※本稿は、菅原洋平『すぐやる! 「行動力」を高める“科学的な”方法』(文響社)の一部を再編集したものです。
■脳は他人を真似するようにできている
脳は無自覚に、「他人のしぐさ」を真似します。
あなたの周りに、すぐに作業に取りかからずに先延ばしした挙句、ギリギリになって周りの人の手を煩わせる人はいませんか?
もしもあなたが、その人のしぐさや作業の取り組み方を目にしているとしたら、あなたの脳は、それを密かに真似しようとしています。どんなに「この人のやり方はひどい」と思っていても、脳は勝手にその人の動作を学び、自分もそうしようとしてしまうのです。
脳には、他人の行動を見ただけで、自分がその行動をしているときと同じような状態になる性質があります。実際に行動するときと同じ部位の活動が多くなるのです。たとえばテレビでマラソンを見ているだけで、脳はあたかも自分が走っているかのように反応します。
■「すぐやらない」クセは周囲に伝染していく
まるで見た人の行動が脳の中の鏡に映っているような現象のため、これらの働きを担う神経群は「ミラーニューロン」と呼ばれています。
ミラーニューロンは、1992年にサルの脳でその存在が発見され、その後、ヒトにも存在することが明らかになりました。
たとえば、他人が「ものを握る」動作を観察すると、観察した人の脳内の、左下前頭回、上側頭溝、左縁上回、右小脳後部、右運動前野背側部、補足運動野吻側部が活動するという結果が得られています。これらの部位はものを握ったときの感覚やどのくらいの力で握るかという手の動きを司っています。
このように脳は無意識に他人を真似してしまうため、自分でも気づかないうちに周囲の人のしぐさや話し方、ログセが似てきます。ですから、「すぐやらない人」がいれば、それもまた周囲に伝染していき、チームや職場全体に「なんとなく先延ばしにする雰囲気」がつくられていくのです。
「すぐやらない」が伝染するのは、なんとしても避けたいですね。
もちろん、周りに「すぐやる人」がいればそれも伝染していくわけですが、残念ながら「すぐやらない人」のほうが伝染力は強いようです
それは、「すぐやる人」はさっさとその作業を済ませてしまうから。「すぐやらない人」のほうがそれに関わっている時間が長くなるために、いやでも「すぐやらない人」が視界に入ってしまう。それで、ミラーニューロンがより大きく反応してしまうのです。
■真似しているうちにコップを握れるようになった患者
ミラーニューロンの働きは、一時的なものにとどまりません。脳は、「見る」「聞く」「触る」という3つの入り口から情報を得て、体の動きとしてそれを表現しています。
たとえば、私が担当した患者さんで、脳に損傷を負ってコップがうまくつかめなくなった人がいました。その人に、「コップに手を伸ばして握ってください」と声をかけて、「聞く入り口」に働きかけても、手にコップを触らせて「触る入り口」を刺激しても、脳が損傷しているために、うまくつかめませんでした。
でもそのとき、私が横並びになり、実際にコップを握る動作をして、それを見て真似でもらうと、その人はコップを握ることができました。
■間違ったルートが強化されてしまうと何が起こるか
このように、脳は一部が損傷しても、別のルートで正しい体の動きにたどり着くことによって、失った動きが「回復」することがあります。この治療法を「モダリティ間促通法」といいます。
「モダリティ間促通法」は、リハビリテーションに限らず、ふだんの私たちの生活においても素晴らしい働きをします。しかし実は、このしくみがあるばかりにうまくいかないことも起こります。一度、あるルートが強化されて動きが修得されると、どの入り口からどんな情報が入っても、その動きが「回復」して、再現されてしまうことがあるのです。
手にした書類を移動した先々で置きっぱなしにして、大事な場面で取り出せなくなる人のしぐさを見続けていれば、あなたも「とりあえずそこに置く」という行動をするようになります。
