いま“英語学習本”がブームと言えるほど活況を呈している。リアル書店やネット書店のベストセラーランキングでも、小説やビジネス書の話題作に並んで、英語関連の書籍が複数ランクインしている。
都内屈指の大型書店であるジュンク堂書店 池袋本店の語学書担当の神山葉氏は、「20年以上、語学書コーナーを見てきたが、これほど英語本が話題になった経験は記憶にない」という。
■Amazonランキング100位中、約15冊は語学書
いま“英語学習本”が活況を呈している。
ネット書店最大手Amazonの本の売れ筋ランキングを見ると、トップ100のなかに英語学習本が常時10~15冊ほどランクインしている。1つのジャンルの書籍がランキングの15%近くを占めるのは、かなり異例のことだろう。
今年発売したものを見ても、2025年3月に発売された『英語が日本語みたいに出てくる頭のつくり方』(日本実業出版社)はすでに6万部を超えており、同じ3月に発売された『見るだけでわかる‼ 英語ピクト図鑑』(プレジデント社)は10万部を突破しているという。
TOEICや英検、IELTSなどの資格試験対策の定番本から中高生向けの学習参考書、さらにビジネスパーソンのスキルアップやシニア層の学び直しを意識した“より効果的な学習方法”を提示した本まで、多種多彩な英語学習本が、書店はもとよりSNSやメディアでも継続して話題にのぼっている。
なぜいま英語学習本が、「ブーム」と言えるほど“売れ行き好調”なのか。
都内屈指の大型書店の1つであるジュンク堂書店 池袋本店でも、書店の顔とも言える「総合ランキング」において、ベスト10の中に『英語ピクト図鑑』や『TOEIC L&R TEST 出る単特急金のフレーズ』(朝日新聞出版)が名を連ねている。
同店で語学書担当として現場である売り場から英語学習本を見続けてきた神山葉氏に、近年の傾向や変遷を聞いた。
■“語学書のプロ”が振り返る英語学習本の30年
神山氏は2002年に入社して以来、語学書担当歴20年超で、丸善ジュンク堂書店チェーンの語学書アドバイザーも担う、まさに“語学書のプロ”だ。
神山氏によれば、近年の英語学習本が活況の背景として、「多彩な出版社の参入による英語本の多様化や、読者の成熟化に合わせた中上級者向け本の充実、そして学び直し需要を捉えた本の台頭」などがあるという。
同氏はこう続ける。

「令和時代、具体的には2020年代に入ってからの話題書やトレンドは、平成(1990年代)時代からの動きを見ていかないと正しく捉えることができないかもしれません」
そこで本稿では、1990年代、2000年代、2010年代の英語本の変遷をひも解いたうえで、いま起きている英語本ブームの内実に迫ってみたい。
■「速読英単語」や「DUO」シリーズが出版された1990年代
1990年代は、英語試験対策が顕在化し、音声教材が登場してきたタイミングである。暗記一辺倒だった受験英語から、「実際に使う」ための英語が意識されはじめた過渡期でもある。
パソコンの登場も少なくない影響があっただろうが、それ以上に就職氷河期という社会的な背景が関わってくる。英語試験対策の顕在化は、激化する就職や転職活動のなかで、TOEICスコアを重視する企業が増加したことと比例するからだ。
この時代にヒットした英語学習本の代表作には、1992年に初版が出版された「速読英単語」(Z会)や「DUO」(アイシーピー)シリーズなどが挙げられる。いずれも、現在までつづくロングセラーになっている。神山氏はこう続ける。
「これまでの英語学習本は、『定番本が長く売れ続ける』というのが定石で、語学コーナーの売上を支えてきました。“速単”やDUOシリーズのなかでも、特に2000年に出た『DUO3.0』は、その代表格とも言えると思います」
■「使える英語」と「効率性」が重視された2000年代
2000年代に入ると、経済のグローバル化とともに、TOEICスコアを昇進や海外赴任の要件にする企業が増えたことも後押しし、いかに高スコアを獲得するかという点に重きを置く英語学習者が増えていく。それと同時に「効率よく学ぶ」ことと、「使える英語」を重視する傾向がより加速していった。
この時代の特徴を表した本として、「忙しい社会人が短時間で継続的に英語を身につけるための本として売れたのだと思う」と神山氏が分析する『英語で日記を書いてみる』や『どんどん話すための瞬間英作文トレーニング』(ベレ出版)だ。

特に「書く」という需要はその後も根強く残っている。2018年には「シニア層にも受けた」という『英文法授業ノート』(ぺりかん社)や、2020年に話題となった『英語日記BOY』(左右社)などにもつながっていった。
さらに、2012年になるが、現在でもつねに英語本のベストセラーに名を連ねる“金フレ”こと『TOEIC L&R TEST 出る単特急金のフレーズ』も出ている。ちなみに著者のTEX加藤氏は、著書の累計が500万部を突破したと同氏のSNSに投稿している。
■スマホやSNSの普及が英語本に及ぼした影響
少し年代が前後するが、2010年代に入ると、SNSの影響が爆発的に広がり、スマートフォンやタブレットを用いたYouTubeなどの各種サービス・アプリによる学習が一般化した。
「語学書はこのような社会状況の影響を受けやすく、紙の書籍の需要低下を危惧した時期です。ただ、意外にも本の売上は底堅く続いていきました。スマホやSNSのおかげで、英語学習へのハードルが下がったのかもしれません。実際、この頃から“やり直し英語”のブームが拡大したと感じています」
この時代に発売されていまも売れているのが、いずれも2011年に発売された『中学英語をもう一度ひとつひとつわかりやすく』(学習研究社)や『一億人の英文法』(ナガセ)だ。どちらも“学び直し需要”を牽引してロングセラーとなった定番本だ。
また、2018年に出版され35万部超えのベストセラーとなったのが、『英単語の語源図鑑』(かんき出版)だ。同書や、「中田敦彦のYouTube大学」でも紹介された2017年刊『海外ドラマはたった350の単語でできている』(西東社)は、先述した『英語ピクト図鑑』や『ラテン語でわかる英単語』(ジャパンタイムズ出版)といった、英語を感覚的に学ぶ本の“走り”と言えるかもしれない。

