※本稿は、大坂靖彦『中小企業のやってはいけない危険な経営』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■どの社員にも同じように接するのは公平なのか
「社員を公平に扱う」。このテーマのポイントは2つあります。
1つは、そもそも公平とは何か、という点。そしてもう1つは、公平は長期的にしか実現できないという点です。
「私は社員を徹底的に公平に扱っています」という社長は、よくいます。社員を不公平に扱えば、必ず不満が出ますから、公平にすることが大切だ、というのです。
しかし、そういう社長の話をよく聞いてみると、どの社員にも同じように接して、一律に同じ待遇などを与えることを「公平」だと考えているのです。極端にいえば、全員が同じ勤務時間、同じ仕事内容で、同じ給料だったら公平だろう、という具合です。
しかし本当は、社員の価値観やモチベーション、また、抱えている事情や状況などは、一人ひとり違います。それらをしっかりと把握して、各人の希望に合った条件なり待遇なりを与えることこそ、真の公平なのです。
それは表面的に見れば、不公平に見えます。
■長期的に見た公平とは
例えば、みんな9時に出社しているのに、ある人は10時から出社しているとします。しかし、その人は親の介護があって、ヘルパーさんがくる時間の関係でどうしても10時からしか出社できないという事情がありました。それなら、10時からの出社を認めます。これは一見不公平に見えるかもしれませんが、事情が異なる人に、同じように9時に出社させれば、その人だけ重い負担を背負うことになります。そのほうが不公平だと考えることもできます。
今度は他の社員が結婚して子どもができたとします。そして、保育園への送り迎えがあるから、他の人は5時まで働くところを、4時に退社しなければならないとします。そうしたら、今度はその人は4時での退社を認めます。
すると、短期で見れば、特定の人だけが優遇されているように見えても、中期、長期と長い目で見れば、すべての人がそれぞれの事情に応じて配慮されているということになります。結局、それが全員にとっても公平になるというわけです。
■急に成績が落ちた社員の事情
社長時代のことです。
私は彼の家まで行って話を聞くことにしました。最初はなかなか本当のことを話してくれませんでしたが、膝を突き合わせていろいろな話をしていくうちに、「結婚資金として貯めていたお金を、父親が事業資金として勝手に使って、事業に失敗してゼロになってしまった」と教えてくれました。彼女との結婚のためにがんばって働いてきたのに、お金がなくなって結婚もできなくなったので、もう仕事をやる気も失せた、というのです。
私は、なくなってしまったお金の金額を聞くと「それくらい、俺が3年で作ってやるからがんばってみろ」といって、給料とボーナスを他の社員よりも引き上げてやると約束しました。彼はぱっと明るい顔になって「本当ですか」といいます。
私は、「もちろん、本当だ。ただし、成果もないのに給料を上げたら、他の社員と不公平になる。だからこれだけの売上をあげてもらわないと困る」と答えたのです。
その後、彼はすっかり元気を取り戻しました。もともとトップクラスの販売実績があった人物ですから、やる気さえ出せばすぐに成績は回復します。そして以前にもまして、たくさん売るようになったのです。
個人的な事情に鑑みて、その彼にだけ給料やボーナスを引き上げると約束することは、その時点で見れば、確かに不公平でしょう。しかし、結果的に彼は、引き上げられた給料に見合うだけの優れた成績をあげたので、成果に対する報酬と見ればまったく不公平ではありません。ただ、順番が前後しただけです。
ちなみに、彼はその後も優れた能力を発揮して会社に大いに貢献してくれました。
■社員一人ひとりに寄り添う
このように社長が、社員一人ひとりの事情や状況を詳細に把握して、それを踏まえた上で個別の対応をすることは、非常に手間暇がかかりますし、悩ましいことも多いため、心労もあります。その手間暇をかけることが面倒なので、多くの社長は社員を一律に扱って「公平が大切だ」だといっているのではないでしょうか。そうだとしたら、社長としてやるべき仕事を放棄しているとしかいえません。
社員一人ひとりに寄り添って、事情も考慮しながら、社員が力を最大限に発揮できるように対応を考えて実行していく。それこそが、社長がとるべき本当に公平な態度なのです。
■自分のプライベートも開示する
「社員のプライベートには踏み込まない」と考えている社長は少なくありません。
その理由は、社員のプライベートにまで踏み込んで、社員が抱えている問題にも関与することが億劫だからでしょう。また、社員のプライベートに踏み込むのなら、自分のプライベートもある程度開示をしなければならないため、それが嫌だということもあるのではないでしょうか。
