結局、バラマキではないか。これが石破茂首相(自民党総裁)率いる政権与党の参院選(7月20日投票)の主要公約なのか。
自民党の森山裕幹事長が6月10日、物価高対策として2か月前に断念したはずの現金給付を、参院選の共通公約に盛り込むことで公明党の西田実仁幹事長と合意した。国民1人当たり2~4万円の配布を見込み、財源については、同席した自民党の坂本哲志国会対策委員長が記者団に「税収の上振れ(税の増収)分を国民に還元する」と説明している。
公明党は、参院選公約に現金給付を掲げていたため、自民党の方針転換を歓迎したが、党内にはなお「消費税減税なしに選挙を戦えるのか」との声があるという。政策ではなく、減税や給付を「選挙の武器」にするという発想は、有権者を軽んじるだけでなく、徴収した税金の配分先を決定するという政治家の本分を放棄することにつながりかねない。
立憲民主党は6月10日、参院選公約として食料品の消費税率0%や国民1人当たり2万円の現金給付などを盛り込んだ物価高対策を打ち出した。消費税減税に年5兆円の財源が必要とされるが、赤字国債の発行を回避し、特別会計や基金を当て込むとしている。
野田佳彦代表は同日の記者会見で「物価高が続いている。放置したままで、無策だ」と政府・与党を批判し、物価高対策が参院選の主要な争点だとの見方を示した。日本維新の会や国民民主党も消費税減税を唱えている。
参院選は、与党の給付と野党の減税という税収のバラマキ合戦の様相を呈し始めている。
■「与党の都合で使っていいお金ではない」
自民党が6月に物価高対策として現金給付に回帰したのは、野党が主張する消費税減税を全面否定する以上、公約に掲げるほかの目玉政策を見いだせなかったためだろう。
今回の給付案も4月と同様、森山氏と木原誠二選挙対策委員長が主導した。
だが、4月に党内で参院選向けに1人当たり3~5万円を給付する案が検討された際、貯蓄に回りがちで経済効果に乏しいとされ、世論も「バラマキだ」と反発したことから、責任政党として見送ったのではなかったのか。
税収の上振れ分は、本来、国債償還などに充てるもので、税収が余っているわけではない。石破首相は、財政規律をどう考えているのか。今後、膨れ上がる社会保障費や防衛費にどう対応していくつもりなのか。そうした説明もなしに、税の増収分を給付するというのは、選挙前に限らず、政治手法としても安直に過ぎなくないか。
国民民主党の玉木雄一郎代表は早速、6月10日の記者会見で「我々に言う時は『上振れは財源にならない』と言っておきながら、自分たちが選挙のためにやる時は、税収の上振れは急に財源になるし、高所得者にも配っても大丈夫だ、みたいなご都合主義が過ぎている」と、与党の給付案に噛みついた。
同日のX(旧ツイッター)でも、税収の上振れが2020年度以降5年間続き、年平均5.5兆円に及ぶこと、その間の毎年度、国が一時的な給付金を配っていること、与党が25年度も6年連続で配ろうとしていることを指摘し、「『取り過ぎた税金』は、与党の都合で好き勝手に使っていいお金ではなく、納税者に還元すべきお金だ。取って配れば無駄な事務負担も発生する。シンプルに減税すべきだ」と書き込んだ。
■「そのような侮辱はやめていただきたい」
6月11日の党首討論では、立民党の野田代表が「食費の高騰で困っている人を助ける唯一の道だ」と、食料品の消費税率を最大2年間、0%に引き下げるべきだと主張したのに対し、石破首相は「社会保障の大切な財源である消費税を本当に下げていいのか。賛同できない」と反論した。
野田氏はガソリン税の暫定税率の廃止も求めたが、首相は財源や税収をインフラ整備に充てる重要性を列挙し、物別れに終わった。
野田氏は、対決姿勢を示しながら、内閣不信任決議案には一言も触れなかった。
