■株価はピーク時の2%未満
かつて家庭用ロボット掃除機の代名詞だったiRobotが、今や存続の危機に直面している。
米CNNによると、iRobotは2025年3月12日の四半期決算報告で「会社の継続能力について重大な疑義がある」と明らかにした。ロボット掃除機市場の牽引役だった同社の突然の宣言に、市場は動揺。時間外取引で同社の株価は30%下落した。
5月29日時点でも目立った回復は見られない。1株あたり3.51ドル付近をさまよい、年初来55.85%の下げ幅となっている。2021年に記録したピーク時の197.4ドルと比較すると、現在の株価は1.78%にすぎない。
契機となったのが、Amazonによる買収計画の破綻だ。当初Amazonが計画していた17億ドル(約2500億円)規模の買収計画は、EUの規制当局が阻止に動く可能性があると警告したことを受け、2024年1月に中止された。米ウォール・ストリート・ジャーナルによると、iRobotは買収の成立を前提に巨額の借り入れを行っていたが、計画中止を受けて人員を50%以上削減している。
米CNBCは買収断念以降、iRobotの財政状況は悪化の一途をたどっていると指摘する。
Amazonという救世主を失ったiRobotは、自力での生き残りを模索する厳しい局面に立たされている。
■今春に新モデルを一挙投入したが…
2年ほど前にネット掲示板「レディット」に投稿され、今でも海外のソーシャルメディアで転載され続けている1枚の写真がある。ルンバを販売するiRobotのショップ店内を写したものだ。
棚にはずらりとルンバが展示される中、女性スタッフが店舗スペースの床を熱心に清掃している。だが、スタッフの手に握られているのは、古式ゆかしい1本のモップだ。なるほど、さてはお得意のルンバの使い勝手が良くないのだろう、とネットユーザーの皮肉な笑いを集めている。
店頭で騒音を出せないなど、何か理由があったかもしれない。だが、使い勝手の悪さはこの画像に象徴される通り、あながち間違いではないようだ。iRobotは2025年3月、事業立て直しへの願いを託し、「ルンバ」シリーズに実に8製品からなる新モデル群を投入した。同社が「弊社35年の歴史の中で最大かつ最も包括的なラインナップ」と誇る製品刷新だが、機能に満足できないとして、専門家から手厳しい評価が寄せられている。
米著名ライフスタイルメディアのライフハッカーは、新モデルの一つであるRoomba 205 Comboをレビュー。結果は厳しいものだった。同製品は299ドルから999ドルまでを揃える新ラインナップの中堅モデルに相当し、469ドル(約6万8000円)の価格設定だ。(日本向け公式サイトでの通常価格は5万9200円(税込、以下同様)。6月3日現在、値引き後価格4万9100円で販売されている。)
同サイトは、205 Comboは最もベーシックなモデルに水拭き機能を加えただけであり、「このモデルは約束された機能だけを果たせばいいと自分に言い聞かせた」と低い期待でレビューを開始。それでも結果はひどいものだったという。
■「ただ水を塗り広げているだけ」の酷評
水拭き機能には清掃中に回転モップを自動洗浄するなどの工夫は一切なく、「単純に、ロボットの底部に装着された非常に小さな水タンクに、ベルクロ(いわゆるマジックテープ)で固定された固定式のモップパッドを付けただけ」「ただ水を床に広げるだけで、清掃などしていない」「塗り広げてしまうだけだろうから、泥だらけの犬の足跡には試しもしなかった」と、実用性の乏しさを嘆く。
さらに米ライフハッカーは「腹立たしいのは、ロボットが頻繁に清掃ルーティンを完了せず、しかもバッテリー不足が原因ではないということだ。終了したと判断し、床の多くの部分に触れもせずに去って行く」と指摘。清掃性能の問題に加え、ナビゲーションや使い勝手の面でも多くの欠点があるとまとめている。
同サイトは、「強」モードで3回走らせた後だという床の写真を掲載。
■LiDAR搭載は業界の2年遅れ
iRobotは1990年、マサチューセッツ工科大学(MIT)のロボット工学研究者たちによって設立された。2002年に最初のルンバを発売して以来、本体内に溜まったゴミの自動回収機能やモップがけ機能などを年々追加し、改良を重ねている。
業界のリーダーとのイメージがあったが、ライバル勢の追い上げは激しい。いつしかそのブランドイメージの高さとは裏腹に、機能性や価格面でルンバの利点は失われていった。
米ライフハッカーは「他のロボットブランドと共に革新を行うことがなく、iRobotは適応が遅かった。他のブランドが(拭き掃除機能を追加した)コンボマシンを開発する中、iRobotが掃除と拭き取り機能を備えた最初のロボット『J7+』を導入したのは、2022年後半のことだ」と指摘している。
