米国の株式市場が不安定になっている。エコノミストのエミン・ユルマズさんは「大きな株式相場の上げ下げが続いた後、本当の暴落が起きても誰も気づかないという現象が起きることがある。
2000年のITバブルが崩壊した時もそうだった」という――。
※本稿は、エミン・ユルマズ『高金利、高インフレ時代の到来! エブリシング・クラッシュと新秩序』(集英社)の一部を再編集したものです。
■AIバブルを手放しで喜べない理由
2025年に入って米国の主要株式指標が史上最高値を付けると、相場の流れが荒っぽくなり、明らかに変化が生じてきた。加えて足元ではいくつかの大幅調整を窺わせる危険信号が点滅し始めた。
私自身は、今回のAI関連株の暴騰に“懐疑心”を抱くエコノミストの一人である。なぜなら、AIはこれからの世の中を劇的に変える、巨額の富をクリエイトすると熱狂するには早すぎるのではないか。クリアすべき課題が多すぎる現実に対して、いまのAI関連企業の株価が“正当”とはとても了承しがたいからだ。
現実をよく考えてみよう。いま盛り上がっているのはデータセンターの建設ラッシュに対する過剰反応にすぎない。それがAIに対する強気観測と楽観論をことさら刺激したのではないか。
■「自称IT企業」が増殖したITバブル
今回のAIバブルと2000年のITバブルとは、確かに似ている点もあるが、似ていない点もある。ITバブル当時は、インターネットとは関係がないのに社名の最後に「.com」が付いているだけで、株価が上がった銘柄も多かった。

現在はそんなことはない。株価を牽引するAI企業のエヌビディアにしてもARMにしても中身があるし、きちんとしたビジネスをしていると言われている。そうした点では当時の自称IT企業がもてはやされた時代と同じとは一概に言えない。
けれども、当時は様々な銘柄に投資資金が向かったが、いまは逆で一握りの銘柄に過剰に集まってしまっている。例えば、2000年のITバブルのときには、投資資金が100社程度に集まっていたのが、今のAIバブルにおいては上位10社程度にのみ資金が集中している。そこの違いだと思う。
このところの米国の企業は昔に比べて簡単に上場しなくなった。日本と異なり、ある程度大きくなってから上場するようになってきた。そうした株式市場の土壌の変化も踏まえると、私の感覚的には、規模としてはAIバブルはITバブルを凌駕したのではないか、そのようにも感じる。
■いまの時価総額は蜃気楼のように儚い
確かにITバブルのときに100社にばらまかれた資金が、今回のAIバブルではエヌビディアを中心とする一握りの会社に集中的に集まってはいた。2024年3月8日の動きだけで、エヌビディアの株価が100ドルも動いた。これはミニ株の話ではない。
時価総額2.5兆ドルのエヌビディア、世界で三番目に時価総額(当時)が大きな会社の株価が一日でそんな動きを見せては駄目なのだ。
一日で約20兆円近くが一気に消えてしまった。この数字は一国の国家予算に匹敵する。この日私は、いまの株式時価総額がどれだけ空気のようなものなのかを思い知らされた。これは株式時価総額というものがいかに“架空”の代物であるのかを如実に示している。
これほどまでに株価や株式時価総額を膨らませたのはオプションの仕業に他ならない。これについて私は自著『エブリシング・バブルの崩壊』(38~44ページ)でも警告した。
結局、今回のAIバブルの問題点とは、投資家が自分の信用力だけではなく、金融機関の信用力を使って株価を上昇させていることに集約される。これが一番の武器になり、レバレッジをとてつもないレベルまで膨らませることが可能になってしまった。結果的にITバブル時における構造自体は変わらず、むしろ加速してしまっている。
■なるべく手数料で稼ごうとする証券会社
オプション取引とは何か? そもそも論からすると、「買う権利」と「売る権利」とを売買することで、「コール」が「買う権利」で、「プット」が「売る権利」である。オプションをつくって、それを商品として市場に提供しているのは、マーケットメーカーと言われる証券会社などの金融機関である。

証券会社は当然、オプションを売ることでカウンターパーティ・リスクを抱えることになる。例えば、コールオプションを売ったら、証券会社が株に対してショートポジションを持ったことになる。プットオプションを売ったら、株に対してコールポジションを持ったことになる。証券会社はなるべく自分でポジションをとらないで手数料で稼ごうとしているので、常にヘッジしようとしている。
■2万円の資金で100万円の株を動かせる
今回のAIバブルがかつてのITバブルやリーマン・ショックとどこが異なるのか? 最大の違いは膨大なレバレッジを掛けられる金融商品に個人投資家のレベルでアクセスできるようになったこと。これに尽きるだろう。
キーワードは先に紹介したコールオプション。かねてより日本では信用取引で、一株100万円の株ならば3.3倍の330万円まで買えた。米国では日本より低く、信用取引は2倍までだ。
けれども、コールオプションを使えば、買い手である投資家は例えば100万円の株を買える権利を50分の1で買えるようになる。言い方を換えると、たった2万円で100万円の株を動かせるということだ。
従来は一般の個人投資家がコールオプションを行使して投資することは“複雑”で難しかった。
だが、コロナ禍のロックダウン中に、インターネット証券会社ロビンフッドが提供した投資アプリケーションのおかげで、個人投資家にもオプション取引に参入する道が開かれた。取引がきわめて“ボラタイル”なところが投資家を引き付け、瞬く間に米国内で人気を博した。
■“ギャンブル”に走る個人投資家たち
このコールオプションを使っての株価吊り上げが2022年あたりから露骨に行われ、世の中に話題をもたらしたり、顰蹙(ひんしゅく)を買ったりした。一言で言うならば、きわめて危険な投資法、実際には“ギャンブル”の範疇(はんちゅう)に入るのではないか。
なかなか説明をするのに難儀なのだが、コールオプションについて私は次のように語ることにしている。
・オプションとはマーケットメーカー側、つまり大手証券会社やその他金融機関の金融商品。

