コメ価格が上がり、日本人の「米離れ」が加速しつつある。文教大学健康栄養学部の笠岡誠一教授(栄養管理学)は「多くの日本人は深刻なレベルでエネルギーと食物繊維が不足している。
この2つの不足を解消するのが、冷ましたご飯だ」という――。
■ご飯を抜くと、からだに何が起きる?
「ご飯を減らす、あるいはまったく食べないという糖質制限ブームがあります。当然量を減らせば摂取カロリーが減るので、体重は落ちます。しかし、人が活動するうえでエネルギーのもとになる炭水化物を摂らない、あるいは減らすことは、弊害を生むだけなのです」
笠岡教授は、開口一番、糖質制限に待ったをかけた。
弊害は、からだにさまざまな不調や機能低下として現れる。頭がボーっとして回らない、集中力が切れやすい、だるさや疲れを感じやすい、寝つきが悪い、さらには便秘や頭痛などの症状にも悩まされることになる。
からだのエネルギー不足を補うために、甘い菓子やスナック菓子の糖分を欲するようになり、かえって体重が増えるという負のループに陥る可能性もある。
■60年前の日本人は1日2合食べていた
「からだが活動するにはエネルギー源となる糖質が不可欠なのです。特に、摂取するエネルギーの約20%を消費するのが脳です。エネルギー不足の状態になると、脳が活動しなくなる。エネルギー不足を補おうと、まずは筋肉のタンパク質からエネルギーを補給するため、体重とともに全身の筋肉量もどんどん減っていく。また、骨も形成されにくくなるから、女性の場合は骨粗しょう症にもなりやすい。

やせた後に通常の食事に戻ると、エネルギーが足りない状態なので、入ってきたエネルギーを脂肪として蓄えようとして、今度は脂肪が増えていく。いわゆるリバウンドです。炭水化物を制限する糖質制限はこうした悪循環を生むのです」
糖質制限ブームに押された米離れの現状に、笠岡教授は「ご飯などの炭水化物は“ダイエット・健康の大敵”と誤解している人が多いのが気になる」と言う。
その傾向が顕著に表れているのが、米の消費量だ。パンやパスタといった主食の選択肢が増えていることなども関連しているだろうが、1962年のピーク時の1人1日約2合(324g)から半減している。その結果、1日のエネルギー摂取量が戦後直後のレベルまで減少していると、笠岡教授は話す。
「現在の日本人は、炭水化物不足による危機的なエネルギー不足に陥っているのです。脳もからだもうまく活動できないレベルです」
■炭水化物を食べない人は長生きできない
また、炭水化物は病気のリスクに影響することが分かってきた。
アメリカの疫学研究によると、炭水化物の摂取量が総カロリーの40%に達しない人たちは、死亡リスクが高まり寿命が短縮するという。炭水化物の摂取を大幅に減らすと、動脈硬化のリスクが高まり、心臓病による死亡率が50%近くも増加。さらに、ガンによる死亡率の増加、脳梗塞への影響もあると報告している。
名古屋大学大学院教授らの研究グループによる追跡調査でも、日本人の炭水化物の摂取量と死亡リスクとの関連を疫学調査した結果、男性では炭水化物が極端に少ない人、女性では炭水化物が極端に多い人で死亡リスクが高くなる傾向があると発表している。

