大阪・関西万博の象徴とされる「大屋根リング」の閉幕後の扱いについて意見が分かれている。森林ジャーナリストの田中淳夫さんは「開幕期間限定の仮設で造られたものなので、保存するにはさまざまな補強が必要となる。
解体して再利用するにしても、移設するにしても、巨額のお金がかかることは間違いない」という――。
■万博閉幕後の「大屋根リング」のゆくえ
開幕2カ月が経とうとしている大阪・関西万博。(良くも悪くも)何かと話題だが、とくに注目されているのは「大屋根リング」(以下リング)だろう。
万博来訪者に行ったアンケートでは、「一番印象に残ったもの」という項目で、ダントツで多かったのがリングだった。私も会場に入ってすぐ目の前にそびえる巨大建築物にはド迫力を感じた。
意外と紹介されていないが、リング上のスカイウォーク(遊歩道)は二重になっており、その周辺には花壇や芝生広場が設けられている。スカイウォーク上からは、各国のパビリオンだけでなく大阪湾を航行する船舶、明石海峡大橋、そして大阪や神戸の街並みから六甲山や生駒山まで一望できる。なかなかの絶景ポイントなのだ。
だからリングが魅力的なのは事実だが、同時にさまざまな問題が噴出し、批判を招く存在でもある。とくに現在議論されているのは、万博閉幕後の扱いだ。予定通り解体するのか。それとも残すのか。

そこで、“引退後”のリングの扱いに関する動きを紹介したい。
■当初は「閉幕後に解体」の予定だった
まずリングの概要を説明しておこう。直径は675メートル(外径)、幅約30メートルで外周約2025メートル、高さ12~20メートル。建築面積が約6万1000平方メートルで、使用された木材(主に集成材やCLT〈直交集成板〉)は約2万7000立方メートルだ。世界最大の木造建築物としてギネス世界記録に認定されている。建設には、約344億円が費やされた。
大前提として、万博会場は10月13日の会期終了後に更地にして返す契約になっている。つまりパビリオンもリングも解体して撤去される予定だった。巨額な建設費をかけたにもかかわらず、たった半年で解体されるとわかると批判の声は建築中から高まった。万博のレガシーにならないうえに、ギネス認定も消える可能性があるからだ。
そこで大阪府は、経済界や国と協議して閉幕後のリングのあり方を検討し直しており、その結果は「6月23日に正式決定する」としている。
■解体して仮設住宅やベンチに使用するはずだったが…
当初の予定通り解体する場合、その費用は万博会場建設費の総額2350億円に含まれている。
そこでリングの木材を各所に再利用してもらい、万博レガシーにする案がある。
各界に意見を聞いたところ、駅や福祉施設、仮設住宅、備蓄倉庫、トイレなどが候補に挙がった。ただ万博協会は「(建物の構造を支える)構造材として再利用するためには法的な問題がある」という。部材の強度や耐久性を確認しなければならないのだ。
集成材やCLTは木材の板を接着剤で張り合わせたもので、JAS規格(日本農林規格)によってリングとしての強度は万博開催期間中なら保てると確認されているが、それ以上の長期使用をする場合、そして使用部位によって荷重のかかり方に対する強度の保証はされていない。改めて規格に合っているか審査が必要なのだ。
構造材以外では、庁舎の内外装や家具、遮音壁、ベンチなどに使う案が出た。ただリングは木材に穴を空けて差し込む貫構法を採用している。この構法は日本の伝統的な建築構法だと説明されているが、実際は穴に金属板が張られボルトで留めている。再利用するには、穴の周辺部分は切り落とすことになるだろう。つまり寸法が意外と長く取れない。
また雨風に打たれながら数百万人が歩くであろうスカイウォークは、この先相当傷むことも想像できる。
私もすでにリングの各所で、雨垂れのせいか、すすけて変色した部分を見かけている。
■「タダじゃないならいらない」となりかねない
加えて木材の再利用を念頭にリングを解体する場合、機械で力任せにはできず、手間をかけての難工事になるだろう。当然時間も経費も嵩む。運搬費用も含めると、通常の木材を調達するより相当高くなるのは間違いない。引き取り希望者は、木材の価格を「ほぼ無料」にしてほしいと要望を出すが、有償なら希望者が減る可能性もある。
そうした点を勘案すると、再利用できるのは全体の1~2割になると言われている。残りは焼却処分するしかなくなる。これまで「木造建築は炭素を蓄積するから環境に優しい」とアピールしてきたのだから、それでは憤る人も出かねない。
■恒久的な施設として残すためのハードル
そこで保存する案も出てきた。
もっとも、リング全体を恒久的な施設として残すのは極めて難しい。建築基準法に合うような改築や補強が必要となり、いったん解体して組み直さねばならなくなるという指摘もある。その費用は100億円を大幅に超えるとみられる。

