※本稿は、シュテファニー・シュタール著、繁田香織翻訳『「本当の自分」を愛する心理学 自分の弱さを受け入れる』(大和書房)の一部を再編集したものです。
■親との交流で「喜怒哀楽」を学ぶ
人間は、生まれてから少し経つと、快感と不快感を区別できるようになります。しかし、さまざまな感情はその時点ではまだなく、後の成長過程で親との相互作用によって発達していきます。私たちの感情をつかさどる脳領域は「大脳辺縁系」と呼ばれ、生後3カ月ごろから発達し始め、生後8~10カ月から本格的に活動するようになります。私たちは、大脳辺縁系の活動によって「気分」や「感情」を経験するのです。
そして、その気分や感情によって、他者との交流が「意味」を持つようになり、さらに「私はこの感情を示すと、相手からこう反応されるから、相手に好かれるためには、この感情を抑えたほうがいいだろう」、あるいは「この感情を表してもいいだろう」といった「予想」が生まれます。
ですから、さまざまな感情を持ったり、感じ取ったりする能力を培えるかどうかは、親との交流(小児期と青年期では他者との交流)を通じて何を学んだかによるのです。
■生後2年間で「安心感」を与えられるか
通常、乳児と親との間で「情動調律」という交流が行われます。情動調律とは、大人が乳児に同調すること、すなわち大人が自分の感情と表情を乳児の感情に合わせていくことを言います。このとき、親の「察知力」が非常に重要な役割を果たします。察知力は、子どもの精神的な成長のために親が持つべきもっとも大切な能力の一つです。このことは、子育てに関する数多くの研究で証明されています。
もちろん、察知力だけでなく、適切な対応も重要です。子どもが生後2年間でもっとも必要とするものは「安心感」であり、「安心感」は、親が子どもに対して敏感かつ適切な反応と対応をして心身の欲求を満たしてあげることで生まれるからです。
人は、強い結びつき欲求を持って生まれてきます。より美しい言葉で言うと、愛に対する大きな期待を抱いて生まれてくるのです。それゆえに乳児は本能的に周囲を見回し、周囲の人の行動をできるかぎり目で追います。そして、乳児の全生命は親のケアにかかっているため、乳児は親に対して積極的に親密さを求め、親に同調しようとします。
乳児は、生後3カ月ころから自分の意志で微笑むことができるようになり、次第に、母親の微笑みに対して「嬉しい」「自分は歓迎されている」というような感覚を抱いて微笑み返すようになります。こうして、喜び以外にも悲しみや期待、怒りなどの感情を周囲に示せるようになっていくのです。
■乳児「ママの機嫌をとらなければ」
ある研究では、生後6カ月の乳児でも、母親があまりかまってくれないことを本能的に感じ取れるという結果が出ています。この被験児は、母親から見られているときには微笑み、母親から注意を払われていないときには、何の表情も表していませんでした。被験児は、本能的に次のようなことを感じ取ったのです。「ママとうまく結びつくには、私がかわいく微笑む子どもになって、ママの機嫌をとらなければいけない」。
生後6カ月の乳児でも、すでに親子関係に対する責任を引き受けているのです。逆に、親が子どもの表情を敏感に感じ取って正しく解釈し、それによって適切に対応できれば、子どもは「親から理解されていて、自分はこのままでいいんだ」と思えるようになります。
乳児期の子どもと親の交流はその後、ますます細やかになり、親子間の習慣や期待がどんどん複雑になっていきます。その例を挙げてみましょう。乳児は泣き叫ぶことで親にそばに来てもらおうとしますが、次第に親子間で特定の状況に対する特定の儀式のようなものができてきます。
■親と子どもが信頼を築くプロセス
たとえば、子どもが痛がっているときに、母親はいつも同じ慰めの言葉や行動をするようになるでしょう。すると子どもは、親にそばに来てもらうだけでなく、親のそうした特定の反応も期待するようになるのです。
