※本稿は、山田悟『脂質起動』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■かつて大流行した「ベジファースト」の正体
少し前に、「食べる順番ダイエット」というものが流行したことを覚えていらっしゃる方もいることでしょう。食べるものは変えないで、「食べる順番を変えてやせましょう」というものです。
ダイエットというと、すぐに「カロリーを減らす」こととイコールと考えられがちですが、カロリー制限によるダイエットは、私は大反対の立場です。
カロリー制限によるダイエットは、そもそもつらくて継続できません。カロリーを減らすと必要な栄養を摂ることができず、筋肉や骨まで削れて、からだは内側から壊れてしまいます。
肝心の代謝は落ちて、むしろ太りやすい体質になってしまう、まさに百害あって一利なしのダイエット法だからです。その点では、「食べる順番」でやせようという考え方は、理にかなっていると言えます。
その食べる順番ですが、当時の「食べる順番ダイエット」とは、野菜から先に食べ始める「ベジファースト」というものでした。それは、食物繊維が豊富な野菜から先に食べ始めることで、食後の血糖値の上昇が緩やかになり、血糖値が下がりやすくなって、結果、減量にもつながるというものです。
■「ベジファースト」公式ガイドラインからなぜ消えた?
「ベジファースト」の食べ方によって、血糖値を上げない食物繊維を最初に摂ることで食後の血糖値上昇が抑えられ、インスリンの分泌を必要最小限にとどめられるから、太りにくくなる。これがベジファーストの考え方です[*J Clin Biochem Nutr 2014; 54(1): 7-11]。
これは、当時流行しただけでなく、健康な日本人向けの健康増進のための栄養摂取のガイドラインである『日本人の食事摂取基準』の2020年版でも、「特に、食物繊維に富んだ野菜を先に食べることで食後血糖の上昇を抑制し、HbA1cを低下させ、体重も減少させることができることが報告されている」と書かれていました。
ところが、5年おきに改訂されるその最新版『日本人の食事摂取基準(2025年版)』では、このベジファーストに関する記述が削除されているのです。この5年の間に何が起こったのでしょうか。
これは私の推察ですが、改めて精査した結果、食後の血糖値の上昇を抑えたり、肥満を防いだりするベジファーストの効果に関する科学論文に“疑問符”がついたのが、記述が削除された大きな理由なのではないかと考えます。
実際、米国糖尿病学会を含め、糖尿病や肥満の予防のためにベジファーストを推奨している海外の専門機関はありません。
仮に、ベジファーストが食後の血糖値上昇を確実に抑えてくれるのならば、これらの団体は真っ先に推奨するに違いないのです。
■野菜ではなく「オリーブオイル」が主役だった
ベジファーストの効果についての“疑問符”とは、過去に、ベジファーストによるとされた糖尿病や肥満の予防効果は、じつは、脂質から先に摂る「オイルファースト」によるものだったのではないかということです。
この研究では、野菜から先に食べる際、被験者にただ野菜だけを食べてもらうわけにはいかず、オリーブオイル入りのドレッシングをかけていたのです。ほかのグループから、野菜だけの効果で食後の血糖上昇を抑制できたという報告が出ない一方で、油脂の力で血糖上昇を抑制できたという報告はほかにもあります。
となれば、この研究でも、野菜とともに摂る油の作用によって、食後の血糖値の上昇が抑えられて、それがインスリン濃度の低減(すなわち減量)にもつながった可能性が高いのです。
脂質から先に摂ると、なぜ血糖値の上昇が抑えられるのでしょうか。それには、小腸から分泌されるホルモン、「インクレチン」が関わっています。
脂質を摂ると、小腸上部のK細胞から分泌されるGIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)というインクレチンが分泌されます。インクレチンとは、小腸から分泌されるインスリン分泌を促すホルモンの総称で、GIPとGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)の2種類があります。
次に説明するGIPの2つの役割から、血糖値上昇を抑え、結果としてダイエット効果をもたらしたと考えられます。
■脂質は「食欲」を抑えてくれる
脂質を摂ると分泌されるインクレチン(GIP)のはたらきの1つ目は、すい臓に働きかけ、インスリンの分泌を早めることです。
脂質を先にしっかり摂っておくことでGIPを介してインスリンが適切なタイミングで速やかに分泌されます。その後から糖質を摂っても血糖値上昇を最小限に留めることができます。
