シンプルで合理的な人生設計』や『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』の著者で、「世の中の仕組みを知っている人と知らない人とでは、人生のゴールに大きな差が生まれる」という橘玲さんが、子供たちが幸せな将来を送るためのレッスンを教えてくれた――。
※本稿は、『プレジデントFamily2025春号』の一部を再編集したものです。

わが子には自分らしく幸せに生きてほしい。多くの親はそう願っているでしょう。では、そのために世の中の仕組みを子供たちにどう教えたらいいのでしょうか? さまざまな調査から、「合理的に考える」人ほど幸福になり、お金持ちにもなりやすいことがわかっています。
合理的とは、数字やデータ、統計的な裏付けをもとに考えることで、そうできない人が非合理的です。市場経済は、合理的な判断と行動に大きな優位性がもたらされる仕組みです。簡単に言うと、「1+1=2」にしかならない現実を受け入れること。でも、世の中には「1+1=3」だとか、あるいは「1+1=100」だと思っている人がたくさんいます。
「100万円払えば、1000万円得する情報を提供します」
ちょっと考えれば、そんなウマい話があるのなら、それをもちかけた人が自分で100万円払ってやればいい、とわかります。でも、つい乗っかってだまされてしまう人がいるのです。
合理的な考え方に必要なのは、時間、人間関係、お金といった「資源」はどれも有限だという法則に気づくことです。資源が有限だと、何かを選択したら別の何かを諦めなければなりません。そんなの当たり前だと思うでしょうが、これに気づいて行動できるかどうかで、幸福度は大きく変わっていきます。

■まず、時間
「1日=24時間」という時間資源の制約からは誰も逃れることができません。ゲームをするのにたくさん時間を使えば勉強する時間はなくなります。
それにもかかわらず、時間資源を無駄にしている人がたくさんいます。
私がこのことに気づいたのは、近所のスーパーにセルフサービス式の無人レジが導入されたときでした。最初はみんな使い慣れない無人レジを敬遠して、スタッフのいる有人レジが混み合っていました。でもセルフサービスが普及すると、今度は逆に有人レジはガラガラなのに、無人レジに長蛇の列ができたのです。目的はできるだけ早く精算して店を出ることなのに、わざわざ時間のかかるほうを選ぶ人がたくさんいることに衝撃を受けました。
動物や魚など群れをつくる生き物は、天敵から身を守るために、本能的にひと固まりになって行動し、捕食者の攻撃を回避しようとします。人間も同じで、みんなと同じことをするのが安心という心理から、長いほうの列に並んでしまうのでしょう。
でも、いつもこんな行動をしていたら、どうなるでしょうか。スーパーでの精算は些細(ささい)なことに思えるかもしれませんが、合理的に行動する人と比べて、時間の無駄の累積はかなりのものになります。変化が激しくなる時代、他人と同じことをしていては、大きな視点(俯瞰(ふかん)する力)でものを見られずに損をしてしまうことがさらに増えるでしょう。
合理的に考えることで、時間資源をより有効に使えるようになるのです。
■次に、人間関係
会社の同僚や友人の中には、ウソをついたり、約束をすっぽかしたりする残念な人が一定数いるでしょう。
ウソをつくのが道徳的によくないのは明らかですが、それが間違っていることは経済学でも説明できます。ウソをつく人は、相手に経済的・時間的・心理的な損失を与え、人間関係の「コストが高い」とみなされます。一緒に遊ぶにしても、仕事をするにしても、「コスパ」のいい相手のほうが好ましいのは当然です。こうして、ウソをつく人からはみんな黙って離れていくのです。
子供に「なんで約束を守らなくちゃいけないの?」と聞かれたら、「約束を守って人間関係のコストを下げると、友達がたくさんできるからだよ」と答えることができます。大人になれば、「約束をちゃんと守る」という信用や評判をつくることが、仕事のうえでとても大切になります。「あの人が言うんだから間違いない」と思われることが、成功や高い幸福度に結びつくのです。
■そして、お金
お金という資源も有限です。手元にあるのが100円玉一つで、トマトが100円、キュウリが100円だったとしたら、どちらかしか買うことができません。「Aを手に入れればBは手に入らない」という状況を「トレードオフ」といいます。

でも、どうしてもトマトとキュウリの両方がほしいときはどうすればいいでしょうか。奪う? 借りる? いくつかの方法がありますが、実は合理的に考えればうまく両方を手にすることが可能です。これについては、次ページの親子レッスン1で詳しく触れたいと思います。
さて、お金は有限ではありますが、工夫次第で増やすことが可能です。先ほどの例でいうと、100円を何らかの方法で200円に増やすことができれば、トマトとキュウリ、どちらも手に入ります。
増やすために知っておきたい最も大切な仕組みが「複利」です。こちらも詳しくは以降で紹介する親子レッスン2で学びますが、「複利」という仕組みを知っているかそうでないかで、人生において大きな差が生まれます。
簡単に触れておくと、もらったお金を発作的・衝動的に使う人と、計画的・抑制的に貯めておける人の違いが、想像以上に大きいということです。後者が合理的な人、ということになります。
次ページから、お金をテーマに、合理的な思考法を学べる二つの親子レッスンを紹介しましょう。
■親子レッスン①「トレードオフ」を理解しよう!
君(きみ)は100円玉(えんだま)を1つ持(も)っています。
同(おな)じく100円玉を1つ持っているパパと買(か)い物(もの)に行(い)きました。

