なぜ不登校の子供が増えているのか。信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授の本田秀夫医師は「学校ではノルマ化とダメ出しが多く、そのことによって多くの生徒が無理をしている。
ユニセフによると、日本の子どもの精神的幸福度は36カ国中ワースト5位になっている。学校の環境が変わらなければ、不登校は減らない」という――。(第1回)
※本稿は本田秀夫『発達障害・「グレーゾーン」の子の不登校大全』(バトン社)の一部を再編集したものです。
■「昔の学校のほうが厳しい」は本当か
Q1

いまより、昔の学校のほうが厳しかったのでは?
いまの学校は「ノルマ化とダメ出しが多すぎる」という話をすると、「昔だって過酷な環境はあった」「昔の教師のほうが子どもに対し厳しかった」と言う人もいるでしょう。では、いまの学校と昔の学校では「厳しさ」がどう違うのでしょうか。
「ノルマ化とダメ出しが多すぎる」という話に対し、「強くなるには厳しい環境で頑張ることも必要だ」という意見もあるかもしれません。「昔も過酷な環境があった」「成長には試練が必要だ」といった考えです。
しかし近年では、あえて過酷な環境を用意して子どもの根性を鍛えようとすると、虐待と批判されることもあります。なぜいまの社会では、厳しい育て方が虐待的と見られるのでしょうか。私はそのことを最近じっくり考えました。
過酷な環境には、「物理的に過酷な場合」と「心理的に過酷な場合」があります。物理的に過酷な環境とは、資源不足や設備が劣悪な場合を指します。
昔の日本ではそのような環境が多く見られましたが、人々が協力して支え合い、「自分は孤独ではない」と感じながら頑張ることができました。親や先生も子どもの心の支えとなっていたのです。
「自分が子どもの頃も厳しい環境だった」と語る人は、こうした物理的な過酷さを思い浮かべているのかもしれません。
■物理的には豊かになったが…
一方、いまの日本の学校は、物理的には恵まれた環境で、物資や設備はそろっています。
そこであえて厳しい環境を用意しようとすると、子どもを心理的に追い込むやり方になりがちです。物理的に過酷ではない分、心理面で厳しくする傾向があるのかもしれません。
その結果、勉強面や生活面に多くのノルマが課され、基準に達しない子どもには「もっと頑張れ」と厳しく接してしまうことが考えられます。いまの学校は、子どもたちにとって心理的に過酷な環境になっていることが多いように感じます。
しかし、子どもは心理的に過酷な環境で、「甘えるな」「ちゃんとやれ」と叱られ、「人を頼るな」「自分で考えろ」と突き放されたら、くじけやすくなります。そのような育て方をされたら、子どもは不安を感じやすくなり、ちょっとした失敗で落ち込んでしまうようになります。心理的に過酷な環境では、子どもは心の支えを得られないのです。
■子どもは「ちゃんとやれ」と言われすぎている
近年、心の強さを示す言葉として「レジリエンス」という用語がよく使われています。
これは「回復力」「再起する力」と言われたりもしますが、わかりやすく言えば、くじけてしまったとき、また立ち直ろうとする力のことです。
子どもはさまざまなことにチャレンジします。ときには失敗することもあります。心が折れてしまうこともあるでしょう。しかし、そこで「また頑張ろう」と思えれば、次のチャレンジに向かっていけます。レジリエンスというのは、そういうときの心理的な回復力、立ち直る力のことをいいます。
精神医学の領域では、小さい頃から心理的に追いつめられて育った子どもには、レジリエンスが十分に形成されにくいと言われています。
ノルマ化とダメ出しが多い環境というのは、大人が子どもに「ちゃんとやれ」と言い過ぎる環境です。それは心理的に過酷な環境であり、そこでは子どものレジリエンスは十分に育たないのです。
■体は健康なのに、自殺率はワースト5位
ユニセフが2000年以降、各国の子どもたちの状況を調査して発表しています。この調査の2025年版で、日本は36カ国中、「幸福度」(これは「身体的健康」「精神的幸福度」「スキル」の3つの分野で評価)では14位でしたが、各分野では以下の順位となりました(身体的健康とスキルは41カ国で調査)。
日本の子どもたちは、体の健康では1位でしたが、精神的幸福度、つまり心の健康では、下位の32位でした。
これはつまり、日本は体の健康と心の不健康を両立させる技術において、世界でも有数の国だということです。日本の社会が、いかに心の健康をおろそかにしているのかがよくわかります。
【Q1のまとめ】
昔は資源や設備が不足して「物理的には厳しく」、いまのほうが「心理的に厳しい」と言えます。
いまは子どもを心理面で追い込み、頑張らせすぎている場合が多いです。小さい頃から心理的に追いつめられて育った子どもには、レジリエンスが十分に育ちません。
ノルマを増やした結果として、子どもたちの心の健康が損なわれているのです。
■「みんなで一緒に頑張ろう」という熱血指導は逆効果
Q2

