※本稿は、和田秀樹『「困ったあの人」に感情的にならない本』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■苦手な人とは、感情が反応する人
あなたがつい感情的に反応してしまう相手が、友人や近所の人、あるいは会社の上司や部下、同僚の中にもいるはずです。
好きとか嫌いとかというのとはまた別に、どうしても感情にさざ波が立ってしまう相手です。
その人たちはきっと、自分の優位性にこだわる性格だと思います。だからあなたに対して、高圧的だったり挑戦的だったりします。それであなたの感情は揺さぶられてしまうのです。
■押されれば押し返そうとするのが「感情」
相手が部下や後輩なら、「こんなやつになめられてどうする」という気持ちになるのは当然のことです。
上司や先輩だとしても、高圧的にこられると「ちょっと待て」という気持ちになります。「自分だってずいぶん雑な仕事をしているじゃないか」と言いたくなるのです。これも感情的には自然な流れです。
つまり、感情というものは押されれば押し返そうとします。
あるいは性格的に気弱な人は、相手が強く出れば引っ込んでしまうこともあります。でもその場合は、あとで不機嫌になります。自分が情けなく思えてくれば、自己嫌悪さえ抱くでしょう。これは最悪の感情です。
■余計な衝突は避けるのが賢明
しかし、あなたが少しも感情的にならずに、ゆったりした気持ち、くつろいだ気分で向き合える人もいますよね。
そういう人たちは、けっしてあなたに高圧的になることはないし、かといってへりくだったり、卑屈になったりすることもありませんよね。
なのに、どうして「あの人」だけはダメなんでしょう……?
それぞれが異なる感情世界を持っていて、時にまったく合わないタイプ同士が一緒に行動しなければならなくなるのが社会というものです。「相手はこうだ」という決めつけを避けるようにするだけで、よけいな衝突を回避できるかもしれない、ということはぜひ知っておいてください。
たかが感情、されど感情です。対処の仕方を知っていれば、感情に翻弄(ほんろう)されることはなくなり、より冷静に対処できるようになります。
■人間はみな「自己愛」の世界を生きている
人間は誰でも「自己愛」を持っています。
また他人にこちらの自己愛を無視されたような言動をされると、「あの人はわたしを嫌っているのではないか」と非常に不安になってしまうのです。
これに対処するには、次の2つのことを知ることが大事です。
■①「相手の気持ちはわからない」
まずは、原則として、「相手の気持ちはわからない」ということを理解しましょう。
相手がブスッとした顔をしていても、本当は機嫌がいいのかもしれません。反対にニコニコ親切そうに笑っていても、内心はこちらのことを嫌っているかもしれません。
もちろん相手の立場になってものを考えるとか、いろいろ工夫してみることはできますが、原則的には相手の気持ちはわからない。相手が何を考えているのか正確にはわからない。そういうものなのです。
ですから、相手の心の中を勝手に決めつけて悩んでもしようがないのです。相手の気持ちはわからない、という開き直りをぜひおすすめします。
■②「相手の気持ちは変えられない」
2つ目は、「自分の気持ちは変えられても、相手の気持ちは変えられない」ということです。
心理学者のアルフレッド・アドラーは、「すべての悩みは対人関係の悩みである」としたうえで、人間関係を円滑にするためには「課題の分離」が大事だと言っています。人間関係でトラブルが起きたとき、それは自分の課題なのか、相手の課題なのかを分けて考え、相手の課題に踏み込まないことが大切であると説明しています。
相手の気持ちは変えられると思って、四苦八苦している人が多いと思います。
相手に好意を持ってもらうためにいろいろと努力することは自分の課題ですからいいのですが、それに対して相手がどう思うかというのは相手の課題なのです。
ですから、こちらが努力したからといって、相手が変わると期待してはいけません。こちらの努力をどう受け止めるかは、相手に任せるしかないのです。
■理性より感情のほうが強く働く
わたしは「人間関係は感情関係」ととらえています。
たとえば相手の言葉に理屈ではどんなに納得できても、それが嫌いな人間の言葉なら反発します。ひどいときは話を聞く前から「こんなやつの言うことなんか」という気持ちになってしまいます。
逆に好きな人間の言葉なら、話が始まる前から笑顔でうなずいてしまいます。「うん、うん」とか「そう、そう」といった共感が生まれ、素直に耳を傾けることができます。
