ビジネス資料づくりにAIツールが浸透しつつある。注意点はなにか。
著書『言葉の解像度を上げる』がヒット中の浅田すぐるさんは「AIを利用すれば作業効率は高まるだろう。だが、資料づくりを通じた“自分の思考の整理”までAIに明け渡してはいけない」という――。
■トヨタの地下倉庫で見つけた「手書きの資料」
今からちょうど20年前の2005年。
私は新卒でトヨタ自動車(以下、トヨタ)に入社した。半年間の新入社員研修を終えたあと、海外部門のマーケティング部署に配属された。
あるとき、担当案件の商流や経緯の確認のため、過去の書類を探し出してくる必要があった。地下の倉庫に潜り、発掘調査のような感覚で楽しんでいたときにふと目に入ったのが、1枚の「手書きの資料」だった。
自席に持ち帰りその資料を読んでいると、横からチラチラと覗き込んでくる人がいる。しばらくすると声をかけられた。
「わー懐かしい、その資料、私が清書したのよ」
■独自の書体「トヨタ文字」で清書
セリフの主は、1970年代からトヨタで働いている大先輩だった。70年代といえば、ワードも、エクセルも、パワーポイントも、それどころかパソコンもワープロもまだなかった時代だ。
いったいどのように資料を作成していたのか。

担当者は、まず手書きで資料を書く。その後、それを別途「(手書きで)清書する」担当がいて、清書にあたっては、なんと字体も統一されていたというのだ。
記憶が曖昧で正確な表現は忘れてしまったのだが、確か「トヨタ文字」「トヨタフォント」「トヨタ書体」といった言い回しをしていて、ひたすら驚愕したという感情だけは、今も思い出すことができる。
もし当時のことを知っている人がいたら、ぜひSNSでコメント付きで紹介するなどして教えてほしい。この記事では、いったん「トヨタ文字」で表記を固定して書き進めていく。
■小学生のプレゼン資料が美麗すぎた
私がトヨタに入社した2005年時点では、もうワード・エクセル・パワーポイントによる資料作成が当たり前の時代になっていた。「トヨタ文字」をマスターする研修は当然なかったし、倉庫から発掘することがなかったら、書体の存在自体を知らないまま働いていただろう。
しかし、「ロスト・テクノロジー」ならぬ「ロスト・スキル」「ロスト・ノウハウ」として、「資料の清書スキル」なるものが、確かに存在していた時代があったのだ。
もう1つ、資料作成にまつわるエピソードを共有したい。
私は今マレーシアに住んでいて、2人の子供(小学生)をインターナショナル・スクールに通わせている。先日、長男の授業参観があり、テーマは「旧石器時代」に関するプレゼンテーションだった。
発表スライドを見て、驚いた。
Canva(キャンバ)を使って作成されたそれは、正直、私が普段パワーポイントで作成しているものよりも美麗で、動画や写真も活用したリッチなつくりになっていた。
先生や息子いわく「すべて自分で作った」らしい。にわかには信じられなかった。
私が初めてパソコンでスライド資料を作ったのは、大学生になった2001年頃だ。あれから20年。今や、小学生が大人顔負けのプレゼン資料を、ゲーム感覚で作成できる時代になってしまった。
■ロスト・スキル化する資料作成技術
2つのエピソードが示唆するのは、次のような未来予測だ。
「今度は従来のワード、エクセル、パワーポイントによる資料作成力が、ロスト・スキルになる番なのではないか」
2005年当時、「トヨタ文字」の大先輩は、こうも仰っていた。
「まあ、今となっては、年賀状を書く時くらいしか役に立たないけどね」
あれから20年が経ち、今や、手書きで年賀状を書く習慣すら消滅しつつある。これまで磨き続けてきた資料作成スキルは、一体あと何年で無力化するのだろうか。
■「AIでたたき台→人間が清書」の功罪
さすがに何年後かまでは、具体的に断定などできない。それでも、素直に考えればやはりロストはしていくのだろう。
まして、ここのところの生成AIの発達スピードは凄まじいものがある。
私の主宰している社会人向けの学習コミュニティの受講者さんにも「最近はAIに資料のたたき台を作らせて、それを清書して資料を作っている」という人がいた。
そこで私は、こんな質問を投げかけてみた。
「その資料で上司に報告・連絡・相談して、うまく伝わっていますか?」
受講者さんの答えは、次のようなものだった。
「カンタンな報・連・相なら大丈夫です」

