動画サブスクのトレンドにスポーツコンテンツが浮上している。かつては地上波テレビ局が独占していたが、流れが変わりつつある。
世界全体でスポーツ放映権料に費やされている金額は、640億ドル(約9兆2000億円)に上る。そのうち配信系はおおよそ125億ドル(約1兆8000億円)を見込む。放送局がスポーツ放映権を獲得する割合の方がまだ圧倒的に多いわけだが、配信系の伸びがここにきて目立つ。イギリスの調査会社アンペア・アナリシスによれば、配信系が費やすスポーツ放映権のシェア率は2021年の時点では8%程度だったが、右肩上がりに増えて2025年は20%に達するという。なぜスポーツコンテンツがテレビから配信へとシフトしているのか。理由の1つに財力が物を言わせている。
■最も高額の予算をかけているのはDAZN
配信系の中でスポーツ放映権料に最も高額の予算をかけているのはDAZNである。グローバルで展開するスポーツ専門プラットフォームゆえに当然だが、6月15日に開幕したFIFAクラブワールドカップとの契約料は10億ドル(約1440億円)とも言われ、ケタ違いの規模を投じている。ドイツ、イタリア、スペイン、フランスといった欧州の主要市場で今やスポーツ放映権への投資を牽引するポジションにある。
見逃せないのがNetflixやAmazonの動きだ。
実はYouTubeもスポーツライブ配信に本気だ。20億ドル(約2900億円)も投じてNFLサンデーチケットの単独放映権を獲得した。Apple TV+も既に乗り出し、巨大IT企業が運営する配信サービス間でスポーツ放映権を奪い合う状態だ。時価総額が数百兆円にも上る企業群によるこの争いは、テレビ局に入る隙を与えていないとも言える。
■マイク・タイソンの試合で新規45万人を獲得
では、なぜ配信系がスポーツ中継に参入しているのか。市場が成長期から早くも安定期に移り、コンテンツの投資計画を見直していることが背景にある。言うなれば、稼ぎ頭がドラマや映画だけでは限界があるということ。スポーツコンテンツも新たなユーザーを獲得する担い手になると判断したのだ。
Netflixは2024年のNFLクリスマスゲームをきっかけに加入者を大幅に獲得した。ハーフタイムショーでは歌手のビヨンセがパフォーマンスを行い、話題も集めた。デジタルアイの調査によると、2024年第4四半期の新規加入者のうち24万9000人が登録後に最初に視聴したコンテンツがNFLクリスマスゲームデーだったという。新規加入獲得に貢献したコンテンツにはボクシングのジェイク・ポール対マイク・タイソン戦もある。2024年11月に行われたこの注目試合のために世界で45万7000人がNetflixに新規加入したこともデジタルアイの調査でわかった。
■スポーツコンテンツは広告需要も高い
関心を集めやすいスポーツコンテンツは広告需要も高い。既存のサービスに広告付きプランを加え始めた配信系が増えているなか、広告ビジネスの観点からもスポーツライブ配信は押さえたいジャンルと言える。Netflixもご多分に漏れず広告事業を始め、ボクシングのジェイク・ポール対マイク・タイソン戦から広告展開を本格化させている。
Netflixの広告部門を統括するエイミー・ラインハルト氏は今年2月に来日した際に「世界にいるNetflix会員のうち1億800万人がリアルタイムでジェイク・ポール対マイク・タイソン戦を視聴し、期待以上の視聴者数を集めた」と話していた。
スポンサーに名乗りを上げたのはメタ社のVRヘッドセット「メタ・クエスト」やエナジードリンクの「セルシウス」など。これらクライアントから高い評価を得られたという。
同じジャンルのスポーツコンテンツを継続展開することによって、解約を引き止める役割にも期待できそうだ。新規加入の獲得に加えて、継続加入を促すことは飽和状態のサブスク動画市場全体の課題にあり、その施策としてもスポーツのライブ配信が着目されている。
■Prime Video日本の最大ピーク視聴数を記録
スポーツ興行のタイミングに合わせてライブ中継できるのも配信の強みにある。テレビであれば編成する枠の制限があり、年末特番といった扱いになりがちだ。それと比べて、配信系はレギュラー化しやすい。実際、Amazonは日本主導でボクシングのライブ配信の定着化を図っている。「Prime Video Boxing」と銘打つシリーズ第13弾の中継が6月8日に行われたところだ。東京・有明コロシアムを会場に、WBC王者の中谷潤人選手とIBF王者の西田凌佑選手による世界バンタム級王座統一戦や、ボクシング界でも着実にキャリアを重ねる元キックボクサーの那須川天心選手の試合などが組まれた。
「Prime Video Boxing」は既に人気シリーズと化し、井上尚弥選手が4団体統一王者として防衛に成功した2024年5月6日に東京ドームで行われた試合は日本のPrime Videoの中でこれまで最大のピーク視聴数を記録した。
プライムビデオジャパン監督マネージャーの大石圭介氏は「Amazonはお客様を第一に考え、お客様の利便性を高めることを目指している。
■ライト層を取り込む効果も?
ライト層を取り込む効果もあるのではないかと個人の体験から思うこともある。筆者は以前、ボクシングの試合結果を気にすることはなかったが、「Prime Video Boxing」シリーズがその意識を変えた。連続ドラマのシーズンを重ねるがごとく、「Prime Video Boxing」で試合観戦を繰り返すうちに個性が光る新世代のボクサーたちの勢いを実感できるようになった。
Prime Videoオリジナルの独占密着ドキュメンタリーは初心者にもわかりやすく、公式X「Prime Video Sport JP」に情報も集約されている。選手たちを入り口に興味・関心が広がり、理解が深まる手段は多い。個人的にはWBAバンタム級王者の堤聖也選手がそのきっかけを与えてくれた。井上尚弥選手の弟で同じくスター選手の井上拓真選手からWBA世界バンタム級王座を略奪した2024年10月の試合からすっかり虜だ。
これはあくまでも私的経験に過ぎないが、シリーズ展開することで恐らく新たなファンを形成しているはずだ。
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長谷川 朋子(はせがわ・ともこ)
テレビ業界ジャーナリスト
コラムニスト、放送ジャーナル社取締役、Tokyo Docs理事。1975年生まれ。ドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、国内外の映像コンテンツビジネスの仕組みなどの分野で記事を執筆。東洋経済オンラインやForbesなどで連載をもつ。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、番組審査員や業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。著書に『NETFLIX 戦略と流儀』(中公新書ラクレ)などがある。
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(テレビ業界ジャーナリスト 長谷川 朋子)