がんを根治させるにはどうすればいいか。医師の江部康二さんは「5mmや1cmで早期発見したがんであっても、がん細胞が発生してから約10~20年が経過しているため、すでに転移しているか否かは運次第だ。
一方、発症しているがんに対しては、食事療法単独でがんを根治させるのは難しい。できるだけ早く『スーパー糖質制限食』を開始する必要がある」という――。
※本稿は、江部康二『75歳・超人的健康のヒミツ』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■高インスリンと発がんリスクの相関関係
本稿は、高インスリン血症と発がんリスクについてお話しします。
インスリンは、分泌されていないと生命の危険があります。
1921年にカナダの整形外科医フレデリック・バンティングと医学生チャールズ・ベストが、インスリンの抽出に初めて成功しました。
そして1922年に、当時14歳の1型糖尿病患者、レナード・トンプソン少年に初めてインスリンを注射し、血糖コントロールに成功しました。
1型糖尿病は、インスリンの登場までは、診断後平均余命6カ月の致命的な病気でしたが、インスリンにより生命を保つことが可能となったのです。
その後、インスリンを注射しておけば、糖質を摂取しても血糖値が上昇しないことが、徐々に周知されるようになりました。
その結果、正常人なみに糖質を摂っても、インスリンさえ打っておけばいいという流れとなっていき、米国における糖尿人の糖質摂取量は徐々に増えていきました。
しかし、近年、インスリンの弊害がいろいろ周知されるようになりました。
たとえば、高インスリン血症が発がんのリスクになることも明らかとなりました。

日本の論文と米国の論文を紹介します。
■インスリン注射をしている糖尿人はがんのリスクが1.9倍
《大腸がんリスク》
「Cペプタイド値が高い男性(高インスリン血症の男性)は、低い男性に比べ最大で3倍程度、大腸がんになりやすい」という疫学調査が、厚生労働省研究班により、2007年に発表され、論文として掲載されました(※1)。
これは日本の論文ですが、男性では高インスリン血症の発がんリスクが明白となりました。男性では、Cペプタイドの値の最も高いグループの大腸がんリスクは、最も低いグループの3.2倍で、値の高いグループほど、リスクがだんだん高くなる関連が見られました。
女性では、関連が見られませんでした。
《乳がんリスク》
2009年に『International Journal of Cancer』に掲載された米国の論文があります。
米国国立衛生研究所による、一般閉経女性を対象としたホルモン補充療法の大規模前向き臨床試験(WHI)から抽出した女性のうち、血糖値・インスリン値が基準値内の5450人を、平均8年間経過を見たところ、190人が乳がんを発症しました(※2)。
これによれば、閉経後の女性において、空腹時高インスリン血症は乳がんのリスクとなりましたが、高血糖は関連がなかったという結論です。
空腹時高インスリン血症ということは、米国の女性ですから、肥満によるインスリン抵抗性(すい臓からインスリンが血中に分泌されているにもかかわらず、インスリンに対する感受性が低下し、その作用が鈍くなり、インスリンが効きにくくなっている状態)がおおいに関連していると思います。インスリン抵抗性による高インスリン血症の米国女性に、乳がんリスクがあるということです。
空腹時高インスリン血症の日本女性は、それほどいないと思います。しかし日本女性でも、「肥満・インスリン抵抗性・高インスリン血症」のある人は、乳がんに要注意です。

高インスリン血症による発がんの機序(仕組み)には、インスリンが各種組織の成長因子であることが関わっているとされています。
動物実験では、高インスリン血症が、各種がん細胞の形成や増殖に関与するとの報告があります。
また、インスリン注射をしている糖尿人は、メトホルミン(商品名:メトグルコなど)で治療している糖尿人に比べて、がんのリスクが1.9倍というカナダの研究もありました(※3)。
ともあれ、高インスリン血症は、男性の大腸がん、女性の乳がんのリスクとなることは間違いないようです。
糖質を摂取すれば、食後血糖値は上昇し、高インスリン血症となります。つまり、糖質制限食なら、高インスリン血症を防ぐことができます。

※1……Int J Cancer. 2007 May 1;120(9 ):2007-12.