「ただ、厳しくツッコまれると、うまく答えられなくなる時もあります」

「そもそもAIに作らせた資料なので、ツッコミの答えもAIに聞いたりしています」
このやりとりを通じて、やはりツールの変化は急速に進んでいくのだろうと感じた。同時に、変わらないもの、いや、変わってはいけないものもクリアになった。
そして確信した。「自分がやってきたことは間違いではなかったのだな」と。
■“紙1枚”という「思考整理」法
2012年に独立して以来、私は「紙1枚」書くだけの仕事術を広めてきた。トヨタでは仕事の資料を「紙1枚」にまとめる文化があり、私はその本質を独自に体系化し、誰でも実践可能なビジネススキルに昇華させた。
そのカギは、「資料作成」法ではなく、「思考整理」法として「紙1枚」を活用していくことだ。私が伝えている「紙1枚」仕事術は、決して資料作成スキルではない。
思考整理の技術だ。
この点について、ずっと誤解され続けてきた。資料作成は、あくまでも思考整理という目的を達成するための手段に過ぎない。そう言い続けてきたし、著書にも繰り返し明記してきたが、今でも私のことを「資料作成」コンサルタントか何かだと勘違いして近づいてくる人がいる。
改めて明記しておきたい。「資料作成より思考整理」とは一体どういう意味なのか。
資料を「紙1枚」レベルにまとめるためには、当然ながら、あれもこれも記載するわけにはいかない。たとえば、業務改善に関するものであれば、課題の原因を5個も6個も書き連ねるのではなく、もっと根本的な、最も根底にある原因は何かと考え、考え抜いた先にたどり着いた「真因のみ」を資料に書く。だからこそ「紙1枚」に収めることができるわけだ。
この話の最大のポイントは、「紙1枚」に収めるために考え抜くのではなく、「紙1枚」という制約があるおかげで、「自身の担当業務について考え抜かざるを得なくなる」という点にある。
目的は「トコトン思考整理する=考え抜く」であって、この目的を達成できれば、資料作成自体は、別にどのようなスタイルであっても構わない。もちろんAIに作成させても何ら問題はなくて、好きなだけ活用すればいい。
これが私のスタンスだ。
■政治家の答弁が「響かない」シンプルな理由
AIを活用して資料作成すること自体は構わない。ただ、そのせいで、自身の担当業務について「トコトン思考整理する=考え抜く」プロセスを省いているのだとしたら、たとえ資料作成時間を数分に短縮できたとしても、業務遂行の役には立たないだろう。
自分が考え抜いたうえで、ジブンゴト化して話していない言葉は、相手には響かない。ヒトゴトのようにしか聞こえないからだ。官僚が作成した答弁資料を見ながら話している国会議員の映像を思い浮かべてもらえば、このことはすぐに納得してもらえると思う。
AIが作成した資料でヒトゴトのように報・連・相されても、聞き手は不安になるだけだ。心配になった相手は、あなたにいろいろとツッコミを入れて確認したくなって当然だ。
ところが、自分で考えてジブンゴト化できていない資料についてあれこれ聞かれても、適切な応答は難しい。かといって、「AIが作った資料なので、AIに聞いてみます……」などと言い出したら最後、もはやその人の仕事上の役割は何なのだろうか。
このあたりも、国会議員の答弁や応答を思い浮かべてもらえれば、「AI普及後の職場の景色」についての解像度が一気に上がるはずだ。
■自分、自分、自分
AIに「資料作成」を代行してもらうことは別に構わないが、AIに「思考整理」まで代行させてしまうのはマズい。

AIに「自分で考えるプロセス」まで手渡してしまうと、「自分の頭で」考えて、「自分なりに」まとめて、「自分らしい」言葉で表現することができない。
自分、自分、自分。
要するに、「当事者意識」をもって働くことも、「主体性を発揮」して仕事に臨むことも、「責任感」をもって業務を全うすることもできなくなってしまう。これが、今回考えてもらいたい最大のメッセージだ。
これまでは、資料作成を通じて当事者意識や責任感を醸成することができた。ジブンゴト化することができていた。
資料作成をAIが担うことで、これから資料作成の時間自体は一気に削れる。その効率化はいくらでもやればいい。
一方、思考整理の時間は削って良いのか。自業務への当事者意識や責任感が希薄になるレベルでこの時間を削ったら、ヒトゴトのような他責的な働き方しかできなくなってしまう。
そんな言葉で、果たして相手には伝わるのか。単なる情報伝達ならそれでも構わないかもしれないが、議論や説得、交渉が伴うようなコミュニケーションは、引き続き「トコトン考え抜いてジブンゴト化する力」が問われるだろう。
■AIに明け渡してはいけない能力
私自身は、トヨタにいた頃も独立してからも、資料作成やスライド作成の時間=思考整理の時間だった。このプロセスを経ないと、とても人前で責任をもって話すことができない。
一方で、既に考え抜くプロセスを終えたテーマや題材については、AIに資料のたたき台を作らせて、それをブラッシュアップする方が効率的だとも考えている。おそらくこれが、私にとっての当面のAIの使いどころになってくるだろう。
いずれにせよ、問われるのは自分なりに考え抜いていく力だ。ここをAIに明け渡したら、AIを使いこなす側であるはずの自分の考えや言葉、ひいては自分自身がロストしてしまいかねない。
AIを使いこなす側でいられるのか、AIに使われる側になってしまうのか。
その分岐点は、たとえAIの方が優れているのだとしても、「自分で考える」を手放さないことだ。

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浅田 すぐる(あさだ・すぐる)

「1枚」ワークス株式会社代表取締役、作家・社会人教育のプロフェッショナル

「1枚」アカデミアプリンシパル。動画学習コミュニティ「イチラボ」主宰。名古屋市出身。旭丘高校、立命館大学卒。在学時はカナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学留学。トヨタ自動車入社後、海外営業部門に従事。同社の「紙1枚」仕事術を修得・実践。米国勤務などを経験したのち、グロービスへの転職を経て、独立。現在は社会人教育のフィールドで、ビジネスパーソンの学習を支援。研修・講演・独自開講のスクール等、累計受講者数は10000名以上。独立当初から配信し続けているメールマガジンは通算1000号以上。読者数18000人超。

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(「1枚」ワークス株式会社代表取締役、作家・社会人教育のプロフェッショナル 浅田 すぐる)
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