■長期間にわたって咳が続く百日咳
今、子どもを中心に「百日咳」の患者さんが増えています。2024年半ばから徐々に増え、5月20日現在の患者数は日本全国で1792人。百日咳は2018年から全数把握をする感染症になっていますが、それ以来で最多の報告数です。
そもそも百日咳というのは、百日咳菌によって起こる呼吸器感染症のこと。百日咳菌が飛沫あるいは接触感染で鼻やのどから体内に入ると、およそ7~10日間の潜伏期間の後に風邪のような症状が起こり、特徴的な咳が続く「痙咳期(けいがいき)」が長く続いたあとに治ります。
百日咳は非常に感染力が強く、1人の感染者が平均で何人にうつすかを表す「基本再生産数」は16~21と麻疹と同程度です。そして、家族にワクチンを接種していない人がいると、80~90%の確率で感染します。麻疹のように高熱が出たり、発赤疹が出るなどの派手な症状がないので、「そんなにうつりやすい病気だったなんて」という人も多いでしょう。
ワクチンを導入したお陰で患者数がとても減っていたことも、認知度が低かった原因かもしれません。実際に患者層として多いのは5~15歳で、学校安全保健法第2種の感染症であることから、登園・登校してよいのは「特有の咳が消失するまで又は適正な抗生物質製剤による治療が終了するまで」です。
百日咳の最大の特徴は、激しい咳が長く続くところ。
■百日咳にかかってしまったら
では、子どもが百日咳かもしれないと思ったら、どうしたらいいでしょうか。もしも5種または4種または3種混合ワクチンにより百日咳ワクチンを接種していない場合は、直ちに小児科を受診してください。重症化するリスクが高いからです。
一方、すでに百日咳ワクチンを接種している場合は、熱はないのに普段と違う激しい咳が出る、咳が長く続くときに受診しましょう。ワクチンを接種した子は典型的な痙咳ではなく、ひっきりなしに軽い咳が出るというのが、私の印象です。
小児科では、まず検査を行います。百日咳の検査としては「核酸増幅法」が一番感度の高いもの。綿棒で鼻やのどを拭って、PCR検査を行います。院内で検査する医療機関と外注する場合があります。
同じく綿棒で鼻やのどを拭って院内で行う「迅速診断キット」もありますが、感度が低いので陽性だったら確かに百日咳ですが、陰性でも否定しきれません。そのほか「培養検査」もありますが、非常に感度が低いので一般的ではありません。「血液検査」で抗体を見ることもできますが、ワクチンを受けていると解釈が難しいです。症状や診察所見、周囲の状況から臨床診断される場合もあります。
■治療は抗菌薬の投与が基本
百日咳の治療は、マクロライド系抗菌薬を投与するのが基本です。クラリスロマイシン、アジスロマイシン、エリスロマイシンが選択されることが多いですが、小さい乳児では肥厚性幽門狭窄症を起こすことがあるので、エリスロマイシンは使われません。他に咳を軽くしたり鎮めたりする鎮咳薬や去痰薬が処方されることが多いです。
乳児が哺乳できなかったり、夜に眠れないほど咳がひどい場合は入院です。少し大きくなっても、咳で食欲がなく眠れなかったら、小児科に行きましょう。たまに「ここのクリニックでよくならないから」と違うところを転々とする親御さんがいますが、原因が百日咳だとわかっている場合は意味がありません。「通院しているのによくならない」と伝えて、同じ医療機関にいくのがいいでしょう。レントゲンを撮ったり大きな医療機関を紹介してくれたりするでしょう。
現在は第一選択薬であるマクロライド系抗菌薬に耐性のある百日咳菌が増えています。そのため、死亡例も出てしまいました(※1)。耐性菌が出るたびに、次々に別の抗菌薬で対抗するのは限界があります。ワクチンは耐性菌に対しても有効なので、百日咳対策においてもっとも効果的なのはワクチンなのです。
※1 毎日新聞「『百日ぜき』生後1カ月女児が死亡 耐性菌に感染、基礎疾患なし」
■昔は多数の人が亡くなった百日咳
日本に百日咳ワクチンがなかった1940年代には、年間10万人以上もの人が百日咳にかかり、そのうちの約10%もの人が亡くなっていました。現在とは桁違いですね。昔は、命を失うこともめずらしくない病気だったのです。
その後、1954年に百日咳・ジフテリアワクチン開始、3種混合ワクチン(DPT)が導入されて1968年に定期接種になると、患者数は激減しました。3種混合ワクチンというのは、ジフテリア、破傷風、百日咳を予防するワクチンです。
しかし、1975年に3種混合ワクチンの接種後に2人の子どもが亡くなり、定期接種が一時的に中止されました。
■SNS等にある悪質なデマに要注意
最近、Instagramで「現代的な生活のために、子どもの免疫が壊されて百日咳菌に弱くなった」と主張している医療従事者がいました。そして「不自然な食事をやめる」「自然と触れ合って菌と共存できる体を育む」「本来の力をとり戻す」ことが大切で、ワクチンを接種したら本質から目を逸らすことになるというのです。
もちろん、この主張は大間違い。先に示した図表2からもわかるように、1950年代に患者数が減少したのは、ワクチンの普及、医療の発展と衛生環境の向上のおかげです。子どもが自然と触れ合って百日咳菌と共存できるようになったからではありません。