あなたのしぐさそのものが、「すぐやらない人」に近づいていくわけですから、しだいにあなたの脳は、あなた自身のどんな行動からも「すぐやらない」を学ぶようになります。そうして脳に入ってくる情報の質が「すぐやらない人」に片寄ってしまうことで、いつしか、どんなことにも「すぐやらない人」のような反応をすることになります。ものの言い方や仕事の仕方まで似てきてしまうのです。
■同じ組織で働く人たちがどこか似てくる理由
配属替えや転職をしたあと、久しぶりに同僚と顔を合わせたときなどに、
「なんだか○○さんに似てきてるよ」
「雰囲気が変わったね」
などと言われたことはないでしょうか。これこそが、ミラーニューロンの働きで、意図せずに「モダリティ間促通法」が機能している典型例です。
ミラーニューロンの働きは、見ている相手のしぐさを、自分の脳の中で再現しています。それは、相手の動作を自分に置き換えることで、相手の意図や目的を理解しようとしている、といえます。
さらに最近は、ミラーニューロンによって、意図をくむばかりでなく、相手に共感したり相手の心の中を理解しようとしている、という見解もあります。あなたが今、所属している企業や周りにいる人の考え方や感じ方に染まっていくのも、ミラーニューロンの働きであるという捉え方です。
ミラーニューロンは、神経の無意識的、自動的な活動なので、その集団に染まりたくなくても、そこに所属し、その様子を目にする限りはやめることはできません。神経活動は、あなたが真似をしたい相手でも真似したくない相手でも、同じように働いてしまいます。
ですから、脳に真似させる相手を間違えないようにしましょう。あなたが真似をしたい人のしぐさが、自然に脳に映るような状況を、意図的につくるのです。
■脳の働きを「優秀な人」に近づけるひと工夫
まずは、自分の周囲にいる「すぐやらない人」が目に入らないようにすることが肝心です。たとえば席替えを希望するとか、「すぐやらない人」との間に視界を遮るようなものを置きましょう。もしチーム全体や周辺の皆が「すぐやらない」傾向にある場合は、できるだけ席を立って、脳に別の人を見せましょう。
そして反対に、あなたの周りに「すぐやる人」がいたら、その人が視界に入るように心がけましょう。
その際に、ちょっとしたポイントがあります。それは、先ほどのコップをうまくつかめなくなった患者さんへのリハビリテーション場面と同様に、真似をしたい相手と同じ方向を向き、横並びの状態になることです。
対面で人を見たときに、脳はその人の画像を反転させなければいけません。脳の中でいったん知覚された画像を反転することを、「メンタルローテーション」と呼びます。
■なぜ同じ向きで話すと親密になれるのか
この「メンタルローテーション」は、ふだんはごく自然に行っているので、ささいなことのように感じられるかもしれません。しかしこれも、脳にとっては立派な課題です。
たとえばデスクに置いてあるコップを頭の中で想像してみてください。それを、想像だけで下から見てみる。すると円柱形に見えていたコップは丸に見えるようになりますね。リアルに思い描こうとすると、案外難しいと思います。
この難易度の高いメンタルローテーションを使わなくても済めば、「すぐやる人」のしぐさは、より真似しやすくなります。
対面でいるときよりも、一緒の方向に歩いていたり車に同乗しているときのほうが会話が弾みやすい、相手と親密になりやすい。つまり、相手の影響を受けやすくなるのも、実は、メンタルローテーションの負荷のあるなしが関係しています。
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菅原 洋平(すがわら・ようへい)
作業療法士、ユークロニア株式会社代表
1978年、青森県生まれ。国際医療福祉大学卒業後、作業療法士免許取得。民間病院精神科勤務後、国立病院機構にて脳のリハビリテーションに従事。現在、ベスリクリニック(東京都千代田区)で外来を担当。著書に、13万部を突破した『あなたの人生を変える睡眠の法則』(自由国民社)など多数。
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(作業療法士、ユークロニア株式会社代表 菅原 洋平)