■これでは現場の士気は上がりようがない
日産の経営状況が厳しい。2024年度の同社最終の損益は6709億円の大幅赤字だった。
5月13日の決算発表では、トランプ関税などの不透明な要素もあり、2025年度の営業利益と当期純利益の予想数値を示すことができなかった。同社の経営状況は一段と厳しい状況に追い込まれている。
経営状況が悪化した背景には、何といっても、需要者が欲しがる売れる車を作ることができなかったことにある。それは、突き詰めると経営の問題といえるだろう。本来なら、経営陣は責任をとって退任すべきとの指摘は多い。
しかし、3月に社長を退任した内田誠氏ら4人の執行役は、計6億4600万円の報酬を受け取った。多すぎるとの指摘の多い取締役の数は減っていない。取締役の入れ替えも進んでいない。その一方、同社はコストカットのため、現場の人員を大幅に削減する。これでは、現場の士気は上がりようがない。
当面、日産の業績は厳しい状況が続くだろう。経営陣は、そうした状況をいかに脱しようと考えているのだろうか。
リストラで現場の人員を減らすだけでは、同社の本格的な再生につながるとは考えにくい。どうも経営陣の目論見が見えてこない。プライドがハードルとなって、ホンダとの統合を拒否した日産は独力で生き残れるのだろうか。明るい絵を描くことが難しい。
■武漢工場は稼働からわずか4年で閉鎖
ここへきて、日産は収益力の低下に歯止めがかからない。主たる要因は、何といっても、売れる車を作ることができないことだ。
北米では、トヨタやホンダが需要を取り込んだハイブリッド車(HV)を投入できなかった。世界最大の自動車市場である中国では、BYDや浙江吉利(ジーリー)や上海汽車集団(SAIC)などによる電気自動車(EV)の投入が相次ぎ、市場の競争が一段と激化している。その中で、日産は競争力を失った。
日産の中国事業は、2022年に稼働した武漢工場を閉鎖するほど中国事業は悪化した。欧州でも日産の販売は振るわない。さらに、中国企業の進出で東南アジア新興国の自動車市場も減速気味だ。

