年老いた親と接する時、どんなことに気を付ければいいのか。理学療法士の上村理絵さんは「親の生活をラクにしてあげよう、と思っているとむしろ老化を進めてしまうケースがある。
私がリハビリで関わっていた80代女性も、娘との同居をきっかけに身体機能が改善しなくなってしまった」という――。(第4回)
※本稿は、上村理絵『こうして、人は老いていく 衰えていく体との上手なつきあい方』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■親の面倒を見すぎてはいけない
「人が環境をつくり、環境が人をつくる」とよくいわれていますが、それをあらためて実感した出来事がありました。
「今度、娘と同居することになったのよ」
松崎さん(仮名)がうれしそうに私に話しかけてくれたのは、長かった残暑がようやく落ち着いた初秋のころだったように記憶しています。83歳になる松崎さんは、数年前に病気を患ってから、足腰がおぼつかなくなってきて、私たちのリハビリ施設に通うようになったのです。
足腰が弱っているので、テキパキとはいきませんが、家事もこなすことができていたので、旦那さんが亡くなられた後も1人で暮らしていました。少し前に病気で体調を崩してしまった松崎さんを心配した娘さんが、熱心に「同居したい」と持ち掛けてくれたそうです。
娘さんとは仲がよいそうで、彼女自身も同居を心待ちにしているようでした。冬の訪れを感じ始めたころ、それまでと同じようにリハビリを続けていたのですが、彼女の身体機能があまり改善しなくなりました。
もしやと思い、「最近どのように過ごされていますか?」と質問したところ、「娘が身の回りのことを、すべてやってくれているんです」という答えが返ってきました。松崎さんの身体機能の改善が見られない原因は予想していた通りでした。
その原因とは、娘さんの深すぎる愛情です。

