アンパンマンの作者・やなせたかしを描くNHK朝ドラ「あんぱん」の主題歌に、RADWIMPSの「賜物」が起用された。音楽評論家のスージー鈴木さんは「派手なディスコ風の曲調は『ザ・朝ドラ』では終わらないというNHKからのメッセージだ。
テレビでは流れない歌詞にも注目すれば、これからの展開はますます期待が高まる」という――。
■「あんぱん」は安定感がある「オール4」
本記事のテーマは、NHK朝ドラ『あんぱん』のテーマ曲であるRADWIMPS「賜物」について。長く朝ドラを見続けている58歳の音楽評論家として、思うところを書いてみたい。その前にまず、ドラマ『あんぱん』のこれまでを振り返ってみる。
「国語算数理科社会、オール5」、いや「オール4」というのが、『あんぱん』に対する私の感想だ。
全科目が5点満点中の「4」なのだから、無論褒めている。褒めているのだけれど、安定している分、何かが突出しない感じ、優等生的な感じに対する、少しばかりの不満も込めた数字である。
戦後に成功した有名人をモデルとした朝ドラ。成功する夫と、それを支える妻の物語。戦前から始まるストーリー。そして太平洋戦争が始まって、国内に戦禍が広がる。そんな中、今田美桜演じる主人公は男勝り(=「はちきん」)で元気はつらつと、戦前・戦中・戦後という激動の時代を、持ち前のパワーで、生き抜いていく――。

と、ここまで書くだけでも典型的な朝ドラ=「ザ・朝ドラ」としての安定感が立ち込めてくる。
■河合優実の目を見張る演技力
しかし、ただ安定感・優等生の「ザ・朝ドラ」なら「オール3」になるはずだが、いくつかの要素が、私に加点させる。
1つ目は、河合優実の目を見張るほどの演技力だ。出征する細田佳央太演じる豪との別れのくだりにおける彼女の演技(第6週)には、私だけでなく、多くの視聴者が息を呑んだことだろう。
これまで、例えば「1986年の不良少女」(TBS『不適切にもほどがある!』)や、薬物中毒患者(映画『あんのこと』)など、極端な役の印象が強過ぎただけに、冷静かつ利発な「普通の」女性として、ここぞとばかりに抑制的な演技を見せる彼女に見入ったのだ。
このまま行けば(ちょっと古いが)「マー姉ちゃん」(79年)における田中裕子と並ぶ、「朝ドラ史上に残る3人姉妹の次女」になるのではないか(どことなく表情も似ているし)。
■出てきてほしい時に出てきてくれる阿部サダヲ
2つ目は、阿部サダヲ演じる屋村の存在である。屋村は、このドラマ用の完全な創作、空想上の人物らしいが、その存在感が、作品のリアリティを損なう方向ではなく、むしろ、いい意味でのファンタジー性をトッピングする効果を発揮する。
土佐弁ではなく標準語をしゃべり、絶えず正論を述べ、さらには戦局へと向かう時勢に抗い、反戦的な発言や行動をも見せる。気が付けば毎回、「ここで出てこないかな」と、阿部サダヲの登場を願っている私がいる。太平洋戦争に突入する今後の展開の中、阿部の復活を願う回がしばらく続きそうだ(何とか生き延びていてほしいと思う)。
この2人、反戦(厭戦)的姿勢を感じさせる河合優実と阿部サダヲは、まるで、未来からやってきたキャラのようにも見えてくる。
あっ、この2人、『不適切にもほどがある!』でタイムスリップする親子じゃないか!
■主題歌は一見朝ドラらしくないが…
と、前置きが長くなったが、こういう中での主題歌「賜物」なのである。
開始当初、まず驚いたのは、「ザ・朝ドラ=戦前物」には、決して似つかわしくない派手派手しいディスコ風のアレンジである。さらには、タイトルバックも近未来的な映像世界だ(よく見ると戦前から現代、そして未来への移ろいを描いている)。
音楽評論家として、少々細かい話をすれば、メロディの音程の「跳躍」にびっくりした。
歌詞「♪人生訓と経験談と占星術または統計学による 教則その他、参考文献」(歌詞も何ともシュール)のパートは、音が、専門用語で5度(ミとラ。キーはBm)の幅を何度も行き来する。
さらに、続く「♪道理も通る隙間もないような日々だが 今日も超絶G難度(人生を)」のパートは、5度を超えて8度、つまりオクターブ(ラと上のラ)の広い幅を、何度もピョンピョンと跳びまくる。
専門的な話はさておき、一聴して、トリッキーなフレーズだと感じなかった人は少ないだろう。あと――こりゃ、カラオケで歌いにくいぞと。そんな味付けの強い楽曲が、毎朝毎朝流れるわけである。
■後半に「ザ・朝ドラ」から「シン・朝ドラ」になる
しかし、見ているうちに、ドラマの次なる展開が「賜物」にある種の必然性を与えるような気がしてきた。
来たる6月、『あんぱん』の戦争シーンは重くなりそうだ。
NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 あんぱん Part1』(NHK出版)における「やなせたかし・暢夫妻の歩み」によれば、やなせたかしは、1941年に召集され、小倉の野戦重砲部隊に入隊し、1944年には中国・福州に派兵され、復員は終戦翌年の1946年。まるまる5年間、軍隊にいたことになる。
NHKの公式サイトにあるWEB特集「なにをして生きるのか~俳優・北村匠海さんが向き合う やなせたかしさんの戦争と正義」には、中国戦線での厳しい体験を語る言葉が書かれている。
――「戦う前に腹ぺこでフラフラ。タンポポの根っことか手当たりしだい食べてました」
しかし、戦争の艱難辛苦と、それに抗う女性を描くのが、朝ドラにおける一種の「必要条件」、つまり「ザ・朝ドラ」としたら(もちろん、平均的な朝ドラを超える戦争表現を期待するものの)、やなせたかしの戦後の人生に、スポットが当たるであろう後半には、『あんぱん』が「ザ・朝ドラ」を超えた「シン・朝ドラ」になれる可能性があると考えるのだ。
■ありきたりなJポップでないからこそ期待できる展開
先の記事より、やなせたかしの戦後はこんな感じ。何だかあっちこっち忙しそうだ。正直、行き当たりばったり感もある。でも、とっても賑やかで楽しそうではないか。
●1946年(やなせたかし27歳):高知新聞社社員に(ここで小松暢と出会う)

