※本稿は、林健太郎『チームが「まとまるリーダー」と「バラバラのリーダー」の習慣』(明日香出版社)の一部を再編集したものです。
■部下の「ミスの報告」は業務改善のチャンス
チームがまとまるリーダーは相手の目線で事情を聞き、
バラバラのリーダーは上から目線で責める。
職場における「聞く」の効用の中で、最も重要なものは2つあります。
1つ目は「自律性が高まる」という、部下側のメリットです。
「話していいんだ」という心理的安全性が高まると、部下は疑問点を正直に話します。疑問がひとつ解けるごとに、ひとつ成長するわけです。アイデアや提案も安心して発することができるので、自発性や能動性も備わります。
2つ目は「情報が集まる」という、リーダー側のメリットです。
部下の現状・課題・可能性・独自の視点。情報は多いほどありがたいものです。
ただし中には、嬉しくない情報もあります。典型例が「ミスの報告」です。
しかしこれも、長い目で見ればメリットになると考えてください。隠されてダメージが広がるよりずっといいですし、再発防止策を備えて共有すれば、業務全体の改善も図れます。
それには、最初の報告を聞いたあと、「さらに聞く」ことが必要となってきます。
そんな場面での残念な対応例がこちら。
「えっ、納期に間に合わない? ○○って指示したよね、そのほうが速いから。なのに△△でやったの? 勝手なやり方をするから失敗するんだよ」
こんな風に「聞く&話す」を混在させると「責める」になります。
■「小さな否定」も積みあがると信頼関係の崩壊につながる
しかもこの言い方、「上から目線」でもありますね。「ほ~ら、言う通りにしないから」と相手の判断や技量を否定しています。
このとき、上司は少なからず高揚感を得ています。責める行為は、「支配している自分」を感じられて気分がいいのです。
しかし同時に、相手との関係には少しずつ「ヒビ」が入っています。
あなたは間違っている、未熟だ、下手だ、迷惑だ……という否定のメッセージには、関係を少しずつ壊す作用があります。「小さな信頼」のまさに逆です。
「壺」をイメージしてください。否定するごとに、壺には小さなヒビが入ります。
1回や2回なら大丈夫。10回でも大丈夫。
100回でも、まだ大丈夫かも……。
でもあるとき、ガラガラと崩壊します。そして、決して元通りにはなりません。
これを防ぐには、マインドから変える必要アリ。そのポイントも、2つあります。
その1。「部下の仕事ぶりは未完成で、未熟である」という前提に立ちましょう。
「不十分で当然」と思っていれば、腹は立ちません。
■責めそうになった時は「~とも言い切れない」と考える
その2。「相手を1人の成熟した人間と信じて関わる」ことを意識しましょう。
「あれ? 今言ったことと違う!」と思いましたね? 大丈夫、矛盾はしていません。「仕事ぶり」は不十分でも、「人格」は完成されています。
その人格は、現時点では未熟な仕事を、改善させる力を持っています。
上司と部下は、「今」の技量に差はあれど、トータルで見れば2人とも成長過程です。対等な人間同士であり、互いに尊重し合うべき存在です。
このマインドで、部下の目線に立って、事情を聞きましょう。
おすすめの方法は、「とも言い切れない」と付け加えること。
先ほどの例で言うと、こうです。
「え、納期に間に合わない? ○○って指示したんだから、指示通りやればいいだけだろう……『とも言い切れない』」
あ、本当に言わなくていいですよ(笑)。責めそうになったとき、脳内で「とも言い切れない」を付け加えよう、という意味です。これにより、「部下にも事情があったはず」という想像力が生まれます。
本当に口に出すときは、こんな聞き方になるでしょう。
「間に合わない? そうか。何か○○ができない事情があったのかな、教えてくれる?」
「責める」が「聞く」に早変わりする裏ワザ、ぜひお試しを!
