3人の娘を無事育て上げ、仕事もリタイア。あとは悠々自適の老後が待っているばかりと思いきや、さにあらず。
三女は働くことができず、3人暮らしの家計は月10万円以上の大赤字。しかも、年金受給の“大黒柱”である71歳の夫によもやの余命宣告……。絶体絶命のピンチを69歳妻はどう乗り越えようとしたのか――。
■貯蓄は最大年150万円ずつ減って、じき底を突く
今回の相談者、北関東に住む石井家(仮名)には3人の娘がいる。当事者は、36歳の三女。三女は幼いころから体力がなく、友達と同じペースで行動することができなかった。学校でも体育は、ほぼ見学。勉強も得意とはいえなかった。唯一、絵を描くことが好きで、絵画の時間だけは出席していたそうである。
小学校、中学校とも、不登校を繰り返していたが、なんとか普通高校に入学できた。とはいえ、せっかく入学した高校にも、GW明けから行けなくなった。夏休み前には本格的な不登校状態になり、高1の夏休みが明けて、秋頃に退学。
退学後はベッドの上で、ぼんやりと過ごす日々が続いていた。
見かねた親が、「学校に行けないなら、せめてアルバイトくらいしろ」とけしかけて、何度かアルバイトを経験するが、「やる気がなさすぎる」「動きが遅すぎる」「のみ込みが悪すぎる」などの理由から、どのアルバイトも長続きはしなかった。一番長く続いたアルバイトでも、1カ月弱だったそうだ。アルバイトをクビになる度に落ち込んで、2~3カ月くらい部屋にひきこもる生活を繰り返してきたそうだ。
三女には趣味が一つだけある。某アイドルグループのファンとして、コンサートにはときどき足を運んでいるそうだ。費用は、親からもらっているひと月3万円のこづかいの範囲で、なんとかやりくりしているとのこと。唯一、友人と呼べる存在も、そのグループのファンとのことだ。
【石井家の家族構成】

父親(71歳) がん闘病中。相談後に逝去

母親(69歳)

長女(41歳) 証券会社勤務。独身、一人暮らし

次女(38歳) 専業主婦。実家近くに夫、中学生の娘と住む

三女(36歳) 当事者
【石井家の資産状況など】

自宅は一戸建て(持ち家・築38年)

金融資産は、夫1500万円、妻800万円、三女300万円
【石井家の収入】

父親 年金月額15万円

母親 年金月額6万円

本人 収入0円

■父親が余命宣告を受け今までのようにはいかなくなった
36歳になった今までは、両親が生活全般の面倒を見てきたが、一昨年、父親にがんが発覚。
入退院を繰り返しながら闘病を続けてきたものの、少し前に余命宣告を受けた。余命宣告を受けてからの父親は気力が低下し、一日の多くを、自宅のベッドで過ごすようになった。痛みのコントロールに限界を感じたら、ホスピスで最期の時を迎えるつもりだという。
母親も、父親の看病で三女にかまっていられなくなった。三女としても、頼りにしてきた父親が弱る姿を見るにつれ、精神的に不安定になり、自室から出られない時間が長くなっていった。
石井家の生活費は、父親と母親の年金を合わせた21万円。そのうち、三女がひと月3万円の小遣いをもらうので、実質18万円でやりくりしてきた。といっても、実際にはやりくりができておらず、年間で80万~120万円くらいずつ、資産が減ってきている。
しかも父親のがん罹患以降は、医療費がかさむことにより、年間の赤字額が150万円を超えている。この先、ホスピスに移ることになったら、年間の赤字額はさらに増える可能性もある。
■障害年金の申請か障害者手帳の取得を目指す
父親の闘病する姿にショックを受けて、外出もままならなくなっていた三女であるが、今の資産状況では、親亡き後も働かないまま、暮らしていくのは困難である。父親が亡くなると年金額が減ってしまうため、医療費負担がなくなったとしても、年間の赤字は継続して発生するからだ。

とはいえ、いきなり三女に就業することを促しても、現実的なプランとはなり得ない。就業に至る道筋を検討するために、母親に三女の状態をたずねてみた。
【畠中】失礼ですが、娘さんは過去に、何らかの診断を受けたことはありますか。
【母親】高校を退学した後、精神科に連れて行った経験はあるのですが、はっきりとした診断は付かなかったと思います。おぼろげながらですが、当時、自閉症の可能性があると言われたように記憶しています。
【畠中】自閉症というと、ASD(自閉症スペクトラム症)の傾向があるということでしょうか。
【母親】もう20年位前のことなので、正確には覚えていませんが、自閉症かもしれないと言われたとき、「たぶん、そういう傾向があるんだろうな」と感じた記憶があります。とにかく対人関係が苦手で、学校からも泣きながら帰宅する機会が何度もありましたし、友達もほとんどいませんでしたので。
【畠中】そうでしたか。ご主人様の体調を気遣わなければならない中で、娘さんの将来のこともご心配ですね。とはいえ、「早く、働くように」と促すのも、現時点では現実的ではないと思われます。そこで、ASDの傾向があると言われたのであれば、きちんと精神科を受診して、障害年金の受給を目指されてはいかがでしょうか。

