※本稿は、佐藤智『渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■「渋幕的自由」とは何なのか?
自由は個人の尊厳や権利を尊重するところに生まれる
生徒や卒業生からしばしば飛び出すのが「渋幕的自由」というキーワード。
2022年度入学式で、新校長に就任された田村聡明先生が式辞で、「渋幕的自由という言葉が生まれたように、本校は自由な学校です。自由は個人の尊厳や権利を尊重するところに生まれます」と述べられました。
では、渋幕的自由とは何なのでしょう?
卒業生へのアンケートで、「『これは“渋幕的自由”だった』と思い出すことがあれば、教えてください」と尋ねたところ、左記下記のような回答がありました。
■学習を怠けてついていけなくなってしまっても自己責任
・(研修旅行の)現地集合・現地解散
・部活動ばかりしていて、高校3年生の夏の模試で偏差値が40台だったこと。「部活動を頑張っていた子は頑張る力がついているから大丈夫」と先生方にいわれて半信半疑だったが、たしかに現役合格できた
・校則がほとんどなかったこと
・「友達の誕生日会をしたい」という理由で家庭科室を借りたこと。しかも、ほぼ毎月
・学習を怠けてついていけなくなってしまっても自己責任
・進学の選択肢が多様であること
・マラソン大会前日に友達と大量の「雨フレフレ坊主」を作って吊るした。担任から呆れられた
・生徒が「やりたい」といったことは、筋が通っていてスケジュールが許せば、できる限り実行させてくれた
・部活動でそれまで行われてなかった合宿を「やりたい」といったときに、企画書を渡して説明したら承認してくださった。でも、合宿にかかる10万円程度の金銭を一人で払いに行ったときは「自由には責任が伴うとはこういうことか」と思った(大金なので顧問が引率、ないし支払いに行くべきでは? と少し思った)
・高校3年生のとき、文化祭で出し物を出すか出さないかもクラスごとに任せてもらっていた。「勉強に集中したいクラスは出し物はしない」といったことも自由。
■やりたいことを思い切りやらせてくれる環境
さらに取材では、卒業生が部活動でのエピソードを話してくれました。
「私は高校3年生のとき、多くの生徒が引退するタイミングで抜けずに、自分の納得がいくまで部活動をやり切りたいと考えていました。勉強時間は限られていたので、結局、偏差値の高い大学には行けず、受験結果から見れば失敗だったかもしれませんが、生徒の情熱を大事にし、やりたいことを思い切りやらせてくれる環境は非常にありがたかったです。社会に出て、このときに打ち込ませてくれてよかったなと感じています。今振り返ると、渋幕は自分で挽回できるような力を育てようとしてくれていたのだと思うのです」
卒業生の言葉から、渋幕的自由には短期的には失敗に見えることも、長い目で見て「自分で正解にしていく力をつける」という思いが込められていると感じます。そして、その「自由」は学校の一部分で行われているのではなく、勉強でも行事でも部活動でもあらゆる学校生活において反映されていることもわかります。「自由」を標榜する学校は少なくないですが、一貫して生徒に委ねて、「渋幕的自由」を体現させていることは同校の大きな特徴だといえるでしょう。
■校則は制服着用ぐらい…「存続or廃止」も生徒が決める
中学校の教頭を務める菅野諭先生は「渋幕の基本的なルールは世の中のルールです」といいます。社会とは異なる学校独自の校則を設けることはしていない。この方針は開校当初から積極的に帰国生の入学を受け入れてきたことも影響しているといいます(詳細は151ページ)。「それぞれの生育の文化を尊重しなければ、子どもの意思に寄り添うことはできません。多様なバックグラウンドを持っている生徒たちが通う学校なので、学校特有のルールを設けることはそぐわなかったんです」と菅野先生は続けます。
卒業生の言葉からもわかる通り、校則がほとんどない渋幕ですが、制服は存在します。この経緯について菅野先生は、「実は『制服を廃止するか?』という議論はこれまで幾度もなされていますが、生徒が『ある方がいい』という結論を出しているんです。制服がないと毎朝服を考えなければいけないので手間がかかりますからね。生徒たちは着崩すのが好きなんでしょう」と笑います。
