世界各国で、そして各界で活躍する人材を輩出しているアメリカの名門ハーバード大学。その現役生が講師を務めるサマースクールに参加すると、子供たちが大きく成長するという。
主宰者が“ハーバードマジック”と呼ぶその方法にはどんな秘密があるのだろう。
Summer in JAPAN

2012年よりスタートした、ハーバード生と学べる英語サマースクール。

定員50人で7日間の有料(24年度は18万8000円)のコースと、大分市や国東市などの自治体と協働で行う定員100人、2日間の無料コースがある。

7日間コースでは、ランゲージ・アーツ・クラスほか、コンピュータ・サイエンス、パフォーミング・アーツ、パブリック・スピーキングなどのワークショップを選択できる。2日間コースの1日目は、真理さんとバイリンガルの大学生アシスタントによる英作文レッスン。英語初心者は自己紹介文を、多少でも経験のある子は意見文を作る。1カ月の自主練期間を経て、2日目にはハーバード生と共に、1日目に作った文のスピーチレッスン。両日とも2時間のみ。
■子供の態度が一変するハーバードマジック
アメリカの名門校ハーバード大学の現役大学生が講師を務める小中高生向けの英語サマースクールが、子供たちに劇的な変化をもたらすと評判だ。その名は「Summer in JAPAN(SIJ)」。主宰者は、バイオリニストの廣津留すみれさんと、その母でディリーゴ英語教室を運営する廣津留真理さんだ。
小中高生が対象の7日間の有料コースと、小3から中3を対象にした2日間の無料コースがあるのだが、いずれも参加した子供たちのビフォーアフターの違いは驚異的だという。
7日間コースはいうまでもなく、たった2日間(実質的には計4時間)の受講で、英語経験がほぼゼロの“普通の小学生”が、最後は堂々と英語でスピーチができるようになるというのだ。なぜ、これほどの変化が子供たちに起こるのだろうか。
「なんといっても、ハーバード生に魅力があるから。ハーバード生のかける魔法で、子供たちはキラキラと輝き始めます。私は、それをハーバードマジックと呼んでいます」
真理さんは、にこやかにこう語る。
「日本の子供たちは、先生の言うことは黙って聞かなければいけないと思っていますから、最初にハーバード生と対面したときには皆、緊張して会場はシーンと静まり返っています。でもグループに分かれて、スピーチレッスンのためにハーバード生が加わったとたんに空気が一変します。
子供たちが恥ずかしいとか空気を読まなくちゃとか感じる隙を一秒も与えずに、ハーバード生が自ら大きな声とジェスチャーで自己紹介を始め、子供たちを次々に巻き込んでいくのです。『Hi! I am ○○. I am from △△. I like □□.』って具合にね。自己紹介のための単語は頭に入っているので、子供たちは何を言っているのかわかりますし、何より一人一人の目を見ながら楽しそうに話しかけてくれるので、もうレッスンというよりはおしゃべりタイム。最初は蚊の鳴くような声でしゃべっていた子が、あっという間にイキイキと話し出します。
最後は、各グループの代表1人がステージに立ってスピーチをしますが、信じられないことに、みんながやりたい、やりたいって積極的に手を挙げる。
選ばれなかった子は、選ばれたかった~、なんて残念がる。でも選ばれた子のスピーチを聞くときは、きちんと聞くことができて、良いところを褒めることもできて……、すごい変化ですよ。これぞハーバードマジックですよね」
ハーバード生たちと触れ合うことで、英語はもちろん、自信や積極性を身に付け、相手に対する気遣いまでできるようになるのだとか。また、自分も彼らのようになりたいと、将来に対して高い目標を抱くようになるという。実際、7日間コースを終えた子の中には、海外名門校に進学した子や将来留学したいと考えている子が増えているそうだ。
■ハーバード生が持つ三つの魅力
