システムを通じたミーティング実施がテクノロジー利用になります。これはチームワークにプラスの影響があります。
つまり、①地理的分散はマイナス影響、②テクノロジー利用はプラス影響となっていました。
これらのプラスとマイナスが相互に相殺し合い、全体としてはテレワークがチームワークに特に影響を及ぼさないという結果になりました。
もともとICTはコミュニケーションを促進するためのツールです。ICTツールをしっかりと活用することで、直接顔を合わせずとも、高いレベルのチームワークを発揮できるようにしていくことが求められます。
※15 Gibson & Gibbs(2006); Gibson et al.(2014)
■バーチャルチームこそ信じて、ゆだねることが大事
バーチャルチームでは特に信頼がチームワークの発揮に大きな役割を担うことが指摘されてきました。※16
信頼とは、自分の弱い部分も含めて相手にゆだねてもいいと感じられることを指します。
「この人には私のことを任せても大丈夫」と感じられる。そんな信頼できる相手であれば、困難な局面でも協力しあうことができます。一方で、「この人には任せられない」ような信頼の欠けた相手と協力し合うのは難しいでしょう
そもそもチームメンバー間で信頼を構築することは、バーチャルや対面にかかわらず、チームワークでは重要な役割を担っています。※17
つまり、信頼はチームワークやチーム成果を高めるものです。
そして、この信頼がチームワークやチーム成果を高める影響の強さが、対面チームと比べてバーチャルチームではより一層強くなることがメタ分析から示されています。※18
バーチャルチームであればこそ、チーム信頼の構築が特に重要となるのです。
バーチャルチームでは、各メンバー同士が普段直接は顔を突き合わせることなく、仕事の大半を行っていきます。だからこそ、お互いの技能や仕事へのコミットメントを信じ、ゆだねてたくす信頼が必要となるのです。
※16 Breuer, et al.(2016); Hacker et al.(2019); Swart et al.(2022)
※17 De Jong, Dirks, & Gillespie(2016)
※18 Breuer et al.(2016)
■信頼関係ができるまでは対面での交流が大事
その一方で、バーチャルチームは、対面チームよりも信頼構築がより一層難しいのもたしかでしょう。たとえば、交渉場面ではコンピュータを通じたコミュニケーションでは、対面の場合よりも信頼が低いことが示されています。※19
オンラインを通じたコミュニケーションには制限があります。対面と比べると、他者の感情や状況を把握しにくいため、相手を信頼しにくく、協力しあうことのリスクを高く感じてしまうかもしれません。また、オンラインでのコミュニケーションの特性上、返答の遅れや情報の見落としも発生しやすくなります。
さらに、オンラインでは特に雑談が減り、対面であれば自然と築かれるインフォーマルな対人関係が、バーチャルチームではなかなか形成されにくいという課題もあります。
つまり、バーチャル環境では、信頼を確保することが対面よりもそもそも難しい状況なのです。しかし、逆になかなかできないからこそ、バーチャルチームにおける信頼の価値がより一層高いのだとも言えます。
では、バーチャルチームで信頼を構築するにはどうすればいいのでしょうか。
重要なのは、バーチャルチームの運営は「100%バーチャル」である必要はないという点です。
特に信頼構築がむずかしいのはチームを形成する最初の時期です。この段階では対面で交流をしてもらい、メンバー間が信頼を持って一対一でつながっていくことの重要性も指摘されています。※20
つまり、バーチャルの良い面と対面の良い面とを適切に組み合わせて活用することがバーチャルチームのマネジメントのポイントです。
※19 Lu, Kong, Ferrin, & Dirks(2017)
※20 Swart et al.(2022)
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縄田 健悟(なわた・けんご)
福岡大学人文学部准教授
専門は、社会心理学、産業・組織心理学、集団力学。集団における心理と行動をテーマに研究を進め、特に組織のチームワークを向上させる要因の解明に取り組んでいる。山口県山陽小野田市出身。九州大学大学院人間環境学府博士後期課程修了。博士(心理学)。一般社団法人チーム力開発研究所理事も務める。著書に『暴力と紛争の“集団心理”:いがみ合う世界への社会心理学からのアプローチ』(ちとせプレス)、『だけどチームがワークしない “集団心理”から読み解く 残念な職場から一流のチームまで』(日経BP)などがある。
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(福岡大学人文学部准教授 縄田 健悟)