日本では厳しく禁止されている大麻。だがアメリカでは、政府が「医療大麻」の使用拡大を後押しし、高齢者を中心に広がりを見せている。
その狙いはどこにあるのか。国際ジャーナリストの矢部武さんが現地をリポートする――。
■グミから鎮痛薬まで並ぶ大麻ショップ
米国では現在、嗜好用大麻は24州で、医療大麻は39州で合法化されているが、これらの州では一般の小売店と同じように大麻ショップが運営されている。嗜好用と医療用の両方が合法化されているカリフォルニア州では、人口約11万7000人のバークレー市に大麻ショップが4軒もある。
筆者は昨年10月に同市を訪れた際、そのうちの1軒の「Farmacy(ファーマシー)」を取材した。この店を選んだ理由については後述するが、まずは店内に並べられた様々な大麻製品について簡単に紹介しよう。
まず筆者の目に留まったのは大麻成分入りグミやクッキー、チョコレートバー、アイスクリームコーンなど多種多様な大麻食品である。
取材に応じてくれたマネージャーのグレッグ・ブラウン氏によれば、レモン味やブルーベリー味のカミノ・グミ(KIVA社)は20個入りで20ドル(約3000円)と値段も手頃で、若者からシニアまで幅広い層の顧客に人気だという。店の棚には他にALLSWELLやPLUSなどライバル会社のグミもたくさん並べられていた。
■医療目的の高いニーズ
大麻食品が一般の食品と異なるのは、個々の製品に1個あたりのTHCとCBD(主要な大麻成分)の含有量が表示されていることだ。たとえば、THC10mgのグミは10個入りで100mg、THC5mgのグミは20個入りで100mgという具合だが、特に気をつけなければならないのはTHCの含有量である。
THCには精神活性作用があり、リラックスできて気分が高まり、高揚感を得られるが、過剰に摂取すると、思考力や判断力が低下したり、混乱や不安に陥ったりする場合があるからだ。

