社会生活の中から自分で“問い”を見いだし、課題を立てて、調査・分析、まとめ・発表を行う「探究型学習」。2022年度から高校の学習指導要領に組み込まれたこともあり、探究型学習を導入する中学、高校が急増している。
「従来の知識習得型教育と違って“正解”がないのが探究型学習の大きな特徴です」
こう語るのは、コアネット教育総合研究所の福本雅俊さんだ。
では、本当の探究型学習を実践している学校を選ぶポイントは何か。「一つは、教育活動全体を貫くコンセプトが探究型学習を意識した設定になっていること。もう一つは教職員の資質です。正解のない学びだからこそ、教員にも探究し続ける資質が求められます」(福本さん)
一方、声の教育社の後藤和浩さんは、別の視点を提示する。「探究型学習はいきなりできるものではありません。高校生になって質の高い探究を行うには、中学時代からのトレーニングが必要です。その意味で中高一貫校というのは有利。また、受験勉強の負担が少ない大学附属校は、高校3年まで探究が続けられ、より高い成果が期待できます」
福本、後藤両氏に挙げていただいた「お薦めの探究型学習校」を見ていこう。
■芝浦工業大学附属【東京都・江東区/共学】
保健体育も芸術も科学技術と絡めて学ぶ
「中1では、全員で『パスタの橋』を作る授業があります。途中で折れたり、崩れたりするわけですが、芝浦工業大学の大学生、大学院生のサポートを受けながら、より強度の高いパスタの橋を作っていく。そんな授業を行っている学校です」
福本さんは、いかにも楽しそうにこう語る。
「理系」ではなく「理工系」の学校と自ら任じている芝浦工大附属らしい授業だが、同校では国語や英語、芸術、保健体育といった教科においても、科学技術とその教科との関わりを考える『ショートテックアワー』という授業が設けられている。
保健体育であればパラリンピックの競技で使われる車いすの構造を考えたり、国語であればAI(人工知能)を使って文学作品を作ってみたりと、すべての教科が理工学的興味を抱く動機づけの一つとして位置づけられているのが特徴だ。「SHIBAURA探究」と称するプログラムは、中学では「IT」と「GC(グローバル・コミュニケーション)」の2本柱。「IT」では、Scratchでドローンを制御して遊ぶなど、ITツールを活用した学びが盛りだくさんだ。「GC」では、宿泊体験や海外研修などを通じて社会課題を見いだし、解決、発表するためのコミュニケーション力、発想力、創造力、課題解決力を身につける。中1の「湾岸プロジェクト」では、水陸両用バス・スカイダックに乗って、海から見た豊洲を考察する授業も。
そして、高校生になるといよいよ、理工系の知識で社会課題を解決する「工学探究」がスタートする。中学ではアイデアを出すまでだったが、高校ではプロトタイプを実際に作り、うまく動くのか検証するところまで行うという。「とにかくテクノロジーが大好きな子が多い。休み時間に仲間と図書室に飛び込んできて、空飛ぶ自動車を造ろうと航空工学の本を喜々として読みあさっているような、理工オタクばかりの学校です」(福本さん)
探究活動のサポートを、同校の卒業生や芝浦工大の学生、先生たちがしてくれるところも、大学と連携しているこの学校の強み。モノづくり大好きオタク垂ぜんの学習環境だ。
■玉川学園【東京都・町田市/共学】
サンゴを育てて海に返す研究も!
東京ドームのグラウンド47面分の敷地に、幼稚部から大学・大学院までを擁する玉川学園は、天文台とプラネタリウムまである理科教育専門の校舎「サイテックセンター」や美術専門校舎の「アートセンター」など、充実した設備が売り。
「行ったことはないけれど、ジムやミュージアムなどがあるUCLAみたいですよね(笑)。恵まれた設備を最大限に利用して、生徒たちはさまざまな活動に取り組んでいます」(後藤さん)
文部科学省のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)に指定されていることもあり、ロボット研究や人工眼球の研究など本格的な理系の科学研究に取り組む子も。なかでも、沖縄県伊江島のサンゴを育てて海に返す活動をしているサンゴ研究部は、国際的な大会で数々の賞を受賞している。
すごいのはサイエンス分野だけではない。
「同校では開校当時から、毎週2時間、探究に特化した授業『自由研究』を行っていて、バイオリンの製作や陶芸などを学ぶ生徒もいます」(後藤さん)
好きな課題にとことん取り組める点も、大学併設校の強みである。
■中央大学附属【東京都・小金井市/共学】
コサギの研究が日本鳥学会最優秀賞!
「大学附属校では、入学時が学習意欲のピークで、その後は下降することも多いです。同校は、探究型学習を導入してから、寝食を忘れて研究に没頭する生徒が増え、高い学習意欲を持ったまま大学に進学することが当たり前となり、校風も大きく変わりました」(後藤さん)
探究型学習のメインは中3から始まる「教養総合」。高3までの4年間で自らの興味・関心を「問い」につなげるスキルを高め、その成果を、文系クラスは卒業論文、理系クラスは卒業研究として発表する。「研究テーマはビジネスから自然科学まで多岐にわたっており、内容は大学生レベル。生徒の中には研究成果を学会で発表したり、起業につなげたり、企業とともに商品開発に挑戦する子もいます」(後藤さん)
たとえば、双眼鏡を片手に、ひたすら河川沿いを観察した「コサギの研究」は日本鳥学会(高校生ポスター発表)の最優秀賞を、高尾山を踏査した「ムササビの研究」は文化庁長官賞を受賞した。
高3まで探究が続けられる附属校ならではの環境を活かし、極めてレベルの高い研究成果をあげている。
■トキワ松学園【東京都・目黒区/女子校】
夏休みの海辺でも探究魂を発揮!
「トキワ松というと、美術デザインコースもあるため理系よりも芸術分野に強いイメージがありますが、古くから『探究女子の育成』を教育の理念として掲げているんですよ」(後藤さん)
その中心となるのが、中1と高1で学ぶ「思考と表現」というオリジナル授業。
「論理的に考える力」と「調べる力」を養うほか、一つの美術作品をグループで鑑賞し、そこから読み取ったことをディスカッションして、観察力・思考力・コミュニケーション力を伸ばす。
高2からは自分の興味・関心のある分野について学ぶ「探究」や、企業とタイアップをして、ブレーンストーミングやKJ法などの手法を用いてアイデアを形にする「商品開発」などの学習も。
「こうして育った“探究女子”たちの創造力はなかなかのもの。夏休みに海辺にごみ拾いに行った生徒たちが、そこで感じた疑問や興味をそれぞれに発展させたというのです。海辺で拾ったシーグラスでアクセサリーを作って文化祭で販売した子(売り上げは環境団体に寄付したそう)、衣類ごみを何とかしようと、稲わらを使ったサステナブルな新繊維を開発した子(在学中に起業、その成果を武器に慶應義塾大学へ進学)、海風からエネルギーを得る風力発電が周囲の生物に与える影響を研究した子も。授業じゃないんですよ。探究女子、本当にすごいです」(後藤さん)
■海城【東京都・新宿区/男子校】
取材先へのアポ取りも自分たちで
進学校として名高い海城だが、探究型学習の分野でも、以前から独自の取り組みを続けている。「中学社会科の授業に歴史や地理、公民とは別に、総合学習的要素を盛り込んだ『社会I、II、III』という独自科目を導入したのは、なんと30年以上も前の1992年のこと。社会課題を見つけて、文献や資料を調べ、関係団体や個人への取材も行っています」(後藤さん)
アポの取り方から取材後のお礼状の書き方まで指導するというから本格的だ。
中3で卒業論文を書き、発表する。「発表内容は原稿用紙30~50枚にも及びます。論文集としてまとめられますが、そのテーマ選定や完成度は大学の卒論レベル」(後藤さん)
「尊厳死について考える」「死刑問題」など、テーマも多岐にわたるようだ。