あるとき、高校の生徒総会で「制服存続or廃止」でどちらに転ぶかわからないところまで議論が白熱したことがあったそう。現学園長で、当時の校長の田村哲夫先生に菅野先生が意向を確認すると、「どっちでもいいよ」というあっけらかんとした言葉が返ってきた。そこで、「では、完全に生徒と決めますからね」と念を押すと、「うん、それでいこう」という返事。
最終的に、制服存続派が勝利し、今に至っています。
■学校段階において大切な「ルールメイキング」
現在、さまざまな学校で生徒が関わって校則を見直す動きが広がっています。「学校のルールを生徒自身が決める(ルールメイキング)」経験は、自分の言動や行動で社会を変えることができるのを実感する上でとても大切なもの。
日本の子どもたちに目を向けてみると、日本・アメリカ・ドイツ・フランス・スウェーデンの計5カ国を対象にした調査(図表1)の中で、「社会をよりよくするため、私は社会における問題の解決に関わりたい」と答えている子ども(「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」の合計)は約43%にとどまり、ドイツの約74%やアメリカの約59%よりも低くなっています。「将来の国や地域の担い手として積極的に政策決定に参加したい」という項目になると、約34%とさらに下がる。
文化的背景の違いもあるため、単純に他国と比較をすればいい、ということではないかもしれません。しかし、学校段階で子どもたちが自分のアクションで社会が変わる経験をすることは、政治や経済の舵を取っていく人材を育てていく上でとても大事な体験ではないかと思うのです。
■「やりたくないこと」を表明する権利も認められる
一方で、渋幕では「やりたくないこと」を表明する権利も認められています。
渋幕には、放課後や夏休みの講習などたくさんの学習機会が用意されています。強制はされていないので、受講することも、しないことも自由。
社会科の高橋哲先生は「ひとつも講習を取らずに、『自分で勉強します』という生徒も中にはいます。私が学年主任だったときには、350人の学年で30人ぐらい全く受講しない子がいました。この受講しない人数が7~8割になったら、学校として教育活動を再考しなければいけませんが、ある一定数いることはむしろ自分たちで判断できる生徒に育っているということだと思うんです」といいます。
「渋幕的自由」は生徒の自由と責任のもと意志決定していく姿と、先生が生徒の「やりたい(やりたくない)」という思いを尊重する環境整備によって生まれていった象徴的な言葉だと感じます。
■家族のルールを子どもに決めさせる
ご家庭でそれを体現しきることは難しいかもしれません。しかし、ちょっとした家族のルールを子どもと一緒に決めてみる、といったチャレンジをしてみると、意外な子どもの成長と出会う機会になるかもしれませんね。
あるいは、「日曜の午前中はどう過ごす?」といった会話をするのもひとつの手。「次の休み、何をする?」という広い聞き方ではなく、まずは時間を絞ることで選択しやすくなります。「何時に起きる?」「(外出するならば)何時に出発しようか?」と子どもにスケジュール権を渡してみるのも、自己決定・自己管理への一歩になります。
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佐藤 智(さとう・とも)
教育ライター
全国約1000人以上の教員へのヒアリング経験をもとに、現在は教育現場のリアルな情報をわかりやすく伝える教育ライターとして活動。両親ともに教員という家庭に育ち、教育の道を志す。横浜国立大学大学院教育学研究科修了。中学校・高校の教員免許を取得。出版社勤務を経て、ベネッセコーポレーション教育研究開発センターにて学校教育情報誌を制作。その後、独立し、ライティングや編集業務を担う「レゾンクリエイト」を設立。青森県教育改革有識者会議広報戦略チーム。著書に、『SAPIXだから知っている算数のできる子が家でやっていること』、『SAPIXだから知っている頭のいい子が家でやっていること』、『公立中高一貫校選び 後悔しないための20のチェックポイント』などがある。
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(教育ライター 佐藤 智)