これまで育ててくれた感謝の気持ちが強いからか、「体が弱っているのなら、私が助けてあげる」という思いで、身の回りの世話を焼きすぎたのです。
■仲のいい家族ほど、親を追いつめてしまう
家事は、「無意識のリハビリ」です。
たとえば、洗濯物を干すと、腕を上に伸ばす動作や、洗濯物を掛ける際のバランスを保つことで、上腕二頭筋・三頭筋、広背筋といった腕や背中の筋肉が鍛えられます。掃除機をかければ、歩く動作や掃除機を前後に動かすことで、大腿四頭筋、ハムストリングス、腹筋群、背筋、体幹筋群などが鍛えられるのです。
家事をしなくなるということは、そういった筋肉を鍛える機会を奪うことになり、その分、筋力は衰えてしまいます。体が衰えてきている人ほど、体を動かさなくては危険です。
「時間がかかってもいいから、身の回りのことは自分でするようにしないと、体が弱っていきますよ」と松崎さんにお伝えして、家事の分担を娘さんとしっかり話し合うようにお願いしました。
「仲のいい、家族の同居、要注意」
うまいこと五、七、五でまとまっていますが、これはスタッフのなかでも共通認識としてあり、松崎さんのようなケースは少なくありません。まだ肉体が衰えていない若い人たちから見ると、時間がかかって危なっかしく、つらそうでもあり、ついつい手を貸したくなる気持ちもよくわかります。
本人も、「家族にやってもらったほうがラク」と思うかもしれません。しかし、できているのであれば、自分の力でこなしたほうが、確実に老化の予防・改善につながります。
■「いまできること」はやらせてあげるべき
今はラクでも、体を動かす機会を減らしてしまうと、後々老化が進んだときに、もっとつらい現実に向き合わなければならない可能性が高くなるのです。
できることを奪われない環境づくり。これが、高齢者にとって、肉体的・精神的な老化を予防・改善するためのリハビリとともに、とても大切なことです。
では、どういう環境をつくっていけばいいのか。それは、介護の3原則がヒントになります。
介護の3原則とは、人が、自分の力で自分らしく過ごすためには、「生活の継続性」「自己決定の原則」「残存機能の活用」が必要であるとうたったものです。簡単にいえば、それまでの生活をできるだけ維持させる、生き方や暮らし方を自分で決める、自分でできることはやり、現状持っている身体機能をフル活用するということです。
松崎さんの場合は、同居することで、生活が持続できずに、自分ではなく、娘さん主導の生活を送り、自分でできることまで手助けしてもらったため、身体機能をフル活用できない、能力低下を招く環境になってしまったのです。
■介護で大事なのは「手」ではなく「目」
では、そのような環境にならないためにはどうすればいいのでしょうか。
先ほど、同居がきっかけとなって肉体的な老化が進んだ松崎さんのお話を紹介しましたが、家族と同居をすること自体を否定するつもりはありません。どうしてもできなくなったことに関しては、家族の手を借りることも必要でしょう。
また、家族が近くにいることには、プラスの側面もあります。それは、「目」が増えることです。
何かしら急な体の変化があったときに、そばに人がいれば、いち早く気づいてくれます。
私たちは、リハビリを受けてもらう前日、ご利用者に電話をして、翌日のお迎えの確認を必ず行います。ところが、いつもなら電話に出てくれる時間帯に何度コールしても反応がなく、その後時間をおいて電話をしてもやっぱり状況は変わりません。
気になって、近くに住んでいるご家族に連絡をし、かけつけてもらったところ、家の中で足を滑らせて転倒したため、その後立ち上がれずに、半日間動けずにいたそうです。ご家族が同居していたら、そのようなことがあっても、すぐに対応できていたでしょう。
高齢者にとって、まず増やすべきは、「手」ではなく「目」です。
なんでもかんでも手助けする、手を出してしまう同居ならあまりおすすめしませんが、ただ見守るための同居ならおすすめすることができます。もし同居をするのであれば、「手伝ってくれるのはありがたいけど、体を動かすためにも、自分のことは自分でやるから」と伝えておくことが大切です。
■カメラを使って遠隔で見守るケースも
逆に、1人で暮らしている方は、「目」を増やすことを心掛けてください。
新聞や飲料水など、以前届けた商品が残されたままになっている場合には、毎日家まで宅配してくれる業者さんが地域の見守りネットワークに連絡してくれるというケースも多く見受けられます。
そのような宅配サービスを利用するのも1つの方法であり、家族に決まった時間に連絡をしてもらい、定例的に安否の確認を行うのもよいでしょう。今では、カメラを使って、遠隔地から様子を見守るシステムもあります。
普段はできるだけ自分のことは自分でこなし、いざというときのために見守ってもらう環境を整えておくのが理想的です。
先日、こんなことがありました。
橋本さん(仮名)は、私たちのデイサービスに9年通っている90代の女性で、変形性膝関節症を患い、膝関節に人工関節を入れる手術を受けています。
彼女は、昔から床に布団を敷いて、寝起きをしていました。それが先日、ベッドのほうが起き上がるのがラクで、高齢者の多くがベッドを利用しているということを理由に、ご家族やケアマネジャーから、ベッドの導入を強くすすめられたそうです。
■安易に「ラクな生活」の手助けをしてはいけない
彼女自身は特に今の布団のままでも不自由は感じておらず、ベッドは場所をとることもあって、どうしたほうがいいのかと、私に相談に来られました。
確かに、起き上がりがラクになるという理由で、布団からベッドに替える高齢者はたくさんいらっしゃいます。1人で起き上がれない、つらい、床で寝ていると腰が痛い、よく眠れないなどといったお困りごとがある方なら、確かにベッドに替えたほうがいいでしょう。
ただ、本人が布団で寝起きができて、不自由を感じていないのに、高齢者だから、膝の手術をしているからという理由だけで環境を変えるのは、むしろ危険です。ベッドからよりも、床から起き上がるほうが、筋肉をより使います。
つまり、布団からベッドに変えることによって、日々の生活のなかで無意識に筋肉を鍛えるチャンスを失ってしまうのです。手すりをつけるなどの介護用のリフォームについても同様です。