だが、野田氏と玉木氏が与党の給付案を問うと、石破首相は「政府の中でそれを検討したということはない」「与党からよく話を聞いてみななければならない」などと述べ、与党案に関知しないかのような答弁に転じた。
玉木氏は、首相が2月の衆院予算委員会で国民民主党の浅野哲氏の質問に「今、税収の上振れ分を国民にお戻しするような財政状況ではない」と発言したことを踏まえ、単年度であっても、その認識に変わりないのかを繰り返しただし、首相から「現在もそのような財政状況にあるとは認識していない」との言質を取った。ただ、首相は「与党から提案があった時、政府として議論をしながら、バラマキにならないよう、高所得者優遇にならないように、財政の健全化に資するような形で政策が形成されるものだ」とも述べ、何らかの給付に含みを残すような印象を与えた。
業を煮やした玉木氏が「上振れた税収は、自民党でも公明党のものでもない。もし還元すべき税収があるのなら、減税で納税者にお返しするのが筋だ」と説くと、首相は「税収が自民党や与党のものと思ったことは一度もない。そのような侮辱はやめていただきたい」「国民に向けてバラマキというつもりはない」と色をなして反論したのだった。
■「税金で票を買うようなことを許すな」
石破首相は2日後の13日夕、その舌の根の乾かぬうちに、国民1人2万円の現金給付を自民の参院選公約に掲げることを、首相官邸で記者団に表明した。
首相は「決してバラマキではなく、本当に困っている人に重点を置いた給付金を公約に盛り込むよう(自民党に)指示した」と言い繕ったが、国民全員が対象なら、バラマキそのものではないのか。
この日は公明党が重視する東京都議選(6月22日投票)の告示日だった。首相は、参院選でも選挙協力を仰ぐ公明党・創価学会の要望を汲まざるを得なかったのだろう。
玉木氏は「やっぱり配るのか。失礼な言い方になるが、嘘つきだ。税金で票を買うようなことを許すな」と反発した。日本維新の会代表の吉村洋文大阪府知事も、街頭演説で「全国民に2万円配る事務は自治体がやる。自治体の人件費も労力もかかる。必要な財源は、国民一人2万円+経費。それなら最初から取らなければいい。給料天引きされる社会保険料を下げた方がいい」などと批判した。
自民党内からも疑問視する声が上がる。小林鷹之元経済安全保障相は13日夜のインターネット番組で、参院選公約に一律給付を掲げることについて「国民がどう評価するか。疑問に思うところはある」「内需の喚起は必要だ。一つの選択肢として、消費税減税は最初から排除するものではない」と指摘した。
6月の共同通信世論調査(14~15日)では、自民党が参院選公約に盛り込む予定の現金給付に反対が54.9%、賛成41.2%だった。
産経新聞・FNN世論調査(14~15日)でも、現金給付を「まったく評価しない」が35.7%で、「あまり評価しない」の30.0%を合わせて3分の2近くが否定的だった。
消費税減税については「すべての税率を5%にすべきだ」が31.7%、「食料品の税率をゼロに」が28.7%、「消費税は廃止に」が13.5%を占めたのに対し、「今の税率を維持すべきだ」は24.7%にとどまった。
■「コメは3000円台でなければならない」
石破内閣支持率は38.2%で、前回5月調査から5.3ポイント増となり、下落基調から持ち直した感がある。なお、不支持率は57.4%だった。
江藤拓前農相が5月18日に価格高騰が続くコメを「買ったことがない」と発言して更迭され、その後任に21日、小泉進次郎氏が就任し、随意契約による備蓄米放出によってコメ価格を引き下げ、農政改革や農林族議員と戦う姿勢を示すことで、メディアに「小泉コメ劇場」として取り上げられたことが、支持率を一定程度、押し上げる効果があったとみられている。
石破首相は6月5日、コメの安定供給に関する閣僚会議の初会合で、持論でもある事実上の減反に当たる生産調整を見直す方針を打ち出した。産経・FNN世論調査では、コメの生産量について「増やすべきだ」が84%に達し、首相や小泉農相を後押ししている。