一方、CBDには抗炎症・抗不安・鎮痛作用など強力な治療効果があり、心身への悪影響はほとんど報告されていないため、医療目的で使われることが多い。
来店する顧客はスタッフに嗜好用か医療用かの使用目的を告げ、医療用の場合は個々の病気や症状についてできるだけ詳しく伝え、それに合った製品を選んでもらうようにしているという。
また、摂取方法についてもよく知っておく必要がある。大麻食品の他に乾燥大麻を紙で巻いたジョイント(喫煙する)、葉っぱを熱して蒸発した成分を吸入するヴェポライザー(肺や気管支への影響が少ない)、大麻成分をエタノールなどに浸して作る液状のチンキ剤(舌下にたらす)、皮膚に塗るクリームや貼るパッチ、錠剤・丸薬などの摂取方法がある。ちなみに大麻食品は胃を通過して吸収されるので、喫煙するより効果を感じるまでに時間がかかるが、持続期間は比較的長い。
■顧客の約4割が55歳以上
ブラウン氏によれば、顧客の年齢層は幅広いが、最近は高齢者が増えて、55歳以上が全体の4割近くを占めている。彼らの多くは体の痛みや睡眠障害などを抱え、以前は処方薬を服用していたが、大麻製品の方が効くと思って店を訪れるようになったという。
59歳のブラウン氏の80代の母親も同年代の友人とともに膝の痛み止めクリームや睡眠改善のためにグミを使用しているという。
ブラウン氏自身は特に悪いところはいないが、リラックスするために大麻を使用していると話した。
「毎週金曜日の夜は、妻と一緒にTHCとCBD入りのクリームを体に塗っています。そうすると心が落ち着き、リラックスできて、すばらしい気分になり、1週間の仕事の疲れも取れます。それからぐっすり眠れて、快適に翌朝を迎えることができるのです」
■定年退職した校長が「医療大麻の伝道師」に
米国でも1990年代後半に州レベルの合法化が始まるまでは大麻の使用は長く禁止されていたため、高齢者の中には大麻に対して悪いイメージを持っている人も少なくない。
このような人たちの誤解を解き、大麻の医療効果や摂取方法などを伝えるための啓発活動を行っている高齢女性がいる。
現在76歳のスー・テイラーさんだが、実は彼女はFarmacyの共同オーナーでもある。
南部ルイジアナ州の保守的な家庭で生まれ育ち、カリフォルニア州オークランドのカトリック系中学校の校長を務めて定年退職した後、大麻に優れた医療効果があることを知り、高齢者を対象に啓発活動を始めたテイラーさんのユニークな経歴はメディアの関心を引いた。
CBSニュースやニューヨーク・タイムズなどの主要メディアが「ウィード(大麻を指す俗語)・レディ」、「カンナビス(大麻)・アンバサダー」などと呼び、彼女の活動ぶりを大きく取り上げた。筆者もそのニュースを見て、彼女の店を取材したいと思ったのである。
筆者が訪店した時は、テイラーさんはセミナーで他州出張中のため会えなかったが、電話で話すことができた。
彼女は全米各地の老人ホームや介護施設、高齢者支援センターなどを回っているが、セミナーでは大麻に対する誤解を解くことから始め、高齢者は他の年齢層よりも多くの病気にかかりやすいが、大麻はこれらの病気の治療によく効くこと、そして自分に合った大麻製品とその使い方を学ぶことの大切さなどを伝えるという。
■「麻薬密売者になろうとしているのか」
大麻への誤解については、実は彼女自身も以前は「ヘロインなどと同じように中毒性が高く、危険な薬物だ」と思っていたが、その認識を改めるきっかけとなる出来事があったという。
テイラーさんが定年退職した後、息子が大麻の良さについて語り、大麻ビジネスを始めたいと言い出した。彼女はそれを聞いて、「麻薬密売者になろうとしているのか」と驚き、必死にやめさせようとした。しかし、話をよく聞いてみると、彼は合法的な医療大麻のビジネスを通して医療・健康促進に貢献したいと考えていることがわかった。
そこで彼女は自ら医療大麻の有効性について徹底的に勉強した。
それからオークランドの大麻ショップで5年間働き、高齢の顧客が大麻を使って病気を治し、痛みを緩和しているのを目の当たりにしたという。
「車椅子から立ち上がれるようになり、歩行器なしで歩けるようになったのです。70代、80代、そして90代の人もいました。彼らにしたら、“医療大麻のおかげで、人生を取り戻した”という感じだったと思います」
医療大麻の有効性を確信したテイラーさんは、「啓発活動を行うことは自分の使命だと感じるようになった。理由はやはり、自分を含め高齢者は他の年齢層よりも病気や痛みを抱えやすく、医療大麻を強く必要としているからです」と話した。
そして彼女は2020年に退職金を投じて、息子と共同でFarmacyをオープンしたのである。
■高齢者施設でも使用者が増えている
テイラーさんがセミナーを行った高齢者施設の中には、サンフランシスコ近郊のウォールナットクリーク市にある退職者専用施設「ロスモア・リタイアメント・コミュニティ(RRC)」も含まれている。
そのRRCに約20年前から住んでいるレネー・リーさん(72歳)は15年くらい前、脳腫瘍と足の手術の後遺症による激しい痛みに苦しめられ、医師に処方されたオピオイド鎮痛薬を服用し始めた。しかし、オピオイドは吐き気や疲労感などの副作用がひどく、過剰摂取による死亡リスクも高い。
そのため心配になった彼女は、市内の大麻ショップで購入した乾燥大麻を1日数回吸ってみた。若い頃にサンタナやジャーニーなどのロックコンサートに行った時、大麻の回し飲みをやっていたので、吸うことに抵抗はなかったという。
すると、足の痛みが和らいで普通に歩けるようになり、夜もぐっすり眠れ、食事もおいしく摂れるようになった。
それからオピオイドの量を少しずつ減らし、最終的に医療大麻だけで生活できるようになった。そしてしばらく休んでいたセラピストの仕事も再開できたそうだ。
■処方薬の使用量を減らす効果
彼女は自身の経験をRRCの他の住民とシェアしたいと考え、数人の仲間と一緒に医療大麻について学ぶための「医療大麻教育支援サークル(MMESC)」を立ち上げた。毎月1回行う勉強会では医療大麻の研究者や医師、業界関係者などを招いて、その効能や摂取方法などについて話してもらうことにした。
最初は数十人程度だった参加者は、しばらくすると100人を超えるようになった。参加者の年齢は50代から90代と幅広く、多くは関節炎、認知症、緑内障、胃腸障害、睡眠障害、がんなどを抱えており、勉強会をきっかけに大麻を使い始める人も少なくないという。
様々な病気を抱える高齢者にとって問題は鎮痛薬などの副作用の懸念に加え、処方薬の使用量が多くなってしまうことだ。
CNNが2023年8月に放送した高齢者に焦点を当てた医療大麻ドキュメンタリー『ウィード7:シニアの瞬間』によれば、米国では65歳以上の高齢者の約30%は1日に5種類以上の処方薬を服用しているという。
この番組では医療大麻が処方薬の使用量を減らし、生活の質の向上に役立っていることについて、医師や研究者、患者などへのインタビューを含めて報じたが、それはRRCの勉強会でも示されていることである。
■米政権の後押し
薬物使用に関する連邦調査によると、大麻を使用する65歳以上の米国人の割合は、2009年の11%から2019年には32%と10年間でほぼ3倍に増えたことがわかった。このように高齢の大麻使用者が増え、州レベルの医療用と嗜好用の合法化が進む中で、バイデン政権下では連邦レベルの規制緩和の動きも進んだ。
2022年10月、バイデン大統領は「大麻の単純所持」で連邦法に違反し、有罪判決を受けた人全員に恩赦を与える決定を下した、その結果、彼らの犯罪記録は抹消され、雇用や住宅、教育などの機会の障壁が取り払われた。