「60歳を過ぎたら、手すりをつけるとか、体を守るためのリフォームをしたほうがよいと言われたのですが、どう思いますか」
こんな質問をよく受けます。結論からいえば、体の状態は個人差が大きいにもかかわらず、一律に年齢だけでリフォームをするかどうかを判断するのは、賛成しかねます。
■危険を回避するための手助けは重要
何度も転倒を繰り返していて危ない、明らかに体が弱っている、病気を患ったなど、何かしらの明確な理由があれば、手すりをつける、すべりにくい床にする、段差をなくすなどといった処置が必要でしょう。
しかし、普通に生活できているのに、リフォームをして、わざわざラクに生活できる環境をつくるのは、老化予防・改善の観点からいうと、望ましくありません。たとえば、手すりを使えば、腕の力を借りて立ち上がることになり、その分、足の筋肉は衰えることになります。
また、段差を乗り越えようとしなければ、しっかりと太ももを上げて歩く機会も失われます。一見、些細なことに思われるかもしれませんが、毎日のことなので、それが積み重なると、大きな差となって表れるのです。
心配があるなら、リフォームする前に、試していただきたいことがあります。たとえば、段差の少し手前に、目立つ色をしたビニールテープなどで床に線を引き、「ここから先に段差がありますよ」と注意喚起をする印をつけるのです。
照明を明るめのものに替えるのも、体にラクをさせるのとは別の観点での転倒しにくくするための工夫だといえます。
それでも、やはりつまずいてしまって危ないということになったら、手すりをつける、段差をなくすといった、転倒防止のためのリフォームを考えればよいでしょう。
■ラクをするのであれば、メリハリをつける
とはいえ、ちょうど家を改築するタイミングがきたので、ついでにやっておきたいなど、先に処置しておいたほうがよいという状況も起こり得るでしょう。
ベッドについても、引っ越しのタイミングで導入しておいたほうが都合がよいというケースも考えられます。
そういった場合には、環境の変化によって失われた筋肉を鍛える機会を、意識的に運動するなどして、ほかのところで補うようにしてください。
今の時代は、買い物代行、ネットショッピングなどが普及し、スーパーまで歩かなくても買い物を済ませられるようになりました。そのほかにも、ラクをしようと思えば、いくらでもラクに生活できる環境を手に入れられます。
ラクすることは、決して悪いことではありません。
体調が悪いときなどには、ぜひ積極的に利用してほしいと思うのですが、ラクをすることで高齢者の体は大きく変わる、ということだけはぜひ覚えておいてください。うまくピンポイントにラクをして、できることは自分でやり続けることが大切だと考えます。
■家族の決めつけが親をヨボヨボにしていく
加齢によって身体機能や認知機能が衰えていくのはやむを得ないことですが、それをさらに老化にまで進めてしまうような行動は避けなければなりません。しかし、高齢者本人も周囲の人々もあまり気づかず、無意識のうちに、そうした行動をしていることがあります。
そんな行動の1つが、「決めつけ」です。
たとえば、私たちの施設に通われている利用者さんのご家族のなかには、こんなことを言う方がいます。
「おじいちゃんは聞こえてないから、代わりに私が聞きます」
確かにその利用者の方は会話の声が聞き取りにくくなっているのですが、まったく聞き取れないわけではありません。それなのに、同行者が「聞く必要はない」と決めつければ、本人は最初から聞く気を失ってしまいます。
そして、「もう自分は聞かなくてもいいんだ」と考え、耳という聴覚器を働かせようとしなくなるのです。「筋肉・関節・骨」にしても、「聞く・見る・感じる」などの感覚にしても、身体機能はきちんと使い続けることで衰えを防ぐことができます。逆に、使わなくなれば、その機能は衰えていくばかりです。
さらに、使わないことによって刺激が減るので、認知機能もおのずと低下せざるを得ません。結果として、身体機能と認知機能がともに低下する可能性が十分に考えられます。
前に紹介した松崎さんのケースも、「お母さんは足腰が悪いから、毎日の生活を送るのは大変だし、危ない」という娘さんの決めつけがあり、ご本人でも「高齢者は、いろいろと動くと危ないから、何もしないほうがいい」と決めつけていたのかもしれません。
知らず知らずのうちに自分の役割が奪われていないか、一度、最近の自分の生活と昔の生活を比べて、自分でやらずに他人に任せてしまっていることはないか、確認してみてください。
それが、さまざまな機能を改善する機会を取り戻すことにつながります。

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上村 理絵(かみむら・りえ)

理学療法士

リタポンテ株式会社取締役。1974年生まれ。中京女子大学(現・至学館大学)卒業後、関西女子医療技術専門学校理学療法学科(現・関西福祉科学大学)を経て、理学療法士として活動。「理学療法士によるリハビリテーション」「日本で初めて介護保険分野で受けられるサービス」を世に誕生させた誠和医科学(現・ポシブル医科学株式会社)の創業を支援。同社退任後、リタポンテ株式会社の立ち上げに参画。著書に『こうして、人は老いていく 衰えていく体との上手なつきあい方』(アスコム)がある。

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(理学療法士 上村 理絵)
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