社会科だけではない。理科4科の実験室を完備した「サイエンスセンター」も充実。太陽光パネルや風力発電などのエネルギーの仕組みが見えるように設計されていて、生徒の興味・関心に働きかける工夫もなされている。
「海城がすごいのは中学の入試問題に『イギリス料理はなぜまずいと言われるのか』『あなたはなぜいま、入学試験を受けているのか』などのユニークな設問が出ること。入試の段階から、考える力を試しているのです」(後藤さん)
■富士見【東京都・練馬区/女子校】
教員の描く人間像を盛り込んだ「17の力」
「この学校の特徴は『卒業時にどういう力をつけていてほしいか』という『17の力』を設定していること。この力は、全教員が参加したワークショップで話し合いを繰り返し、作り上げてきたものなんです。つまり全教員が共有しているという点ですばらしい」(福本さん)
教員たちがまず決めたのは、「社会に貢献できる自立した女性」に必要な「自分と向き合う力」「人と向き合う力」「課題と向き合う力」の「3つの力」。さらにこれらを細分化して、「自分の意見を形成する力」「チャレンジする力」「話し合う力」など「17の力」を設定した。「探究学習は、モノ探究、ねりま探究、my探究と、成長段階に合わせて社会の課題に目を向けていき、最終的には『自分のキャリアを考える』をテーマに卒論を執筆します。6年間の探究活動を通して、教員が考え抜いた人間像をゆっくりと育んでいます」(福本さん)
「放課後解剖会」「三味線のワークショップ」などユニークなテーマに向き合う生徒も。
派手さはないが、マジメに、オリジナリティーをもって探究型学習に取り組んでいると福本さんは絶賛する。
教える人

福本雅俊さん

コアネット教育総合研究所 横浜研究室室長。
教育現場のコンサルタントとして数新設校、学校改革。多くの学校を訪問。のカリキュラムづくりも請け負う。
後藤和浩さん

声の教育社社長。私立公立中学・高校500校の過去問を発行。YouTube「声教チャンネル」の取材を含め年間100校を訪問。

※本稿は、『プレジデントFamily2025春号』の一部を再編集したものです。

(プレジデントFamily編集部 文=田中 義厚)
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