■「からだに良い糖質」と「悪い糖質」がある
笠岡教授が懸念している「炭水化物をめぐる誤解」とは何なのか。
「ご飯やパン、麺類に含まれる糖質は、砂糖の“糖”の文字が入っているため、からだに悪いものと思っている人もいるかもしれませんが、むしろ、からだに“絶対に必要”なものです。毎日適量を食べなければ、人は健康にはなれないのです」
ご飯の糖質は、砂糖や果物、酒類とは構造上似て非なるものだ。
「お菓子やジュースに添加されている砂糖は、糖質の中で、摂取後すぐにからだに消化・吸収される『二糖類』に分類されます。血糖値が急激に上昇しやすく、肥満や糖尿病につながります。一方、ご飯の糖質はでんぷんと呼ばれ、ゆっくり時間をかけて消化・吸収される『多糖類』です。血糖値が緩やかに上昇するので、からだには負担が少ないのです」
米や麺類などの炭水化物は糖質ばかりが注目されるが、もう一つ忘れてはいけない成分が「食物繊維」だ。そもそも炭水化物は、消化しやすい糖質と消化しにくい食物繊維で構成されている。
食物繊維は、大腸まで届いて便通を良くしたり、腸内環境を整える働きを持つ。健康志向が高い人ほど、食物繊維を摂ろうと野菜をたくさん食べているだろう。しかし、日本人の食物繊維の摂取量は、エネルギーと同じく不足しているという。
「レタスやキャベツ、ホウレンソウといった葉物野菜の90%は水分で、ミネラルや食物繊維は残りの10%しかないのです。
野菜で食物繊維を摂ろうと思うと、かなりの量を食べる必要がありますが、実はご飯なら1日2、3膳で摂ることができます」
■食物繊維を摂るなら、野菜よりご飯
そもそも日本人は、伝統的に野菜より米から食物繊維を摂っていた、と笠岡教授。食物繊維量のうち10%が米由来で、全品目のなかで最多だったのだが、ご飯の摂取量が減少していくのに比例して、食物繊維の摂取量も年々低下しているという。
「食物繊維の1日の摂取目安量は18~21グラム以上ですが、現在の日本人の摂取量は平均14グラム程度です」
食物繊維不足の影響が顕著に表れるのが、排便量だ。笠岡教授によると、戦前の日本人の排便量は1日約400グラムでバナナ2、3本分。現在はその半分の約200グラムで、便秘に悩む人が増えている。
前述のアメリカの疫学研究によると、1日当たりの食物繊維の摂取基準量25~29グラムを上回ると、さまざまな生活習慣病のリスクが低下すると報告されている。
生活習慣病が増えているのは、食生活の影響で腸内環境が悪化していることも原因の一つかもしれない。
■ご飯を冷ますと「ハイパー食物繊維」が増加
食物繊維不足とエネルギー不足を解消するのに、ご飯を食べるのが効果的と言われても、実践するにはハードルが高い。朝食はパン党という人もいれば、昼食は時間がないからパスタやうどんでさっと済ます、夕食は帰りが遅いから抜くという人も多くいるはずだ。
そんなご飯を食べる習慣のない人に、おすすめの食べ方がある、と笠岡教授。「炊き立てご飯を冷ます」という簡単な方法で、2つの不足の解消に役立つという。
「ご飯を冷ますことで、『レジスタントスターチ(難消化性でんぷん)』という食物繊維と同じ働きをする成分が増えて、便秘解消などからだにとても良い作用があるのです。
お寿司やコンビニのおにぎりでもかまいません」
「レジスタントスターチ」とは、最近、食物繊維不足の救世主になると期待されているでんぷんの一種だ。
ご飯に限らず、じゃがいもや小麦などに含まれるでんぷんは通常、胃で分解されて小腸で消化・吸収され、エネルギー源になる。ところが、レジスタントスターチは、小腸では消化・吸収されず、大腸で腸内細菌のエサになって有用菌を増やし、腸内環境を整える働きをする。
しかも、海藻類などの水溶性食物繊維、穀類・豆類などの不溶性食物繊維では届かない、大腸の一番奥の直腸まで届くため、別名「ハイパー食物繊維」と呼ばれている。
■電子レンジで温めても効果は変わらない
宮城教育大学の研究によれば、炊き立てのご飯を冷蔵庫で24時間冷ますとレジスタントスターチが約1.8倍、室温で1時間冷ました場合でも約1.6倍に増えたという。
実際、笠岡教授は「ご飯が炊けたらしばらく炊飯器の蓋を開けて、水分を蒸発させてからラップに包んで冷凍している」とのこと。ご飯の水分を飛ばしたほうがレジスタントスターチが増える傾向があるので、ご飯を冷ますときはお茶碗に隙間ができるようにふんわりとラップをかけるのがコツ。夏場は傷みやすいので、早めに冷蔵庫で保存することをお忘れなく。
笠岡教授の実験によると、冷や飯や冷凍ご飯を電子レンジで温め直しても、レジスタントスターチの量に影響はなかったという。炊き立てのレジスタントスターチ量を100とすると、冷蔵保存後の温め直しが161程度、冷凍保存後の温め直しが124程度と、いずれも炊き立てよりも多い。ただし、パックご飯とレジスタントスターチの関係については未解明だ。
レジスタントスターチの効果を左右するもう一つの要素が、米の種類だ。