首相は5月21日の党首討論で「コメは(5キロ)3000円台でなければならない。一日でも早くその価格を実現する。(実現できなければ)責任を取っていかねばならない」と強調する場面もあった。
農林水産省は6月16日、全国のスーパーで2~8日に販売されたコメ5キロの平均価格は4176円(前週比48円安)だった、と発表した。3週連続で値下がりしたものの、前年同期比で1.9倍の高値水準が続いている。
銘柄米は平均4443円(同14円高)、備蓄米を多く含むブレンド米は3834円(同64円安)、随意契約の備蓄米は3096円だった。
小泉農相は記者団に「国民の皆さんが安心して買える水準になっていない」と語ったが、首相が自ら定めた責任ラインの3000円台には近づいている。仮に届かなくても首相は前言を翻すことに何のためらいもないだろうが。
■「次の総選挙がジャンプだと思っている」
通常国会終盤、年金改革関連法が6月13日、自民、公明、立憲民主3党の修正協議を経て成立した。パートなどの短時間労働者に原則として厚生年金への加入を義務づけることが柱だが、年金の2階部分である厚生年金の積立金を1階部分に当たる基礎年金に投入することは見送り、2029年の年金財政検証を踏まえて判断する、と付則に明記している。
参院選後をにらんだ自公・立民3党による大連立の布石かという憶測も飛び交い、野田氏らは火消しに追われた。
一方で、立民、日本維新の会、国民民主各党が提出した選択的夫婦別姓を導入する3法案は、自民党の抵抗で採決に至らなかった。
その間に自民党旧安倍派の政治資金問題は、下村博文元文部科学相ら元幹部を国会招致しても、真相解明に至らず、「政治とカネ」の問題は次第に後景に退いてしまった。
6月22日の通常国会閉幕を控え、立憲民主党が内閣不信任決議案を提出するかどうかが焦点だったが、野田氏は19日午後、トランプ関税をめぐる日米首脳会談(16日)が閣僚協議の継続で合意したことなどを踏まえ、日本維新の会の前原誠司共同代表、国民党の玉木代表と相次いで会談し、「政治空白を作るべきではない」として、提出見送りを伝えた。これに先立つ同日昼の与野党党首会談では、石破首相から日米交渉への協力を求められていた。
不信任案の提出は、解散・総選挙、衆参同日選挙の引き金になる。野田氏が提出をためらったのは、衆院選後の立民党を軸にした連立政権構想が描けないからだが、不信任案可決に向け、維新や国民党の賛成を得られる確証もなかったこともある。
不信任案見送りは、予想外ではない。野田氏は、5月26日の産経新聞のインタビューに「国難といわれるテーマで国益をかけた交渉をしているときに『不信任案を出す』と言って足を引っ張っていいのか」と述べるなど、慎重姿勢を示していたからだ。
野田氏は6月9日に日本外国特派員協会の記者会見で、次期衆院選の位置づけについて「政権交代を実現するために党の代表選に立候補した。実現できなかったら、当然、代表を辞めることになる」と述べている。政権交代までを三段跳びに例え、2024年の衆院選を「ホップ」、7月の参院選を「ステップ」と位置づけ、「次の総選挙がジャンプだと思っている」と解説してもいた。
石破首相は、内閣不信任決議案が提出されない限り、衆院解散―衆参同日選に持ち込む考えはない。政局の焦点は参院選の帰趨、その後の政権の枠組みに移ることになる。
----------
小田 尚(おだ・たかし)
政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て現職。2018~2023年国家公安委員会委員。
----------
(政治ジャーナリスト、読売新聞東京本社調査研究本部客員研究員 小田 尚)