・マーケットメーカーはその株のコールオプションを売ることで、「売りポジション」を持ったことになる。

・マーケットメーカーは、売りポジションを取ることで儲けるのではなく、手数料を取るビジネスを成立させるのが目的。

・するとマーケットメーカーは、マーケットに対してニュートラルなポジションを持ちたいことから、コールオプションを売れば売るほど、ヘッジとしてその株を買わなければならない。

・こうして株価が上がっていき、コールオプションの価値も上昇していく。

・さらにコールオプションの買いが増えて、マーケットメーカーが株を買い増さなくてはいけなくなる循環をつくる。これがいわゆる“ガンマスクイーズ”という状況である。
これにより株価は一段と吊り上がり、マーケットメーカーは一層の買いを迫られる。
■イーロン・マスク氏のツイッター買収の裏側
こうしたコールオプションがコロナ後に露骨に行われるようになり、かつてはまったく歯が立たなかった個人投資家が機関投資家を逆に追い詰める場面も見られるようになった。
2021年にテスラ株がぐんぐん上昇していたときに主役を演じたのもコールオプションであった。最大株主のイーロン・マスクの信者たちが凄まじい勢いでコールオプションを使って、テスラ株を吊り上げまくった。そしてイーロン・マスクはちょうど天井の400ドルでテスラ株を売り抜けた。全部ではないものの、結構な額を売った。その資金を使ってツイッターを買収したわけである。
米国の株式市場ではコールオプションを使って、これだけの滅茶苦茶なことが行われている。そうした博打まがいの投資行動を、監視すべき米国議会も話題にもせず、なかにはそうした投資をしている議員もいて、まったく腐り切っている。
つまり、米国の一部の議員も株のオプション取引で大儲けをしているのである。その代表格がナンシー・ペロシ元下院議長だ。彼女はエヌビディア株を大量に持っており、莫大な富を手にした。
みんなその事実を知っている。
あまりにも知れ渡ってしまい、彼女が何かの銘柄を買ったら、その翌日に当該銘柄が急騰するほどの“影響力”を持ってしまったほどだ。
そんなことから私は、米国の政治家は、もう“オワコン”だと思う次第である。彼らのモラルハザードぶりにはただ呆れるばかりだ。
バイデン政権が半導体セクターに対して膨大な補助金を出していることをはじめ、関係者は誰よりも早く情報を得られる立場にある。要は、なんでもありということなのだろう。
■投資家の「売り抜ければいい」は幻想
株式相場においては、大きな株式相場の上げ下げが幾度となく続いた末に、本格的に市場が暴落したことに誰も気づかないという現象が起こる。
たとえ相場がバブっていても知り合いの投資家たちは涼しい顔だ。
「バブルなのは分かっている。暗号資産のときも同じだから。下げたら、そこで売り抜けばいいだけだから。とりあえず、乗っかるときは乗っかっておく」
だが、現実にはそうはならない。なぜか。そんなことができていたら、いままでのバブル崩壊で誰も損をしていない。
■本当の暴落を起きた時には逃げられない
なぜ、そこから逃げられなかったのか。それができなかったのか?
例えば過去に何度も何度も暴落しそうになって、また相場が戻ってきて、前回をさらに上回るという展開が繰り返される。するとパブロフの犬ではないが、投資家たちは「下落後のさらなる上昇」という現象に慣らされてしまい、本当の暴落が起きたときに感覚が麻痺し、最後は逃げられなくなってしまうのだ。
本当の暴落相場は、誰をも逃がさないものである。自分だけうまく逃れるわけにはいかない。繰り返すようだが、いつ崩壊が始まったかは、後々になってみないと分からない。
例えばITバブルのとき、株価が天井を付けたのは2000年3月だった。その後、何度も調整が続き、市場の大多数がバブルが崩壊していたと完全に理解するまでには、半年以上もかかったのだ。そのときになって初めて投資家たちは悲鳴を上げた。バブル崩壊とは、要はHindsight(ハインドサイト)、後になっての判断でしかないわけである。

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エミン・ユルマズ(えみん・ゆるまず)

エコノミスト

トルコ・イスタンブール出身。2004年に東京大学工学部を卒業。2006年に同大学新領域創成科学研究科修士課程を修了し、生命科学修士を取得。2006年野村證券に入社。2016年から2024年まで複眼経済塾の取締役・塾頭を務めた。2024年にレディーバードキャピタルを設立。著書に『夢をお金で諦めたくないと思ったら 一生使える投資脳のつくり方』(扶桑社)、『世界インフレ時代の経済指標』(かんき出版)、『大インフレ時代! 日本株が強い』(ビジネス社)、『エブリシング・バブルの崩壊』(集英社)『米中新冷戦のはざまで日本経済は必ず浮上する 令和時代に日経平均は30万円になる!』(かや書房)などがある。

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(エコノミスト エミン・ユルマズ)
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