トランプ関税の標的になった中国はこれからどうなるのか。中国経済を分析する伊藤忠総研主任研究員の玉井芳野さんは「中国は、レアアースの世界生産シェア7割、精製シェア9割を占める。
米中交渉でアメリカはこれを無視できず譲歩を強いられたが、同時に中国の弱みも明るみになった」という――。
■5月に米中関税合意成立、いったん楽観ムードが広がる
4月以降、米中関係は緊張と緩和を繰り返し、目まぐるしい状況が続いている。
4月2日の米トランプ政権による相互関税の導入以降、両国による激しい関税引き上げ合戦を経て、米国は対中輸入品に145%、中国は対米輸入品に125%もの追加関税をかけあう異常な事態となっていた。
米中間の貿易活動が実質的に停止しかねない100%を超える高関税は持続不可能との見方が増える中、米中両国は5月10~11日にスイス・ジュネーブで閣僚級協議を実施。5月12日にはお互いに課した追加関税の大幅引き下げなどで合意した。
合意内容を具体的に見ると、米国の対中追加関税については、①合成麻薬の流入を理由とする20%は維持、②125%の相互関税を34%まで引き下げ、うち24%については5月14日から90日間停止、残りの10%のみ適用となった(図表1)。中国側も対米追加関税について②と同様の措置をとり、さらに4月2日以降に講じられた非関税措置を一時停止または撤廃するとした。すなわち今後90日間は、米国の対中追加関税を30%、中国の対米追加関税を10%としたうえで、両国が協議を続けることとなった。
両国が経済的悪影響に配慮し、大方の予想より早期かつ大幅な関税引き下げで合意できたことは、ポジティブに評価できよう。実際、合意を好感し、米国金融市場で進行していた「トリプル安」(株安・ドル安・債券安)が収束、中国株も上向き、市場では楽観ムードが広がった。
■レアアース輸出規制などを巡り、再び非難の応酬に
しかし、合意に含まれていた輸出規制の履行状況などをめぐり、5月末頃から再び米中双方が非難しあう展開となった。
米国側は、中国が一時停止または撤廃するとした非関税措置の一つであるレアアースの輸出規制が、依然として緩和されていないと主張。
レアアースとは、産出量が少なく抽出が難しいレアメタル(希少金属)の一種で、自動車や電子製品などの製造に不可欠な素材である。中国は4月4日、米国が課した相互関税への対抗措置として、レアアース7種(サマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウム)の関連品目について、輸出時に中国政府への許可申請を義務付けた。
こうした中国の輸出規制を受けたレアアースの調達難により、米国内ではフォードが一部車種の生産を一時停止するなどの悪影響が出始めていた。米自動車業界団体もトランプ政権に書簡を送付し、レアアース輸出規制が米国の自動車生産に重大な支障をもたらすとの懸念を表明していた。
これに対し中国側は、米国が合意成立後に複数の差別的措置を導入したと反論。その措置とは、①ファーウェイ(華為技術)製のAI向け半導体に対する規制、②半導体設計ソフトウエアや航空機部品などの対中輸出規制、③中国人留学生に対するビザ規制強化、を指す。
①に関しては、5月13日に米国商務省産業安全保障局(BIS)が、ファーウェイのAI向け半導体である「Ascend」チップは米国の輸出管理規則に違反して開発・製造された可能性があり、同製品の使用は輸出管理規則に違反する恐れがあるとの警告を発表した。
②については、米国政府からの公式発表はないものの、報道によると(※1)、半導体の電子設計自動化(EDA)ソフトを提供する米シノプシスなど主要企業に対し、BISが中国への販売を停止するよう要求した。また、航空機部品や化学品(エタン・ブタン製品)についても、対中輸出を規制したとの報道がある(※2)。

(※1)「トランプ政権、中国への半導体設計ソフト販売を制限へ-関係者」Bloomberg、2025年5月29日。「米シノプシス、新たな輸出規制受け中国での販売を停止=社内メモ」ロイター、2025年5月30日。

(※2)「米政府、中国国有航空機メーカーへのエンジン輸出停止=NYT」ロイター、2025年5月29日、「中国向けエタン規制、米商務省が許可制に」化学工業日報、2025年6月3日。


③について補足すると、5月28日にルビオ国務長官が、中国共産党と関係をもつ中国人留学生や、重要分野を研究する中国人留学生に対するビザを「積極的に取り消す」との方針を発表した。
■6月に米中協議実施も、楽観視は禁物
こうした関係悪化に歯止めをかけるべく、6月5日にトランプ大統領と習近平国家主席が電話会談を実施した。両者の電話会談はトランプ大統領就任後初で、電話はトランプ氏側からかけたという。両者は相互訪問を提案し、閣僚級協議も近く開催するとした。
電話会談を受けて、6月9~10日には英ロンドンで2回目の米中閣僚級協議が開催された。本稿執筆時点(6月13日)では協議の詳細は明らかになっていないが、5月の合意を実行に移すための枠組み設置で一致した模様で、今後は米中双方の輸出規制が徐々に緩和されるものとみられる。
協議終了後、トランプ氏は自身のSNSで「すべての磁石と必要なレアアースが中国から先行して供給される」とし、その代わり、中国人留学生に対するビザ取消措置の見直しの可能性を示唆した。協議に出席したラトニック商務長官も、中国のレアアース輸出規制が緩和されれば、米国の航空機部品や半導体、半導体ソフトウェアの対中輸出規制もバランスの取れた形で緩和されるとの見解を示した。
このように、米中間で一時的に緊張が高まっても軌道修正が図られ、協議が継続されていること自体は前向きに評価できる。ただし、今回の輸出規制の緩和は6カ月程度の期限付きとの報道もあり(※3)、再び輸出規制を巡って緊張が高まりうるため、楽観視はできない状況である。また、中国との技術を巡る競争が続く中、米国が半導体など先端技術の輸出規制を緩めることができるのか、疑念が残る。