【母親】障害年金ですか。うちの娘でも受給できるんでしょうか。
【畠中】診断はあくまでも医師が決定するもので、私は判断する立場にはありませんが、可能性はゼロではないかと。実際の申請は、障害年金に強い社会保険労務士に手伝ってもらえば、ご本人がされるよりもずっとスムーズに進むはずですし。仮に障害年金の受給まで繋がらなかったとしても、精神障害者保健福祉手帳(以下、障害者手帳)は取得できるかもしれません。障害年金を受け取っていたり、障害者手帳を取得すると、障害者枠という別のルートから、求職活動が行えるようになります。
■障害者枠での就労をサポートしてくれる支援会社を頼る
【母親】障害者手帳のことは、10年くらい前に主人と話したことがあったんですが、娘が「私を障害者扱いする気なの」と怒ったので、それ以降、話をしたことはありません。
【畠中】障害者枠での求職活動であれば、民間に専門のサポート会社もあります。ハローワークで仕事を探して、ひとりで面接を受けるより、長く働けそうな仕事を一緒に探してくれたり、面接の受け方の練習が受けられるなど、サポートが手厚くなります。働く時間数などの、希望条件も伝えやすいと思います。
【母親】障害者の求職をサポートしてくれる専門の会社があるんですね。今まで、考えたことはありませんでした。

【畠中】一般的な就労を目指しても、過去と同じように、短期間で離職してしまうと考えたほうが自然でしょう。短期間での離職を繰り返すうちに、外出もままならなくなる可能性もあります。それより娘さんの場合は、得意なことや苦手なことをきちんと整理するところから、求職活動を手伝ってくれる支援会社を頼ったほうが、就業に近づくはずです。中には就職した後も、継続してサポートしてくれる支援会社もありますよ。
【母親】父親の病気のことで、娘は外に出る気力が出ていませんが、娘の人生の最期まで、親の持つお金で面倒を見切れるとは考えておりません。主人が亡くなってしまうかもしれない現実に、私自身もパニックになっている面はあるんですが、主人に万が一のことが起こったとしたら、その後は私が娘を支えていくしかないので、娘と障害年金のことを話し合ってみようと思います。
■実際に起こってしまった父親の逝去 三女は就労するために動き出した
この相談の数カ月後に、ご主人は逝去された。ご主人亡き後、数カ月は外出もままならなかった三女だが、相談の席についてほしいという母親の願いを受け入れ、母親とふたりで相談に来てくれた。障害年金を受給できれば、老後の手前で収入を手に入れられること、就業の入口が変わることなどを説明した。
相談を受けたのち、障害年金の申請を得意とする社会保険労務士を紹介したところ、現在は障害年金の受給を目指して、精神科を受診している。母親によると、医師から障害年金の受給は可能ではないかという返事をもらっているそうだ。
だが、仮に障害年金の受給につながったとしても、親亡き後の三女の生活を成り立たせるためには、障害年金のほかに月に10万円くらいの収入がほしいところである。
月に10万円を得るのは厳しくても、7万~8万円程度の収入は必要になる。
また障害年金の申請が通ったとしても、実際に受給できるまでにはかなりの時間を要する。そこで、障害年金の申請と並行して、障害者手帳の取得も目指している。障害年金の受給の可否にかかわらず、障害者枠での求職活動を早めにスタートさせるためである。
「働かざるを得ない現実」を受け止めたとはいえ、三女の体力が一般的と言えるほど、向上したわけではない。だが、「父親の死を受け入れたことで、三女にはある程度の覚悟ができたのではないか」と母親は言う。私としては、三女自身の求職活動がスムーズでなくてもいいので、前向きに進むことを願っているところである。

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畠中 雅子(はたなか・まさこ)

ファイナンシャルプランナー

「働けない子どものお金を考える会」「高齢期のお金を考える会」主宰。『お金のプロに相談してみた! 息子、娘が中高年ひきこもりでもどうにかなるってほんとうですか? 親亡き後、子どもが「孤独」と「貧困」にならない生活設計』など著書、監修書は70冊を超える。

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(ファイナンシャルプランナー 畠中 雅子)
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