※本稿は、和田秀樹『熟年からの性』(アートデイズ)の一部を再編集したものです。
■「年をとると性欲はなくなる」を覆す調査結果
人類未踏の超高齢社会を迎え、男性は約81歳、女性は約88歳にまで平均寿命は延び続けています。
また、健康寿命も延び、今や男女ともに70年を過ぎても健康で生活することができているということですから、セックスができる期間も延びていると考えるのは自然なことです。
一般的に「年をとると性欲はなくなる」と考えられがちですが、実際には高齢になっても性欲があることがいろいろな調査でも明らかになっています。
「日本性科学会」という専門家の団体が、2014年に行った「中高年セクシュアリティ調査」によると、「この1年間に性交渉をしたいと思ったことは、どれぐらいありましたか」という質問に対して、
・配偶者のいる男性のばあい……60代の78%、70代の81%が、「よくあった」、または「ときどきあった」「たまにあった」と回答
・配偶者のいる女性のばあい……60代で42%、70代で33%が、「あった」と回答
・60代から70代の単身者のばあい……男性で78%、女性で32%が、「あった」との回答
があったと発表しています。
また、内閣府が行った「平成8年度高齢者の健康に関する意識調査」によれば、全国の60歳以上の男女約3000人のうち、半数近くが高齢者の恋愛や結婚について「良いことだと思う」という回答が寄せられています。
こうした調査結果をみても、年をとっても性にたいする関心が高いことがわかりますね。
■年をとればとるほど性的な接触が大切になる
さらに次のような興味深い調査もあります。
日本性科学会が40代~70代の約1000組の夫婦を対象に「どんな性関係が望ましいか」ということについてアンケート調査しました。その結果、男性で一番多かったのが「性交渉を伴う愛情関係」だったのに対して、女性の半数以上は「性交渉を持たない精神的な愛情やいたわりの関係」という回答でした。
女性のアンケート用紙の中には、「頭をなでてほしい。
その他、いろいろな調査から見えてきたのは、高齢者が望む性的関係として、男性は「性行為」への関心が高く、女性は性行為そのものよりも「スキンシップ」や「精神的な愛情やつながり」などを求める傾向にあることでした。
スキンシップとは、互いの身体や肌の一部を触れ合わせることにより親密感や帰属感を高め、一体感を共有しあう行為のことを言います。
つまり、年をとればとるほど性的な接触が大切になるということですが、日本人の高齢者の多くは、恥ずかしさもあってか、そういう「本音の話」を話題にしません。
仮に、そういうことを話している人がいると、「いい年をした男が・女が」とか「年甲斐もない」みたいに蔑まれる風潮さえあります。
性的な接触を否定したり忌むべきではありません。
いくつになっても刺激を求めて生きることは、QOL(生活の質)の維持や生きがいにもつながる大切なことなのです。
■セックスで分泌される「幸せホルモン」の重要性
私たちの体には肌と肌が触れ合うことで「オキシトシン」というホルモンが分泌されます。
オキシトシンは脳の視床下部から分泌されるホルモンで、集中力を高め、ポジティブになるなど幸福感が高まるため「幸せホルモン」とも言われているものです。
オキシトシンが分泌されると、心身ともにリラックスし、ストレスが軽減されます。
セックスの最中にも分泌され、互いに絆を強く感じるようなはたらきをします。
要するに、人は肌を触れ合わせることによって心が落ち着き、幸福を感じて精神的にも落ち着くことができます。
逆に、人とのスキンシップの機会が不足していると、不安や心配で心の落ち着きがなくなり、気持ちもネガティブな方向に進んでしまうということです。
このことは科学的にも証明されています。
じつは、コロナ禍で他者との関わりが制限されたため、人との触れ合いが十分にできず、いわゆる「スキンハンガー」を生じる人が急増しました。
スキンハンガー(skin hunger)とは、「皮膚接触渇望」あるいは「肌のぬくもりへの飢餓」という意味です。
スキンハンガーが生じると、気分の落ち込みや不安に陥りやすくなり、孤独感を招き、最悪のばあい、孤独死といった事態にもなりかねません。
■「何かに触りたい」という日本人の欲求に変化
愛情とコミュニケーションを専門に研究しているアリゾナ大学のコリー・フロイド教授は、「周囲との正常な交流がないと脳は攻撃を受けていると判断し、過覚醒という緊張状態になる」と言っています。
日本人にはあまりスキンシップをする習慣がないとはいえ、やはり他者との関わりが制限されるとストレスになり、スキンハンガーを生じる原因になります。
コロナ禍でスキンハンガーという言葉が注目されるようになったことで、NTTが東京大学と共同研究を行い、新型コロナウイルス感染拡大時に、他者、動物、物など、「何かに触りたい」という日本人の欲求に変化が生じたことを発見しました。
この研究では、ソーシャルメディアに投稿された「○○を触りたい」「○○を触りたくない」というフレーズを含むテキストデータに着目しました。
そして、これらのテキストデータを解析し、新型コロナウイルス感染拡大時に、触りたい欲求の程度がどのように変化したかを調査しました。
その結果、人や動物など生物の肌のぬくもりを求める「スキンハンガーの慢性化」が起きていることや、ドアノブなどの物への接触を避けたいという欲求が強くなっていることを発見したのでした。
スキンハンガーが慢性化しているということは、不安や心配を抱いている人がたくさんいるということですから、大きな社会問題といえます。