子どもにとって学校の何が一番つらいの?
学校にはノルマが多いことが問題ですが、さらに大きな問題は先生がノルマを子どもたち全員に一律で設定することです。「何年生だからこれができるようになろう」と指示されると、苦手な子は失敗し、集団の中で目立ち、つらい思いをすることもあります。
学校にはノルマが多い。それがまず問題なのですが、さらに大きな問題があります。先生がそのノルマを全員に一律で設定することです。国語や算数などの教科学習でも、給食や掃除などの場面でも、先生が子どもたち全員に対して「みんなは何年生だから、これができるようになろう」と指示することがあるのです。

全員に一律のノルマが設定されていると、その活動が苦手な子は、どうしても失敗することが多くなります。集団の中で目立ってしまい、つらい思いをすることもあります。
目標が柔軟に設定されていて、「得意な子はこれくらい」「苦手な子はこれくらい」という見通しが示されていれば、子どもたちはそれぞれのやり方やペースで取り組めますが、柔軟に設定されているケースのほうが少ないように感じます。
むしろ、先生が「みんなで一緒に頑張ろう」と声をかけて、子どもたちを一致団結させようとしている話をよく聞きます。例えば運動会のような学校行事で、全員が一定の課題をクリアするまで、熱心に指導する先生もいます。そうなってくると、みんなと同じようにできない子は肩身の狭い思いをします。自分がみんなの足を引っ張っているという感覚を抱いてしまう子もいます。
■「大繩跳び」の緊張感を感じている
全員に一律の課題を設定し、みんなで一緒に活動することを推奨している学校では、あらゆる集団活動が「大縄跳び」のようなものになっていきます。課題を達成することが当たり前とみなされ、失敗した人がひどく目立つようになるのです。うまくできない子は、非常に心細い思いをします。
そこには、みんなと同じようにできない子が弾かれやすい構造があります。それが不登校の要因になることがあるのです。
あらゆる場面でプレッシャーがかかっている環境は、どの子どもにとっても厳しいものですが、発達特性がある子にはより厳しい環境となります。
発達特性がある子には苦手なこともあります。その点を理解されず、とにかく「みんなで一緒に」「やればできる」と声をかけられる環境では、失敗することが多くなり、挫折感を味わう場面が増えてしまいます。それでは、学校に行くのがつらくなっても仕方がないのではないでしょうか。
■再び登校できる子と登校できない子の違い
不登校になっても、そのきっかけとなった問題が解決すれば、登校できるようになる子もいます。例えば、友だちと大ゲンカをして教室に入りづらくなった子が、相手と仲直りをしたり、ほかの友だちグループに入ったりして、学校に通えるようになることがあります。
ただし、通えるパターンになるのは、学校のノルマをある程度こなせる子どもの場合が多いです。直近の問題さえ解決すれば、それ以外には障壁となることが少ないから、また登校できるようになるのです。
一方、学校のノルマに苦しんでいる子の場合には、不登校になったあと、気になっていた問題が解決しても登校できないことがあります。あるいは、問題が解決して登校するようになっても、また行けなくなってしまうというケースもみられます。
なぜかというと、直近の問題が解決しても、環境面の問題は解決していないからです。学校生活で苦労しやすいという状況が変わっていなければ、不登校の準備状態が形成されやすくなり、また、不登校の引き金となるような出来事も起こりやすくなります。
たとえ登校できていても、不登校になるリスクが高い状態なのです。
【Q2のまとめ】
全員に一律のノルマが設定されている環境では、みんなと同じようにできない子は弾かれやすくなります。本人の苦しい点が理解されるように環境を調整する必要があります。
せっかく登校するようになっても、環境が変わらなければ、また学校に行けなくなる可能性があります。

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本田 秀夫(ほんだ・ひでお)

信州大学医学部 子どものこころの発達医学教室教授・同附属病院子どものこころ診療部部長

特定非営利活動法人ネスト・ジャパン代表理事。精神科医師。医学博士。1988年、東京大学医学部医学科を卒業。東京大学医学部附属病院、国立精神・神経センター武蔵病院を経て、横浜市総合リハビリテーションセンターで20年にわたり発達障害の臨床と研究に従事。発達障害に関する学術論文多数。英国で発行されている自閉症の学術専門誌『Autism』の編集委員。2011年、山梨県立こころの発達総合支援センターの初代所長に就任。2014年より、信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長。2018年より現職。日本自閉症協会理事、日本自閉症スペクトラム学会常任理事、日本児童青年精神医学会理事。著書に『自閉症スペクトラム』『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち』(ともにSB新書)『発達障害・「グレーゾーン」の子の不登校大全』(バトン社)などがある。

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(信州大学医学部 子どものこころの発達医学教室教授・同附属病院子どものこころ診療部部長 本田 秀夫)
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