トランプ米大統領が推し進める関税引き上げ政策によって、世界各国が揺れている。日本には一体どんな影響が及ぶのか。
ジャーナリストの池上彰さんと増田ユリヤさんの共著『』(Gakken)より、一部を紹介する――。(第1回/全2回)
■ツケを払わされるのはアメリカの消費者
関税とは、基本的には国内の産業を守るための仕組みです。海外から安い商品が入ってくると、多くの人は安い製品を購入するため、それより高い国内の製品は売れなくなってしまいます。そこで税金をかけて輸入品の価格を高くすることで、国産品が価格競争で勝てる状況を作り、国内の産業を保護しようとするのが関税の役割です。
日本も海外から輸入する品物に関税をかけています。商品によって率が大きく異なりますが、平均すると、日本は海外の商品に対して3.7%の関税をかけています。
つまり、海外の商品が日本に入ってきたとき、平均して3.7%の税金が上乗せされ、日本国内で販売されているのです。
では、その関税は誰が払うのか。かつてトランプは対中関税について「この税金は中国が払う」と言っていましたが、そうではありません。関税を払うのはアメリカの輸入業者です。しかもその関税分は価格に転嫁されるため、輸入品の価格は上がります。
アメリカ製品に代替品があるならばそちらを買えばいいのですが、そうでなければ関税が上乗せされた分だけ、商品の価格は上がってしまいます。
価格に転嫁された関税は、消費者が払うことになるのです。
■誤解したまま大暴れするトランプ大統領
どうもこのあたりをトランプは分かっていないようで、今なお「関税はアメリカに輸出している国が払う」と考えているようです。
現にトランプは「対外歳入庁を作る」とも述べています。すでに国内には内国歳入庁があり、アメリカ国内の税金を集めているのですから、ここに商品に上乗せされた関税も入ってきます。それでも「関税を扱う対外歳入庁を作れ」と言っているということは、やはり関税はあくまでも外国が支払うものだと考えているのでしょう。
もしかしたら、支持者向けのアピールという見方もできますが、いずれにしても関税を武器に、他国へディール(取引)を吹っ掛ける方針は、当面変わらないでしょう。
■「安全資産」が売却され、金利が上昇
相互関税の発表で、米国市場で株価が一気に下落しました。それによって日本市場も大きな影響を受けました。
しかし、それ以上にアメリカ政府を震撼させたのは、米国債の金利(利回り)が上がったことです。一般的に、株価が大きく下がるような不安定な状況になると、投資家たちは「安全資産」とされるアメリカの国債に資産を移す傾向があります。そうすると、国債がたくさん買われて価格が上がり、それに伴って金利は下がるのが一般的です。
ところが、今回の「相互関税」の発表後は、通常とは逆の動きが起きました。
株価が下がる一方で、アメリカ国債も大量に売られ、国債の価格が下がり、金利が上がってしまったのです。
なぜこんなことになったのでしょうか。
アメリカの景気悪化を見越して株が売られ、株価が下がったため、大損を出したヘッジファンドが穴埋めをするために、持っていたアメリカの国債を大量に売って金利が上昇したのではないかと見られています。
もう一つの理由としては、中国が大量の米国債を売り払った影響ではないかとも指摘されています。実は、中国は日本に次ぐ世界第2位の米国債保有国です。一度、トップに躍り出たこともありましたが、その後、アメリカとの関係が悪化したことで少しずつ米国債を売り、2位になっています。中国が資産防衛のために米国債を売ったのか、アメリカを窮地に追い込むためにあえて売ったのかは現時点では不明ですが。
■国債が売られると金利が上がるカラクリ
なぜアメリカ国債(以下、米国債)が売られると金利が上がるのでしょうか。
米国債には、2年、10年、30年満期などの国債がありますが、中でも10年満期の国債(10年国債)は世界最大の金融商品で、世界中の国や投資家が保有しています。そのため、米国債が大量に売買されると、金融市場にも大きな影響が及びます。
わかりやすくするために、この10年国債を例に考えてみましょう。
10年後に100万ドルが戻ってくる額面100万ドルの国債が、90万ドルで売り出されたとします。