■高齢になっても性欲が衰えないのに「言えない」という苦悩
NHKは【クローズアップ現代+】(2017年5月18日放送)で、「高齢者だってセックス『言えない』性の悩み」というタイトルで、高齢者の性の悩みについて取り上げています。
番組の冒頭で、アダルトサイトを閲覧していた75歳の男性に偽の請求が届き、約5000万円をだましとられた事件(2017年4月)を紹介。
被害者の男性はモザイクをかけた映像で出演し、「恥ずかしくて家族には相談できず、要求されるままにズルズルと何回も金を払い込んでしまった」と話していました。
また番組では、60代を超えても性欲が衰えない男性たちの声をいくつか紹介していました。
例えば、「いまだに毎日のようにアダルトサイトを見ている自分がおぞましく、滑稽である」(70歳男性)とか「『エロ親父』といわれるのがシャク」(69歳男性)等々。
60代を超えても性欲が衰えないなんて、大いにけっこうと思うのですが、当人たちにとってはそれなりの苦悩があるようでした。
また番組では、「高齢男性のセックス」に特化して売り上げを伸ばしている「壮快Z」(マキノ出版刊)という雑誌を紹介していました。
マキノ出版というのは中高年向け健康情報誌が専門の出版社ですが、この「壮快Z」は2019年に創刊され、毎号5万部を出しているそうです。
ちなみに書名の「Z」は絶倫、絶頂、絶品などの意味を表すということで、漫画家のみうらじゅんさんに命名してもらったものだそうです。
■自由にセックスができるように配慮した米国の老人ホーム
さらに番組では、高齢者の性をオープンにとらえるケースとして、アメリカのニューヨーク市の老人ホームを取り上げていました。
「ヘブライ・ホーム(Hebrew Home)」という名の施設ですが、ここでは入居者同士の恋愛を奨励し、「性表現ポリシー(sexual expression policy)」を掲げて高齢者が性生活を送る権利をさまざまな方法でサポートしています。
施設側は恋愛をしたい入居者には、出会い系サービスやダンスパーティなどを定期的に開催するなど積極的なサポートをしています。
そして、性感染症予防のために避妊具を配り、施設内で自由にセックスができるよう配慮していることを紹介していました。
■健康で長生きするためにも高齢者ほどセックスしたほうがいい
近年の海外の研究では、セックスをしている高齢者は死亡リスクが相対的に低く、長生きしやすいと報告しているものが多数あります。
つまり健康で長生きするためにも、高齢者ほどセックスはしたほうが良いという考えです。
ところが、日本はこんなに高齢化が進んでいるにもかかわらず、性的なものに関していえば、抑圧・抑制がきびしくて、いまだに旧態依然の意識から脱却できていません。
とりわけ高齢者の性はタブーのように扱われがちです。
そのことが日本をヨボヨボ老人の多い国にしている、といっても過言ではないと思います。
日本は欧米などとは性の意識があまりにも違いすぎます。
日本のばあい、性的なことに関心のある高齢男性に対して、「エロじじい」とか「スケベじじい」などと言って蔑む風潮があります。
男性にかぎらず女性も、高齢者の性は最期まで人間らしく生きるという意味でも、とても大切なことです。
人は高齢になればなるほど「性ホルモン」は「若々しさ」や「元気の秘訣」になります。
男が男でいたい、女が女でいたいという願望を吐き出したり、仲間内で社会通念上のルールやマナーを無視して本音をぶっつけあったりすることは、メンタルヘルスにとって非常に大切なことのように思えます。
性的な体験が老化予防や若返りのために非常に大切なことは医学的にも証明されています。その意味でも、高齢者がいつまでも性に対する意識をもつことは素晴らしいことです。
現代社会ではさまざまなかたちで「性の解放」が起きていくのと並行して、セックスや性欲について、より科学的なアプローチがなされるようになりました。
その過程で、セックスと心身の健康の関係、セックスと脳との関係も少しずつ明らかになってきています。
そして、マスターベーションも含めた性行為が健康と長寿に役立つことが、科学的にもすでに確かめられているのです。
■「年をとったら枯れるのが美しい」そんな意識は捨てよう
女性が女性として、男性が男性としてあり続けるために確認し合うのがセックスという行為です。
性交渉のあるパートナーをもつことは精神的な安定にもつながり、更年期の情緒不安定やうつの予防にもつながります。
世にいわれる「年をとったら枯れるのが美しい」なんていうのは大ウソ。そんな意識は捨てて、男性も女性も「ときめくこと」が若さを保つための秘訣といえます。
セックスには心に幸福感や充実感を与える作用があります。これは好きな芸能人などにときめいて得られる感情に似ています。
この感情の刺激がセックスの代わりとなり、女性らしさや若さを保つことになります。
“推し”の芸能人ならネットやテレビで見るだけでなく、ライブや舞台に出向いて五感で感じるとより効果的です。
年をとるということは、子供も家からいなくなり、社会から離れて夫婦で顔を突き合わせているわけですが、そのときに奥さんあるいはご主人に魅力を感じたり、「この人といっしょに旅行に行きたい」とか「いっしょに美味しいものを食べに行きたい」などと思えるのでしたら夫婦を続ければいいし、思わないのであれば別れてパートナーを探す方がいいと思います。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)