大統領はこの決定にあたり、「誰も大麻を使用または所持しただけで、刑務所に入れられるべきではない」と述べ、加えて大麻をヘロインなどと並んで最も危険な薬物として分類している薬物規制法(CSA)の見直しを検討すると発表した。
具体的には大麻を乱用の可能性が高いとされる「1類」から、身体的・心理的依存の可能性が中等度から低い「3類」に変更するというものだ。
そして大統領の指示を受けて見直しに取り組んでいた司法省は2024年4月、CSAの分類を変更するように行政予算管理局(OMB)に勧告した。最終決定はOMBが下すというが、これが行われれば医療大麻は連邦法でも認められることになり、使用が大幅に拡大する可能性がある。
■酒と同じ嗜好品に
このような状況の中で、2024年5月には日常的に大麻を使用する人が飲酒者を上回ったとする報告書が発表された。
カーネギーメロン大学の研究チームが行った調査では、2022年の時点で。毎日、またはほぼ連日大麻を使用する人は推計1770万人に上り、同様の頻度で酒を飲む人(1470万)を初めて上回ったという(CBSニュース、2024年5月23日)。
この嗜好の変化を牽引しているのは若者の使用者だというが、大麻関連の情報調査会社ニュー・フロンティア・データ(NFD)の2022年の調査では、18歳から24歳の人のうち69%が「アルコールより大麻を好む」と回答している。
健康リスクの観点から言えば、両方に懸念(害)はある。過剰な飲酒は心臓病やがん、血圧上昇などのリスクを高めることが示され、大麻に関しては未成年者が使用すると、脳に損傷を受け、学習能力や記憶力、注意力が低下する可能性が指摘されている。
1つはっきり言えることは、大麻が酒と同じように嗜好品として受け入れられるようになった今、両方の健康リスクに注意を払わなければならないということだ。
■医療費削減への期待
一方で、医療大麻に関しては病気の治療に役立つだけでなく、医療費削減にもつながることがわかってきた。