結果として、トータルのインスリン分泌量も抑えられますから、インスリンの脂肪合成の役目は限定的となります(食後高血糖が避けられたら、糖質疲労も防げます)。
2つ目は、GIPが、食欲を抑える「レプチン」というホルモンの分泌を促したり、あるいは、直接脳に作用して、食欲を抑制することです。GIP自体のためか、レプチンを介してなのかの区別はつきませんが、いずれにせよ、脂質は脳に働きかけて食欲を抑え、食べすぎを防いでくれるのです。
エビデンスに基づかないこれまでのダイエット法では、脂質は天敵扱いされてきました。
でも、インクレチンの働きを踏まえると、疲れたくない人、太りたくない人ほど、脂質を積極的に摂るべきなのです。
■「脂質とたんぱく質」こそ先に食べよう
ですから、食べる順番ならば、まずは脂質とたんぱく質とを先に食べて、糖質は最後に食べるのが、私がお勧めする「食べる順番」ということです。
最初に食べるのがたんぱく質でもよいのは、たんぱく質にも、脂質と同じようにインクレチンを分泌させる働きがあるからです。
たんぱく質を摂ると出てくるインクレチンは、先ほどの2つのインクレチンのうち、GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)と呼ばれるものです。
GLP-1は小腸下部と大腸のL細胞から分泌されます。脂質を摂ることで分泌されるGIPと同じように、インスリンの分泌を早めて血糖値を上がりにくくし、脳に作用して食欲を抑えてくれます。
脂質によって分泌が促されるGIPと、たんぱく質によって分泌が促されるGLP-1の相乗効果を最大限に活かすために、たんぱく質の摂り方にも工夫をしたいものです。
牛豚ならロース肉やバラ肉、魚ならサバやブリといった、できるだけこってりしていて脂質が多いものを選ぶとより有効です。それらのたんぱく質を、糖質を含むご飯より前に食べることで、血糖値が上がりにくく、疲れにくい、太りにくいカラダになれるのです。
■話題の「やせ薬」の正体はGLP-1だった
血糖値を下げるこのGLP-1の働きを踏まえて、血糖値が下がりにくい糖尿病患者さんに処方されている薬があります。
それが「GLP-1受容体作動薬」という注射薬です。
このところ糖尿病患者さん以外の健康な人が、ダイエット目的で“やせ薬”としてGLP-1受容体作動薬を使うことが問題になっていることをご存じの方もいらっしゃると思います。
GLP-1は血糖値を下げ、食欲を抑えますから、同じようにはたらくGLP-1受容体作動薬は減量効果も高いのです。最近では、一剤でGLP-1受容体にもGIP受容体にも作用する薬剤も登場しています。
保険診療では、糖尿病患者さんや難治性の肥満症の方以外にGLP-1受容体作動薬は処方されません。そこでオンライン診療などの自由診療を使い、GLP-1受容体作動薬をダイエットに使う人が世界的にも増えているのです。
自由診療でGLP-1受容体作動薬を使おうとすると、保険が利かない分、コストがかさみます。そのうえ薬ですから、何らかの副作用をともないます。糖尿病患者さんへの投与では、下痢、便秘、吐き気などの副作用が報告されています。
■薬に頼らなくても「食べ方」でやせられる
問題なのは、自由診療でこうした薬剤の処方を受けた方の副作用については放置されていることです。
医薬品副作用被害救済制度という制度がありますが、これは一般には保険診療の対象になるような適正な使用の下で生じた副作用に対するもので、自由診療における副作用に対しては適用されない可能性が大です。
それどころか、「自己責任の上で自由診療を行う」と同意書への署名を求められているため、そもそも誰にも救済を求められないようにされていることもあるそうです。
そうしたコストやリスクをおかしてまでGLP-1受容体作動薬を自由診療で使う必要はあるでしょうか? 糖質を控えて、脂質をたっぷり、たんぱく質をたっぷり食べるこの食べ方で、太らないからだは手軽に、安全に実現できるのです。
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山田 悟(やまだ・さとる)
北里研究所病院 糖尿病センター長
1970年生まれ。94年慶応義塾大学医学部卒業。2013年(一社)食・楽・健康協会を設立。ロカボ=ゆるやかな糖質制限を提唱し、企業に対して啓発活動を行うなど、日本人の健康増進のために日夜活動中。著書に『糖質制限の真実』『カロリー制限の大罪』(いずれも幻冬舎新書)などがある。
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(北里研究所病院 糖尿病センター長 山田 悟)