社会が劇的に変わる瞬間には、ある「転換点=ティッピング・ポイント」が存在する。ティッピング・ポイントの概念を世に広めたマルコム・グラッドウェルさんによると「少数派だった存在が多数派に変わる臨界点は3分の1」という――。

※本稿は、マルコム・グラッドウェル『超新版ティッピング・ポイント 世の中を動かす「裏の三原則」』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■勢力図を変えるための魔法の数字は「3分の1」
1950年代末、コミュニティ活動家のソウル・アリンスキーが、アメリカ人権委員会で証言に立った。委員会はホワイト・フライト(地域に黒人が多くなると、白人が引っ越してしまう逃避行動のこと)について調査を進めており、アリンスキーはホワイト・フライトが起こるティッピング・ポイント(転換点)に着目したものだった。
アリンスキーによると、白人と黒人のリーダーが、人種の比率について合意をしていることが多いという。では、何パーセントまでは受け入れられるのだろうか。
黒人の割合が5%なら問題ない。ティッピング・ポイントより確実に低い。もう少し上ならどうか。
「白人の保護者のなかには、黒人の割合が10~15%であれば渋々ながら受け入れる者たちもいるかもしれない」と、ニューヨーク・タイムズ紙の記者が1959年に書いている。なるほど、15%もまだ大丈夫かもしれない。
アリンスキーが証言に立った公聴会では、大手不動産会社の幹部も意見を述べている。
「白人と黒人の比率が75対25という割合で、このマンションはまったく問題なく運営されている。
自信を持ってそう言えますよ」
■25%では変わらないが30%になると劇的に変わる
ということは25%も、まだティッピング・ポイントより低いのかもしれない。では30%までいけるだろうか? ワシントンDCの公立学校システムの責任者の答えは「ノー」だった。
学校で黒人の割合が30%に達すると「あっという間に99%まで行く」という。最後に意見を聞かれたのは、シカゴ住宅局のトップだ。国内最大級の公営住宅群の管理者である。当然ホワイト・フライトを阻止するための「正しい」数字を知っているはずだ。この人物もワシントンDCの公立学校システム責任者と同意見だった。
「われわれの運営する物件の例を挙げよう。当初の住民比率は70%が白人、30%が黒人だった。それが今では98%黒人だ」
最終的にほぼ全員の意見が一致した。どんな集団でも、もとは取るに足らない存在であった異質な人々の割合が4分の1から3分の1に達したところで、劇的な変化が起きていた。
上限にちなんで、この現象を「3分の1の魔法」と呼ぶことにしよう。