※2……Int J Cancer. 2009 Dec 1;125(11 ):2704-10.

※3……Diabetes Care February 2006 vol. 29 no.2 254-258.
■がんは早期診断でもすでに10年以上が経過
糖質制限食を始めることで、がんは予防が可能なのでしょうか。
がん細胞は人の身体の中で毎日、数百から数千個も発生していますが、通常は免疫細胞が排除してくれているので、がんを発症しません。
正常細胞ががん細胞に変わり、身体の免疫細胞が排除に失敗すると、がん細胞は徐々に成長を始めます。
じつは、1個のがん細胞が発生してから、画像診断的に発見可能な大きさになるまでには、かなり長い年月がかかります。
細胞分裂により1個が2個になり、2個が4個、4個が8個、そして16個、32個、64個と倍々で増加していきます。30回分裂を繰り返すと、約10億個に増え、重さは約1グラム、直径1cm程度になります。

細胞1個が0.01mmで、1cmになるのに10~20年かかります。
個体差やがんの種類によっても発育速度は異なりますが、がん細胞が生まれてから活発に成長するようになるまでには、長い期間がかかるのです。
しかし、がん細胞は成長するにしたがって、発育速度が速くなるとされています。
2倍の大きさになるには、たとえば早期胃がんでは数年(2~6年)、進行がんでは数カ月、転移した胃がんでは数週間とされています。
従来のがん検診では、腫瘍の大きさが1cm程度にならないと発見できませんでしたが、PET検査では、早期の5mm程度の大きさでの発見が可能です。
しかしながら、5mmや1cmで早期発見したがんということでも、がん細胞が発生してから、すでに約10~20年が経過していることとなります。
つまり早期発見ということでも、すでに転移しているか否かは、運次第なのです。
「食後高血糖」「血糖変動幅増大」「糖質摂取による過剰インスリン分泌」が、酸化ストレスとなり、がん発症リスクとなりますが、これらは「スーパー糖質制限食」で予防できます。
したがって、「スーパー糖質制限食」実践で、理論的には「生活習慣病によるがん」の発症予防が期待できます。
■「ケトン食」レベルの厳しい食事療法でもがんの根治は難しい
一方、すでに発症しているがんに対しては、スーパー糖質制限食でも、縮小させることは困難です。「ケトン食」レベルの厳しい食事療法が必要となりますが、それでも食事療法単独で、がんを根治させるのは難しいと思います。
対策としては、がん細胞が発生する前に、間に合ううちに、できるだけ早く「スーパー糖質制限食」を開始して、予防を期待するということになるでしょうか。

糖尿人はがんになりやすいことは、よく知られていますが、先にも紹介したとおり、国立がん研究センターの研究によると、糖尿病ではない人においても、HbA1cが高値であるほど、右肩上がりで、がんのリスクが増えることがわかっています。
糖尿人も正常人も、スーパー糖質制限食でがん予防が望ましいです。
私は2002年から、スーパー糖質制限食を実践しています。2025年1月現在で、23年間実践中です。2002年以降は、いわゆる「生活習慣病型のがん」の発生は、かなり予防できている可能性が高いです。
一方で、2001年より前に、すでに原初のがん細胞が発生していたとしたら、予防はできていないこととなります。まあ、足かけ24年が経過しているので、まず大丈夫だと思っています。

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江部 康二(えべ・こうじ)

医師

1950年京都府生まれ。高雄病院(京都市)理事長。日本糖質制限医療推進協会代表理事。74年京都大学医学部卒業。京都大学胸部疾患研究所を経て、78年から高雄病院に勤務。
2001年から「糖質制限食」による糖尿病治療に取り組む。02年、自らの糖尿病発症を機にさらに研究に力を注ぎ、「糖質制限食」の体系を確立。05年『主食を抜けば糖尿病は良くなる!』(東洋経済新報社)で話題となり、以降、糖質制限のパイオニアとして活躍中。

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(医師 江部 康二)
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