相手を否定しそうになったら
「とも言い切れない」と頭の中で付け加えよう。
■1回では覚えないのは当たり前
チームがまとまるリーダーは会話の回数を重ね、
バラバラのリーダーは1回で済ませようとする。
「1回しか言わないから、よく覚えろよ」と、昔のリーダーはよく言いました。
コーチングをしていても、世代が上の方ほど、「部下たちは何度言っても、全然理解しないんだよね~」と愚痴を言います。
そこで私が「何度言っていますか?」と聞くと、「まあ、2回くらいかな」。
それ、かなりシブチンです。
ケチを意味する、昭和期の言葉です。いわゆる死語でしょう。
彼らの価値観も、同じくらい古びています。
1回では覚えないのは当たり前。会話は、回数を重ねるのが当たり前です。
ある学説によると、人はまとまった情報を渡されたとき、全体の25%しか受け取れないのだそう。つまり単純計算では、4回言ってやっと100%になるわけです。
4回とは言わずとも、3回言えば、万全に近くなります。
それに基づいた、「RCRA」というフレームワークがあります。
①リクエスト(Request=お願い・指示)
②クラリファイ(Clarify=確認)
③リフレーズ(Rephrase=復唱)
④アクション(Action=行動)
■「育てたいなら、繰り返せ」を、心の標語に
この順番で、「夫に牛乳を買ってきてもらう」をやってみると、こうなります。
妻:ごめーん、牛乳買ってきてくれる?(①リクエスト)
夫:いいよ。いってきま~す。
妻:待って、本数とかどの牛乳とか、わかる?(②クラリファイ)
夫:あー……。
妻:○○牛乳じゃないと、あなたお腹ゴロゴロするでしょ。あれを2本ね。
夫:そっか、わかった。
妻:何を何本だっけ?(③リフレーズ)
夫:えっと、○○牛乳を2本。
妻:OK! ありがとうね、よろしく!(④アクションにつながる)
具体的な言葉回しはそれぞれの夫婦によって異なると思いますが、なんとなく流れはご理解いただけたかと思います。
そして、部下にはじめての仕事を任せる際も、同じ流れを意識しましょう。
「めんどくさ~」と思った方、いますよね? なんとなくお気持ちわかります。
その感情は受け止めつつ敢えてお伝えしたいこと。それは、この「繰り返し」こそが育成を成功させるカギだということ。
「育てたいなら、繰り返せ」を、心の標語にしてください。
1回の会話内で繰り返すだけでなく、会話そのものの回数も重ねましょう。
コーチングの世界では、会話を「連続体」と捉えます。
■後々の「ラク」を得るため、今「めんどくさ~」と思うことをする
1度目の会話を土台にして2度目、3度目。こうした連続性の中で理解度が高まる=育成ができる、という考え方です。
このときの理解は、右肩上がりの「直線状」ではなく、繰り返される中で「らせん状」に高まっていくイメージです。似た内容の会話を何度もしているようで、実は単純な繰り返しではなく、相手の中で、解像度は着々と上がっています。
ということは、1度目はRCRAでみっちり伝えても、2度目はもっとシンプルで済むかもしれません。いずれは、わざわざ指示しなくとも「来週の営業先の資料、揃えておきました!」と部下のほうから伝えてくれるようになるでしょう。
まさに、阿吽の呼吸です。
そのために、今、「めんどくさ~」と思うことをしましょう。
後々の「ラク」を得るための地道な繰り返しを、今日からはじめましょう。
会話を何度も重ねて、
部下の「らせん状の成長」を促そう。
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林 健太郎(はやし・けんたろう)
否定しない専門家/コーチ
2 万人以上を指導したコーチ。リーダー育成家。ナンバーツーエグゼクティブ・コーチ。一般社団法人国際コーチ連盟日本支部(当時)創設者。1973年、東京都生まれ。バンダイ、NTTコミュニケーションズなどに勤務後、エグゼクティブ・コーチングの草分け的存在であるアンソニー・クルカス氏との出会いを契機に、プロコーチを目指して海外修行に出る。帰国後、2010年にコーチとして独立。これまでに大手企業などで2万人以上のリーダーに指導してきた。否定しないコミュニケーション術をまとめた『否定しない習慣』(フォレスト出版)が14万部を超えるベストセラーになる。このほか『できる上司は会話が9割』『優れたリーダーは、なぜ「傾聴力」を磨くのか?』『できるリーダーになれる人は、どっち?』(いずれも三笠書房)、『いまを抜け出す「すごい問いかけ」』(青春出版社)など著書多数。
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(否定しない専門家/コーチ 林 健太郎)