■“猛暑の梅雨”で心身のバランスが崩れやすい
皆様、6月を迎え、いよいよ梅雨の季節ですね。しかし、今年の梅雨は例年とは少し様相が異なるかもしれません。梅雨入り前から真夏のような日差しが照りつけ、かと思えば、気温が下がったり、急に湿度が高く蒸し暑い日が続く。このような気候の変化は、私たちの心身に大きな負担をかけ、様々な不調を引き起こす可能性があります。
この時期になると産業医面談で、「なんだか朝から体がだるい……」「頭が重くて仕事に集中できない」「食欲もいまいちで、何をするにも億劫だ」と、訴える社員たちがいます。もしかするとそれは、梅雨の気候が原因かもしれません。産業医として私は、特に近年は、“猛暑の梅雨”が指摘されており、高温多湿という過酷な環境下で、体力を消耗し、心身のバランスがより一層崩れやすいと感じています。
それ以外にも、週末の楽しみにしていたアウトドアの予定も、雨で急遽キャンセルになったりと、気分転換の機会を失い、なんとなく気持ちが沈んでしまう……。このような状況下では、「メンタル的にきついな」と感じてしまうのも無理はありません。
しかし、憂鬱な梅雨をただやり過ごすのではなく、積極的に対策を講じることで、心身の不調を最小限に抑え、健やかに過ごすことは可能です。
■【ヒント1】梅雨の気候がもたらす心身への影響を正しく理解する
最初に理解しておきたいのは、なぜ梅雨の時期に私たちは様々な不調を感じやすいのか、そのメカニズムについてです。
1.湿度と気温の変化による自律神経の乱れ
梅雨時期は、低気圧が頻繁に通過し、気温や湿度が目まぐるしく変化します。私たちの体は、常に外部の環境変化に適応しようと働いていますが、急激な変化が続くと、自律神経のバランスが乱れやすくなります。自律神経は、呼吸、心拍、消化、体温調節など、生命維持に不可欠な機能を無意識のうちにコントロールしています。そのバランスが崩れると、倦怠感、頭痛、めまい、食欲不振、イライラ、不眠など、様々な不定愁訴が現れやすくなります。
■北極圏の国々で見られやすい「冬季うつ病」
2.日照不足によるセロトニン分泌の低下
梅雨時期は、曇りや雨の日が多く、日照時間が短くなります。太陽光を浴びる時間が減ると、脳内の神経伝達物質であるセロトニンの分泌が低下することが知られています。セロトニンは、精神安定作用や幸福感に関わる重要な物質であり、「幸せホルモン」とも呼ばれています。その分泌が不足すると、気分が落ち込んだり、不安を感じやすくなったり、睡眠の質が低下したりする可能性が指摘されています。
季節性感情障害(冬季うつ病)は、冬の間日照時間が短い北極圏の国々で指摘されている日照不足による病気です。日本でも、東北地方の大学で、冬の間、朝に学生たちに明るくした食堂で食事を配布したら、配布に来ていた学生たちは来なかった学生たちよりも、気分的な落ち込みが少なかったという報告があります。
■アウトドア系の趣味が多い人ほど気分転換不足になる
3.室内環境の悪化と生活習慣の乱れ
湿度が高い梅雨時期は、室内に湿気がこもりやすく、カビやダニが繁殖しやすい環境になります。これらのアレルゲンは、アレルギー症状を引き起こしたり、呼吸器系の不調を招いたりする可能性があります。
そこまでひどくなくても、湿度が高い日は眠りづらいなどは誰でも経験があるのではないでしょうか。じめじめとした不快感から睡眠の質が低下し、生活リズムが乱れることも、体調不良の一因となります。
また、外出の機会が減り、運動不足や気分転換不足になりがちです。雨が降っても室内でできる趣味や気分転換を持っている人はいいのですが、アウトドアな趣味ばかりの人は、なかなかこの時期を楽しく過ごすことができません。
このように、梅雨の気候は、私たちの体に様々な形で影響を与え、心身のバランスを崩しやすくするのです。まずは、これらの影響を正しく理解することが、対策を講じるための第一歩となります。
■【ヒント2】「未病」の視点を取り入れた予防的セルフケアを実践する
「未病」とは、病気というほどではないけれど、何らかの不調を感じている状態を指す東洋医学の概念です。梅雨時期の不調は、まさにこの「未病」の状態と言えるでしょう。本格的な体調不良に陥る前に、日頃から予防的なセルフケアを実践することが非常に重要になります。