とはいえ、2日間コースではハーバード生が子供たちに関わるのは2日目のみでたったの2時間ほど。子供たちを一瞬で魅了するハーバード生とは、真理さんから見てどんな人たちなのだろうか。
「自分の“好き”をとことん突き詰めて得意にしてきた人たちです。そもそもハーバード大学の入試は、エッセイ、成績、課外活動、人物評価からなり、合格率は4.6%という超難関。日本の大学の入試は、ほぼペーパーテストだけなので(最近は総合型選抜や学校推薦型選抜など多少変わってきている)、受験に向けて勉強に集中してきた子が多い。
一方、ハーバード生は一つの専門性を磨きながら、複数のチャレンジをしてきています。日本の大学生とは、大学に入学する18歳までに積み上げてきたものが違います。
彼らの話し方や表情、ジェスチャーには自信があふれていますから、参加した子供たちにもそれが伝播(でんぱ)するのです」
また、ハーバード生は安全基地をつくるのが抜群にうまいと言う。
「安全基地とは、子供たちが間違えても大丈夫、言いたいことが言えると安心できる場のこと。そもそもハーバード大学の学生は、世界100カ国から集まるので、キャンパスに多様性があります。自分と意見が違う人間でも認め合い、ダメなところではなくいいところを探してリスペクトする。SIJに参加する子供たちのことも、何でもいい、一言でも発言したらベタ褒めしてくれます。
『I am……Ryo.』なんて、自分の名前を伝えることすら恥ずかしがっている子にも、『Hi! Ryo. なんてすてきな名前』『あ、目を合わせて言ってくれたのね』なんて具合にどんどん褒めてくれるのです。だから、好きなことも聞いてほしくなる。話せば話すほど褒められるので、子供たちはあれも言おうこれも言おうと好奇心を120%膨らませてネタ探しを始めます。そして、自己紹介文はどんどん詳しくなり、スピーチの声も大きくなって、いつの間にかハーバード生のジェスチャーをまねている。これもマジックです」
さらにもう一つ。リーダーに欠かせない要素をハーバード生は持っていると言う。
「ズバリ、信頼性と好感度です。
私が、なぜプログラムにスピーチを入れているかというと、子供たちに説得力のある話し方を身に付けてほしいからです。プレゼンにはもちろん、これから人と協働して何かをするとき、説得力が大きな武器になります。話に説得力を持たせるには、いわゆるアリストテレスの説得の3要素“エトス”“パトス”“ロゴス”が必要です。エトスは信頼。人気の俳優さんが『このプリンが好き』と言ったらそのプリンが売れますが、知らない人や怪しい人が言っても売れませんよね。信頼性と好感度のある人にならないといけないから、いじめをしたらダメだよといった話もします。
パトスは英語のパッションで情熱のこと。『そうだ、そうだ』と聞き手に共感してもらうために必要な要素です。ロゴスは論理で、ちゃんと中身のある内容でなければ説得はできません。ハーバード生にはこの三つが備わっています。私が12年間関心しているのは彼らの話し方です。まず、同じ話をしつこく繰り返しません。
新しく発話するときには何かしら新しい情報を加えます。そして、要点を短く話す。これは聞き手の時間を奪わないようにという配慮からきているようなのです。私も見習っています」
そんな魅力あふれるハーバード生は、卒業後も世界中のあらゆるところで活躍している。SIJに過去に参加したハーバード生の中には、国連で環境問題のアクティビストとして活動している人、24歳という若さで母国の国会議員になり再選され続けている人、日本で就職して定住し、今も活躍している人もいるそうだ。
当然ながら、夏休みの時期であっても彼らは世界中からひっぱりだこだ。AmazonやGoogleなどで高額の報酬でインターン生となる学生も多い。そんな優秀な彼らが、報酬は交通費と宿泊費のみのSIJへ、毎年100人以上が応募してくるという。定員は10人なので倍率は10倍!
