投資をしていると「あのとき売らなければ……」と後悔することも多い。ファイナンシャルプランナーの藤原久敏さんは「売り時の判断方法には5つある。
投資商品によって使い分ければ、売却後にウジウジ思い悩むこともなくなる」という――。
■ビットコインを売らなければ、今ごろ、億万長者に?
「この前、50万円で売った株が60万円に値上がりしていてね……なんだか10万円損した気分だよ」
このように、売った商品が値上がりすれば、(たとえ売却益が出ていたとしても)なんだか損した気分になることは、投資あるある、です。
「ビットコインを売っていなければ、今ごろ、僕は億万長者だよ!」
とくに最近は、金やビットコインなどの値上がりが凄まじいことからも、このように自虐気味に愚痴る人も少なくありません。ちなみに本稿執筆時点でビットコインは1枚1600万円程度と、過去最高値圏内で推移しています。
私の周りでは、ビットコインがまだ1枚数十万円程度のころに買っていた人も少なくなく、たしかに、ずっと持ち続けていれば、彼らは億万長者になっていた可能性も十分あったわけです。
もっとも彼らは、(私の知る限り)ほぼ例外なく、その買値から2倍くらいに値上がりしたところで、「これはもうバブルだ」と耐え切れずに売ってしまったわけですが。
■心のクセで、納得の売却は難しい
ただ、ほとんどの人が耐え切れずに売ってしまったことは、ある意味、「当たり前」なのです。なぜなら、人は、値上がりしたとき(含み益の状態)には、どうしても保守的になってしまい、その含み利益を早々に確定したいという「心のクセ」があるからです。
これは、行動ファイナンスのプロスペクト理論でも証明されています。ですので、まだ値上がりするかもしれないと思いつつも、早々に売却(利益確定)をしてしまい、その後の値上がり益を取り損ねてしまうものなのです。
そして、多くの人は、そんな理論(心のクセ)を本能的に分かっているものです。
ですので、そんな売却後の値上がりにも、「投資なんて、そんなものだよ」と割り切って(諦めて)、一時的に後悔はしても、どこかで折り合いをつけて、やり過ごしているものなのです。

しかし、そんな折り合いがつけられない、やり過ごすことができない人がいるのも、事実です。
■やり過ごせない人の放つ、凄まじい「負」のオーラ
そんな彼らは、売却後の値上がりを見て、しんどい思いを続けることになります。
しかも、前述のビットコインのように、信じられないくらい爆発的な値上がりともなれば(それこそ、人生が大きく変わるくらいの売却益を逃したとなれば)、その精神的な負担は計り知れません。
実際、私の知り合いには、「ビットコインを売っていなければ、今ごろは、もっと楽に暮らしていたのに……」と、会うたびにグチグチ言って、すっかりやさぐれてしまった人もいます。
これは少し大げさかもしれませんが、そんな彼らが放つ負のオーラは、まるで、1等が当たった宝くじをなくしてしまったかのような後悔の念を醸し出してくるのでした。
■売り時を、あらかじめ設定しておく
人生を豊かにするための投資によって、精神を病んでしまっては本末転倒です。
自分はそこまで病むことはないだろうと思っていても、いざ、そのような状況(売った商品がグングン値上がりするような状況)に置かれたらなら、どうなってしまうかは誰にも分かりません。
そこで意識すべきことは、あらかじめ、その売り時をしっかり決めておくことです。
そして、その売り時となれば、バッサリ売ること。それができれば、売った後にどうなろうが(たとえ暴騰しようが)、それは結果論として受け止めることができるはずですから。
それでも、少なからず心にダメージは負うかもしれませんが、(事前にしっかり考えた売り時で売ることで)その結果を納得して受け止めることができていれば、少なくとも、病むほどではないはずです。
では、その売り時の考え方について、いくつか候補を挙げてみます。