理性のフィルターより、感情のフィルターのほうがどうしても強く働いてしまうのです。
■感情的にならないための「心構え」とは
わたし自身、常に「誰が話すか」より「何を話すか」を大事にしようと心がけています。これはこれで、自分が感情的にならないための大切な心構えだと思っているのです。
ただ、現実の会話の中では、そういう気持ちをつい忘れてしまうことがあります。
相手の言っていることは正しいと思っても、あまりに断定的な言い方をされたり、こちらを見下したような態度を取られたりすると、感情的な反発が生まれてしまうからです。
逆に、穏やかな話し方、誠実な話し方、ユーモラスな話し方、とにかくこちらの感情を解きほぐしてくれるような話し方の人に出会うと、ちゃんと聞く気持ちになります。「わたしとは考え方が違うけど、この人の言うことにも一理あるな」と納得することだってあるのです。
つまり、言葉のやりとりは意見や考え、あるいは知識や情報のやりとりのように見えても、じつは「感情のやりとり」の部分が大きいのです。
■好意や愛情が憎悪に変わる瞬間
感情的になってくると相手への怒りがこみ上げてきます。「こんなやつ」とか「許さないぞ」といった気持ちがどんどん強くなります。
それから、相手が心の底から嫌いになります。もう、大嫌いだという気持ちになります。
普段から嫌いな相手ならともかく、いつもはふつうにつき合っている人、あるいは親しい人、好きな人でも、怒りの感情に包まれてしまうとそれまでの好意や愛情が憎悪に変わってしまうことさえあります。
いつもだったら気にならない言葉にカチンときたり、軽い冗談がものすごい嫌味に聞こえたり、ほめられてもバカにされているように感じたり、とにかく相手の言葉のすべてに悪意があるように感じてしまいます。
■「好き嫌い」を切り離そう
これは、怒りで心が狭くなっている状態です。
感情的になると、普段なら素直に受け止めたり、「そういう考え方もあるな」と納得できたりするようなことでも、最初から反発してしまいます。あるいは正しい主張をされても難癖をつけて反論したり、好意的な言葉をかけられても裏の意味を勘ぐったりします。
怒りの感情につかまってしまうと、相手がどんなことを話しても、その通りに受け止められなくなっています。
ですから、好き嫌いの感情を持ち込むと、どういう相手であっても感情的になりやすいということ、とくに嫌いな相手に対しては、最初から感情的な話し方をしてしまいがちだということを読者の皆さんに気づいてもらいたいです。
■ネット上で増え続ける「敵」
今はSNSをはじめとするインターネット上のやりとりが急激に発達したために、人間関係についても、リアルよりもネット上でのつき合いのほうが多いという状況になっているのではないでしょうか。
感情関係さえも成立しない、それどころか、相手が感情を持った人間であることさえ認識できないような有象無象が広がるネット社会に生きているともいえます。
その結果、あなたの感情は、ネット上での人間関係で大きく揺さぶられることが増えてきているのではないでしょうか。
あなたの投稿に対して、真っ向から批判をする人がいる。あなたの考えをけちょんけちょんにけなしてくる人がいる。
■ネット上のつき合いは切り捨ててOK
とても痛ましいことに、SNSが大炎上し多くの人から誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)を受けて追いつめられ、自ら命を絶ってしまう人もいる世の中です。
ネット上は、本来なら好きなことを言い合える空間です。でも、今や炎上を恐れて言いたいことを言えなくなり、とても窮屈な場になってしまいました。
あなたにもそういう事態が起きそうだと感じたなら、その相手とのネット上でのつき合いをいっさい切り捨てることをおすすめします。
普段、リアルで会っている人とのつき合いを断つのは、なかなか苦労が要ります。でもネット上でのつき合いは、しょせんはネット上でしかないのです。
■「開き直り」が必要な時代
そういう人とのつき合いを切り捨てたとしましょう。
切り捨てられた人はあなたのことを恨むでしょうが、だからといって、怒ってあなたの家や職場に押しかけたりする可能性が高いとは思えません。その点が、リアルなつき合いとは違うのです。
切り捨てるのも簡単ですが、ネットであれば逆に新しい人と知り合うのも簡単です。
この人とは二度とつき合わない代わりに、また別の友達を探そう――。そういうある種の開き直りが、ある意味必要な時代になっていると思います。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)