君はリンゴとミカンの両方(りょうほう)を食(た)べたいと思(おも)っています。
でも、リンゴとミカンの値段(ねだん)はどちらも100円。
リンゴを買うとミカンは買えません。
こういう状況(じょうきょう)を「トレードオフ」といいます。
■どうしても両方がほしいとき、君はどうする?
【パパ】両方を手(て)に入(い)れる方法(ほうほう)は?
【君】う~ん。100円しかないんだから、どちらかを諦(あきら)める※①しかないかな
【パパ】まあ、普通(ふつう)はそう考(かんが)えるよね。でも、それではレッスンにならない。なんとか、2つとも手に入れる方法を考えよう
【君】じゃあ、パパの100円玉を盗(ぬす)んで200円にする。それか、2人(り)でリンゴとミカンを1つずつ買ったあと、パパが買ったものを奪(うば)う※②
【パパ】それはルール違反(いはん)。警察(けいさつ)につかまるぞ
【君】だよね~。じゃあ、どうしたらいい?
【パパ】パパにお金(かね)を借(か)りる※③という手があるよ。そして、2つとも手に入れたあと、お手伝(てつだ)い※④をして100円を返(かえ)すんだ
【君】いい手だね。
でも僕(ぼく)は、お手伝いを忘(わす)れちゃうかもしれない
【パパ】パパの信用(しんよう)を失(うしな)うね。もう君には貸(か)さないことにする
【君】じゃあ、お手伝いを先(さき)にして、それで100円をもらってから買いに行こう!
【パパ】でもそれじゃあ、今(いま)すぐには食べられないよ。我慢(がまん)できるかな?
【君】わかった! 今すぐ両方を食べる方法は、パパと僕とでそれぞれ買ってから半分(はんぶん)にして交換(こうかん)すればいいんだ
【パパ】半分にはなるけど、いい方法だね。でも、それにはパパがその案(あん)を受(う)け入れられるよう君が交渉(こうしょう)する※④必要(ひつよう)があるよ
この問題(もんだい)を解決(かいけつ)する方法は次(つぎ)の5種類(しゅるい)。でも、トレードオフの状態(じょうたい)で幸(しあわ)せに解決できる方法は限(かぎ)られているよ。
①諦める ②奪う ③借りる ④ 働(はたら)く(お手伝い) ⑤交渉する
■親子レッスン②「複利」を理解しよう!
晩(ばん)ごはんの後片(あとかた)づけをすると、1日(にち)100円(えん)のおこづかいがもらえます。
この100円はすぐに使(つか)ってもいいし、そのまま取(と)っておくこともできます。
また、使わずにママに預(あず)けておくという方法もあります。
ママに1日預けておくと、預けた分(ぶん)の1割(わり)(100円なら10円)をオマケとしてもらえます。
このルールで毎日(まいにち)晩ごはんの後片づけをすると、1カ(か)月げつ(30日)後(ご)、どうなっていると思いますか?
■ちょっとした差だと思ったら……
【君】毎日使うと1カ月後には何(なに)も残(のこ)らないし、取っておけば100円×30日で3000円が貯(た)まるね
【ママ】使わずにママに預けておくと、毎日1割のオマケがつくんだよ
【君】100円で10円でしょ? だったら、自分(じぶん)の手元(てもと)において使いたいときに使いたい
【ママ】オマケのことを利息(りそく)とか利子(りし)というのよ。100円の1割は10円だけど、元のおこづかいだけでなくオマケ(利息)の分にも利息がつくことを複利(ふくり)というの。2日目(かめ)は、前日(ぜんじつ)の110円とその日の100円で210円。
3日目は、210円の1割の21円がオマケになるから231円+100円で331円になるよ
【君】すると1カ月後は1万(まん)6449円! 自分で持っていたら3000円なのに、5倍以上(ばいいじょう)になるんだ。すごい! え? これ、1年(ねん)後にはいくらになるの?
【ママ】グラフにすると、その違(ちが)いがよりわかるね。これね、勉強(べんきょう)にも言えるんだよ。コツコツ勉強を続(つづ)けている人(ひと)と続けていない人との差(さ)がどんどん開(ひら)いていくんだね

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橘 玲(たちばな・あきら)

作家

1959年生まれ。早稲田大学卒業。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部を超えるベストセラーに。05年の『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補に。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。著書に『「読まなくてもいい本」の読書案内』(ちくま文庫)、『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)、『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』(幻冬舎文庫)、『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』(集英社)など多数。

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(作家 橘 玲 構成=大塚常好)
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