もちろん、察知力のある親であっても、子どもからのシグナルを見逃してしまうことも多くあります。親が子どもの感情に同調しない(敏感に反応できていない)ときには、乳児期であっても子どもは、この親子間の不調和を嫌がるため、これを修復しようとして泣き出したりします。すると、すぐに親もこの不調和を修復しようとします。この「不調和の修復」こそが、人間関係における信頼を築くプロセスなのです。
大人になってからもそれは同じです。
子どもは乳児期に親との不調和を通じて、自分は親に対してどうふるまえばいいのか、少しずつイメージを膨らませていき、生後12~18カ月の間で、実際にその経験をたくさん積み、親とうまくやっていくための対策を身につけていきます。さらにこの時期には、基本的信頼感あるいは基本的不信感が発達し、それらが自己価値と結びついていきます。こうして生後2年間で、心の基盤が築かれるのです。
■「ママとパパは信頼できる」と感じた結果
この心の基盤は、「愛着スタイル」に大きな影響を及ぼします。愛着スタイルとは、生後2年間の親との交流から得た、他者との結びつき方の傾向です。基本的信頼感を得た子どもは「安定型愛着スタイル」を持ちますが、基本的信頼感が得られなかった子どもは「不安定型愛着スタイル」を持つようになります。
安定型愛着スタイルを持つようになった子どもは、以下のような信念に基づいて人間関係を築いていくようになります。
「私は大丈夫。他者も大丈夫。外の世界を信頼できて、困ったことがあったら、手を差し伸べてもらえる。
このような子どもは、「ママとパパは思いやりを持って私をケアしてくれる。ママとパパは信頼できる」と感じられる経験をしています。そうした経験から子どもは、人間関係とは“他者とつくり上げていける”ものであり、じっと耐えるだけのものではないということを学んでいきます。この感覚が、後の結びつき能力に決定的な役割を果たすのです。
■全世界の約60%の人が「安定型」
子どもは、何らかを必要としているときに親に振り向いてもらえると、結びつき欲求だけでなく、相手を意のままにコントロールしたいという自由欲求の充足も感じます。ですから安定型愛着スタイルを持つ子どもは、結びつき(適応)と自由(自己主張)のバランスがとれていると言えるでしょう。
安定型愛着スタイルを持つ大人も、安定した自己価値感を持っており、心の中で結びつきと自由のバランスがうまくとれています。主に接近目標を掲げながら人生を送っており、「私なら、ほぼどんなことでもできる」と感じています。失敗するのではないかという不安もありますが、それよりも目標を達成する意欲のほうが上回っているのです。
もちろん、失敗すると落ち込みますが、落ち込みを克服するための良い対処法も身につけています。ある研究によると、全世界の約60パーセントの人が安定型愛着スタイルを持っているそうです。
■頼りにならない親に育てられた子どもは…
不安定型愛着スタイルを持つ子どもは、頼りにならない親のもとで育っています。
一方、そうした親に育てられた子どもは、生きていくためには親に頼らざるを得ないので、親に受け入れてもらえるよう、あるいは少なくとも親から拒絶されないよう、親の機嫌をうかがい、親の欲求に合わせて行動するようになります。
親が子どもの結びつき欲求を十分に満たせないと、子どもは親子関係の修復に対する責任を引き受けるようになるのです。この責任の引き受けは、後の人生で心の問題や精神疾患の温床となります。
不安定型愛着スタイルは、「回避型」と「執着型」に分類されます。どちらのスタイルの人も親と不安定な結びつきをしていますが、その状況から学んだことによって、回避型と執着型に分かれます。まずは、回避型について詳しく説明していきましょう。
■「自分が我慢するしかない」と思うように
①不安定―回避型 「自分で自分を守らなければ」
この愛着スタイルの信念は「私は重要ではない。だから、誰かと一緒にいるときには、自分の欲求や感情を抑えなければいけない。親密は安全ではない。私は自分で自分を守らなければいけない」です。
回避型愛着スタイルを持つ子どもは、自らの欲求にあまり注意を払ってもらえなかった経験をしています。たとえば、親のタイトなスケジュールに合わせて、食事時間と就寝時間が厳密に決められていたという子どもも珍しくはありません。