●1947年(28歳):三越宣伝部に勤める。暢と結婚

●1953年(34歳):三越退社。漫画家として活動開始

●1960年(41歳):永六輔監修ミュージカル『見上げてごらん夜の星を』の美術担当

●1961年(42歳):『手のひらを太陽に』作詞(作曲:いずみたく)

●1969年(50歳):手塚治虫のアニメ映画『千夜一夜物語』の美術監督

●1973年(54歳):絵本『あんぱんまん』上梓

●1976年(57歳):『ミュージカル・メルヘン 怪傑アンパンマン』初上演

●1988年(69歳):テレビアニメ『それいけ!アンパンマン』放送開始

永六輔、いずみたく、手塚治虫を誰が演じるのか、考えるだけでワクワクする。

長くなったが、私が言いたいのは、RADWIMPS「賜物」とタイトルバックは、やなせたかしの賑やかな戦後を描く「シン・朝ドラ」としての『あんぱん』への期待を喚起しているのではないかということだ。「待ってろよ、『ザ・朝ドラ』じゃ終わんないよ」とでもいうような。
あのリズム感、メロディの跳躍、近未来に向かっていく映像世界は、すべて「シン・朝ドラ」にふさわしい。逆にいえば、楽曲が「賜物」ではなく、「がんばれば夢は叶うよ」的なありがちな歌詞を、ありがちなコード進行(特に「カノン進行」)に乗せて歌うありがちなJポップ(実際、そんな主題歌は最近の朝ドラに多かった)だったとしたら……。
その瞬間、「ザ・朝ドラ」として完結してしまうではないか――「そんなのはいやだ!」
■子供向けらしくない「あの曲」との関係性
とはいえ「賜物」が、本作品の主題歌として満点、「オール5」の選曲だとは思わない。なぜなら、やなせたかし自身が作詞した「あの曲」があるからだ。
「♪そうだ うれしいんだ 生きるよろこび たとえ 胸の傷がいたんでも」――歌い出しは子供向け楽曲らしく、ポジティブなメッセージである。取る人が取れば「ありがちなJポップ」を想起するかもしれない。
ただ、子供向け楽曲には決して似つかわしくない「いやだ!」という否定の叫びが込められた次のパートが、中国戦線でタンポポの根っこを食べる嵩(北村匠海)、会社員、漫画家、美術担当、作詞家、絵本作家……と、忙しく賑やかに駆け回る嵩のバックに流れたとしたら、どうだろう。
――「♪なんのために生まれて なにをして 生きるのか こたえられないなんて そんなのは いやだ!」
■テレビには流れない「最後のフレーズ」
もちろん「あの曲」を主題歌にすることなど、あり得ないのだが、それでも、ありがちなJポップではない果敢な曲調で、「あの曲」に果敢に挑戦したことを評価したいと思うのである。
「命を生きよう 君と生きよう」という、テレビでは流れない「賜物」のラストに響く、「♪なんのために生まれて~」への回答とも言えるフレーズが、最終回の感動に似つかわしく響いていることを、心から願う。

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スージー鈴木(すーじーすずき)

音楽評論家

1966年大阪府東大阪市生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒業。ラジオDJ、野球文化評論家、小説家。音楽評論の領域は邦楽を中心に昭和歌謡から最新ヒット曲まで幅広い。著書に『沢田研二の音楽を聴く 1980-1985』(日刊現代)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『サブカルサラリーマンになろう』(東京ニュース通信社)、『幸福な退職』(新潮新書)、『弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる』(ブックマン社)など多数。

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(音楽評論家 スージー鈴木)
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