二宮和也氏へのインタビューをまとめた新書『独断と偏見』(集英社新書)が発売された。アイドルの取材をしてきたライターの村瀬まりもさんは「新書を読んでがっかりした。
ジャニー喜多川氏による性加害が認定された後に行われたロングインタビューなのに、出版社側はその核心に触れる質問をしていない」という――。
■「新書版」で発売された二宮和也氏のインタビュー本
もう、こういう「お察し」インタビューは止めましょうよ。
6月17日に発売された集英社新書、二宮和也の『独断と偏見』を読んで、そう思った。まだ、こんなことを続けるんですかというがっかり感と、なぜ新書という形にしたのかという違和感が、読後も抜けない。
ジャニーズ雑誌である『Myojo』、『Duet』(子会社のホーム社発行)を有する集英社で、嵐の二宮和也が女性誌『MORE』に連載していたエッセイの編集担当者と組んで出す新書。そう知ったときから、本に載せられるテキストは、おそらくジャニー喜多川氏による性加害問題の核心には触れず、アイドルグループ嵐の活動休止と再開の詳しいいきさつも明かさない内容だろうと思っていた。そして、この本の中で二宮和也が語ったことは、まさしく想定の範囲を出ないものだった。
筆者も、長年、アイドル雑誌に関わってきた。この新書の10章のタイトルは「心機一転」「適材適所」に始まり「二宮和也」で終わる。編集者が四字熟語のお題を出し、その言葉に関連する質問に二宮が答えていき、合計で100のQ&Aになるという手法は、まさにアイドル雑誌でよくやるパターン。そうすることでアイドルから意外な言葉が出ることを狙ったり、彼ら彼女らがパブリックイメージとは違って、仕事や人生、恋愛などについて深く考えていることを見せる狙いがある。
■ジャニーズ事務所からいち早く独立した理由が語られる
本書のQ&Aで最もボリュームを割かれているのは、二宮が2023年10月にジャニーズ事務所から独立したあとの話だ。
同年、イギリスBBCの報道番組をきっかけに、故・ジャニー喜多川氏による所属タレントなどへの性加害が明るみに出て、9月7日にその姪である藤島ジュリー景子社長らが会見。ジャニーズ事務所はSMILE-UP.へと社名変更し、被害者への補償に専念。10月にはそれまでの所属タレントの多くが移籍したSTARTO ENTERTAINMENTがエージェント制で設立されることなどが発表された。
つまりタレントに対する独立や契約期間などの縛り、抑圧は建前上なくなった。あの強権をふるってきたジャニーズ帝国がこんなに簡単に崩れるなんて……と、マスコミにいる誰もが驚く急展開の中、活動休止していた嵐の5人の中で誰よりも早く独立し、個人事務所「オフィスにの」を立ち上げたのが、二宮だったのだ(嵐としての活動はSTARTO ENTERTAINMENTと契約)。
「これからの仕事を考えたときに、世界基準で信頼や評価を得られない可能性のある事務所にいたままで仕事をするわけにはいかなかったから、独立の決断は早かったよね」(『』)
■ジャニー喜多川氏による性加害は少なくとも545人
『』の中では、彼が28年間所属したジャニーズ事務所を出る決断をした理由がさらりと語られる。それは映画やドラマの製作者が自分にオファーしにくい状態になってはいけないというビジネス上の判断だったという。
この本は一度、編集部サイドが作った原稿に、二宮和也自身が細かく赤字を入れたということだが、「世界基準で信頼や評価を得られない可能性のある」という話し言葉らしからぬフレーズからすると、ここをどう表現するか、苦心したのではないか。
「このままで仕事するわけにはいかない」と二宮が判断したとおり、ジャニー喜多川氏の性加害は、その多くが10代の少年へのものであったと判明し、旧ジャニーズ事務所は545人の被害者への補償金を支払っている。事務所が補償しただけでも545人、改めて考えるまでもなく、ひとりの人間が犯した加害として恐るべき数字ではないだろうか。
■カンヌ映画祭にも参加する「演技ドル」という二宮氏の立場
日本国内よりも欧米をはじめとする世界での性加害事件に対する目は厳しい。二宮は、2006年にクリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』で若き日本兵を演じ、その繊細な演技力によってアメリカでも注目された。
今年5月にも最新主演作『8番出口』を引っさげてカンヌ映画祭に参加し、世界のプレスの前に立っている。旧ジャニーズ事務所で俳優活動をしてきたアイドル(韓国で言うところの“演技ドル”)の中では、最もグローバルな感覚を持っている人だろう。
まして、ジャニーズ事務所が廃業を宣言した2023年秋は、連続ドラマ「ONE DAY~聖夜のから騒ぎ~」(フジテレビ)の撮影に入っており、24年夏には日曜劇場「ブラックペアン シーズン2」(TBS)も控えていた。「ブラックペアン」の企画がその時点で動き出していたこともあり、独立を急ぐ必要があったのかもしれない。
独立後しばらく、個人事務所のスタッフはゼロで、経営はもちろん、二宮ひとりでスケジュール管理などのマネージメント業務までこなしていたという。現在はジャニーズ事務所を辞めた元マネージャーが合流しているということだが、そのあたりの苦労話が、『独断と偏見』での告白としてはメインになる。
23年10月当時、ジャニーズや嵐ファン(アラシック)の一部からは、二宮の独立に「裏切りだ」「みんながたいへんなときになぜ」というバッシングも起きたが、独立はしたくてしたことではないという。
■ジャニーズ事務所に対する愛着は誰よりも強かったのでは
「自分が所属していた事務所は、もう、なくなっちゃった。それはやっぱり衝撃だよね」