(※3) "China Puts Six-Month Limit on Its Ease of Rare-Earth Export Licenses, " Wall Street Journal, June 11 2025.
■レアアース輸出規制という切り札を握る中国
今回の協議では、レアアースの供給に関して支配的な地位を有する中国の「強み」が改めて認識されたといえよう。

中国は、レアアースの世界生産シェア7割、精製シェア9割を占める。中国は、レアアースの中でも特に希少価値の高い重希土類の産出量が多いという地理的利点を持つ上、安価な労働力と精製の際に生じる環境汚染に対する規制の緩さを強みに精製分野でも力を増していった。
2010年に中国がレアアース輸出規制を強化したことを受け、米国をはじめとする各国が、中国への依存度を引き下げるため、自国での採掘拡大や調達元の変更などの取り組みを続けている。それでも、IEAの予測によると、2040年時点でのレアアース生産の55%、精製の78%を中国が占めるとの見通しであり、レアアース供給の中国依存という状況は当面変わりそうにない。
今後、中国が米国との貿易協議において、レアアース輸出規制を効果的なカードとして活用していく可能性があることには注意が必要だ。
■トランプ関税の悪影響が顕在化し始めた
他方で、中国はトランプ関税による景気への悪影響という「弱み」にも直面している。それゆえ、米国との協議が進まず、5月14日から90日間の停止にとどまっている24%分の対中追加関税が再び賦課される事態は避けたいはずである。
実際、5月の貿易統計をみると、トランプ関税の影響を受けて、対米輸出が前年比▲34.5%と4月(▲21.0%)に続いて大幅に減少した(図表2)。輸出全体も+4.8%と4月(+8.1)から減速した。主にASEAN向けが高い伸びを示しており、米国向けの減少を補っている状況だ。高関税回避のための迂回輸出に加え、ASEANに移転した生産拠点向けの輸出が増えた可能性が示唆される。ただ、迂回輸出については、トランプ政権が警戒しているため、今後同様のペースでASEAN向け輸出が拡大するとは考えにくい。

一部の輸出企業では、対米輸出減少を受けて、人員削減など雇用への悪影響が出始めているとの報道もある(※4)。中国政府は4月末以降、失業保険基金の還付率引き上げ、輸出品の国内販売への転換支援などの輸出企業支援策を打ち出してはいるものの、関税の先行きが不透明な中、既出の政策で対応が十分かどうかは分からない状況である。
(※4) "Beijing Doesn't Want America to See Its Trade-War Pain, " Wall Street Journal, May 2, 2025.
■今後の協議は輸入拡大や過剰生産是正が焦点に
今後の協議では、先述の輸出規制についての交渉に加え、米国が貿易赤字縮小のため、米国製品・サービスの輸入拡大や中国の過剰生産是正を求めるとみられ、中国がどこまで応えられるかが焦点となろう。
輸入拡大については、中国の対米輸入額(2020~21年の合計)が2020年の米中経済・貿易協定で定められた目標額の約6割にとどまっている(※5)。特に、自動車や航空機・部品など未達分が大きい分野を中心に、米国が圧力をかけやすいとみられる。

(※5)Chad P. Bown, "US-China phase one tracker: China's purchases of US goods," Peterson Institute for International Economics, July 19, 2022.
他方、過剰生産問題に関しては、中国政府も問題視しており鉄鋼など一部産業については既に対応が進められている一方、半導体など新興産業については、中国が現在振興している産業政策の是正を求めることになるため、難度が高いとみられる。
レアアース輸出規制という強みをもつ中国は、比較的ハードルの低い対米輸入拡大といった要求には応じつつ、過剰生産問題のように対応が難しい課題については、米国から何かしらの譲歩を引き出そうとする動きも考えられる。
90日間の協議の期日である8月半ばまで、米中の攻防が続くとみられる。緊張の高まりと緩和のサイクルに一喜一憂せず、協議が実質的に進展しているのどうかかを冷静に見守った方が良いだろう。

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玉井 芳野
伊藤忠総研 主任研究員

2011年東京大学大学院総合文化研究科(国際社会科学専攻)修了。同年4月みずほ総合研究所(現・みずほリサーチ&テクノロジーズ)に入社し、中国経済の調査・分析に従事。2019年米国Johns Hopkins University School of Advanced International Studies(国際経済、中国研究専攻)修了。

2021年より伊藤忠総研客員研究員。2024年より現職。

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(伊藤忠総研 主任研究員 玉井 芳野)
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