※本稿は、小宮山利恵子『好奇心でゼロからイチを生み出す 「なぜ? どうして?」の伸ばし方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■日常生活の「?」が気づく力を育む
ゼロイチの土台になるのは、次の5つの力です。
気づく力 身の周りのことに関心を持ち、新しい視点で見る力
対話する力 人と話してアイデアや意見を出し合う共創の力
探究する力 好奇心を持って知識を深めていく力
行動する力 考えたことを実践して成果を出す力
失敗する力 挫折やミスを成長の糧に変える力
本稿では、そのうち「気づく力」について紹介します。
気づく力とは、日常生活の中で「なぜ?」「どうして?」と問いを立て、それまで気がつかなかった物事を新しい視点でとらえる力です。
問いの重要性について『「問う力」を育てる理論と実践』(小山義徳、道田泰司編/ひつじ書房)では次の意義が述べられています。
問題解決や探究活動の出発点となり、主体的な学びを促進する重要な要素としての問い。そして、自ら問いを立てる能力を持つことで、自律的に生涯に渡って学び続ける姿勢を育む意義。
このような問う力を伸ばすために意識したい6つのポイントをお伝えします。
■分からないことを聞くのは子どもの特権
①「なぜ?」と問う
「あのときの疑問がようやくわかった!」と思うこと、大人でもありますよね。生まれてまだ10年前後しか経っていない子どもたちは、知らないことやわからないことだらけ。成長とともに知識や経験が増えるほど「わかった!」も増えていきます。
大人になると「こんなこと今さら聞けない」と思ってしまうような些細なことでも、「なぜ?」「どうして?」と気になったことを素直に周りに聞けるのも、子どもに与えられた特権です。
仕事で鎌倉に行ったときのこと。仕事の合間にふらっと入った無印良品で、近くにいた親子の会話が聞こえてきました。小学1年生くらいの女の子が、「なんでティッシュペーパーが茶色なの? 家で使っているのは白いよね?」と質問したのですが、そのお母さんは「なんでだろうね」と言っただけで終わってしまいました。
■1つの疑問から問いや気づきへと繋げる
無印良品のWEBサイトを確認すると、茶色のティッシュペーパーは竹100%で、紙が茶色いのは「漂白工程を省いているため、素材そのものの色を残しているからです。また、柔軟剤などの薬品を使用していないため、多少のごわつきがある素朴な風合いを楽しんでいただけます。だからこそ環境にやさしい」と書かれています。
この説明から、「そもそもティッシュは何からできているのか?」「どんな木から作られているのか?」といった新たな問いや気づきが生まれます。「環境にやさしいってどういうことだろう?」とSDGsの問題まで話を掘り下げることもできるでしょう。
1つの質問から会話を広げるか広げないかで、子どもの好奇心も変わっていきます。こういう小さなきっかけによる気づきがゼロイチ力にはとても大切なのです。
■身の周りの「不満」「不便」「不安」は重要
②「不」に敏感になる
リクルート社主催で高校生が斬新なビジネスプランを競い合う「高校生Ring」というプログラムがあります。この高校生Ringへの参加を検討している生徒たちに配布している「Ring NOTE」という2024年版ワークブックの表紙のキャッチコピーは「小さな気づきが、世界を変える。」です。
この中で「高校生のあなたへ」と題して、次のようなメッセージを伝えています。
いまどこでこれを読んでいますか?
周りには何が見えますか?
今日はどんな1日ですか?