1.適切な室温・湿度管理と換気の徹底
室内の湿度を下げるためには、除湿機やエアコンの除湿機能を活用しましょう。
2.バランスの取れた食事と十分な水分補給
体調を維持するためには、栄養バランスの取れた食事が不可欠です。特に、ビタミンB群やミネラルは、エネルギー代謝や神経機能の維持に役立ちます。豚肉、レバー、ウナギ、納豆などはビタミンBを豊富に含みます。ミネラルは、海藻類や貝類、緑黄色野菜(ほうれん草、小松菜、ブロッコリー等)に多く含まれます。これらを積極的に摂り入れ、消化の良い食事を心がけましょう。また、発汗量が増える時期でもあるため、こまめな水分補給も忘れずに行いましょう。冷たい飲み物ばかりではなく、常温の水やお茶なども取り入れるようにしましょう。
■ストレッチ、ヨガ、筋トレもおすすめ
3.質の高い睡眠と適度な運動
質の高い睡眠は、心身の疲労回復に最も重要です。寝る前にスマートフォンやパソコンの画面を見るのは避け、リラックスできる環境を整えましょう。
4.メンタルヘルスのケア
気分の落ち込みや不安を感じやすい梅雨時期には、意識的にメンタルヘルスケアを行うことが大切です。好きな音楽を聴いたり、アロマを焚いたり、リラックスできる時間を作りましょう。また、友人や家族と話すことも、気分転換になります。もし、一人で抱えきれないと感じたら、専門機関に相談することも検討しましょう。
■【ヒント3】不調を感じたら無理せず休息し、早めの対処を心がける
どんなに予防に気を付けていても、体調を崩してしまうことはあります。大切なのは、「不調は誰にでも起こりうる」ということを理解し、無理をせずに早めに対処することです。
私がこれまで1万人以上のビジネスパーソンと面談してきた中で、強く感じることがあります。それは、「真面目で責任感が強い人ほど、体調が悪くなっても無理をして頑張ってしまう傾向がある」ということです。「自分が休んだら仕事が回らない」「これくらいの不調は我慢すれば何とかなる」と考えてしまいがちですが、それは逆効果です。無理を続けると、症状が悪化し、回復に時間がかかってしまうだけでなく、より深刻な病気につながる可能性もあります。
もし、「いつもより体がだるい」「集中力が続かない」「食欲がない」といった不調を感じたら、まずはしっかりと休息を取りましょう。睡眠時間を確保したり、仕事の量を調整したり、思い切って休養することも大切です。そして、症状が改善しない場合は、早めに医療機関を受診するようにしてください。早期の適切な対処が、早期回復への近道です。
■6月中に有給休暇を取得しておく
「体調が悪くなってから無理に回復しようとするよりも、崩れる前にケアする方が、実は何倍もラクで効果的なのです。」これは、私が多くのビジネスパーソンに伝えてきた、非常に重要なメッセージです。
そのためにできるおすすめは、6月中に有給休暇を取得することです。体調を崩す前に、気分転換の時間を確保しましょう。私はここ数年、毎年6月に1~2泊の小旅行を計画しています。ゴールデンウィークが終わって海の日まで、祝日がない最長の期間が続きます。ぜひ、有給休暇で自分から時間を区切ってみてください。
日本には四季があります。私は、梅雨の季節が好きだという人をあまり聞いたことはありません。
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武神 健之(たけがみ・けんじ)
医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバ、ムーディーズ、フォルクスワーゲングループ、BMWグループ、エリクソンジャパン、テンプル大学日本校、アドビージャパン、テスラ、S&Pといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。働く人のココロとカラダをサポートする無料AIチャット相談サービス「産業医DrT」を運営。
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(医師 武神 健之)