■「備蓄米」に殺到する客は本当にお米が食べたいのか
令和の米騒動が続いている。
店頭には「銘柄米」「競争入札米」「随意契約米」の価格の異なる3種類のコメが並ぶ中、安価な備蓄米を競うようにして買い求める消費者の様子が連日、報じられている。
ただ、とても不思議なのは、日本人の米の消費量はかなり減っており、米の代わりとなるカロリー源として、麺やパンなども安く入手できる状況であるにもかかわらず、米騒動が生じていることである。そこで、米を含む日本人の主食に関連する統計データを確認していこう。
まず、日本人が米を食べなくなったことが一目瞭然のデータだ。
我々が食べる炭水化物の3大食品は「米」と「パン」と「麺」であり、これらから多くのカロリーを摂取している。家計調査によると穀類の年間支出金額(2022~24年平均)は、米が2万2000円、パンが3万4000円、麺が2万1000円と合計で穀類全体8万3000円の93%を占めている。それ以外の穀類は、「小麦粉」や「もち」などの製品である。
図表1には、この炭水化物3大品目の支出額構成比について、地域別に、1960年代前半と最近を比較した図を掲載した。地域は各都道府県の県庁所在市のデータを掲げた。
これを見ると、米中心の食生活からパンや麺を大きく取り入れ、食生活が大きく変貌した様子が明らかである。
米、パン、麺の割合は全国平均で1963~65年平均のそれぞれ83%、9%、8%から、2022~24年平均の29%、44%、27%へと大きく変貌している。高度成長期さなかの1960年代半ばには、日本人は米食民族といえたが、今では、パンと麺が米を圧倒しており、麦食民族といってもおかしくないほどである。
小泉進次郎農林水産大臣の音頭で随意契約された安い備蓄米が陳列されたことが、ここ数日報じられているが、実は、人々は特段米を食べたいわけではないのに、長い列に並んで買っている可能性もあるかもしれない。そう思えるほどに、米は不人気だ。
炭水化物3大品目での比率を県庁所在地で見ると品目ごとのランキングはこうだ。
「米」を一番多く消費
1 沖縄 37%
2 札幌 35%
2 福井
4 静岡 34%
4 宮崎
「パン」を一番多く消費
1 神戸 49%
1 岡山
3 広島 48%
3 徳島
3 松山 「麺」を一番多く消費
1 秋田 34%
2 青森 33%
2 山形
4 盛岡 32%
5 高松 31%
■米どころの東北でも一番食べられているのは米ではない
こうした麦食民族への変化は全国的であり、いまやすべての地域で「パン」が最多となっている。米が2位の34地域と、麺が2位の13地域を上回っている。
図を見れば、こうした食の変化が全国いっせいに起こったものであることは明らかであるが、地域的特徴がないわけではない。ここでは主な3つの特徴だけを確認しておこう。
第一に、麺比率1位(34%)が秋田市、同2位(33%)が青森市と山形市であることからもうかがえるように、東北人が麺好きである点が目立っている。秋田は「あきたこまち」「ひとめぼれ」、山形は「つや姫」「はえぬき」といった銘柄米の産地として知られるが、米より、麺やパンを多く消費している。
東北が米どころとして発展したのは明治以降の品種改良などで寒冷地でも米栽培が安定的に行えるようになったからであり、そう歴史が長いわけではない。
他地域で、米と麺を比較すると、西日本は東北より麺比率が低いものの、讃岐うどんの香川・高松市と、出雲そばの島根・松江市では麺比率が30%以上と例外的に高くなっている。
第二に、東京大都市圏と西日本では「パン」を好んでいるという大きな地域分布が認められる。
パンはもともと横浜や神戸といった国際港湾都市や東京などの大都市、および岡山、広島といった西日本で多かったが、その後、食生活の洋風化とともに全国にパン食が拡大した後もこうした地域性が保たれているのである。東日本の麺好きも多少以前にもその傾向があったが、近年になってより明確になっている。
第三に、「米」好き地域については、札幌もあるが、静岡、和歌山、四国を経て、九州・沖縄にかけての地域が目立っている。かつては全国的に米中心だった状況から、パン好き、麺好き地域が明確になる中で、遠隔地ではかつての特色をなお残しているともとらえられよう。西南暖地がなお米好きということからは、気象上の米栽培の適地だという要因も作用している可能性もある。
■米が高ければ小麦製品を買えばいい?