この10年国債を満期になるまで持っていれば100万ドルが戻ってくるので、単純に考えれば10万ドルの利子が受け取れます。
10年国債では、半年ごとに利子(クーポン)が受け取れるものが一般的ですが、ここでは話が複雑になるので、その部分は除外します。米国債は世界で一番安全な国債という格付けがされていますから、資産を安心して増やしたい人は、満期まで国債を持っていればいいわけです。
■株から国債へ、投資家の常識だったが…
一方、短期的に利益を得たい、儲けたいと考えている投資家の場合には、常に株の値動きを見ながら激しい売買を繰り返します。
今回はトランプ政権の相互関税実施によってアメリカが深刻な景気悪化に陥るのではないかという空気感が漂い、株価が大暴落。慌てた投資家は株を手放して、安全・安心な国債に買い替えるという動きに出るはずでした。これは、決して珍しい動きではなく、通常に投資家が起こす行動です。
国債は株のように市場で購入できます。国債を買う人が増えれば、市場に出回っている国債の数が少なくなるわけですから、需要と供給の関係で本来なら国債の価格が上がるはずです。
90万ドルで買った国債の価格が95万ドルに上がったとすると、5万ドルの利子しかつかないということになります。これが「金利が下がった」状態です。
■財務長官が慌てて大統領を説得した
ところが今回は、逆のことが国債価格に起こりました。
「金利が上がった」のです。
「金利が上がる」というのは、90万ドルで買った国債の価格が85万ドルや80万ドルに下がった状態です。もし、満期が来れば100万ドルが戻ってくるわけですから、差額の15万ドルや20万ドルが利益になる。つまり90万ドルで買ったときよりも「金利が上がる」わけです。
国債価格が下落するのは、需要と供給の関係でいうと供給過多になった状態です。今回のケースで言えば米国債を持ち続けることに不安を抱いた国や投資家たちが米国債を売ったとみられます。
大量に米国債が売られたことで、米国債を保有する多くの金融機関ではその評価額(持っている米国債の現在価値)が下がり、持っている資産に損失が出ました。資産の目減りは金融機関としての信用にもかかわります。さらに不安が広がり、「価格が下がる前に(米国債を)売ろう」という動きが加速し、金利はさらに上昇します。
満期までの期間が1年以上になるものの金利を長期金利といいます。国債は長期金利の代表的なものですが、長期金利が上がると景気悪化にもつながります。
長期金利が上がると、企業への融資や住宅ローン、自動車ローンの金利も上がります。
金利が高ければ、住宅ローンが借りづらくなり、企業も融資を受けづらくなります。こうしたことが経済の停滞を招き、アメリカの深刻な景気悪化に発展しかねないと考えたベッセント財務長官は、慌ててトランプを説得し、90日間の猶予に同意を得たのです。
■アメリカ車が日本で売れないのは当たり前
日本への関税は、一律関税+上乗せ分の、計24%となりました。また、自動車に関しては、これまでの2.5%の関税に加え、25%が加算されることとなり、アメリカに輸出される乗用車には27.5%の関税がかけられました。
さらにトラックについては、これまでもアメリカに輸出する際に25%の関税がかかっていたところに、さらに25%を追加され、計50%の関税が適用されることになります。しかし、アメリカで日本車が高くなったことでアメリカの国産車が売れるようになるかは分かりません。
貿易赤字という観点で言えば、「日本でアメリカ産の自動車が売れていない」ということをトランプは問題視しています。
アメリカでの日本車の新車販売台数は2024年の1年間で600万台近いのに対し、日本での米国車の新車販売台数は2万台程度。これをトランプは「不公平だ」というのですが、関税で解消できるものではありません。
なにより、アメリカの車は車体が大きく、日本の道路事情には合いませんし、燃費もよくないのでこの原油高のなかではますます分が悪いのです。
■安倍氏は「自動車メーカーの責任」と返した
かつて安倍首相は、来日したオバマ大統領から「日本ではフォードやGMの車を全く見ない。日本市場が閉鎖的なのではないか」として自動車の貿易不均衡を指摘されたことがあります。