SNSやブログで「“予防”とつくものは全て不要」「感染症にかかったほうが免疫がつく」などと発信する人がいますが、感染してから治すのでは子どもが苦しむことになります。特に抗菌薬が効かない感染症にかかると危険です。
よく自分は「自然派」だからと医療を否定する人がいますが、自然の定義は不明瞭です。単なる思いつきをスマホでどんどん発信することが「自然」でしょうか。「自分の内なる声に耳を傾ける」「直感に従う」などと言えば聞こえはいいですが、医療も科学的根拠も歴史も知らず、人の命に関わるような事柄について根拠なく無責任な思いつきや陰謀論を撒き散らすのは、不自然で人の道に反した行為だと私は考えます。
■ワクチンは何回いつ接種すべきか
では、百日咳ワクチンはいつ接種したらいいでしょう。赤ちゃんが生後2カ月になったら「5種混合ワクチン(DPT-IPV-Hib)」を受けましょう。このワクチンは2024年に始まった定期接種で、ポリオとヒブも防ぐことができます。生後2カ月から約1カ月おきに3回、その後は6~18カ月あけて4回目を接種して終了です。
ただ、百日咳ワクチンを含む3~5種混合ワクチンは、病原体の感染力をなくした「不活化ワクチン」なので、生ワクチンに比べて効果が低下するスピードが速いのが特徴です。そのためヨーロッパのほぼすべての国、北米、オーストラリアなどは、百日咳を含むワクチンを定期接種で5回以上受けます。ところが、日本は4回のみ。日本小児科学会は、小学校に入る前に5回目として「3種混合ワクチン」と「不活化ポリオワクチン」を受けることを推奨していますが、希望者は少ないのが現状です(※2)。
なお、3種混合ワクチンは、いったん2012年に販売終了しました。すると、成人の百日咳が増えたことから、4回接種終了後に受ける場合の効果や用法・用量の検証がされ、2018年から再び販売されたのです。現在では年齢の上限なく自費で接種できます。妊娠中も接種可能で、そうすることで胎児に抗体が移行するというメリットも(※3)。そのほか、まだワクチンを受けられない小さい子や免疫力の弱い人と同居している人が接種すれば、本人が百日咳を予防できるだけでなく、百日咳の抗体価が低い家族にうつすリスクが減ります。4種混合および5種混合ワクチンは5回目として接種する場合の効果や用法・用量が検証されておらず、検証される予定もないので、日本で5回目以降の百日咳ワクチンを接種する場合、3種混合ワクチンしかすすめられません。
※2 日本小児科学会「小学校入学前に接種すべきワクチン」
※3 日本産婦人科学会「女性を脅かす感染症」
■出荷制限中の「3種混合ワクチン」
ただし、現在3種混合ワクチンは不足していて出荷制限がかかっています。日本で3種混合ワクチンを製造している製薬会社は1社だけなのに、接種希望者は去年の5倍になったためです。そこで、先日、厚生労働省がある通知を出しました(※4)。
その要点を抜き出すと、「3種混合ワクチンは必要最低限にする」「医療機関は必要以上にワクチンを抱えないようにしなさい」ということです。でも、もともと接種の必要がない人が接種し、ワクチン不足になったのではありません。そして、必要以上にワクチンを抱えている医療機関はないでしょう。
医療機関にこんな通知をするより、今回の百日咳の流行が収まっても、5回目以降の百日咳ワクチンの必要性は変わらないわけですから、製薬会社に大増産を指示するべきです。そうしないと、百日咳は何度でも患者数を増やし、そのたびにワクチンが逼迫し、充足してきた頃には危機感が薄れて接種率が上がらず、また次の流行が起こるという繰り返しになります。
私は、この機会に小児科学会、産婦人科学会、厚生労働省が3種混合ワクチンの「子どもの5回目接種」「妊婦さんの接種」を定期化してくれるといいと考えています。
※4 厚生労働省「百日せきの流行状況等を踏まえた、定期の予防接種の実施及び 沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチンの安定供給に係る対応について」
■今すぐできる百日咳対策とは
ただ、これから3種混合ワクチンを定期接種にするには、コストを試算し、用法・用量、効果と安全性を確認するために、時間がかかります。まさに流行期の今、百日咳ワクチンの追加接種を受けたいとしたら、定期接種化を待ってはいられませんね。
まずは、近くの小児科や産婦人科に相談してみましょう。私のクリニックでは、3種混合ワクチン希望者のウェイティングリストを作り、入荷し次第ご連絡しています。そのほか、渡航ワクチンを扱っている医療機関で、個別に輸入している3種混合ワクチン「Tdap」を受けるという方法もあります。
ワクチン以外の百日咳の予防方法は、感染症対策の基本を守ること。多くの場合が飛沫感染なので、3密に気をつけます。つまり換気の悪い密閉空間、多数が集まる密集場所、間近で会話や発声をする密接場面を避けるということです。もちろん、こまめな手洗い、マスクも有効です。咳が出る人は周囲に感染を広げないだけでなく、別の人の飛沫を吸い込んで病気をもらわないためにもマスクをしましょう。
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森戸 やすみ(もりと・やすみ)
小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)