「おこがましくも(笑)、私がハーバード生の書類審査と採用面接をして選ばせてもらっています」と真理さん。なかには、2度、3度とやってくる学生もいるという。
「13年前、SIJを始めたときは、すみれさんの友達を講師に呼んだのでしょうと言われましたが、とんでもない。彼らはとても現実的なので、自分にメリットがあることしかしません。
詳細は企業秘密で言えませんが、私は彼らに、彼らのメリットになることを与えています。その一つが、一人一人をよく見て本人の輝く場を与えるということ。また、日本の子供たちが自分たちと接することで変わっていく姿を見られることも大きな魅力になっていると思います。ここでの経験が彼らのその後の人生に生きていることは間違いありません。毎年、多数の応募があるのは、口コミで評判が広がっているようなんです。SIJの経験はすごいよって」
リピーターまでいるというのだから、その評判は本物のようだ。
■ハーバード生に学ぶ家庭でできること
日本の子供たちみんながハーバード生を家庭教師にするのは難しいが、家庭でまねできることはたくさんあると真理さんは言う。
「これからの不安定な時代を生きていくには、まずハーバード生のように“好きを得意にする”ことでしょうね。その好きは、必ず子供時代にあります。それを発見できるのは、親と本人しかいない。それも、なるべく早期発見することが大切です。自分の興味は、100年やそこらの人生でそう変わることはありませんから、得意にするまで突き詰めるには早いにこしたことはないのです。すみれさんは3歳でバイオリンに出合いました。親が無理にやらせなくても、本当に好きなら自分から練習します。すみれさんは本当にバイオリンが大好きで、38℃の熱があっても、バイオリンの練習だけは休まなかったくらい」
そして、子供の好きを見つけて伸ばすためには、親が家庭を安全基地にし、温かく子供を包容する存在であることが大切だという。
「どんなに好きなことだって、失敗したりなかなか上達しなかったり、時には飽きてしまうことだってあります。そんなときにも、親は温かく見守ってやる。それが包容力であり、子供にとっての安全基地になります。また、親が常識や思い込みにとらわれないことも大事ですね。今はSNSなどで、よその家でやっていることや世間が見えてしまって大変な時代ですが、親が周りと比べるのは、本当によくありません。『ほかの子はできているのに、なぜあなたはできないの?』なんて、決して言ってはいけません。
また子供は、親のお金と時間の使い方を見て育つので、何を大切にしているのかの優先順位も大事にしてほしいですね。みんながやっているからといって、塾や習い事、中学受験などにお金と時間を使うのではなく、なぜそれをやるのか、一度考えてみるのがいいかもしれません。すみれさんは、英語は自宅学習で、小中高と公立でしたし塾にも行っていません。その分の時間を、バイオリンに充てていました」
ハーバード生を招いたプログラムを主宰しているにもかかわらず、「英語」さえも、周りに流されてやらせる必要はないと、真理さんは言う。
「英語は生きるうえでの単なるツールです。英検1級を持っているから、留学をしたからといって、いい職業に就けたり、いい人生を送れたりするわけではありません。子供が輝くのは、英語ではなく、好きを得意にしたときです。そのうえで英語ができれば、より選択肢が増える。ですから英語は、オンラインなどで効率よく勉強して、残りの時間を好きなことに充てることをおすすめします」
とはいえ、単に好きを得意にしただけでは成功者にはなれない、と真理さんは念を押す。
「その子が人生の中で、どれだけ信頼性と好感度を得られるか、これに尽きますね。論拠があるからといわれても、尊敬できない人の話は聞きたくない。ですから親も信頼性と好感度のある人になるしかありません。私も一生の課題です。子供はある程度まで親をロールモデルとして育ちますが、だんだんと友達や先生など他人の影響が大きくなります。そして子供が最終的に、自分で信頼性と好感度を得て、親よりも大きい世界にはばたいていくことが、成功するという意味でしょうね」
優秀なハーバード生と共に活動することは、主宰する真理さん自身の人間の幅も広げているという。
「ハーバード生は、私より間違いなく賢い人たちです。このプログラムの理事の一人である村上憲郎さん(元Google 米国本社副社長兼Google Japan 代表取締役社長)は『Googleが成功しているのは社員が自分よりも賢い人を採用するからだ』とおっしゃっていました。まさに私も、自分より賢いハーバード生を雇うことで、私のやりたいことを実現させています。これは実感していますね」
親も、優秀な人と積極的に交流して、子供に背中を見せることも大切なようだ。

(プレジデントFamily編集部 文=池田純子 写真=marimo)
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