「古くからある在来種のササニシキは、現在主流のコシヒカリ系よりレジスタントスターチの含有量がより高いのです。もちもちして粘りの強いコシヒカリ系は人気ですが、栄養面で選ぶとしたら、ササニシキ系がおすすめです」
ササニシキ系の米はさっぱりした食感で、寿司屋が好んで使用しているが、残念ながら最近は生産量が減っていて、スーパーの売り場でもあまり見かけなくなっている。ササニシキ、その後継種の「日本晴れ」「東北194号」などのブランドがある。
「レジスタントスターチの食習慣が広まれば、ササニシキ系の米の復活もあるかもしれません」と、笠岡教授は期待を寄せている。
■目安は1日当たり「ご飯4膳」だが…
炭水化物は、摂りすぎも摂らなすぎも健康によくない。それでは、1日にどれくらい食べるのが「適量」なのか。
1日の食事によるエネルギー摂取量の割合は、炭水化物50~60%、タンパク質10~20%、脂質20~30%が基準になっている(厚生労働省「日本人の食事摂取基準2025年度版」)。これは性別・年齢問わず、「理想的なバランス」だという。
厚生労働省の「食事バランスガイド」によると、デスクワークで運動をする習慣のない成人男性、デスクワークで散歩や軽い運動をする成人女性の場合、1日に摂るべき主食はご飯で計算すると「中盛りで4膳程度」になる。
■本当にお米は「割高」なのか
1日ご飯4膳とは、かなり食べ応えのある量だ。「こんなに食べられない」という人はどうすればいいか。
「無理に食べるとストレスになるので、その必要はありません。
ただ、このくらいしっかり摂っても構わないことは覚えておいてください。太るといけないと考えて、減らすほうが健康面で問題になります。1日1食、例えば、昼のお弁当に冷ましたご飯を食べるレジスタントスターチ食を取り入れれば、バランスのいい食事にすることができます」(笠岡教授)
健康のためとはいえ、昨今の米価格の高騰によって、家計を鑑みてご飯を控えたいと思う人もいるだろう。実際に、家庭の米の消費が減る傾向も出ている。
果たして、主食のなかで本当に米が割高なのか? 編集部が6月15日、都内の大手スーパーで主食の平均価格を調べてみたところ、図表4のようになった。麺類はいずれも具材を含まない「麺のみ」の値段だ。
■結局、コスパが良くて日本人に合う主食
こしひかり、あきたこまち、ゆめぴりかといった有名な国産銘柄米は5kg4000円台だったが、ブレンド米だと最安値は3480円だった。
主食のうち、最も安いのは食パンだが、腹持ち具合を加味すれば、ご飯に分があるのではないだろうか。ちなみに、5kg3000円まで下がると、ご飯1人分は45円と焼きそば1食とほぼ同じ価格になる。
「主食としてパン、うどん、パスタといろいろありますが、白米だけがそのまま熱を加えるだけで食べられる自然食といえます。うどんやパスタは塩、パンは砂糖や油などで加工された食品です。それに、でんぷんや食物繊維の割合は白米のほうが多い。
私たちは3000年以上前から米を食べてきて、遺伝子レベルで腸内にそれを分解する菌を保有している。日本人のからだに合うのはやはりご飯です。主食はご飯、とくに冷ましたご飯をおすすめします」(笠岡教授)

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笠岡 誠一(かさおか・せいいち)

文教大学 健康栄養学部教授

1967年、広島県生まれ。食品栄養学修士(東京農業大学)。博士(農学)(愛媛大学)。山之内製薬(現・アステラス製薬)健康科学研究所研究員、文教大学専任講師、アメリカ国立衛生研究所客員研究員を経て現職。専門分野は栄養生理学、食品化学。

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(文教大学 健康栄養学部教授 笠岡 誠一 聞き手・構成=ライター・中沢弘子)
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