日産は、もっと速い段階でエンジン車中心の事業戦略を見直すべきだった。ところが、その決断が遅れた。収益の悪化により、同社は工場を閉鎖し人員を削減してコストカットを優先した。昨年11月、内田社長(当時)が世界で生産能力を2割削減し、9000人を削減すると発表した。
■「ブルーバード」を生んだ追浜工場の稼働率は5割に
同社のサービス内容の低下などは、消費者離れを生んだとみられる。販売台数を伸ばすため、日産は米国市場などで値下げを実施し販売奨励金を積み増した。それにもかかわらず、目立った販売台数の増加は見られなかった。
航続距離と燃費性能の良いHV、PHVのラインナップ整備も遅れた。日産の販売戦略は、目立った成果を出せなかった。世界的に、日産車の在庫は積み上がり、工場の稼働率は低下した。それは、自動車メーカーにとって致命的というべき現象の一つだ。
かつての売れ筋だった、“ブルーバード”や“フェアレディZ”などヒット車を生み出した、神奈川県横須賀市の追浜工場の稼働率は5割に低下した。
業績悪化を食い止めるため、日産は最重要工場である、追浜工場の閉鎖をも検討せざるを得ない状況に追い込まれた。
■計6億4600万円もの報酬を受け取る危機感のなさ
追浜工場周辺には試験場もある。自動車運搬船3隻を収容できる港湾施設もある。神奈川県内には2000社もの関連企業が点在し、就業者数は15万人に上るとの試算もある。業績悪化による株価の低迷、雇用喪失に加え、社会の公器としての観点からも日産経営陣の責任は重いだろう。
その一方、日産の決算説明資料や定時株主総会招集通知からは、経営陣の厳しい危機感はあまり感じられない。特に、3月に退任した内田前社長ら4人の執行役は、計6億4600万円の報酬を受け取る。業績の悪化を止められず、人員の削減を実施してきたトップが高い報酬を受け取る。それに違和感を持つ人は多いだろう。リストラされる従業員であればなおさらではないか。
日産は指名委員会等設置会社だ。その目的は、業務の執行と監督・監査を分離し、意思決定の透明性を図り、迅速かつ柔軟な業務執行の実現にある。
近年の業績の悪化を振り返ると、日産の執行役の(3月までは執行役員制度にもとづく)業務の執行に対して、取締役がモニタリングと執行体制の是正などを指摘したとは考えづらい面がある。
■“多すぎる”12人の取締役に変化なし
取締役会の改革は急務といえる。しかし、取締役の人数は、今のところ12人とこれまでと変化がない。取締役の交代や、意思決定体制のスリム化はまだ発表されていない。経営陣の変革はあまり進んでいない。
経営陣の変革が進まない一方、日産は世界で2万人の従業員を削減する。それに対して、業績悪化の責任がある経営トップは高い報酬を受けとる。日産従業員を取り巻く状況の厳しさは増し、日々の生活への不安も高まるだろう。それに疑問を持つ職員は増えるだろう。
そうした状況では、組織内で不平不満が蓄積するはずだ。日産全体で士気の低下は避けられないかもしれない。組織の実力は、人員の数と、一人一人の集中力の掛け算による。
組織の不安定感が一段と高まると、人材の流出は加速し業績の悪化が一段と進むことが懸念される。
■短期・中長期で再建案を社内外に示すべき
現在、日産が独力で生き残ることは難しい状況になりつつあるとみられる。国内外企業との連携の必要性は増すだろう。
ただ、同社は裾野の広い自動車産業の一つという問題を抱えている。つまり、同社の行方は、同社の関係者のみならず日本経済全体にも重要な影響を与える。同社の経営陣は、そうした状況を十分に理解することが必要だ。
短期的には業績悪化に歯止めをかけ、キャッシュの流出を食い止め業績の安定性を増すことが求められる。そのためには、同社を取り巻く環境変化に敏感に反応できる体制を作ることが重要だ。また、中長期的には電動化やソフトウェア開発、新興国で需要があるエンジン車などの戦略を拡充することも必要不可欠だ。
その中で、いかにサプライヤーとの関係を維持し、需要者が欲しがる車を生み出すか、製造技術を磨くことだ。日産経営陣は、まず、これまでの責任を明確にしたうえで、時間軸ごとに分けて経営再建の戦略を社内外に示すべきだ。
■プライドを捨てないと、アクティビストに狙われる
今回、最新の日産の事業戦略は、こうしたポイントが読み取れない。
同社は、目先の収益を捻出するためのコストカット、資産の売却を重視しているようだ。依然として、同社は高い技術を持つとのプライドは高いようにも映る。しかし、プライドだけで、事業再建はできない。謙虚に、自社が置かれたポジションを客観的に見るべき時が来ている。
現在、世界の自動車産業界では、IT先端企業などの異業種企業も巻き込んで電動化やソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)の開発が加速している。人員削減を余儀なくされた日産が、過去の発想が利かない環境の変化に対応する難しさは一段と高まる。
今後、日産が追加の人員削減や資産売却に追い込まれる可能性は高そうだ。資産の売却が続くと、企業そのものの存続が難しくなる恐れもあるかもしれない。
投資家の中には、「業績悪化を食い止めるために、日産は経営陣を総入れ替えし、より迅速に意思決定できる経営者が必要」との指摘もある。株価が低迷している局面で、アクティビスト投資家(物言う株主)が、日産株を追加で取得する恐れもある。日産の経営陣はリーダーシップを発揮し、連携等を含めた選択肢を実行し業績悪化を食い止めることが必要だ。あまり時間は残されていないはずだ。

----------

真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

----------

(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
編集部おすすめ