※本稿は、デニス・ノルマーク、アナス・フォウ・イェンスン著、山田文訳『忙しいのに退化する人たち』(サンマーク出版)の一部を抜粋、再編集したものです。
■日中6分の5は「会議の時間」
メデは少し考えてから言った。「正気でない数の会議をひらくことで、そんなふうにしているわけ。私たちの業界では死ぬほど会議をしています」
1日の仕事時間のうち、どれくらいを会議に費やしているのか。まばたきもせずにメデは答えた。「6分の5」。彼女は夜にも働かなければならないという。日中は会議が詰まっていて、最も重要な仕事ができないからだ。
トーケも、かなりの仕事時間を会議に奪われている。会議は無意味な報告に費やされることが多いという。そうすることで、最新状況を把握していることをみんなが自慢でき、メデが言うように「ボールが動いている」ことを示せるからだ。
ユニヴァーシティ・カレッジで働くトーケへのインタビューは、火曜の午後に私たちのオフィスでおこなった。本来なら、トーケは教職員会議に出ている時間だ。「別にかまいませんよ」と彼は言う。「出る必要はありませんからね」。
トーケの意見では、教職員会議もまた職場での時間の無駄にすぎない。
■「きょう1日忙しかった」の証明でしかない
「そこでは何が話し合われるんですか?」私たちは尋ねた。
「いい質問です」トーケは椅子をわずかに回転させた。
「議題のなかには2つか3つ重要なものがありますが、ほかはひたすらしゃべるだけですよ。非生産的なおしゃべり。会議には正式な意思決定の権限がないんですからね」
メデと同じくトーケも、会議は核心に触れることがなく、基本的には週に1時間をつぶす手段にすぎないと感じている。
「上司はいつも、もうすぐおこなわれる合併の最新状況を30分かけて報告するんです。でも要点はいつも“何もよくわかっていない”ってことだけです」
その上司は合併についての会議にいくつか出席した様子であるにもかかわらずである。
上司は中身のない情報をスタッフ会議で伝える。「いろいろな憶測や意見を交えて、いつも最後にはみんなの不安を和らげようと、こう締めくくるんです。“心配する必要はないから”」
つまり会議はさまざまな議題とテーマからなる猿芝居にすぎず、その目的は、自分たちが何かをしていること、事態を把握していること、情報を知らされていること、自分たちの時間には金銭的な価値があることなどを示す点にある。
ヨナスが働いていた会計事務所や法律事務所の状況と同じだ。そこでは、前の週にやったことを人に知らせるために会議がひらかれていた。会議はほかのみんなには関係のない情報を共有する場であり、その唯一の目的は、どれだけ忙しくしていたかを証明することである。
■デンマークの会社が「週休3日」にした理由
そんな状態に甘んじている必要はない。多くの企業はいまだにせっせと働き、長時間仕事をして、生み出す価値は職場で過ごした時間に比例すると考えているが、コペンハーゲンのある小企業は発想を変えることにした。
IIHノルディック社は、データおよびデジタル・ビジネスを専門とする会社である。木曜の午後になると、50人の社員はみな「よい週末を」とあいさつを交わす。同社は週休3日制なのだ。
当然、CEOと話したかった。社員の時間が無意味で無用な仕事に費やされていることに気づいたのがIIH社なのだ。IIHの本社の建物は、大きく天井の高い元ニットウェア工場である。機械類はずっと前に撤去されたが、工場の素朴な美しさは保たれている。
この建物は、脱工業化時代の仕事生活に今なお影を落とす従来の工業労働を思い起こさせる。かつての機械作業の現場では、編み機の前で1時間過ごすたびに生み出す価値が増えた。労働者が37時間ではなく40時間働けば、さらにたくさんのセーターを売ることができた。
■会議とメールに勤務時間の6割を費やしている
だが現代のオフィスワークでは、時間をかければかけるほど価値が増えるという自然の法則はもはや通用しない。
なぜ今でもそう思われているのだろう?