LiDARへの対応も遅い。部屋を効率的かつ取り残しなく掃除するうえで、部屋の構造を高精度でスキャンするLiDAR技術を各社がこぞって採用している。2023年後半頃までには業界標準になっていたが、ルンバシリーズは伝統的にカメラによる画像認識に依存。LiDAR技術を初めて搭載したのは、2025年モデルになってからだった。
満を持して搭載したLiDARも、他社製品と同等の水準とは言い難い。ライフハッカーは、他社製品のように360°を認識せず、機体前方のみを監視する「準LiDAR」であると指摘。結果、壁際ギリギリに寄って清掃することができず、後方にあるゴミも取り残してしまうなどの問題があるとしている。側方や後方は振り返ってLiDARを向ける必要があるため、「しばしば、酔っ払いのようにただ回転し続ける」といった妙な挙動を見せるという。
メンテナンスの手間も問題だ。ニューヨーク・タイムズ紙の製品レビュー部門ワイヤーカッターは、競合他社の最先端モデルについて、「最も高度なモデルには、回転するモップパッドが2つあり、清掃の途中でドックに戻って汚れた水を捨て、ブラシを掃除し、自動的に洗浄液を補充する。一部には、こぼれや汚れを検出するセンサーがあり、床の種類も区別できる(吸引強度や回転数を調整する)」と説明している。
■吸引力は他社製の3分の1程度、価格は中国製に惨敗
iRobotの新製品は、基本的な性能面でも問題を抱えている。すなわち、吸引力だ。
イギリスのダイソン社は、「吸引力の変わらないただ一つの掃除機」のフレーズでスティック型掃除機市場を席巻した。基本性能である吸引力の高さは、それほどに大切だ。強力であるほど花粉や塵などの大きな粒子を吸い込みやすくなり、フローリングを裸足で歩けば、その快適さは肌で実感できる。
ところが米ライフハッカーによれば、Roomba 205 Comboの吸引力は7000Paに留まる。これは他者の最新のロボット掃除機が2万Pa以上を発揮するのに対し、3分の1程度という低い水準だ。
現状、iRobotの市場シェアを猛烈な勢いで侵食しているのが、十分な吸引力と優れた価格競争力を両立する中国メーカーだ。米CNBCは「最も急成長しているロボット掃除機事業のいくつかは中国に本社を構えており、Anker、Ecovacs、Roborockなどがある。これらすべてがiRobotの市場シェアを侵食している」と報じている。
Ankerでは拭き掃除機能付きの最安モデル「Eufy RoboVac G30 Hybrid」が2万3989円(公式オンラインストアでの値引き後価格)で購入可能だ 。Roomba 205 Comboの4万9100円(同)は圧倒的に高く、同じ値段でEufyが2台買えてしまう。。
もちろん、予算を惜しまず上位モデルを購入したならば、それなりの働きをする。米PCマガジンは2003年9月に発売されたiRobotの高級モデルJ9+(日本での実売価格は11万円前後)について、巻き込み防止機能の正確性を高く評価。
記事は、「靴下やケーブルをそのへんに散らかしておくクセがある場合、この掃除機はあなたの味方だ。日常的な障害物をピンポイントで検出して回避する」としている。
記事は、「靴下やケーブルをそのへんに散らかしておくクセがある場合、この掃除機はあなたの味方だ。日常的な障害物をピンポイントで検出して回避する」としている。しかし、当然ながらこの機能は、低価格モデルには搭載されていない。
■ブランド価値だけでは生き残れない
iRobotは現在、同社が得意としてきたロボット掃除機市場において厳しい立場に置かれている。
ロボット掃除機は基本的に、自宅でのみ使用する。そのため、見栄を張って高価なブランドの製品を購入し、機能が劣っても使い続けるといった消費者心理は働きづらい。ルンバが高すぎると感じたならば、より豊富な機能を備えたほかのブランドを選択するだけだ。
2020年頃までであれば、ロボット掃除機といえばルンバを指すと言っても過言ではないほど市場で強烈な存在感を放っていた。だが、積極的に新機能を開発し、より低価格のモデルにも実装する他社の台頭を受け、わずか5年で状況は一変。技術革新の遅れが続いた結果、かつて業界トップを独走していたiRobotは、いまや窮地に追い込まれている。
危機を乗り越えるうえで、ブランド名の上にあぐらをかくことなく、消費者が求める機能やスペックに原点回帰することが必要だ。その道のりは険しいものとなりそうだが、家の中を走らせるだけでわくわくするような未来を感じさせてくれた、以前のようなルンバの再来を待ちたい。
----------
青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
----------
(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)