2010年代のトピックとして、もうひとつ忘れてはならないのは、大学受験で「英検」を筆頭にした外部検定試験(英検、TOEIC、TOEFL、IELTS、TEAP、ケンブリッジ英検など)活用の始まりだ。
先にも挙げたTOEIC関連の書籍群もあてはまるが、旺文社の英検対策シリーズなどの定番が、少子化にもかかわらず根強く売れ続けているのは、この「外検制度」と切り離しては考えられない。
■コロナ禍に高まった「リスキリング熱」
2019年に始まった令和の時代、そして2020年代は、コロナ禍やAI技術の進展が大きな社会変容を強いてきたと言える。そのなかで「自己投資やリスキリングへの意識が高まった」と神山氏は指摘する。
特に、政府主導の教育訓練給付金制度も含めたリスキリングへの社会的な後押しは、2010年代に引き続き、「英語の学び直し」需要を喚起してきたことに加え、「もう一歩先へ進みたいという読者の増加につながっているのではないか」と神山氏は分析する。
2020年は先述の『英文法授業ノート』に加え、440ページという厚さの『英文法の鬼100則』(明日香出版社)が売れたという。
2021年は『読まずにわかる こあら式英語のニュアンス図鑑』(KADOKAWA)や『ネイティブなら12歳までに覚える 80パターンで英語が止まらない!』(高橋書店)、2022年は大学入試対策であるポラリスシリーズで知られる関正生氏の900ページ超の大作、『真・英文法大全』(KADOKAWA)がベストセラーとなっている。
神山氏は2020年代の傾向として、「なんとなくわかればいい」という感覚に満足しない中上級者向けの本が目立ってきたと分析する。『英語リーディング教本』で知られる薬袋善郎氏の『基本文法から学ぶ英語リーディング教本』(研究社)もそれにあてはまる。
■猫のイラストを使った「ゆる系」「脱・文法」路線
その一方で、英語への苦手意識を解消するようなゆるい本や、脱・文法系の本も出てきている。
「この数年は語学書の多様化が進んでいる印象があります」
いくつかの出版社がリラックマやスヌーピーなど癒やし・キャラクター系の本を数多く出すようになった。
特徴的な猫のイラストで知られる『mofusandの英会話』(リベラル社)はその筆頭だ。

■英語本市場の3つのトレンド
直近の2024年から2025年にかけてはどのようなトレンドが見られるのだろうか。
「2025年の英語学習本市場では、実用性を重視した定番教材、先述の『80パターン』やYouTubeやアプリと併用して学習する『Jump-Start! 英語は39日でうまくなる!』(Linkage Club)が1つ。大人の学び直し需要に応える教材、『中学英語をもう一度』や『今からでも遅くない! 60代からの英語学び直し術』(プレジデント社)などが1つ。さらに、効果的な学習法を提案する書籍というジャンルも注目されています」
具体的には先述した『英語が日本語みたいに出てくる頭のつくり方』や『英語ピクト図鑑』、さらに『ChatGPT英語学習術 新AI時代の超独学スキルブック』(アルク出版)などがあるという。
神山氏は、「効果的な学習法を提案する本は、SNSやメディアとの相性がよく、取り上げられやすいことも追い風になっているかもしれません」と指摘する。
■総合ランキングに英語学習本が入る時代に
そのなかで、『英語ピクト図鑑』や『英語が日本語みたいに出てくる頭のつくり方』は語学書コーナーの枠を飛び出して売れ始めてきている。それは異例のことだという。
「ジュンク堂書店 池袋本店は8階に語学書・学習参考書があります。一方、最も目立ち、お店の顔ともいえる場所は、やはり1階の話題書や総合ベストセラーの棚です」
この1階で英語学習本を中長期的に並べてもらうためには、「売れそうだ」というデータを示したうえで、陳列したあとも定期的に売れ続ける必要があるという。
「先にあげた2冊を筆頭に、いくつかの本がそれを実現しています。英語ではありませんが、語学書としては2022年に『教養としての「ラテン語の授業」』(ダイヤモンド社)が同じような動きで、すごく売れたという記憶があります」
また、TOEICや英検対策の定番も引き続き根強い人気があり、「幅広い学習者層に支持されている」という。
さらに2025年は478大学と過去最大となった外部検定利用入試の影響から、英検上位級の学習需要の高まりや、2020年から始まった小学校での英語教育の必修化による、英検4~5級への需要も大きくなっている。

20~50代の昇進や転職、キャリアアップにも活用できる実践的な英語を身につけたいという需要や、シニア層の学び直し意欲もいまだ旺盛だ。
結果的に、冒頭でも書いたような、リアル書店でもネット書店でも、多彩な英語学習本が、いくつも上位に食い込むようなトレンドが2025年に生まれているのだ。

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遠藤 由次郎(えんどう・ゆうじろう)

書籍編集者・ライター

1985年生まれ。大学卒業後、ユーラシア大陸横断旅を経てビジネス系出版社で編集者に。2012年に独立後、様々なジャンルの書籍制作や出版レーベルの立ち上げなどに携わる。2021年~23年はオランダに在住。

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(書籍編集者・ライター 遠藤 由次郎)
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