「ここでずっとエンターテインメントってものを考えながら人生が進んでいくんだろうなって思っていたから……」

「何より嵐ができたところ――その屋号がこういうかたちでなくなるのって、やっぱりしんどいよね」(『』)

こういった言葉は、嵐がコロナ禍の中で活動休止し、2021年、二宮がYouTubeチャンネル「ジャにのちゃんねる」を開設し、中丸雄一、山田涼介、菊池風磨らの後輩たちと飲んだりドライブしたりの動画を公開するようになり、現在も「よにのちゃんねる」として続けていることともリンクする。ジャニーズという会社への愛着は、むしろ他のタレントより強い人なのかもしれない。
■ジャニー氏に「謝ってもらいたい」という発言の真意
そう考えると、注目されているジャニー喜多川氏についての記述にも納得がいく。
ジャニー喜多川に、誠心誠意を込めて謝ってもらいたい。
自分が大事にしていた場所、自分の居場所を奪ったことに対して謝ってもらいたいと思っている。事務所をつくった人間でもあるけど、壊した人間でもあるから。

(『』)

発売前のニュースで誤解を招くタイトルをつけられたが、二宮が「謝ってもらいたい」というのは、自身も性加害されたということではない。あくまでジャニー氏が(少なくとも545人の少年たちに)性加害をした結果、その死後に事務所が廃業したことについての謝罪だ。自分も被害者なのでは? という、旧ジャニーズ事務所のタレント全員に向けられる疑惑に対しては、むしろ「被害に遭われた方々がいるなかで」と自分とは切り離し、否定している。
こうしたジャニー氏についてのコメントは、編集者が「ジャニーさんについて今どう思う?」と問いかけたから出てきたものではない。質問は「いま、いちばん会ってみたい人は?」であり、それに対して、二宮が“踏み込んで”、または思い浮かんだジャニー氏の名前を正直に挙げたことになる。
これも芸能雑誌、アイドル誌、テレビ誌では、よくある手法だ。筆者もこの5年間で3回ほど二宮のインタビューを担当したことがあるし、SMAP解散後の中居正広氏にも話を聞いた。そこではSMAPや嵐の事情について聞いてはいけないという前提があったし、23年秋以降はジャニー氏についてもいっさい聞けなくなった。
■「ジャニーズ担当」は空気を読んで、核心に触れる質問はしない
ジャニーズ事務所は実は、他の大手事務所のように「恋愛についてはNG」「質問は作品のことだけに」と事前に通達し予防線を張ってはこないが、「これについては聞いてはいけない」という空気を読めなければ、そもそもジャニーズの取材はできない。
それでも、読者やファンのことを思えば、嵐について語ってほしい、ジャニーさんについても何か言ってほしい。
そんな意図が編集者やライターには確実にあるので、「いま、いちばん会ってみたい人は?」と、いわば鎌をかけるかたちになる。この本を読んでもよくわかるように、二宮ぐらい察しの良い人ならば、その意図を汲んで、自分から言及してくれる。
「あなたと同じ所属タレントに、社長であるという権力を利用して性的な行為を強いていたジャニー喜多川をどう思うのか?」「525人もの被害者が出た性加害を、事務所に28年間いたあなたは知らなかったのか?」という直球の、そして投げかけられるべき質問は、この本ではしていない。
■情に厚いタイプ
そこには触れないで、事実をぼやかした質問にぼやかした回答。そういった「お察し」「以心伝心」「ファンや関係者ならわかる」インタビューを、私もたくさん作ってきた。「事務所に忖度していたのか?」と問われれば、首を百回ぐらい縦に振るしかない。出版社の中にいるそんな書籍や雑誌の編集者には、性加害の問題を報じてこなかった責任はないのだろうか。