2023年9月の国際薬物政策ジャーナル(JIDP)に掲載された研究調査によると、医療大麻を合法化した州では個人市場の民間医療保険(雇用主の支援ががなく、世帯で加入する)の保険料が大幅に削減されたと報告されたという。
この調査では2010年~2021年の州レベルの医療データの分析に基づき、医療大麻を合法化していない州と比較して、1世帯あたりの年間保険料が最大1663ドル(約25万円)削減されたことがわかった。ただし、医療大麻を合法化してから効果が表れるまでに7年かかるが、7年目に1663ドル、8年目に1543ドル、9年目に1626ドルと継続的に減少は見られたという。
保険料を含む医療費支出は米国の家計予算の16%~34%を占めており、これは家計にも助かるだろ。
保険料が減少する主な理由としては、医療大麻を使用することで精神疾患、慢性疼痛、吐き気などの治療の選択肢が広がること、薬物使用障害を治療するためのリハビリの必要性が減り、入院率が下がること、オピオイドなど中毒性の高い処方薬を医療大麻に置き換えることで薬剤費が削減されることなどが挙げられている。特にオピオイドに関しては中毒性や過剰摂取による死亡リスクが高いため、医療大麻が代替薬として注目されているのである。
米国の医療費は2022年に総額4兆5000億ドル(約675兆円)で、GDPの17.3%を占めているが、今後全米50州で医療大麻が合法化されればさらなる医療費削減につながる可能性はある。
それは高齢者の医療費増大によって財政状況が悪化している日本にもあてはまることではないか
■超高齢社会の日本、模索が始まった
65歳以上の高齢者の割合が29.1%(2023年)と世界で最も高い日本では、医療費支出の増大による財政悪化が深刻な問題になっている。
日本の医療費は2022年度に前年より4%増の46兆6967億円にのぼり、この統計を取り始めた1985年(約16兆円)の3倍近くに増えた。その大きな要因とされているのが、急速な高齢化であり、国民の医療費負担の約6割は65歳以上の高齢者によるものだという。
このような日本に求められているのは、高齢者に多い病気の治療に効果的とされる医療大麻を有効に活用することではないか。そのためには思い切った政策の転換が必要だが、実は、そのための日本政府の取り組みはすでに始まっているように思える。
2023年12月、75年ぶりに大麻取締法の改正案が国会で可決され、成立したが、内容は主に2つ。1つはこれまで禁止されていた大麻の所持に加えて、使用に関しても新たに「使用罪」を創設し、7年以下の懲役を科す条項を加えること。もう1つは大麻の医療目的の使用を一部認め、大麻成分で作られた難治性てんかん治療薬「エピディオレックス」を国内で使用できるようにするというものだ。
前者は世界的な大麻解禁の流れに逆行して、厳罰化を進めようとするもので問題があるが、後者に関しては1948年に大麻取締法が制定されて以来、初めて大麻の医療目的使用を認めるもので、筆者は評価している。
■大麻は「ダメ。ゼッタイ。」のままでいいのか
今後の課題は、使用できる大麻医薬品を増やしていけるかどうかである。
大麻成分で作った医薬品には他にもAIDS(後天性免疫不全症候群)による食欲不振と、化学療法による重度の吐き気についてFDAの承認を得ている「マリノール」や多発性硬化症の治療薬「サティベックス」などたくさんある。これらを含めて医療大麻の使用を拡大できれば、医療費削減につながる可能性はある。
日本はこれまで大麻を依存性の高い覚醒剤などと同じように「ダメ。ゼッタイ。」として厳しく禁止してきた。しかし、比較的依存性が低く、健康被害も少ないとされる大麻に関しては、医療用として有効活用することを考えてもよいのではないだろうか。

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矢部 武(やべ・たけし)

国際ジャーナリスト

1954年生まれ。埼玉県出身。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。人種差別、銃社会、麻薬など米国深部に潜むテーマを抉り出す一方、政治・社会問題などを比較文化的に分析し、解決策を探る。著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)、『大統領を裁く国 アメリカ』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)、『大麻解禁の真実』(宝島社)、『医療マリファナの奇跡』(亜紀書房)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)、『世界大麻経済戦争』(集英社新書)などがある。

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(国際ジャーナリスト 矢部 武)
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