■FPが投資初心者に勧める方法とは
1.その時々の状況で判断する
一応、候補として記載はしましたが、これはまったくお勧めはしません。なぜなら、これは臨機応変といえば聞こえはよいですが、実際には、売り時を考えていないのと同じことですから。
売り時を考えていないと、大きく値動きしたときなど、「そろそろ売った方がいいのだろうか、でも売るとしたら、いつ売ろうか」と、売り時の判断基準がないがゆえに、その値動きに一喜一憂し、精神をすり減らすことになります。
そして、そんな精神状態では、その時々の状況を正確に把握し、納得いく判断を下すことは難しいでしょう。それでもし、売った後に大きく値上がりしようものなら、激しい後悔に苛まれ、しんどい思いを続けてしまう可能性が高いわけです。
恥ずかしながら、投資を始めたばかりのころの私は、まさにこのケースでした。
投資商品の選択や購入タイミングを図るのに必死で、売り時まで考えておらず、それゆえ、その値動きに一喜一憂し、売却後も後悔ばかりしていた記憶があります。
2.自身の買値を基準に、売値を設定する
これはたとえば、「買値から○万円値上がり(値下がり)したら売る」「買値から○割値上がり(値下がり)したら売る」といった考え方です。
売値を数値で決めるので、その利益(損失)の金額が事前に確定するので分かりやすく、また、あらかじめ注文予約をすることができるので便利です。
そして、その分かりやすさと便利さから、「売り時をどうしよう」との質問に対して、よく回答として挙げられる考え方でもあります。
実際、私もFPとして、(とくに投資初心者の人には)この考え方をお勧めしていますし、また、私自身も、売り時を意識し始めて間もないころは、この考え方で、事前に売り時を決めていました。
ただ、この売り時の考え方は分かりやすくて便利なのですが、欠点があります。
それは、「自身の買値」を基準とするので、その商品の「客観的な状況(資産価値や相場状況など)」は、ないがしろにされてしまうことです。
つまり、自身の買値のみに縛られて、売値を設定してしまう可能性が高いのです。自身の買値は、あくまでも自分にとっての価格であって、その商品そのものの状況とは関係ありません。
ですので、客観的にはかなり割安な状態(さらなる値上がりが見込める)なのに売ってしまうこともあれば、逆に、客観的にはかなり割高(今後、値下がりする可能性が高い)なのに保有し続けるといったことが起こりやすいといえます。
もっとも、商品の「客観的な状況」を見極めることなど至難の業ですから、(とくに投資初心者の人には)分かりやすさと便利さ重視で、この考え方は大いに候補となることでしょう。
■投資に時間と労力を割ける人に向いている方法
3.買ったときの理由がなくなったときに売る
これはたとえば、買ったときの理由が「配当利回りが5%と高かったから」であれば、減配や株価上昇によって配当利回りが5%を切ったときを、「増益を続けているから買った」であれば、利益が前期を下回ったときを、売り時として設定する考え方です。
もし、買った理由が「社長が魅力的」「企業理念に賛同」であれば、社長交代や企業理念変更のタイミングが売り時となります。この考え方も分かりやすく、「売り時をどうしよう」に対して、やはり、よく回答として挙げられます。
また、この考え方を採用するためには、買ったときの理由を明確にしておく必要があるので、「何となく」購入するようなことはなくなる(しっかり考えて買うようになる)という、副次的な効用も見込まれます。
ただ、その売り時を見極めるには、(前述の「自身の買値を基準に、売値を設定する」と違って、その価格だけでなく)常に、その商品の動向を把握している必要があります。
そして、その把握すべきポイントは商品毎に異なるので、(とくに多くの商品を保有している場合には)かなり大変でしょう。ですので、この考え方は、とくに投資に時間・労力を割ける人向けとも言えるかもしれませんね。

