■東京都の財政支出は368億円に達する
東京都は物価高による家計の負担軽減策として、夏の4カ月間に限って都内すべての一般家庭の水道基本料金を無償にすることを決めた。検針の時期によって6月から9月、もしくは7月から10月に適用される。
使用料に応じてかかる料金は従来通り請求する。一般家庭の場合、1カ月あたり860円から1460円の負担軽減となる。
小池百合子都知事は「物価高騰に加えて、この夏の猛暑が予想される中、水道の基本料金を無償にすることで、1世帯あたり4カ月間で5000円程度の軽減となる」とした。猛暑にもかかわらず、電気代などの上昇でエアコン使用を減らしたために熱中症になるケースが報告されており、「水道光熱費」を助成する意味合いもある。
わずか5000円とはいえ、東京都民にとっては朗報に違いない。もっとも、この措置に伴う東京都の財政支出は368億円に達する。他の自治体の首長からは、「とにかくお金があるんだなということに尽きる」と、財政豊かな東京だからできることだといったやっかみに似た声が上がり、追随する動きはない。
■経費を税収で賄える豊かな財政
大半の自治体が財政赤字に苦しんでいる中で、東京都の財政は豊かだ。
東京都の2025年度の予算では、一般歳出(政策的経費)を6兆8978億円と見込むが、税収は6兆9296億円にのぼり、経費を税収で賄える状態になっている。また、これまでに積み立ててきた「基金」の残額は今年度末で1兆6362億円に達する見込みだ。
他の自治体の多くが税収不足を補うために地方債を発行しているほか、国から分配される「地方交付税交付金」によって運営している。財政黒字の自治体には、この地方交付税交付金が交付されない。
こうした自治体を「不交付団体」と呼ぶが、全国にある1788の都道府県市区町村のうち、2024年の不交付団体はわずか83に過ぎない。大半の自治体が、国から来る資金頼みの運用をしているわけだ。
そんな中で、東京都は47都道府県で唯一の不交付団体になっている。
東京都が財政的に豊かなのは、全国的に少子化が進む中で、東京へ流入する人の数が多く、人口があまり減っていないこと、住民の平均所得水準が他に比べて高いことから「住民税」の税収が多い点が挙げられる。住民税である「個人都民税」は2024年度の実績で1兆円を超える。また、企業の本社などが集中していることから法人住民税と法人事業税が2兆3000億円、固定資産税と都市計画税が1兆8000億円近くにのぼる。
■周辺自治体も様々なサービス向上を行っている
こうした潤沢な財源があるからこそ、住民への手厚いサービスができる。今回の水道基本料無償化で、東京都の財政力の高さが改めて注目される結果になったが、他の自治体にはない東京都や東京23区ならではのサービスは他にも数多くある。
その代表格が高校授業料の無償化。2024年度から高校授業料の支援について所得制限が撤廃され、都立高校だけでなく私立高校も含めて、都内在住の生徒は授業料が実質無償になった。国は2025年度から高校の実質無償化に踏み切ったが、東京都はこれを先取りしていた。
東京都に住むことが圧倒的に有利で、他の自治体に住むのは損ではないか、と思う人もいるだろう。
確かに東京都のサービスは他自治体よりも進んでいるものが多いが、競合する周辺自治体も様々なサービス向上を行っている。新婚世帯が婚姻届を出した場合に「結婚助成金」や「結婚新生活支援金」などを支給するという自治体が増えているのもその一つ。神奈川県横須賀市では家賃のほか、住宅購入やリフォーム、引っ越しなど住宅に関する費用を最大60万円まで補助する制度を行っている。
■自治体間での住民争奪戦が始まっている
今や、どこに住むか、で住民サービスが大きく違う、というのが当たり前になってきた。自治体からすれば、働き盛りの若者に住民になってもらえば、税収増に貢献してもらえる。高齢化が深刻な地域ほど、若者誘致に躍起になっている。いわば、自治体間で住民争奪戦が始まっているのだ。
人口減少が著しい地方の自治体でも、最近は創意工夫して税収を増やそうとする動きが広がっている。地方の自治体が財政を成り立たせようとすれば、一昔前まで、霞が関に市長や議員がやってきて、地方交付税交付金など自治体への助成増を「陳情」するしか方法がなかった。それが総務官僚の自治体天下りなど「利権」につながっているという指摘も根強くあった。
これを大きく変えたのが2008年度に導入された「ふるさと納税」だ。自治体に寄付した際に受け取れる「返礼品」目当てが横行しているという批判も根強くあるが、自治体からすれば、地域の特産品などをアピールして寄付を得ることができるようになって、追加の税収を得ることができる道が開けた。

■東京都のふるさと納税流出額は1899億円にのぼる
2023年度のふるさと納税受入額は1兆1175億円と大幅に増えた。ふるさと納税で、宮崎県都城市は193億円の寄付を受け入れた。都城の歳入予算では市税収入とほぼ肩を並べる収入源として「寄付」、つまりふるさと納税の受け入れが見込まれている。地域からの税収よりも、ふるさと納税の方が多い自治体も出現している。
一方で、ふるさと納税によって、本来入るはずの税収が流出している自治体もある。その典型例が東京都だ。東京都のふるさと納税流出額は1899億円にのぼった。世田谷区だけでも110億円に達する。本来、納税されるべき地域の自治体に税金が入らないというのは問題ではあるが、逆に言えば、財政力豊かな東京都から地方の自治体に再分配されていると見ることもできる。
もともと、地方交付税交付金は、国がいったん税金を集めて、それを財政力に応じて自治体に分配するという仕組みだ。この再分配を国が決めるのではなく、納税者が自主的に決めているという点で、ふるさと納税は公平だと考えることもできる。
東京都だけが財政力が高く、ズルいと考えることもできるが、その財政力が全国の自治体に恩恵を与えているとも言えるわけだ。

■「国頼み」を変えたふるさと納税
地方交付税交付金制度による自治体間の収入調整は、ともすると自治体の財政的自立心を大きく阻害してきた。努力をして財政を改善すると、交付金が減るため、努力しない方が良い、国頼みで良い、という風潮に流されてきたきらいがある。それを変えたのがふるさと納税というわけだ。
本来、自治体は自身の財政を賄うために、税金を徴収するはずだ。ところが日本の場合、自治体が税制を自由に動かすことができない。課税対象や税率などを国が一律に決めているケースが圧倒的に多く、いわゆる「課税自主権」が自治体にはほとんどないと言っていい。かつて名古屋市が住民税を独自に減税したが、これを巡っても国とバトルが続いた。徴税権を握っているはずの住民税でも税率を自由に上下することは難しいのだ。
■スイスは州ごとに所得税率が違う
世界には自治体ごとに所得税などの税率を決め、周辺の自治体と「競争」している国がある。東京都と財政規模がほぼ同じ、スイスだ。スイスは州ごとに所得税率が違い、税率が低い州に大金持ちの富裕層が集まる傾向がある。州政府からすれば、税率を低くしても高収入の住民が増えれば、税収は増えることになる。
スイス中部の山間地にあるツーク州などが典型だ。法人税も州によって違うため、企業誘致をするための産業政策の武器として税制が活用されている。
いっそのこと、全国ほぼ一律の税制をやめ、自治体間の税制競争を促してみればどうか。北海道の法人税を極端に低くすれば、企業がこぞって移転するだろう。相続税をゼロにする自治体が出てくれば、そこに富裕層の金融資産が集まって、金融業の集積地になるかもしれない。全国一律の税制が東京一極集中を加速しているようにみえる。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)

経済ジャーナリスト

千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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