日本の少子化が加速し、2024年の出生数は70万人を割った。評論家の白川司さんは「少子化対策というと、何の疑いもなく子育て世代への支援が採用されるが、そんな発想ではいつまで経っても少子化が緩和されることはない」という――。

■子育て世帯には恩恵を、独身世帯には負担を
「独身税」がスタートすることが話題になっている。
これは来年4月に始まる子ども・子育て支援金制度に基づくもので、国民1人あたり月額250~450円が医療保険に上乗せされて徴収されることを、揶揄的に表したものだ。
政府は全世帯的に連帯する仕組みと説明しているものの、恩恵は子育て世帯に、負担は「独身貴族」に集中する。いわば独身者をターゲットにした隠れ増税である。
「独身税」という表現に対して、三原じゅん子こども政策担当大臣は、子どもはやがて社会保障の担い手となり、独身者や子育てを終えた人たちも含めて全世代に恩恵があるのだから「独身税」と言い換えることは間違っていると反論している。
だが、この制度がそこまで俯瞰していいほどの影響力がある仕組みだとは思えない。独身者に対する負担が大きいこの制度で、「独身であることの罪」を感じる人たちが出てくるのは仕方がないだろう。
少子化について、このような「独身であることの罪」を感じている人は少なくないが、それは少子化の真の問題点がわかっていないことの証左である。その根拠を以下に考えていく。
■ついに出生数が「70万人割れ」
厚労省が6月4日に人口動態統計を発表した。2024年に生まれた子どもの数は、前年より4万1227人少ない68万6061人で、初めて70万人を割り込んだ。過去最少の更新は9年連続である。

出生数が減少することは予想されていたが、衝撃的だったのは、合計特殊出生率が前年比0.05ポイント減で1.15だったことである。
「合計特殊出生率」とは、一人の女性が一生のうちに平均して何人の子どもを産むかを示した指標である。「合計」とついているのは、「すべての年齢層を平均して」という意味を与えるためである。なお、ある特定の年齢層を見る場合は、「合計」をつけず「特殊出生率」とだけ呼ぶ。
子どもは夫婦2人で産むことが想定される。合計特殊出生率が1.15というのは、「2人で1.1人の子どもしか生まれていない」ということを意味する。人口を維持するのに必要な合計特殊出生率は2.1から2.2と言われており、その半分近くまで落ち込んでいる。かなり深刻な数字だといわざるをえない。
■問題は「出産率」ではなく「婚姻率」
日本政府や地方自治体は少子化対策として、子育て世代や子育てそのものに対する支援を充実させようとしているが、果たしてそれは適切なのだろうか。
1980年代から現在までの完結出生児数(結婚15年以上の夫婦が持つ子の平均)の推移を見ると、興味深いことがわかる。
1980年の完結出生児数=2.16人

2015年の完結出生児数=1.94人

2021年の完結出生児数=1.90人
※国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査(夫婦調査)」(2021年)より

結婚している夫婦における子ども数の平均は漸進的に減っているものの、深刻な少子化をもたらすほどの大きな動きではない。平たく言うと、「結婚したら2人程度の子どもを産む」という状態は続いているのである。

