■「5年連続の給付金」は本当に正しいのか
石破茂首相は、きたる7月の参院選の自民党の公約に「すべての国民に1人2万円の給付」を掲げると報じられました。加えて、住民税非課税の低所得世帯には1人2万円を加算、所得に関係なく子どもには1人2万円を加算することも発表しました。

首相は「決してバラマキではなく、本当に困っている方々への給付金」と言いますが、果たしてこれは本当に困っている方々に届くのでしょうか。
そもそも、コロナ禍での国民全員に一律10万円の給付以降、実は毎年のようになんらかの給付がされています。2021年は住民税非課税世帯や子育て世帯を対象に1人10万円を支給。2022年はウクライナ情勢や円安による物価高対策として、非課税世帯に1世帯5万円を支給。2023年は、物価高対策として、非課税世帯に1世帯7万円を支給。さらに、2024年も物価高への対応として、非課税世帯に1世帯3万円、子育て世帯に子1人につき5万円を支給。つまり、非課税世帯に対しては2020年から5年連続毎年何かしらの給付がされています。
給付自体を否定するものではないですが、あくまで給付は緊急または突発的事象に対して講じるものであり、本来そうしたことをしなくてもいい環境を作ることが政治の仕事であって、こう毎年のようにやるものではない。毎年やっているのに何の改善もされないことのほうが問題でしょう。
■対象者の75%が高齢者の非課税世帯
非課税世帯への給付に関しては、高齢者の選挙の票目当てのバラマキという批判もされます。それも当然で、非課税世帯とは給与所得者では年収100万円未満、年金生活者では年収155万円未満が該当し、2023年の国民生活基礎調査によれば全世帯の27%が相当します。しかし、この27%のうちの75%が65歳以上の高齢者世帯で占められます。

確かに、現役世代と高齢者世代とで年収を比較すれば、現役世代が多くなるのは当たり前です。2023年国民生活基礎調査でも、65歳以上の年収中央値を計算すると315万円です。各年代と比較すればもっとも低くなります。一方で、29歳までの若者の年収中央値も344万円でしかなく、ほぼ高齢者と大差ないことにも留意が必要でしょう。その上、高齢者の場合は、すでに定年退職した人も多く、収入が少なくても、貯蓄や資産を持っている場合もあります。それが20代の若者とは大きく違います。
そこで、65歳以上の高齢者および20代の若者の貯蓄分布を2022年の国民生活基礎調査を元に比較してみましょう。ここでの貯蓄とは、金融機関への預貯金だけではなく、株式、投資信託、債券などの金融資産も含みます。
■資産1000万円を持つ高齢者、100万円未満の若者
高齢者で一番多いのが1500万円以上で約33%も占めます。1000万円以上となると44%近くになります。対して、20代の若者は、貯蓄100万円未満が45%です。つまり、1000万円以上の資産がある高齢者と100万円未満の資産しかない若者という構図が浮かび上がります。
前述したとおり、年収は双方大きな違いはありません。
非課税世帯は、給与収入者と年金収入者とでその基準が異なりますが、わかりやすくするために年収150万円未満だけを抽出した資産分布もあわせて比較しましょう。
非課税世帯では、一番多いのが貯蓄100万円未満で20代の若者同様45%存在しますが、貯蓄1000万円以上も18%です。
■100万円~300万円台の納税世帯が無視されている
しかし、この18%も非課税世帯として首相の言う「困っている人」に分類され、毎年のように給付金が支給されていく一方で、年収100万円から300万円台の中央値にも満たない「中の下」の若者は、当然貯蓄する余裕もない。物価高で生活も苦しくなっているでしょうが、彼らは非課税世帯ではないので今までも一切給付はありませんでした。
このように非課税世帯といっても、「困っていない非課税世帯」もいますし、非課税世帯ではなく、むしろなけなしの収入から真面目に納税している20代の若者は政治的に「困っているとみなされない」わけです。これはいかがなものでしょうか。
今回の給付金は、非課税世帯に加えて、子ども1人に2万円加算もあります。子育て支援という意味合いがあるのでしょう。それ自体も否定はしませんが、ここで子育て世帯の年収分布も確認しておきます。2023年の国民生活基礎調査から、20~50代までの現役世代の児童(18歳未満)あり世帯と児童なし世帯、そして20代の児童なし世帯とを比較します。ちなみに、児童なし世帯には、単身者や既婚子無し世帯、それにすでに子が18歳以上になった場合の世帯が含まれます。