あなたの生きている世界で、あなたが感じた気持ちや違和感。
こんなのあったらいいな。もっとこうだったらいいのに。
周りの誰も気づいていないけれど、あなただけに見える密かな発見。
私たちはそれを「半径5メートルの発見」と呼び、とても大切に考えています。
「高校生Ring」に寄せられるビジネスプランは、ほとんどが誰かの「不」を解消するモノやサービスのアイデアです。
たとえば、左利き用の道具が少ない生活に不便を感じていた高校生が考えた左利き用品専門の通販サイト。紙の楽譜だとみんなで読みにくく、書き込みも共有が難しいと悩んでいた音楽好きの高校生が考えた、みんなで共有できる見放題の電子楽譜。
このように、半径5メートルの身の周りの困りごとや不便や違和感に目を向けるだけでも、新たな気づきがあります。
■気づいた子どもへの理想の声かけ
スティーブ・ジョブズも、大学のキャンパス内に貼られていたポスターのカリグラフィーの文字の美しさに気づき、専門知識を学びました。当時は、その学びが何かの役に立つとは考えもしなかったわけですが、その10年後に設計したコンピューターにカリグラフィーの知識を注ぎ込み、美しいフォントを持つマッキントッシュが誕生しました。
子どもが発見する点はごく些細なものかもしれません。けれども、そこに素晴らしいアイデアの種が埋もれているかもしれないのです。
子どもが何かの「不」に気づいたら、「よく気がついたね!」「よく見ているね!」とたくさん褒めてあげてください。そして「なんでかな?」「どうすればいいかな?」などと問いを投げかけて、話を広げてあげましょう。
■小学生の息子が発見した「電線の謎」
③好奇心を広げる
もともと子どもは好奇心の塊です。でも、学校や塾や習い事でやるべきことに追われていると、好奇心を発揮する機会が減ってしまいます。これはとても残念なことですね。予定を詰め込みすぎず、子どもの時間に「余白」を持たせることを意識したいものです。
親も気づいたことがあれば「なんでかな?」と子どもに問いかけてみると、「大人でもわからないことがあるのか」「だったら自分でも考えてみよう」と、子どもの知らないことにポジティブに向き合えるようになるでしょう。
私は、息子が小学校低学年の頃、「今日、新しく発見したことを3つ教えて」と毎日、尋ねていました。新しいことといっても、「今日はいつも歩く道にタバコの吸い殻がいっぱい落ちていた」とか「鳩が寄ってきた」とか、何でも気がついたことでいいのです。
また、このようなこともありました。
後日、子どもと一緒に歩いてみると、自治体の行政区分が異なり、それによって電線が地上にある場所と地下にある場所があったのです。子どもは行政区分なんてわかりませんが、電線のある/無しから、町がどのように成り立っているかという話まですることができました。
■学びの「宝庫」は家から離れた場所にある
新たなことに気づくきっかけを子どもに多く与えたい場合は、コンフォートゾーン(自宅のように居心地のいい場所)から抜け出しましょう。隣町に行くだけでもさまざまな気づきがありますが、これからの時代の学びの「宝庫」は地方にあると思っています。
私は息子が小学校を卒業するまでに、日本全国47都道府県を一緒に旅行しました。海外は、日本とまったく異なる国・地域のほうが刺激が多いので、インド、ドバイ、ルワンダなどに行きました。
実際にインドを旅したときには、日本とあまりにも違う環境に驚いていましたが、強烈な思い出になったようです。なにしろインドでは、高速道路を牛が歩いていて渋滞していたり、車が逆走していたり、マラソンの練習をしていたり、トイレには紙がなく備え付けの水を使わなければいけなかったり、毎日が驚きの連続でしたから。
点と点がつながったと感じたのは、息子が英語を本気で勉強しはじめて英検2級を取得した中学2年生の頃でした。「僕が海外で仕事をしたいと思うようになったのは、あの旅の体験があったからだよな」とポロッと口にしたのです。
GoogleやAmazonをはじめとした世界のトップ企業が採用で重要視するのは、好奇心があるかどうかです。
■親の「無意識の思い込み」に要注意
④親のバイアスを解く
私たちの子ども時代は、男子のランドセルは黒、女子は赤と暗黙のルールとして決まっていました。でも今のランドセルはカラフルで種類も多く、多様性が認められるようになっています。それはとても喜ばしいことなのですが、固定観念や先入観は簡単には変わりません。
心理学の論文によると、人の認知バイアスは200種類以上あるそうです。これはすべて無意識のうちに「そういうものだ」と考えてしまう心の偏った習性で、親のバイアスは当然、子どもにも影響を及ぼします。認知バイアスには、ゼロイチ力を阻害するものが多いのです。
■一方的に「ダメ!」と決めつけない
たとえば「現状維持バイアス」。これは、新しいものや変化を受け入れられず、今のままがいいと考える心理です。「同調バイアス」は、他人と同じ行動をしたくなる心理です。「内集団バイアス」は、自分の家族が一番正しい、自分は日本人だから日本が一番、という風に、自分が属する集団が他より優れていると思い込むバイアスです。
このように、認知バイアスはあらゆる場面でゼロイチ力とは真逆の心理作用をもたらします。しかも、無意識にそうなるので自分でコントロールするのが難しいのです。