社員は誰でも、個人的な問題をいくつも抱えています。例えば、親の病気、子どもの進学問題、住宅ローン、近所の住民トラブル、相続トラブルなど、挙げていけばキリがありません。そして、そういった個人的な問題が、会社の仕事を進めていく上での障害ともなります。そこで、社員が悩んでいる問題に対して、社長がプライベートまで踏み込んで、助言や手助けをしてあげるのです。そのためには、社員各自の人生観や仕事観、家庭の状況、趣味嗜好なども積極的に把握しておくといいでしょう。
一般的に社長は、社員より人生経験が豊富でトラブルに立ち向かうパワーもあります。経済的にも余裕があるでしょうし、仕事を通じて多くの役立つ人脈も持っています。それらを駆使して、社員のプライベートなトラブルの解決を図ってあげるのです。
社員が仕事に集中するのを妨げているトラブルが解決に向かえば、自ずと社員はやる気を出して、今まで以上に仕事で力を発揮できるようになるはずです。
■理想は弱点をさらけ出せる社長
社長が社員のプライベートに踏み込むためには、社長からも社員に対してプライベートを開示しなければなりません。それも社員よりも先に、まず社長が自分の心を開いて、自分の多くを社員に見せていくのです。
自分の弱点や不得意なことを話すのが苦手、という社長はよくいます。
人は、自分のことを開示してくる相手に対しては自分も開示しようとしますし、逆に自分のことを隠す相手には、自分も隠そうとします。鏡のようなものなので、まず社長が自分の考え、弱み、強み、夢、妄想など、なんでも社員に話していくようにします。特に自分の苦手なことや弱みは積極的に話して、社員に「手伝ってくれないか」と頼むのです。
常に社長が社員のプライベートまで踏み込んで、社員の悩みや困りごとを解決していれば、社長が「困っている」ことがあるときに、社員は恩返しをしようと、積極的に助けてくれるようになります。
そうやって社長と社員が互いに信頼し合い、助け合いながら一丸となって目標に進んでいく、そして全員で幸せになることを目指す。これこそが理想の中小企業の姿だと私は信じています。
■プライベートに踏み込むことと失礼はまったく別
もちろん、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクのような天才的な才能と指導力を持つ経営者であれば、弱みを見せて社員に助けてもらう必要も、社員のプライベートまで踏み込んで世話を焼いてあげる必要もないでしょう。その経営者の才能だけで、人を集める求心力があるのですから。
しかし、現実的に考えて、あなたは彼らのように人並み外れた才能と求心力を持つ経営者でしょうか? 少なくとも私はそうではありません。むしろ正反対の弱者です。
ただし、その際に注意してほしいのは、プライベートに踏み込むことと、失礼であることはまったく別だという点です。プライベートに踏み込むからこそ、社員に対して人としての最低限の礼儀や尊敬の念を忘れないように、十分注意してください。
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大坂 靖彦(おおさか・やすひこ)
非営利ビッグ・エス インターナショナル代表取締役/大坂塾塾長
ケーズホールディングス元常務取締役、ビッグ・エス元代表取締役、香川大学客員教授、上智大学元非常勤講師、松下幸之助経営塾元講師、ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章。香川県大手前高校卒業後、上智大学在学中24カ国をヒッチハイクで無銭旅行。海外で活躍するビジネスマンを目指し、現パナソニックに入社(ドイツ駐在)するも挫折。従業員3人、年商7000万円の家業の家電小売店に入社。ナショナルショップ店から、政府認定VC四日電、マツヤデンキ、カトーデンキ販売(現ケーズホールディングス)と、弱者の戦略で時代の先を読みパートナーを変えながらステージを変え、従業員800名、年商339億円の企業に成長させた。2010年全ての役職をリタイヤ後、自身の全ノウハウを次世代の中小企業経営者に伝授すべく大坂塾を始めた。現在までに約1000人が学ぶ。自らが実践し成果を出してきたメソッドを伝授し、経営者の成長を阻む棘を一つ一つ抜く指導により、多くの経営者が結果を出している。若者への人生戦略を伝える『若者未来塾』、小中学生向け『ドリームシッププログラム』も開催。経営者向け講演会は15年間で動員数10000人、コンサル実績1000回を超える。
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(非営利ビッグ・エス インターナショナル代表取締役/大坂塾塾長 大坂 靖彦)