4.お金が必要なタイミングで売る
これはたとえば、「マイホーム資金の頭金」「今年の家族旅行代」などといったように、あらかじめ、その投資資金(投資商品)の目的を決めておく考え方です。
このように、何らかの資金のためだと決めておけば、その資金を必要とするタイミングで躊躇なく売る(現金化)することができます。そして、この売り時の考え方であれば、商品の値動きや相場状況などを考慮する必要は一切ないので、売却のふんぎりがつきやすいでしょう。
私自身の話になりますが、私はかつて、中国株にそれなりの金額を投資していました。幸い、かなりの値上がりをしていましたが、それゆえに、その売り時を迷っていました。
しかし、今後の中国株の動向を判断するのは難しく、そこで、その売り時を、「次に、車を買い替えるときの資金にしよう」と決めたのでした。
そして数年後、車にガタがきて、買い替えることに。私はそのタイミングで、保有していた中国株を躊躇なくすべて売却、その資金をほぼすべて車代金に充てました。
その直後、リーマンショックにより中国株は大暴落し、結果的には最高のタイミングでの売却とはなりましたが、これがもし、売却後に大暴騰していたとしても、それは結果論として、受け入れることはできたと思っています。
■売り時を考えなくていい投資法とは
5.売らない
ここまで見てきたように、その「売り時」をあらかじめしっかり決めておき、それに従って売ったとしても、売った後に値上がりすれば、「それはあくまでも結果論だ」と頭では分かっていても、少なからず、心はざわつくものです。
そこで最後に、究極の「売り時」として紹介する考え方は、「売らない」ことです。売らなければ、売ったあとの後悔は、絶対にありませんからね。

しかし、どんなに値上がりしても売らないとなれば(永遠に含み益の状態)、それでは、投資の楽しみがなくなってしまうのも事実。そこで、「売らない」と決めた場合には、ぜひ、利子・配当(分配金)、株主優待といった、定期的な楽しみが見込める商品をお勧めします。
そしてもちろん、一生保有したいと思えるような魅力的な(安心して保有できるような)商品をじっくり選ぶ必要があることも言うまでもありません。
■投資商品によって使い分ける
さて、ここまで紹介してきた売り時の考え方ですが、(「1.その時々の状況で判断する」を除いて)、どれが正解といった優劣はありません。ですので、その投資商品毎に、使い分けをすることをお勧めします。
ちなみに私自身はというと、前述のとおり、売り時を意識し始めたころは、すべての投資において、まずは分かりやすい「2.自身の買値を基準に、売値を設定する」でした。
しかし今では、それは短期売買(トレード)のみに使っています。
今現在、私のメインは国内株式の長期投資ですが、それらについては基本には「5.売らない」としつつも、とくに配当金や株主優待に重きを置いて購入した銘柄については、「3.買ったときの理由がなくなったときに売る」としています。
実際、それらの銘柄が優待廃止や減配・無配となったときには、心置きなくスッパリ売っています。
また、投資信託については、前述のとおり、以前に中国株投資で味を占めたことから、「4.お金が必要なタイミングで売る」としています。
ちなみに、この春は子供の大学・高校のダブル入学でお金がかなり必要となりましたが、それはあらかじめ学費枠として購入していた投資信託を売却し、学費等に充てました。
このように、投資商品毎に、自身の売り時をしっかり確立してからは、売却後に、売った商品がどうなったのかと、(売ってからしばらくは気にはするも)いつまでもウジウジ思い悩むことはなくなっております。


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藤原 久敏(ふじわら・ひさとし)

ファイナンシャルプランナー

1977年大阪府大阪狭山市生まれ。大阪市立大学文学部哲学科卒業後、尼崎信用金庫を経て、2001年に藤原ファイナンシャルプランナー事務所開設。現在は、主に資産運用に関する講演・執筆等を精力的にこなす。また、大阪経済法科大学経済学部非常勤講師としてファイナンシャルプランニング講座を担当する。著書に『株、投資信託、FX、仮想通貨… ファイナンシャルプランナーが20年投資を続けてみたらこうなった』(彩図社)など。

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(ファイナンシャルプランナー 藤原 久敏)
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