二宮はこの本でも「長い付き合い(編集の人)がいうんだから、まずはやってみよう」「自分のコミュニティーのなかにいる人が喜んでくれればそれでよくて」と語っているように、仲間意識の強い人だ。それは後輩アイドルだけでなく、映画やドラマの作り手、雑誌や本の作り手にも及ぶ。彼がインタビューの際に、連載を担当してきた顔見知りのライターなど、「仲間」と思っている人にはコメントを多めに言うなど、情に厚いところを何度も見てきた。
その彼が、今回、集英社の長い付き合いの編集者が病気になり、「生きているうちに、二宮さんの言葉を一冊にまとめたい」(編集者によるあとがきより)と熱望してきたことに応えたのは当然だろう。しかし、それがタレント本でなく、編集者の現部署とはいえ、「知の水先案内人」というキャッチフレーズを銘打つ新書でやるべきことだったのか。
最も「知る」べきことは、何も明かしていないというのに。
■出版社は事務所に忖度することで、性加害に加担してきた
本書の発行に先立ち、芸能メディア、スポーツ新聞による二宮の取材会が行われた。そこでも取材者は「(本の中で)ジャニー喜多川さんの名前を出したのは衝撃でした」と言うぐらいで、誰も核心に触れる質問はしようとはしない。なぜなら、みんな空気を読め、言われなくても自分でガイドラインを引ける(旧)“ジャニ担”だからだ。
もう止めよう。私たち、雑誌や本の作り手は、ジャニー喜多川氏による性加害が「昔の話」ではなく、2019年に氏が死去する間際まで続いていたとは知らなかったかもしれないが、事務所に忖度することによって世間の目をそらせ、取材しているアイドル本人がつらい目に遭っていたかもしれないのに彼らをかばえず救ってあげられなかった。そして、事務所から許された雑誌の表紙やインタビュー記事の掲載、写真集やカレンダーの発行によって多くの利益を得てきた。自分たちが給料や原稿料としてもらう生活の糧は、被害者の犠牲の上に成り立っていたのだ。
■嵐の解散ツアーが発表された今、忖度はなかったのか?
『』もおそらくベストセラーになり、出版社の売り上げに貢献するだろう。この本の制作過程に旧ジャニーズ事務所は関与していないかもしれないが、嵐の解散ツアーが発表され、STARTO ENTERTAINMENTのアイドルたちが相変わらず雑誌の表紙を飾っている状況で、旧事務所の意向に忖度していないとは思えない。
ドラマや映画のインタビューなら、作品に関するコメントで構成してもいいかもしれない。アイドル雑誌や写真集なら、エッセイ風の語りだけでもいいかもしれない。
しかし、『独断と偏見』はそのボーダーを超えてしまった。残念ながら、筆者にはそう思えてならなかった。

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村瀬 まりも(むらせ・まりも)

ライター

1995年、出版社に入社し、アイドル誌の編集部などで働く。フリーランスになってからも別名で芸能人のインタビューを多数手がけ、アイドル・俳優の写真集なども担当している。「リアルサウンド映画部」などに寄稿。

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(ライター 村瀬 まりも)
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