ここからわかるのは、深刻化している少子化の原因は、結婚したカップルが子どもを産まなくなったことではなく、結婚するカップル自体が減っている(あるいは、晩婚化が進んでいる)ことに起因するということである。
日本における少子化対策を考える場合、「いかに子どもを産んでもらうか」ではなく、「いかに若者に結婚してもらうか」に力を入れなければならないのである。
子育て支援を充実させ、子育て世代を支援することが重要な政策であることを否定するつもりはないが、少子化について根本的な対策をとるためには「いかに若者に結婚してもらうか」に注力しなければならないだろう。
■結婚・出産が義務ではなくなった
先進国で非婚化や晩婚化が進んでいる要因として、従来の「結婚して当たり前」という伝統的な価値観が崩れてきたことが挙げられる。個人の選択を尊重するのが当たり前になっている社会では、「結婚は選択肢の一つ」でしかなく、結婚も出産も義務ではなくなっている。
また、先進国の中でも特に都市部では、女性が働きやすい環境が整っていることは都市部への若年女性の流入を進め、かつ晩婚化を進めやすいと考えられる。
ただし、これらは先進国に共通する傾向であり、「なぜ日本で少子化が先鋭化したのか」の説明にはならない。
■既婚・未婚を分ける「年収300万円の壁」
日本で少子化が先鋭化したのは、1990年代後半から続くデフレ不況が長期化したことが影響している。
就職氷河期に社会に出た世代いわゆるロスジェネ世代(1970年代生まれ)の男性の生涯未婚率(50歳時点で一度も結婚したことがない人の割合)は25%を超えている。
1965年生まれの男性は約15%だったことを考えると、わずか5~10年で大きく上昇したことがわかる。ちなみに、2020年の生涯未婚率は、男性が28.3%、女性が17.8%となっている。
先進国の中で、日本ほど長期にわたり経済が停滞した国はなく、日本の少子化が特に先鋭化したのは当然だと言うべきだろう。

実際、内閣府「結婚と家族をめぐる基礎データ」を見ると、年収が300万円を超えるかどうかで既婚率が大きく変わることが見て取れる。20~30歳代では、年収300万円未満だと既婚率10%以下であり、年収300万円以上になると25~40%程度へ急上昇する。
「独身と既婚男性に年収の差はあるのか?」という調査では、独身男性の平均年収が377万円なのに対して、既婚男性の平均年収は506万円とかなり開きがある。
少子化を止めるには、国を経済成長させ、若年層の実質賃金を上げることが必須である。若者が夢を見られないような国のままで、少子化が止まるはずもない。
■韓国の「出生率0.75」の衝撃
近年は、韓国の少子化の酷さが日本でも話題になっている。韓国の2024年の合計特殊出生率は0.75という驚異的な低さである。
韓国の場合は、1997年の通貨危機を契機に、社会全体が「国の形が変わる」と言えるほど大きく変化したことが要因として挙げられる。
通貨危機前の合計特殊出生率は1.5だったが、2000年には1.3まで急落している。韓国では通貨危機以降、苛烈な財政緊縮や受験戦争の激化などにより、社会全体が競争的になり、非正規雇用が増えて晩婚化が進んだと考えられている。
このように、日本のバブル崩壊と韓国の通貨危機は、それぞれの国の少子化を加速させる点で共通する側面がある。
一方、欧米諸国も少子化は着実に進んでいるが、アジアほど急激な少子化は見られない。
その主な理由は、移民を積極的に受け入れていることだろう。
たとえば、アメリカの2024年の合計特殊出生率は1.63で、日本よりは高いものの、少子化が進んでいるのは確かである。
とくにヒスパニック系は出生率が高いため、白人だけを見れば少子化がかなり進んでいる可能性がある。
■コロナ禍が日本人にもたらした変化
2024年の日本の合計特殊出生率が1.15と非常に低かったのはコロナ禍の影響が大きかったことは間違いない。ただし、コロナ禍は世界的な現象であり、すべての国が影響を受けている点にも留意すべきだろう。
アメリカではパンデミック初期に出生率が1.71から1.64と急落(前年比4%減)したが、経済支援や在宅勤務の普及により、2021年には1.66と予想外の回復が見られた。ヨーロッパでも出生率は一時的に減少し、特にイタリア、スペイン、ギリシャといった経済基盤の弱い南欧諸国で顕著だった。
もっとも大きな影響を受けたのは、韓国・日本・中国といったアジア諸国である。たとえば強権的な行動制限を繰り返してきた中国では、2020年に出生数が前年比で15%減少し、2022年には合計特殊出生率が1.09と記録的な低水準にまで落ち込んだ。
日本がここまでコロナの影響を受けた背景には、すでにデフレによって晩婚化・非婚化が進行していたこと、そしてコロナそのものを過度に恐れた人が多く、出産に対する不安が増幅されたことが挙げられる。
また、日本人の国民性として対面での出会いを重視している人が多いことも影響していると考えられる。職場での出会いや合コン、友人からの紹介などが交際・結婚への主なきっかけであったにもかかわらず、コロナ禍によってそれらの機会が奪われてしまった。

