足許、米・中の競争はさまざまな分野で一段と激化している。中でもAI関連の開発競争は熾烈を極めている。
米国では、エヌビディアやオープンAIを中心に多くの企業が、AIやそれに付随するデバイスの開発を競っている。中国では、華為技術(ファーウェイ)など大手に加えデバイス開発に取り組むスタートアップ企業も急増している。中国政府は、経済の効率性向上のためAI関連企業への産業支援策を拡充する方針だ。
そうした競争の激化により、今後、AI関連分野での合従連衡や淘汰は増えるだろう。世界的に水平分業を重視する企業も増えそうだ。それに伴い、台湾への影響力を含め、米中対立の先鋭化は避けられない。トランプ大統領は、ハーバード大学の留学生に転出を要求したようだが、そんなことをして研究者の環境を悪化させている場合ではない。
■なぜエヌビディアが独走状態を続けられるのか
ソフト・ハード両面でのAI関連分野の変化は、わが国の経済に重要な影響を与える。現在、わが国はAIチップの開発で遅れている。今後、AIデバイス開発競争でも後塵を拝するようだと、経済成長率は一段と下振れすることが懸念される。自動車や工作機械分野で磨いてきた製造技術と先端分野を、これからAI関連分野に応用することが必要不可欠だ。
米国で、ソフトウェアに続き、ハードウェアの開発に取り組むAI関連企業は顕著に増加している。代表的な企業はエヌビディアだ。
同社は、画像処理半導体(GPU)の設計開発を主に行う。また、AIの開発環境である、CUDA(クーダ)と呼ばれるITプラットフォームも提供した。それによって、AIチップ分野で同社は今のところ独走状態だ。
■ホンハイのAI工場が描く無人工場の未来
最高経営責任者(CEO)のジェンスン・フアン氏は、チップ需要の取り込みのためにハードウェア開発に着手した。目先、同氏が重視するのは、スマホなどの受託製造を行う鴻海精密工業(ホンハイ)だ。
ホンハイのAIサーバー工場では、大半の工程をAIが管理・制御しているという。それを土台にして、同社は“AI工場戦略”を推進している。
AI工場とは、極論をいえば無人工場のようなものだ。データをインプットすると、AIが必要な設計や製造を行う。
エヌビディアは、医療など非製造業の分野でもAI需要を生み出そうとしている。そのため、同社はホンハイのAI工場のノウハウを、サービス分野の効率性向上につなげることを重視している。エヌビディアが住宅、居住空間で利用する家電、ロボットをAIデバイスとして供給する体制構築も視野に入れているだろう。
■アップルの伝説デザイナーをオープンAIが買収
米国では、オープンAIもデバイス開発に参入した。5月21日、同社は、アップルの伝説のデザイナーであるジョニー・アイブ氏の“io Products”(アイオー・プロダクツ)の買収を発表した。ioはオープンAIの組織に統合される。
オープンAIを率いるサム・アルトマン氏は、アイブ氏の“ミニマル・デザイン”を高く評価したようだ。ミニマル・デザインとは、シンプルさを突き詰めることを意味する。アイブ氏のデザインは、アップルの復活の原動力の一つだった初代の“iMac”、“iPod”、“iPhone”ヒットの重要な要素になった。
グーグルやメタは、ゴーグル(メガネ)型のAIデバイス開発に取り組んでいる。
中国でも、民生・産業用の両分野でAIデバイス開発競争が急速に激化している。それを確認できるイベントがあった。5月に深圳で開催された“国際人工知能展”だ。展覧会を見たAI関連の専門家の一人は、ソフトウェア分野に続きハードウェア分野でも、中国勢は米国のすぐ後に迫っていると指摘した。エヌビディアがAIデバイス開発を急ぐのは、中国勢の急成長への危機感もあるはずだ。
■「人型ロボット」のシェア半分を占めるまでに
今回の展覧会で、中国のAI関連企業は幅広い機器を発表した。主な製品は、すでにあるAIスマホ、メガネ型の端末、次世代のウェアラブルデバイス、建物全体をAIで管理するシステム(全館スマート装置などと呼ばれる)と幅広い。報道では1000以上の製品、それを支えるソフトウェアが登場したという。
中でも注目を集めたのは、“ヒューマノイド”と呼ばれる汎用型の人型ロボットだった。ロボット分野では、米国のIT先端企業が先行したとの見方は多かった。
ところが、中国では政府の産業政策の拡充も追い風に、ヒューマノイド開発に取り組む企業が急増している。数ある産業予測の一つによると、2025年中国のヒューマノイド市場は1600億円程度に成長する見込みだ。世界の半分のシェアを中国勢がおさえることになるとの予測もある。
事業者数でみると、ヒューマノイド関連の上場企業は世界に約100社あるといわれている。そのうち、73%がアジアに分布している。中国は56%を占めるといわれる。上海市は異なる用途のロボットを訓練する施設を設立し、社会実装性を高めるためのデータ収集、デバイスの製造能力向上を強力に支援し始めた。
■上海の企業が量産開始、自動車業界も注目
ヒューマノイド開発は、世界の産業構造の変化を加速する要因になる可能性が高い。中国では、在来分野にも変化が押し寄せている。中国のヒューマノイド開発企業の代表格である、上海智元新創技術(AGIBOT)はすでに量産を開始した。こうした企業は、国内の自動車企業と提携し、製造の委託も視野に入れているようだ。
AI関連分野の競争の激化は、わが国経済の中長期的な展開にかなりのインパクトを与えるはずだ。
現在、わが国には先端のAIチップを製造できる企業は見当たらない。汎用型の半導体メーカーでは、中国勢の製造能力増強による市況軟化から、生産計画を見直したり、工場の稼働を先送りしたりするケースが出始めた。その中で、ラピダスが先端の半導体を製造し良品率を引き上げることが期待されている。
■アルトマン氏は日本にチャンスを見出している
AIチップに加えて、ハードウェア分野でも、米中の対立は先鋭化する可能性は高い。その一方、オープンAIはチップの開発、生産の委託を重視しつつある。米・中対立が激化しても、国際的な水平分業は止まらないだろう。そうした変化に対応し、半導体や電子機器の供給地の地位を高めたことが台湾の重要性を支えた。
わが国に高付加価値のチップを供給する企業があるか否かは、世界経済におけるわが国の地位維持と向上に欠かせない。それに加え、わが国はAIデバイスの創造を支える新製品の創出が必要不可欠だ。オープンAIのアルトマンCEOは、デバイス創出で日本企業と連携する考えを示した。相応のチャンスは存在するということだ。
■まだ優位性があるうちに早期の技術開発を
素材の創出技術、自動車関連企業が磨いた精緻なすりあわせ製造技術は、AIデバイスの実現に必要な要素だ。中国勢の追い上げは熾烈だが、製造技術の点で日本企業はまだ比較優位性を維持している分野はある。
優位性があるうちに、わが国の企業はAI関連分野でのアライアンスを拡充することが必要だ。それに加えて、持続的に先端分野で研究開発や設備投資を実行する経営体力が必要になる。それができないと、“あっという間”に中国勢に追い抜かれることが懸念される。
米トランプ政権の政策懸念、中国経済の減速鮮明化と、わが国経済を取り巻く状況は厳しい。そうした中、国内の企業が中長期の視点でAIデバイス関連で巻き返せるかが、今後のわが国経済の復活への道が開けるかどうかの瀬戸際といえるだろう。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)