景気が減速感を強める中、インフレだけがしつこく残り、このままではインフレ下の景気後退であるスタグフレーションに陥るのではないかと心配しています。
日本のインフレ率は、いまでは主要国の中では断然と言っていいくらい高く、今後もインフレが続くと考えられます。こうした中、賃上げでの給与増だけが数少ない期待ですが、実際にインフレに勝てるほど給与が増えるのかは今のところ不明です。
■4四半期ぶりのGDPマイナスと今後の懸念
1~3月の実質GDPが年率でマイナス0.2%と発表され4四半期ぶりのマイナス成長となりました。マイナス幅もわずかですし、1四半期程度のマイナスだとそれほど心配することはないのですが、今後さらに急速に景気が失速する懸念があります。
図表1は、「街角景気」といって、経済の最前線にいて景気に敏感な人たちに対して行われている調査です。調査対象は、タクシーの運転手、小売店の販売員、ホテルのフロントマン、中小企業経営者、変わったところではハローワークの受付の人たちです。彼らに内閣府が毎月調査を行っています。この調査では、数字が「50」を超えていると景気が良くなっていると感じている人の割合が多く、「50」を切ると景気は悪化していると感じている人が多いのです。
この数字が、かなり弱含んでいます。
先ほど、1~3月の実質GDPがマイナス0.2%と説明しましたが、このままでは4~6月のGDPもマイナスになる確率は低くなく、2四半期連続のマイナスとなる可能性があります。2四半期連続のマイナスとなると、機械的には景気後退と判断されます。
■主要国の中で有数に高いインフレ率
ただ、私が心配しているのは、この先もさらに景気が後退する可能性がある中で、インフレだけがしつこく残る懸念です。
実は主要国の中で、日本のインフレ率が飛びぬけて高いのです。図表2は、今年4月の主要各国のインフレ率を比較したものです。
日本は英国と並んで3.5%で、他国の2%台などと比べて格段と言っていいほど、高いインフレ率です。ちなみに、中国は景気低迷が続いており、このところはインフレ率はマイナスです。
日本では、企業の仕入れを表す国内企業物価指数も4月で前年比4.0%の上昇で、今後もしばらくはインフレが続くと考えられます。
先に、景気後退の懸念を説明しましたが、このままではインフレ下の景気後退であるスタグフレーションに陥る懸念があります。スタグフレーションになると、インフレを抑えなければならない一方で、景気も浮揚させないといけないという、非常に難しい経済や金融のコントロールが必要になります。
インフレを抑えるために金利を上昇させると、そのことが景気減速をさらに悪化させる懸念があり、逆に、景気刺激のために金利を下げることや財政出動などを行うと、今度はこれがインフレを加速させることともなりかねないのです。
また、先進国中、対名目GDP比で最悪の財政赤字を抱える日本では、財政出動のための財政赤字の拡大は、金利上昇をもたらすという、複雑な状況を生む可能性があります。超長期債(10年超国債)の金利が急上昇(価格は下落)する中での財政出動はかなり債券市場にインパクトを与える可能性があります。
スタグフレーションに陥ると、それでなくても難しい財政や金融政策をより複雑なものとします。
■上がらない給与とインフレ
こうした状況の中で、働く人の給与がどれだけ上がるかが注目です。GDP改定値とともに発表された雇用者報酬は実額の名目値で0.7%増加でしたが、インフレを加味した実質では1.2%のマイナスと、賃金は少し上昇しているものの、それを物価上昇が完全に打ち消している状況です。
4月の現金給与総額の上昇率は少しがっかりするものでした。もちろん、給与の大幅な上昇はインフレを悪化させる懸念はありますが、景気を上昇させることは間違いありません。
しかし、賃上げが期待された4月の現金給与総額の上昇率は図表3にあるように前年比で2.3%と、先に見た4月のインフレ率3.5%を大きく下回るものでした。これでは、実質賃金はマイナスで、GDPの5割強を支える家計の支出は伸びないことになります。
ちなみに内閣府が発表した5月の消費動向調査では、「暮らし向き」などで3月時点を下回っています。食料の価格上昇などが影響していると考えられます。もちろん、賃上げは4月にすべてが反映されないケースもあるので、今後の現金給与総額の伸びにはとくに注意が必要です。
■難しい日銀の判断
景気後退の懸念がなければ、インフレ率のことを考えれば日銀はすぐにでも金利を上げたいところでしょう。現行の政策金利(コールレート翌日物:1日だけ銀行間で貸し借りをする金利)は0.5%ですが、これでは3%を超えるしつこいインフレに対峙するのは難しいと考えられます。欧米では、インフレとの戦いで政策金利を一時5%程度まで上昇させインフレを鎮静化させた後、図表2で見たようにインフレ率が落ち着いている現状では、金利を下げる傾向にあります。
日本は周回遅れで、今になって金利を上昇させる局面を迎えていますが、金融を正常化するためにも日銀としては利上げを段階的に行いたいところです。
インフレに対応することももちろんそうですが、以前のこの連載でも何度か書きましたが、日本の個人金融資産は現在約2200兆円あり、そのうちの約半分が現預金です。預金は約1000兆円あり、それがインフレで大きく目減りしています。
普通預金金利は0.2%のところが多いですが、インフレ率は3%を超えており、年に30兆円程度の目減りです。これも含めて金融を正常化する、つまり金利を上昇させることが求められます。
しかし、ここまで述べてきたように、景気後退懸念が大きくなると、金利を上昇させることは難しくなります。
■不確定要素のトランプ関税
そして、日本経済にはトランプ関税の懸念もあります。6月15日から17日までカナダで開催される先進7カ国(G7)首脳会議でのトランプ大統領との2国間での首脳会議でおおむね決着をつけたいという日本政府の意向ですが、あまりに交渉を急ぐと、日本経済にとって最重要課題である自動車の追加関税の問題が解決されないことも考えられます。
トランプ大統領については、このところ米国では「TACO」(Trump Always Chickens Out:トランプはいつもビビッてやめる)と言われることもあり、G7や日米首脳会談では、逆に強気に出ることも十分に考えられます。
もし、自動車への25%の追加関税が大きく下げられるということがなければ、それでなくとも景気後退懸念が強まる中で、さらに日本経済への重しが課せられるということになります。
いずれにしても、関税交渉の成り行きを注視するとともに、インフレ率、給与の上昇率などからは目が離せない状況です。
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小宮 一慶(こみや・かずよし)
小宮コンサルタンツ会長CEO
京都大学法学部卒業。米国ダートマス大学タック経営大学院留学、東京銀行などを経て独立。『小宮一慶の「日経新聞」深読み講座2020年版』など著書多数。
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(小宮コンサルタンツ会長CEO 小宮 一慶)