親は、愛情のこもった心遣いをする余裕がほとんどなかったのかもしれませんが、子どもは、自分が母親に負担をかけていると感じてくるのです。
また、両親がケンカばかりしていて落ち着かない家庭で育った子どもも、親にこれ以上、負担をかけないようにしなければいけないと感じ、そのために自分の欲求や悲しみ、怒りの感情を抑え、代わりに親の欲求を満たそうとするようになります。その結果、上記のような信念を持つようになるのです。
■「愛されるためには私が努力するしかない」
②不安定―執着型 「愛情を得るために奮闘しなければ」
この愛着スタイルの信念は「私はダメだけど、他者は良くて、私よりも優れている。だから私は、愛情を得るために奮闘しなければいけない」です。
この愛着スタイルは、子どもが親の行動を予想できない場合に形成されることがあります。親が気まぐれで、子どもは親の機嫌に翻弄されているような場合です。
例を挙げてみましょう。母親が子どもの遊びにつき合っているときに、突然「そうだわ、○○さんに連絡を取らなくては」と思い立ち、子どもの遊びを中断させました。でも、子どもは母親のそばに寄ってきて、相手をしてもらいたがっています。母親はそれを邪魔に思い、子どもを追い払います。すると、子どもは母親のこの矛盾した行動を理解できず、それゆえに「私がいけないんだ」と思い、母親からまた追い払われないように自分が何とかしなければと必死になるのです。
この愛着スタイルを持つ大人は、「自分は他者の愛情なしでは生きられない」と感じているために、結びつきを非常に求めています。さらに「他者の愛情を得るためには努力しなければいけない」とも思っているので、周囲の人に過剰に合わせ、好かれて認められるようにいろいろと頑張ります。
■嫉妬深く、不幸な恋愛関係に陥りやすい
「回避型」は、自分だけを頼りにしたがりますが、「執着型」は、人間関係の中に自分の拠りどころを見出します。執着型にとって、独りは大きな孤独感を引き起こし、結びつきは、安心感を与えてくれるのです。
それゆえに恋愛関係となると、相手にしがみついて激しく嫉妬する傾向があります。見捨てられるのは、執着型にとって「私はダメだ」という信念を再認識する大惨事なのです。だから、執着型が不幸な恋愛関係に陥りやすいことは、誰にでも容易に想像できるでしょう。
そして執着型は、パートナーから思いやりのない態度をとられると、それを自分のせいにしていきます。幼少期に得た「私がいけないんだ」という信念が呼び起こされるのですが、とくに自分勝手なパートナーに対して、その信念が強まります。
なぜなら、パートナーの行動を自分のせいにすれば、「自分が変われば、パートナーとの関係が好転する」という期待を抱けるからです。そうしてパートナーを偉大なる愛の対象と見なし、その愛を必ず手に入れて、自分のコントロール下に置かなければいけないと考えるようになります。
しかし、このような人が本当に手に入れてコントロールしたいのは、パートナーではありません。自分自身の価値です。つまりパートナーに自己価値を投影しているのですが、執着型のほとんどがこのことに気づいていません。
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シュテファニー・シュタール
心理学者、心理療法士
約30年間の心理療法士、心理学者としての経験、および家庭裁判所鑑定人としての経験にもとづいて、「人とつながることに対する不安」「自己価値感」「内なる子ども」に関する数多くの書籍を執筆。わかりやすく読者の心に寄り添うように書かれた著書の多くがベストセラーになっている。膨大なカウンセリング経験と長年の研究から生み出された、心を改善する著者独自の手法は具体的かつ実践的であるため、専門家の間でも絶賛されている。ドイツのみならず他国でもセミナーを開催。専門家としてのテレビ、ラジオ出演、雑誌の寄稿も多数。
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(心理学者、心理療法士 シュテファニー・シュタール)