■年収1000万円超え…「結婚と出産のインフレ」現象
結果は以下のグラフの通りです(図表2)。
現役世代の児童のいる世帯の最頻値は世帯年収1000万~1500万円です。約2割を占めます。これは近年、上位年収帯でなければ結婚して子どもを持つことができないという「結婚と出産のインフレ」現象が起きているからです。言い換えれば、かつて子育て世帯のボリューム層だった世帯年収300万~500万円の中間層が子を持てなくなっていることを示します。
一方で、同じ20~50代現役世代で児童なし世帯を見ると、最頻値は300万~500万円の中間層になります。子を持てるかどうかの格差が確実に存在しています。
■子ありvs.独身で年収差500万円の格差社会
そして何より、20代の若者の児童なし世帯、つまりこれはほぼ独身世帯と言っていいわけですが、この最頻値は世帯年収300万円台、さらに100万~500万円の中だけで全体の43%を占めます。
これら3つの層の平均年収は、20~50代児童あり世帯で810万円、20~50代児童なし世帯で593万円、20代児童なし世帯で320万円です。児童のいない20代、つまり独身20代と児童あり現役世代との平均年収差は500万円近くもあります。
にもかかわらず、この20代独身者たちは給与所得100万円以上だと非課税世帯にもカウントされないので、84%が1円も給付されません。対して、児童あり世帯は年収に関係なく子1人2万円の加算を受けられます。
年収が2000万円を超えていても。「本当に困っている方々に給付を」と石破首相は言いますが、年収100万円や200万円しかなく貯蓄もない20代独身の若者は困っていないのでしょうか?
■3倍の予算をかけて出生数を30%も下げた事実
貯蓄の沢山ある高齢者に配るな、稼ぎが多い子育て世帯に配るな、ということを言いたいのではありません。これに限らず、政府の少子化対策などもいつもこれと同じようなことを繰り返してきたわけです。
少子化対策は長らく子育て支援を中心に実施されてきました。しかし、少子化担当大臣が設置された2007年から2022年にかけて、こうした子育て支援に関係する政府支出金額は3倍増にまで膨らんだのに、出生数は同期間で逆に30%も減少しました。
その出生減少の理由も明確で、経済上位層、具体的に世帯年収でいえば600万円以上の世帯では、0~1歳児童の数は10年前と比較してもまったく減っていません。これだけ少子化だ、出生減だといわれているのにもかかわらず、です。減っているのは、300万~500万円の中間層だけで、激減しているのは20代です。
■なぜ子育て支援を強化すると結婚が遠のくのか?
つまり、巨大な予算を投じた政府の子育て支援は、元々支援や給付があろうとなかろうと結婚し、子どもを育てられる経済上位層への恩恵はあったが、一番のボリューム層である中間層の若者の結婚と出産を奪った形になってしまっているのです。
なぜなら、子育て支援を充実させればさせるほど、すでに結婚している夫婦の子育てコストを上昇させることになり、皮肉にも、これから結婚して親になろうとする若者たちに「結婚も子育ても金がかかる」という意識のインフレを起こしてしまうからです。
最近、「独身税」なる言葉が世間で話題となりました。
こども家庭庁の三原じゅん子大臣も石破首相も「独身税などはない」と反論していました。
確かに独身に対してだけ課すような懲罰的税金はありませんが、すでに述べたような給付金にしても、資産のある高齢者や高年収で余裕のある子育て世帯には常に支援の手が差し伸べられるのに、一番苦しいと思われる年収100万~300万円台の20代の若者には一切支援がなされず、無視されてきたことも事実です。
■これはマリー・アントワネットの現代版である
20代の若者にとっては、少ない給料の中から大きく差し引かれる社会保険料も大きな負担となっています。そして若者と一括りにすると誤解を招きますが、若者でも、景気のいい賃上げを享受できるような大企業勤務や長期的な安定性のある公務員は別です。彼らは、この未婚化の中でも30歳前後で結婚し、子どもを育てています。
しかし、それら上位3割層以外の7割、特に中間層の4~5割の若者は、90年代と比較して、物価高も勘案した実質可処分所得では負けている有様です。これで将来不安になるなというのが無理でしょう。
彼らにとっては「金がなくても結婚はできる」なんて言葉が何の意味も持たないどころか、「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」と言ったとされる(諸説あり)マリー・アントワネットの言葉のように虚しく、そして腹立たしく聞こえるでしょう。
経済対策でも少子化対策でも、常に無視・透明化される中間層の独身たち。彼らが結婚して新たな出生を作らなければ将来はありません。「独身税はない」と政府は言いますが、はっきり言えばこうした的外れ政策の連続こそが婚姻減・少子化という「独身推進」政策となっているのです。

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荒川 和久(あらかわ・かずひさ)

コラムニスト・独身研究家

ソロ社会論及び非婚化する独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。海外からも注目を集めている。
著書に『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』(小学館新書)、『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』(ぱる出版)、『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会』(PHP新書)、『結婚しない男たち』(ディスカヴァー携書)、『「一人で生きる」が当たり前になる社会』(中野信子共著・ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

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(コラムニスト・独身研究家 荒川 和久)
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