オンラインでの出会いでは関係が深まりにくいため、コロナ禍の行動制限が日本人の少子化を悪化させたのは間違いないだろう。
一方で、アメリカやフランスでは、コロナ以前からマッチングアプリなどが普及しており、対面の制限があっても恋愛関係を築く人が多かったようである。
また、アメリカ人の約4割、フランス人の約6割が「非婚出産」しているのに対し、日本では数%しかない。
このような価値観の違いも、コロナ禍による出生率への影響に差が出た大きな要因だろう。
■住宅ローン控除を使える人、使えない人
最後に、少子化と密接に関わる住宅ローン控除と住宅事情の問題について触れておきたい。
住宅ローン控除とは、住宅ローンを組んだ場合に、年末残高の0.7%(2022年改正以降)を最大13年間、所得税・住民税から控除できるという制度である。
問題は住宅ローン控除を利用するには、年収がある程度(目安として300万円以上)あり、安定した雇用が必要となる。言い換えると、結婚や出産に不安を感じている若年層や非正規雇用者は、制度の恩恵を受けにくいことになる。
■「2人以上産もう」と思わせない制度
しかも、控除額は年収が高いほど大きくなるため、「結婚していて、共働きで、子どもがいない高所得層」が最も得をする構造である。現在の住宅ローン控除は少子化対策としては機能していないと考えられる。
さらに問題なのが、住宅の広さに関する条件である。原則として床面積が50平米以上である(特例で所得1000万円以下の人には40平米以上でも控除が認められる)。

そのため、都市部では資産価値の最大化を狙って、40~50平米のぎりぎりの広さのマンションが多くなる。その広さでは、子どもを1人持つのがやっとで、2人以上持とうという気持ちにはなりにくい。
都市部での少子化が進んでいるが、その背景に住宅事情の悪さが影響していると考えれば、この40~50平米以上という条件が、少子化を悪化させている可能性がある。少子化対策に利用するのであれば、郊外の広めの住宅を購入したほうが控除が大きくなるような制度設計にすべきだろう。
ちなみに、フランスでは住宅の広さに関する要件はなく、子どもの数に応じた住宅手当が支給される。また、アメリカでは、住宅ローンの利子に対する控除がある。
日本の住宅政策についても抜本的な発想の転換がなければ、特に都市部の少子化はさらに深刻化していくと考えられる。
■「独身である罪」を抱かせない政策を
以上のように、日本の少子化については複合的な要因が存在する。少子化対策というと、何の疑いもなく子育て支援が採用されるが、そんな発想ではいつまで経っても、日本の少子化が緩和されることはないだろう。
本気で少子化を解決したいのなら、若年層の婚姻率を上げることにもっと注力すべきなのだ。少子化対策において「独身である罪」を意識されるのは逆効果であり、むしろ少子化を緩和するためにも若年層の収入を上げることが必要である。
政府や自治体は、これまでの子育てベースの発想ではなく、若年層に関わる制度設計を抜本的に改め、独身の若年世代が出会いやすく結婚しやすい環境を整えることを最優先にすべきだ。
また、根本的には日本の経済状況を向上されることが必要である。そういう意味で、経済成長こそが少子化の最大の特効薬と言えるのかもしれない。

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白川 司(しらかわ・つかさ)

評論家・千代田区議会議員

国際政治からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。『月刊WiLL』にて「Non-Fake News」を連載、YouTubeチャンネル「デイリーWiLL」のレギュラーコメンテーター。メルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評。著書に『14歳からのアイドル論』(青林堂)、『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック)ほか。

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(評論家・千代田区議会議員 白川 司)
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