マンハッタン風のオフィスで、IIHノルディック社の取締役ヘンレク・スティーンマンに尋ねてみた。
「私はずっとテクノロジーに夢中でしたし、より能率的な方法を考え出すことにものめり込んできました」ヘンレクはそう語りはじめた。
子ども時代には自転車でいろいろな道を使って通学し、最も効率的なルートを見つけたという。地図上の距離が長い道でも、信号が1つ少なかったり、何かのちがいによって早くたどり着けることがある。
このように言うと、スティーンマンもまたフレデリック・テイラーの測定・管理パラダイムの継承者にすぎないと思われるかもしれない。能率化に熱心で、つねにストップウォッチと計算機を手に身構えている。
だが大きなちがいがある。ヘンレクは、節約した時間にさらに仕事を詰め込む必要はないと考えているのだ。
「たとえばメールの使い方を考えてみましょう。たいていの人は25年前と同じ使い方をしていますね。受信箱があり、送信ずみのメールがあって、アーカイブがある。ちがうのは、今ははるかに多くのメールが届くことです」
私たちはうなずいた。
「オフィスで働く人は、勤務時間の40~60%を会議とメールに使っています。これが現実です。なのに、面接ではOutlookをどれだけ使いこなせるかなんて誰も尋ねません」
■「パーキンソンの法則」を逆転させる
もちろん会議もある。
本稿では、たちの悪いこの時間泥棒に焦点を合わせてきた。
IIHノルディックは、これをどう食い止めているのだろう?
答えはシンプルだ。
「パーキンソンの法則は聞いたことがありますか?」スティーンマンに尋ねられて、もちろん私たちはうなずいた。これを鍵にして、同社では労働時間を見事に減らしたのだという。
IIHノルディックは、パーキンソンの法則をそのままひっくり返したのだ。
使える時間いっぱいまで仕事がふくれあがるのなら、その反対もまた真でなければならない。仕事時間を減らしたら、与えられた短い時間で仕事を終えられるようになる。
スティーンマンが実行したのがまさにそれだった。
「会議はどうして1時間なんだってみんなに尋ねたら、理にかなった説明は返ってきませんでした。Outlookではデフォルトでそうなっている、というだけです。会議のために1時間取っていたら、議題をすべて検討し終わっていても、17分で会議を終えようとは誰も言いません。これはパーキンソンの法則からわかります。
■「1時間→20分」Outlookのデフォルト設定を変えた
スティーンマンは、ほかにもおきまりの問題をあげた。準備不足、手際の悪い議事進行、不適当な議題などだ。
これらのなかには、パーキンソンの法則を逆転させるだけで対処できるものもある。IIHノルディックではOutlookのデフォルト設定を変え、今では会議は1時間ではなく20分だ。かつて会議に費やしていた1時間ごとに全社員が40分を手に入れたわけだ。
「どこかで読んだのですが、平均的なデンマークの管理職は会議に週17時間を費やしていて、その数字は増えているそうです。半分に減らせば、私たちのように週休3日にできます」
テーブルを囲んだ私たちは笑った。木曜の終業後に週末の休みに入ろうものなら、ほとんどの管理職は自尊心と部下からの評判を損ねそうに思える。
だがヘンレクの言うとおりだ。管理職が大量の時間を無駄にしているのに、それを気にする人がほとんどいないのはなぜか? 管理職が論理的な結論を出し、効率よく仕事をして早く週末に入ったら眉をひそめる人までいるのはなぜか。
■「労働時間と生産性は比例する」という思い込み
そもそも給料をもらっているぶんの仕事は終えているのだ。かかる時間を減らしただけだ。
「疲れているときに、元気なときと同じぐらい2時間効率よく働けると考えるのはまちがいです。それは正しくないとわかっている。それなのに、みんないまだにそう信じているんです。それに、2時間ではなく8時間働けば、4倍の仕事ができるとも思い込んでいる。でも実際には、人はずっと効率よく働いていられるわけではありません」
この点についてもヘンレクは正しい。
この考えは、彼のオフィスの建物に編み機がたくさん並び、労働者が汗をかきながら大量のニットウェアを生産していた時代までさかのぼる。
労働時間と生産性が比例関係にあるという思い込みは今も続いている――「古きよき時代」と同じように。
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デニス・ノルマーク(デニス・ノルマーク)
著述家
1978年生まれ。デンマークの人類学者、講演家、著述家。オーフス大学で人類学の修士号を取得したのち、長年にわたってコンサルタントや企業の社外取締役として働き、現在はフリーの講演家およびコメンテーターとして国際的に活動している。英訳された『Cultural Intelligence for Stone-Age Brains』など、文化や文化の差異についての著書がある。
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アナス・フォウ・イェンスン(アナス・フォウ・イェンスン)
著述家
1973年生まれ。フリーで活動するデンマークの哲学者、著述家、劇作家、講師。パリのソルボンヌ大学で哲学の修士号、コペンハーゲン大学で博士号を取得。英訳された『The Project Society』や『Brave New Normal: Learning from Epidemics』など10冊の著書があり、そのほとんどが現代社会と私たちの現状を論じたものである。
ウェブサイト:philosophers.net/filosoffen.dk
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(著述家 デニス・ノルマーク、著述家 アナス・フォウ・イェンスン)