すると安倍首相はオバマ大統領を会食の店から外に連れ出し、街を行く車を指さして「日本ではBMWやベンツなど、ドイツ車はよく走っている。ヨーロッパは日本市場に合わせて右ハンドル車を作るなど努力しているからだ」と、日本市場に合った製品を作らないアメリカの自動車メーカーの責任だと述べた、という話があります。
当然のことながら、アメリカの車に魅力がなければ、いくら日本政府が「米国製の車を買いましょう」と旗を振っても、消費者には響かないでしょう。
関税の引き上げによって影響を受けるのは自動車だけではありません。日本全体のアメリカ向け輸出の4分の1程度を自動車が占めていますが、そのほかにも自動車部品、半導体工作機械、医薬品などが輸出されています。
また、近年の日本食ブームもあり、アメリカ向けに日本酒やホタテなどの食料品も輸出が増えていますが、関税が引き上げられれば価格が上がるため、ブームに水を差すことにもなるでしょう。この「関税戦争」によって、日本のGDPは0.3%ないし0.8%程度押し下げられるという試算もあります。
■トランプ大統領の「46%」発言は本当?
トランプは「日本はアメリカ製品に対して46%の関税をかけている」「コメには700%もの関税をかけている」と主張していますが、その根拠や計算方法は不明です。実際には日本の平均関税は3.77%です。
「46%」という数字はどこから来たのでしょうか。関税以外の「非関税障壁」を数値化したものとみられています。非関税障壁とは、関税ではないけれど、厳しいルールや基準によって商品の販売が難しくなることを指します。
たとえば、日本では消費税が10%かかります。アメリカの商品を日本で売ると、輸入関税とは別に消費税によって価格が上がります。これは日本のすべての商品にかかる税ですが、アメリカには消費税がないため、アメリカから見るとこのような追加料金が「非関税障壁」となります。
同様に、ヨーロッパでは19%~25%の付加価値税(VAT)がかかりますが、これもアメリカから見れば「非関税障壁」とされます。
さらに、アメリカ側には、「日本車が安く売られるのは、日本の労働者の給料が低いからだ」という主張があります。人件費が安いため、車の価格も安くできるというのです。人件費を関税と同等に計ることには諸説がありますが、アメリカ側は、こうした各種の要因を合わせて「46%」という数字を出してきているのではないかと考えられます。
■理不尽な要求に各国が窮している
さらに、トランプは「日本がアメリカのコメに700%の関税をかけている」と主張していますが、これは正確ではありません。アメリカ政府も具体的な根拠は示しておらず、日本の農林水産大臣も「意味不明」と批判しています。
日本は輸入米を一定量まで無関税で受け入れる制度を設けており、その枠内ではアメリカの米に関税はかかりません。枠を超えると1キロあたり341円の税がかかりますが、関税率にすると約200%で、700%には達しません。
日本の農林水産省によれば、2001年以降のWTO(世界貿易機関)の交渉で当時のコメの国際価格に基づいて計算すると税率は778%になるとのことです。しかし、トランプ政権の提示した数字がこの計算に基づくものかは不明です。
20年以上前の数字を根拠にされているのだとすればあまりにも理不尽な話です。世界の各国が国情は違えども、トランプのこうした理不尽な要求によって苦境に立たされています。トランプ関税は、世界恐慌さえ引き起こしかねないと心配されています。

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池上 彰(いけがみ・あきら)

ジャーナリスト

1950年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHK入局。報道記者として事件、災害、教育問題を担当し、94年から「週刊こどもニュース」で活躍。2005年からフリーになり、テレビ出演や書籍執筆など幅広く活躍。現在、名城大学教授・東京科学大学特命教授など。6大学で教える。『池上彰のやさしい経済学』『池上彰の18歳からの教養講座』『これが日本の正体! 池上彰への42の質問』『新聞は考える武器になる  池上流新聞の読み方』『池上彰のこれからの小学生に必要な教養』など著書多数。

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増田 ユリヤ(ますだ・ゆりや)

ジャーナリスト

1964年、神奈川県生まれ。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。テレビ朝日系列「大下容子ワイド!スクランブル」でコメンテーターとして活躍。著書に『揺れる移民大国フランス』『世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ』など多数ある。また池上彰氏との共著に『歴史と宗教がわかる!世界の歩き方』などがある。「池上彰と増田ユリヤのYouTube学園」でもニュースや歴史をわかりやすく解説している。

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(ジャーナリスト 池上 彰、ジャーナリスト 増田 ユリヤ)
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