まず、他人との比較や、過去へのこだわり、自分は正しいといった思い込みを捨てましょう。そのうえで、子どもがやることを一方的に「ダメ!」「それは違うでしょ」と決めつけないことです。いったん子どもにやらせてみて、続けたいかどうか理由も含めて聞いてみることが大切です。
■親世代と子世代のギャップを埋める
⑤変化を受け入れる
急成長していて変化が目覚ましい海外の国を訪れると、日本人は変化が苦手なのではないかと感じます。日本が世界に遅れをとった原因は、テクノロジー活用教育の遅れが大きいと危機感を持ったのも、2013年頃から海外の教育事情を視察しはじめたときでした。
アメリカやヨーロッパ、中国、インド、エストニア、フィンランド、シンガポールなどで、1人1台のタブレットとWi-Fi環境を整えた学校が急増しているとき、日本の学校はまだ板書授業をしていました。
日本人の基礎学力は今も高いほうなので、「なんでテクノロジーを使う必要があるのか?」と首をかしげる学校関係者も少なくありません。しかし、文科省のGIGAスクール構想がコロナ禍で推進され、日本もようやく全国の児童生徒1人1台のタブレットとWi-Fiの整備が行われました。
今の子どもたちはデジタルネイティブと言われるように、生まれたときからスマホやタブレットが身近にある生活をしています。デジタル世代にとって不可欠なツールを、大人の古い価値観で奪ってしまったら、学校と社会の環境の違いに子どもは混乱します。
目まぐるしく変化する社会に子どもたちが適応する力を育てるためには、まず大人が変化を受け入れて正しい知識を学ぶことを意識しましょう。「わからないから、やらない」ではなく、「わからないから、調べてみよう。やりながら考えていこう」と発想を切り替えてみてください。
■「ゲーム禁止」にする重大なリスク
⑥ゲームやネットのリテラシーを身につける
変化を受け入れるときは、その変化に合わせたルールを学ぶ必要があります。今の子どもたちは、テクノロジーを使えることが算数や英語ができることと同じくらい重要になっていきます。
子どもに人気のNintendo Switchやマインクラフトも、昔のゲームと違ってプログラミングや英語が学べるだけでなく、コミュニケーションツールとしても活用できます。友達と協力しながら戦略を立て、情報を伝達し合いながらプレイするゲームを禁止するのは、「友達とコミュニケーションしたらダメ!」と言っていることと同じなのです。
もちろん、使い方を間違えるとリスクになる可能性もあります。有害サイトをブロックする、フィルターをかける、使用時間を制限する、SNSや動画に個人情報を載せないなど、リスク回避に関することもすべて親が責任を持って管理してください。
■親子どちらも納得できるルール作りを
息子が小学生の頃は、スマホやパソコンは親がいるリビングで使う、ゲームは30分に1回休憩を取る、学校の成績が落ちたらゲームはいったん止めるというルールを設けました。親の強制ではなく、子どもと合意のもとでお互い納得できるルールを決めるのが鉄則です。
自分でルールを守れるようになると、区切りのいいところで自分から終わらせて、自己管理できるようになります。また、SNSやゲームでの高額な課金、迷惑動画の炎上、詐欺被害、個人情報の流出などのトラブルを防ぐためにも、使用させる前に親がさまざまなリスクについて教えて、回避する方法を理解させる必要があります。
気づく力を育てるポイント
○「なぜ?」と問う……「なんでかな?」「どうすればいいかな?」と聞いてみよう。
○「不」に敏感になる……身の周りの不便や「あったらいいな」と思うことを話そう。
○好奇心を広げる……新しい発見をしよう。居心地のいい場所を抜け出そう。
○親のバイアスを解く……先入観や思い込み、偏ったこだわりを捨てよう。
○変化を受け入れる……新しいモノやサービスに関心を持とう。
○ゲームやネットのリテラシーを身につける……ゲームやネットのルールを決めてトラブル回避法を教えよう。
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小宮山 利恵子(こみやま・りえこ)
リクルート スタディサプリ教育AI研究所所長
1977年東京生まれ。旱稲田大学大学院修了。衆議院、ベネッセ等を経て2015年よりリクルートにて現職。東京学芸大学大学院教育学研究科教授。ICT教育領域の他、五感を使った学びやアントレプレナーシップ(起業家精神)教育について幅広く活動。ANA「旅と学びの協議会」代表理事。キャンプインストラクター、小型船舶1級免許、狩猟免許、AOWダイビングライセンス、国内A級自動車競技ライセンス、唎酒師、寿司職人(修了証)、お肉検定1級、オイスターマイスターなど多数の資格を取得。著書に『教育Alが変える21世紀の学び』(共著、北大路書房)、『新時代の学び戦略』(共著、産経新聞出版)、『レア力で生きる「競争のない世界」を楽しむための学びの習慣』(KADOKAWA)など。新刊は『好奇心でゼロからイチを生み出す 「なぜ? どうして?」の伸ばし方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。
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(リクルート スタディサプリ教育AI研究所所長 小宮山 利恵子)