4月に策定された跡地中心部分(約50ヘクタール)の開発基本計画では、リングの一部をモニュメントにして残す案が示された。北東側約200メートルだけを残す構想だ。ただし、リングの屋根部分を撤去し、強度を補強するため柱の形状も変える。当然、屋上を人が歩くこともできないが、果たしてそれが万博レガシーになるだろうか。
■腐食して崩落する危険性もある
大阪府の吉村洋文知事は、南側の海面に突き出た部分(約40ヘクタール)の最大で約600メートルを当面残そうと提案した。計画では、この南側部分の海を埋め立てて長期滞在型のリゾート施設などを建設する予定だが、工事が始まるのは、おそらく10年以上先になる見込みだ。その約10年間を「いったん保存しておこう」という発想である。その間に次の手立てを考えるという。要するに先送りだ。
しかし仮設を前提に建てたものだから、木材には耐火や防水・防腐措置が取られていない。特に海に面した部分は、常に潮風を浴び、波もかぶっている。また土台部分が海水に浸食されて削られるという事態も発生している。
今のままだと、遠からず腐食が進み強度が落ちて見た目も悪くなる。10年後には崩壊の危険もあるだろう。
万博協会側は、600メートル分の防水・防腐対策などの改修を施すのに約9.6億円、10年間の維持管理に約7.4億円かかり、計約17億円かかると試算している。
なお6月に入ると、今度は「上に登れる200メートル保存案」や、「海沿いの350メートル保存案」も登場している。百家争鳴状態だ。
■「輪切りにされたリング」はレガシーなのか
さらに移設案もあるが、こちらも解体と輸送、再び建築となると、費用は解体再利用や保存より高くつきそうだ。大阪府木材連合会は「2027年に横浜で開かれる国際園芸博覧会で、リングの木材を使ってもらえないか国土交通省に打診している」というが、果たして受け入れられるか。たらい回しのようにも感じるが……。
木材の研究者からは、いっそのこと「木材として残そうとせず、木材成分のリグニンやセルロースとして再利用したほうがよいのでは」という意見も出ている。それほどリングを保存するのは厄介なのである。
一方、市民には「一周あってこそのリング」という声が強い。残すのは一部だけで、しかも屋上に上がれず歩けもしないのはレガシーじゃない、と思うのはもっともだろう。

■リングは太陽の塔のようなレガシーになれるのか
会場建設にかかった費用は当初予定より大幅に膨れ上がってしまい、莫大な税金が追加投入されている。一方で運営費1160億円はチケット収入で賄う予定だが、売れ行きは伸びていない。有料チケット1800万枚以上が売れなければ赤字だが、現状は微妙なようだ。
今更言っても詮ないが、リングは当初の万博建設計画にはなかったものだ。建設するにしても最初から残すつもりで設計施工しておけば比較的安上がりになった。あるいは再利用や移築も、事前に決めておけば低コストで行える構造にできただろう。
この万博は、テーマの設定から各国・各企業のパビリオンの建築や展示内容まで最初から全体像が見えず、なにもかも泥縄式に決められた印象がある。今も完成していないパビリオンがあるほどだ。泥縄の最後のツケをリングが払わされるように見えてしまう。
1970年の大阪万博のレガシーだった太陽の塔が、今年5月に重要文化財に指定する答申が文部科学大臣に出された。リングもレガシーになれるのか、それとも木屑と消えるのか。まさに今が正念場である。

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田中 淳夫(たなか・あつお)

森林ジャーナリスト

1959年大阪生まれ。静岡大学農学部を卒業後、出版社、新聞社等を経て、フリーの森林ジャーナリストに。森と人の関係をテーマに執筆活動を続けている。主な著作に『絶望の林業』『森は怪しいワンダーランド』(新泉社)、『獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち』(イースト新書)、『森林異変』『森と日本人の1500年』(平凡社新書)、『樹木葬という選択』『鹿と日本人―野生との共生1000年の知恵』(築地書館)、『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』(ごきげんビジネス出版・電子書籍)ほか多数。

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(森林ジャーナリスト 田中 淳夫)
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