■「女性効果」を享受するには取締役会に女性は何人必要か
3分の1の魔法はありとあらゆる場所に出現する。たとえば企業の取締役会だ。今日の経済において最も強大な権力を有する機関である。有力企業ではたいてい9人前後の経験豊富なビジネスパーソンから成る取締役会を設置し、最高経営責任者(CEO)を指南する。
過去を振り返れば、取締役会には男性しかいなかった。ただ少しずつ女性にも門戸が開かれた。多くの研究で女性が加わると取締役会に変化が生じることが指摘されている。
たとえば女性取締役は答えにくい質問を投げかける、協調性を重視する、他者の話をよく聴く、と。要は「女性効果」が生じるのだ。だが「女性効果」を享受するためには、取締役会に女性が何人いる必要があるのか。
1人ではない。
「男性ばかりの取締役会で、私は唯一の女性だった。
私はおとなしいタイプではないが、会議の場で意見を聞いてもらうのは容易ではなかった」――これは大手企業の女性幹部50人から、それぞれの経験を聞きとり調査した研究からの引用である。
私がまっとうな意見を述べたとする。その2分後に、別の男性の取締役がまったく同じ意見を言う。すると周囲の男性たちが口をそろえて「すばらしい」と褒めそやす。私たちの階層においてさえ、女性が意見を聞いてもらうのは難しい。なんとか食い込む方法を見つけなければならない。
■「女性が1人」では「人」として存在しない
ある女性は自分の所属する取締役会が、社外監査役らを招いてプレゼンテーションを聴いたときの出来事を振り返っている。
「彼らは会議室に入ってきた。そして部屋の片側に並んでいる取締役たちに歩み寄ると、一人ずつ握手をしていった。みな私の左側に立っていた男性2人と握手をすると、私を飛ばして次の男性と握手をし、去って行った。すぐにプレゼンテーションについての話が始まったので、私は声を挙げた。『ちょっと待ってください。
いま何が起きたのか、みなさんは気づきましたか?』」
集団に女性が1人しかいないと「女性」としては目立つものの、「人」としては存在しなくなる。
「2人目の女性を加えることは明らかに有効だ」と研究には書かれている。だがそれでもまだ不十分だ。
取締役会に女性が3人以上いると、魔法が起こるようだ。9人中3人。3分の1の魔法だ!
■1人は孤独、2人は友達、3人はチーム
私自身、この結論を最初に目にしたときには半信半疑であったことを打ち明けておこう。これほど小規模の集団で、異質な人が2人いるのと3人いるのとで、本当にそれほど違いがあるのだろうか、と。
だが主要企業の取締役を務めたことのある女性たちに尋ねたところ、まったく同じ話を聞かされた。以下に起業家のスキンダー・シン・カシディの話を引用しよう。
「3人が正しい数字なのかと言われれば、正直わからない。でも集団内で異質なタイプの人が増えてくると、誰も違いに注目しなくなり、異質な人が目立たなくなる数というのがあることはわかっている」とカシディは言う。
1人は孤独だ。
2人だと友情が生まれる。それが3人になると「チーム」になる。直感的に3人というのが魔法の数字だ。3人いれば十分という気がする。部族のなかにサブ部族があり、そこでは完全に自分らしくいられるという感覚だ。(中略)これだけいれば十分、と思えるティッピング・ポイントは存在する。
■「ティッピング・ポイント」は絶対にある
同じように多くの企業で取締役を務めてきたケイティ・ミティックもこう語る。
「私の経験から言っても、ティッピング・ポイントというものは絶対にある」
ミティックはあらゆるタイプの取締役会を経験してきた。女性が1人、2人、3人、そして3人以上のこともあった。最も大きな違いが生まれたのは、女性が3人いたときだ。
何か発言するとき、行動するときに、より安心感や自信を持てた。良い意味で自分が特別ではない気がした。
女のケイティが発言するのではなく、対等なメンバーとして発言できる気がした。製品の専門家、あるいは消費者向けネットビジネスの専門家のケイティでいられた。
男性7人女性2人の取締役会と、男性6人女性3人の取締役会では、外形的にはたいし違いはなさそうだ。だが実際には大違いなのだ。取締役会のカルチャーが突然ガラリと変わる転換点がある――ミティックやシンが言っているのはそういうことだ。
ミティックはかつて女性が自分しかいない取締役会に加わったことがあるという。その後一人、二人と女性が追加されていった。状況があまりに突然変わったことに、ミティック自身も驚いた。
正直言って、あれほどの影響があるとは予想もしなかった。(中略)当然私にとってやりやすくなるだろうと思っていたが、どの程度そうなるかはまるでわかっていなかった。
だから3分の1の「魔法」というのだ。

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マルコム・グラッドウェル
ジャーナリスト

本書のオリジナル版である『ティッピング・ポイント:いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』をはじめ、『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい』『天才!成功する人々の法則』『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ 「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと』『ボマーマフィアと東京大空襲 精密爆撃の理想はなぜ潰えたか』など数々のベストセラーを世に送り出す。1996年から米名門誌『ザ・ニューヨーカー』のスタッフライター。イギリス生まれ、カナダ育ち、現在はニューヨーク在住。

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(ジャーナリスト マルコム・グラッドウェル)
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