次に、コメ価格の高騰で、おなかを満たすため、そしてカロリーを摂取するためには、何も米を買わなくてもよいのではないかという状況についてデータで見てみよう。
図表2には、2025年3月の家計調査から、主な炭水化物食品について、100g当たりの購入価格データ(重量単価)、および、これと食品標準成分表のグラム当たりカロリーのデータから100キロカロリー当たりの価格(カロリー単価)を算出し、グラフにした。参考に2024年の年平均の値も点グラフで掲げた。
米の重量単価(100g当たりの購入価格)は2024年の45円から73円に大きく上昇している。
ところが、米と同等水準だった小麦粉、食パン、スパゲティといった小麦製品の重量単価、カロリー単価がほとんど変わっていない。例えば、スパゲティの重量単価は44円、カロリー単価は12円と米の6割安の水準を維持している。
このため、お腹を満たすため、あるいはカロリーを摂取するためなら、小麦製品、特にその中でも安価なスパゲティを茹でて食べたり、小麦粉でパンケーキやお好み焼きを焼いたりして食べればよいという状況となっている。
実際、今回の米高騰の事態に際し、テレビ局が街頭で実施した街ゆく人へのインタビューでは、「しかたがないから米の消費を減らして、パンや麺を多く食べることにした」といった声が多く聞かれた。
しかし、そうした消費の代替現象が大規模に起こっていれば、米の価格の上昇が抑えられ、小麦製品がむしろ価格上昇に転じているはずである。そうした動きが見られないということは、逆に言えば、国民はむしろ米消費にこだわっていることを示しているともいえる。
上で見たように、日本人は今や米食民族でなく麦食民族に変わっているような状況で、しかも米に代わる小麦製品も不足しているわけでもないのに、どうして「令和の米騒動」とも言えるような大騒ぎが引き起こされているかといえば、やはり、米にこだわる日本人の習性のためだとしか言えないのではなかろうか。
■米食民族としてやってきた日本人の長い歴史
こうした日本人の米食へのこだわりを理解するため、日本人の米食の推移を長期的に、また海外諸国と比較して追うことができるデータを見てみよう。
米食比率の動きをたどるためには、食料全体の摂取カロリーに占める米からの摂取カロリーの割合=カロリーの米依存度もしくは米食比率の推移を追えばよい。
図表3には、日本については、1930年(昭和5年)から、比較対象とした海外諸国については1961年以降の米食比率の推移を示した。
戦前には60%前後と大きな比率を占めていた米食比率は、終戦直後に大きく下がりはじめる。
GHQは、日本の食糧危機を認識し、1946年2月以降、米軍の余剰食糧である小麦粉が日本に供給された。1947年に始まった、今では当たり前の学校給食も、実はGHQによる脱脂粉乳やパンの食糧支援がきっかけだった。
終戦直後の低下はこうした食料援助によるものだったが、1950年代半ばからの高度成長期には、食の洋風化、肉食の普及など食生活の大きな変化がはじまり、輸入小麦の拡大も続き、これにともなって米食比率も大きく低下していった。
1973年のオイルショック以降も、テンポは緩まったが、なお米食比率の低下は続いた。そして、バブル経済崩壊後の1990年代以降は、20%強の水準で、ほぼ横ばいに転じている。
しかし、この間の米食比率の低下は、6割から2割へとほぼ3分の1となる極めて大きな低下だったといえる。
こうした変化は日本だけのものではない。日本と同じ米食国の韓国、台湾、タイなどでも時期的には日本に遅れて、大きく経済発展を遂げるとともに、日本と同様の米に対するカロリー依存度の低下がやはり大きく進んでいる。
韓国や台湾に至っては、米食比率が日本を下回るまでに至っている。
■米は特別な存在:いつまで続くか?
このように日本が米食比率を縮小させたのは、戦後に入ってからであり、それ以前は米に依存した米食民族としての歴史が長かった。
こうしたことから、精神的に米は日本人にとってなくてはならない食品となっていると考えられる。現代でも、食料の自給率も米だけはほぼ100%を維持されている。
バブル崩壊後の1990年代以降、米に対するカロリー依存度がほぼ横ばいに転じているのは、米の消費量は、なお落ち続けているが、実は日本人の場合、他国と比較して特異なことに食料全体の摂取カロリーも低下傾向をたどっているからである(注)。
(注)日本人に特異な食料全体の摂取カロリーも減少傾向は、私の新著『統計で問い直す はずれ値だらけの日本人』(星海社新書)に詳しく述べたのでご覧いただきたい。
しかし、米食比率が横ばいで維持できているのは、そして韓国や台湾より米食比率が高いのは、やはり、日本人が米に対して抱いている強い精神性を無視しては理解できないだろう。
例えば、26歳から米を食べず1日1食にすると決意した歌手のGACKT(51)がXで、昨今の備蓄米報道に関連して「一番好きな食べ物」として告白したのも米(コメ)であり、「一定の保存条件をクリアーした古米、古古米は腰を抜かすほど美味しい」と持論を展開している。
そうした特別の存在であるから、米食比率が下がり、代替食品があるにもかかわらず、米の価格高騰は大きな不安を日本人の心に訴えかけ、「令和の米騒動」という事態に至っているのだと理解できよう。
■自民党の「票田」は他世代に比べ米をよく食べる高齢者
最後に、こうした状況がいつまで続くかという点に関して、無視できないデータがあるので紹介しておこう。
図表4には、図表1で掲げた米、パン、麺の消費額比率を、世帯主の年齢別にあらわした。
これを見ると、米の比率が高齢者世帯ほど大きいことが分かる。30代が世帯主の世帯では23%である米比率が70歳以上では33%と10%ポイントも上がるのである。つまり、米の価格高騰が家計にダメージを与えている程度は高齢者世帯ほど大きい。
このことが、選挙の高齢者票が気になる自公政権に、米の価格高騰対策を重視させ、結果として「令和の米騒動」という事態にむすびついている側面が無視できなかろう。
米に対するカロリー依存度がほぼ横ばいであるのも国民の高齢化が進んでいるからという側面もあろう。
将来的には高齢化が進むところまで進んだのちには米に対する日本人の感覚も大きく変化する可能性があるといえるかもしれない。
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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『統計で問い直す はずれ値だらけの日本人』(星海社新書)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)